からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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イスラエル

エルサレムに対する主のことば

テーマは 『 エルサレムに対する主のことば 』 です

【詩篇122編1-8節】

人々が私に、「さあ、主の家に行こう」と言ったとき、私は喜んだ。

エルサレムよ。私たちの足は、おまえの門のうちに立っている。

エルサレム、それは、よくまとめられた町として建てられている。

そこに、多くの部族、主の部族が、上って来る。イスラエルのあかしとして、主の御名に感謝するために。

そこには、さばきの座、ダビデの家の王座があったからだ。

エルサレムの平和のために祈れ。「おまえを愛する人々が栄えるように。

おまえの城壁のうちには、平和があるように、おまえの宮殿のうちには、繁栄があるように。」

私の兄弟、私の友人のために、さあ、私は言おう。「おまえのうちに平和があるように。」私たちの神、主の家のために、私は、おまえの繁栄を求めよう。

トランプ大統領が「エルサレムをイスラエルの首都に認定」と正式表明したことで、世界中が騒いでいます。


全世界の言論、国連、パレスチナを初め アラブ諸国、ロシア、トルコ、中国、ヨーロッパ諸国までトランプ大統領を非難しています。

様々な悪口を言っています。


これは、神の完全な御心によって行われている預言の成就に対して、この世の闇の勢力の姿を見せているので、今が終わりの時代であることがよく分かります。


クリスチャンはこの世と歩調を合わせるのが正しいやり方でしょうか?


クリスチャンはイスラエルに対する神のみこころをどのように分別すべきか、何を祈るべきかを、聖書の観点から考え、正しい認識と姿勢を取らなければなりません。


この世と人々は 聖書を知らないし、神の思いも知りません。


神のみことばに対する理解や、正確な啓示に基づかず、人間の浅い理性や世の常識や思いで善悪を判断するので、その結果は “イスラエルに対する反感や偏見” です。


またクリスチャンさえも宗教的な考えを持っている人は、イスラエルに対する神の契約を理解せず、神がイスラエルを溺愛するのではないかと思い、なぜイスラエルがカナンの地に住む人たちを追い出しているのかと思っています。


しかしその人たちは、ユダヤ人の先祖であるアブラハムの時代から選民として 神に選ばれたユダヤ民族と、彼らに与えたカナンの地とエルサレムに対して聖書がはっきりと語っていることを知らなければなりません。

神は何度も土地のことをアブラハム(アブラム)に語りました。


【創世記15章18-21節】

その日、主はアブラムと契約を結んで仰せられた。「わたしはあなたの子孫に、この地を与える。エジプトの川から、あの大川ユーフラテス川まで。

ケニ人、ケナズ人、カデモニ人、

ヘテ人、ペリジ人、レファイム人、

エモリ人、カナン人、ギルガシ人、エブス人を。」

そこに住んでいた人たちが、そこから追い出された理由は 彼らの悪のためでした。


【申命記9章4-5節】

あなたの神、主が、あなたの前から彼らを追い出されたとき、あなたは心の中で、「私が正しいから、主が私にこの地を得させてくださったのだ。」と言ってはならない。これらの国々が悪いために、主はあなたの前から彼らを追い出そうとしておられるのだ。

あなたが彼らの地を所有することのできるのは、あなたが正しいからではなく、またあなたの心がまっすぐだからでもない。それは、これらの国々が悪いために、あなたの神、主が、あなたの前から彼らを追い出そうとしておられるのだ。また、主があなたの先祖、アブラハム、イサク、ヤコブになさった誓いを果たすためである。

このようにして イスラエルは、今の土地を神から与えられました。

しかしイスラエル人に対しても、彼らが神に聞き従わないならば試練が来ることを警告しました。


【申命記28章64-66節】

主は、地の果てから果てまでのすべての国々の民の中に、あなたを散らす。あなたはその所で、あなたも、あなたの先祖たちも知らなかった木や石のほかの神々に仕える。

これら異邦の民の中にあって、あなたは休息することもできず、足の裏を休めることもできない。主は、その所で、あなたの心をおののかせ、目を衰えさせ、精神を弱らせる。

あなたのいのちは、危険にさらされ、あなたは夜も昼もおびえて、自分が生きることさえおぼつかなくなる。

実際にユダヤ人は2千年の間、全世界に散らされて、ひどい目にあいました。

しかし神は彼らに回復の預言も与えて下さいました。


【ゼカリヤ書8章1-3節】

次のような万軍の主のことばがあった。

万軍の主はこう仰せられる。「わたしは、シオンをねたむほど激しく愛し、ひどい憤りでこれをねたむ。」

主はこう仰せられる。「わたしはシオンに帰り、エルサレムのただ中に住もう。エルサレムは真実な町と呼ばれ、万軍の主の山は聖なる山と呼ばれよう。」

ゼカリヤ書8章には、“主はこう仰せられる” ということばが繰り返して出てきます。

それはエルサレムの回復に対する神の強い思いと決断、そして実行しようとする確固たる神の意志が現れてあります。


神がユダヤ民族をこれほど愛しているのは、彼らが “神の民” であるからです。

聖書にはエルサレムということばが、756回も出てきますが、コーランには1回も出ていないです。

エルサレムが イスラエルのものであることの証明でもあります。






そして今回、トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都に認定したことで騒いでいる様子も、すでに聖書に預言されてあります。

この預言は 今から2,535年前の預言です。


【ゼカリヤ書12章2-3節】

見よ。わたしはエルサレムを、その回りのすべての国々の民をよろめかす杯とする。ユダについてもそうなる。エルサレムの包囲されるときに。

その日、わたしはエルサレムを、すべての国々の民にとって重い石とする。すべてそれをかつぐ者は、ひどく傷を受ける。地のすべての国々は、それに向かって集まって来よう。

まさに いま世界はこのような状態になってきました。


トルコが一番強く反発し、ロシアと急接近しています。

ロシヤもイスラエルを狙っています。


イランの軍司令官は、エルサレムがシオン主義者の墓になると語りました。

トランプ大統領は歴史の中で一番愚かな者だと言いました。


ハマースもムスリムが立ち上がるように強くイスラエルに反発しています。

マレーシアは軍隊を派兵すると言いました。


エルサレムを首都に認定しただけで 全世界がこのような騒ぎをすることを 偶然だと思いますか?


これは、神は終わりの時代に必ず起こることとして預言しました。


聖書にあるほとんどの預言が実現されました。

残っているのは終わりの時に関する預言だけです。


トランプ大統領の今回の宣言は、自分で考え出したことではないです。

すでに1995年、米議会で大使館をエルサレムに移すことを決意しました。


しかし歴代の大統領は何もしませんでした。

トランプ大統領は選挙の時に、エルサレムがイスラエルの首都であり、大使館を移すことを公約していました。


しかし誰もトランプ大統領が実行するとは思いませんでした。

今までの大統領は公約で語っても自分の立場ばかり考えて実行しなかったですが、トランプ大統領は勇気をもって実行しました。


世界の指導者たちも、10年前まではイスラエルに対して友好的だったのに、どうしてこんなに変わってしまったのでしょうか?


多くはパレスチナやメディアの言うことに騙されています。

彼らは、真実を “真実” として伝えていないです。


そしてアラブの産油国の反発を恐れて、言うべきことも言えず、イスラエルを非難しています。


イスラエルのネタニヤブ首相は、トランプ大統領のエルサレム首都認定のことばを聞いて、エルサレムは3千年前からイスラエルの首都であり、今回のことが平和への道であると歓迎しました。


そしてユダヤ教のラビ250人は、トランプ大統領に手紙を送りました。

トランプ大統領の行動によってゼカリヤ書8章4節の預言が成就したと伝えました。


【ゼカリヤ書8章4節】

万軍の主はこう仰せられる。「再び、エルサレムの広場には、老いた男、老いた女がすわり、年寄りになって、みな手に杖を持とう。

人々はトランプ大統領が様々な理由があって今回のことをしたと言いますが、神は歴史を動かす主であり、神の計画のために、誰かを選んでその働きをさせます。


次の箇所には、アブラハムに語った主の約束があります。


【創世記12章3節】

あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。

歴史を調べてみて下さい。

国々の中でこの通りになったことを発見すると思います。


トランプ大統領がイスラエルを祝福することは、アメリカの祝福になります。

神の約束ですから。


そして、これからのイスラエルに対する預言があります。


エルサレムが、攻めて来る者たちに包囲されます。

ですが聖書は、その結果に対しても預言してあります。


【ゼカリヤ書12章8-9節】

その日、主は、エルサレムの住民をかばわれる。その日、彼らのうちのよろめき倒れた者もダビデのようになり、ダビデの家は神のようになり、彼らの先頭に立つ主の使いのようになる。

その日、わたしは、エルサレムに攻めて来るすべての国々を探して滅ぼそう。

今までイスラエルとアラブ諸国との中東戦争を見ても、神の助けがあってイスラエルが勝利しました。


人間的には勝つことが出来ない戦争でした。

神はすでに語ったことば通りに実行なさる方です。


終わりの時に世界戦争が起こることも預言されてありますし、世界の国々がエルサレムを攻撃することも2千年前に預言されていました。

偶然に起こることではないです。


クリスチャンがどのようにすべきかは、今日の本文である詩篇122編にあります。


私たちの力で出来ることがありますか?

―― 何もないです。


ただ神様が私たちにしなさいと命じられたことをすべきです。


エルサレムの平和のために祈ることです。


今までの状態が平和ではないです。

今あるのは、“偽りの平和” です。


絶えずそこでは戦いがあります。

偽りの平和が消えて、真の平和が来るように祈ることです。


神がアブラハムに約束した通りの状態になることが真の平和への道です。

聖書で、3千年前から神が決めておられることを認めることです。


事実を認めず、偽りを信じては何の解決にもならないです。

事実を知りたいならば聖書を読んでみて下さい。


そこにすべて書かれてあります。


信徒たちもそれを正しく知り、エルサレムの平和のために祈ることです。

アーメン (・∀・)つ


2017.12.17
聖日礼拝メッセージ

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携挙は必ず起こる

テーマは 『 携挙は必ず起こる 』 です

【第1テサロニケ4章15-17節】

私たちは主のみことばのとおりに言いますが、主が再び来られるときまで生き残っている私たちが、死んでいる人々に優先するようなことは決してありません。

主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、

次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。

こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。



携挙とは何か




携挙とは、イエス・キリストが空中再臨する時に、主にあって死んだ人たちが まず よみがえり、次に主を信じ、主を迎える準備が出来ている人々が たちまち朽ちない姿に変えられて 雲の中に一挙に引き上げられ 空中で主と会うことです。


携挙は、理性的には理解が出来ない、超自然的な現象で、神の主権による奇跡とも言えます。


携挙は、これから起こるもっとも重要な預言の一つです。


信じない人は、こういうことが起こることすら分からないと思います。

主の他の預言がすべて成就したように、この預言も成就します。




旧約で見る 携挙のように
死を見なかった二人




≪ エノク ≫

【創世記5章23-24節】

エノクの一生は三百六十五年であった。エノクは神とともに歩んだ。神が彼を取られたので、彼はいなくなった。

≪ エリヤ ≫

【第2列王記2章11-12節】

こうして、彼らがなお進みながら話していると、なんと、一台の火の戦車と火の馬とが現れ、このふたりの間を分け隔て、エリヤは、たつまきに乗って天へ上って行った。

エリシャはこれを見て、「わが父。わが父。イスラエルの戦車と騎兵たち」と叫んでいたが、彼はもう見えなかった。そこで、彼は自分の着物をつかみ、それを二つに引き裂いた。



携挙が起こる時期




携挙の前に起こると預言されたことは、ほとんど起こってありますので、いつ携挙があっても不思議ではない時代に いま私たちは生きています。


主は携挙の日に対しては はっきりとは言われませんでしたが、次のように語って下さいました。


【マタイの福音書24章42-44節】

だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。

しかし、このことは知っておきなさい。家の主人は、どろぼうが夜の何時に来ると知っていたら、目を見張っていたでしょうし、また、おめおめと自分の家に押し入れられはしなかったでしょう。

だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。



携挙が起こる時期の三つの見解




携挙の時期に対しては 三つの見解がありますが、それは世の終末にある7年患難の時に焦点を合わせて、患難前、患難の前期、患難の後期と分かれてありますが、いまもっとも携挙の時期と有力であるのは患難前です。

7年患難の預言は ダニエル書 に書かれています。


【ダニエル書9章27節】

彼は一週の間、多くの者と堅い契約を結び、半周の間、いけにえとささげ物とをやめさせる。荒らす忌むべき者が翼に現れる。ついに、定められた絶滅が荒らす者の上にふりかかる。」

1週とは7年間を意味します。

7年患難の間に起こることは 反キリストの出現、反キリストとイスラエルが特別な平和契約を結びます。


そしてイスラエルは史上最大の繁栄と平和の時代を迎えます。

その間に第三神殿が再建します。

この時期に 黙示録11章にある二人の証人が活動します。


しかし前半の3年半が過ぎた時に、反キリストはイスラエルとの特別契約を破棄します。


そして世界の宗教を統一し、自分以外のものを崇拝することを禁じ、それに従わない者への大迫害と殺害が始まります。


そして世界の最終戦争も起こります。

この時の患難に対して主のことばがあります。


【マタイの福音書24章21-22節】

そのときには、世の初めから、今に至るまで、いまだかつてなかったような、またこれからもないような、ひどい苦難があるからです。

もし、その日数が少なくされなかったら、ひとりとして救われる者はないでしょう。しかし、選ばれた者のために、その日数は少なくされます。



携挙のための準備




主のことばのように目を覚まして、その日のためにキリストの花嫁として準備することです。


マタイの福音書25章には 花嫁として準備出来た人と、準備出来なかった人がいました。

準備出来なかった人は、キリストを迎えることが出来ませんでした。


【第2ペテロ3章10-11節】

しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。

このように、これらのものはみな、くずれ落ちるものだとすれば、あなたがたは、どれほど聖い生き方をする敬虔な人でなければならないことでしょう。

【第2ペテロ3章14節】

そういうわけで、愛する人たち。このようなことを待ち望んでいるあなたがたですから、しみも傷もない者として、平安をもって御前に出られるように、励みなさい。

主は信じる者たちを迎えに来ると約束しました。

それを信じる人は その日を待ち望んでいます。


耐えられないほどの患難の中で主を信じることは とても難しいです。


携挙される者になるように努力する方が ずっと簡単です。


主のことばのように、目を覚まして 花嫁の支度をしていきましょう。
.。゚+.(・∀・)゚+.゚

2017.4.23
聖日礼拝メッセージ

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神のことばの力

テーマは 『 神のことばの力 』 です

【ヘブル4章12節】

神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、 心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。

もし クリスチャンではない人が、皆さんに「神のみことばって何ですか」と聞くならば何と答えますか?

「聖書は神のことばです。」「神のことばは真理です。」
これは間違いではないですが、その言葉だけで相手は理解できるでしょうか?

また次に「聖書って何ですか?」という質問に対しては、「神のことばです」と言っただけでは 相手の人は「一体何が書かれているんだろう?」と思います。

「真理です」と答えても「真理って何ですか?」と聞かれたとしたら、私たちは正しく説明できるでしょうか?


私たちクリスチャンはいつも神のことばを聞いているので、神のことばに対して よく知らなければならないです。
そして人々に正しく伝えなければなりません。


「神のことば」が何であるかは聖書の中にちゃんと書かれていますので今回はそれを学びます。
今日の本文のことばに注目しましょう。




①神のことばは生きている



神のことばは生きていると説明することができます。
生きているということは、そこに“いのち”があることを意味します。

“いのち”があるということは、人を生かす力があるのです。これはイエス様もはっきりと語ってくださいました。


【ヨハネの福音書6章63節】

いのちを与えるのは御霊です。肉は何の益ももたらしません。わたしがあなたがたに話したことばは、霊であり、またいのちです。

死んだ人に対しては「いのち」という言葉は使いません。
「いのち」は“今、生きている”ということです。


神のことばは、死んだ言葉ではないです。私たちに益をもたらす、生きたことばであります。

神のことばは死んだたましいに生命力と活気、満足を与えます。


生きているということは、働きますし、変化と発展をもたらします。
死んだものは動きませんし、死んだものが他のものを生かすことは出来ません。そして変質されていきます。

しかし、神のことばは世が始まる前からありました。そのことばによって、全てのものが生かされています。


クリスチャンが成長したいならば、そして神の子どもらしく生きるためには、神のことばが必要です。


【Ⅱテモテ3章16-17節】

聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。

それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。

“矯正・義の訓練・整える” これはすべて私たちを成長させるものです。


私たちはもともと神の人ではなく、サタンの奴隷でした。
そこで、サタンの奴隷から神の人に変えていくのに用いられているのが“神のことば”であります。

皆さんが霊的訓練を受けていた時に、世の教えで訓練をしたのではないです。
神様のことばを用いて訓練をしました。


それを聞いて、私たちは自分の中にあった死んでいる部分を見付けました。
そして神のことばを聞いて私たちは成長してきました。

ですから変わっていくためには神のことばを聞いて、それによって訓練されなければならないです。


肉の思いは何の益も もたらしません。
例えば、皆さんにお配りしたパープルブックですが、みことばを書く訓練はとても大切であります。

(聖書を)読んで通り過ぎるよりも、書くことによって みことば1つ1つが心に入ってくるのです。
みことばを読まないのは成長を止めていることになります。それは自分が死んでいく姿であります。


私たちが成長し、もっと変化したいと思うならば 毎日みことばに触れないといけないです。


パープルブックは簡潔に書かれています。書くことで皆さんが訓練をされていることになります。
教科書の宿題のように書くのではないです。

書かないということは、みことばをないがしろにしていることであります。

みことばは食べ物だと言っています。
皆さんは毎日3食をきちんと食べると思います。お腹がすいて夜中に起きて食べることもあります。


それなのに、みことばは一切食べなくても何とも思わず、みことばに触れないままでいると たましいは死んでいきます。

みことばは 私たちが必ず食べなければならないもので、それによって私は生きているのだという認識をし、自分の霊をどんどん生き生きとしたものにしていかないと霊が弱くなります。霊が弱くなると私たちのすべてのものが色褪せていきます。


霊が死んでいる者は、喜びが出てくるでしょうか?平安があるでしょうか?―― それはないです。


一番強くしていかなければならないのは、『霊の部分』であります。
霊の部分が強くなると、その人はとても大胆な人になります。生き生きする者になります。


「最近、元気がないなぁ~」と感じるならば、それは肉体の力以前に 霊の力が消えたことを意味します。
その時は他のことをする前に、みことばを食べることであります。

また、どうやったら毎日みことばに接することができるのかを考えると、不思議と神様が導いてくださって出来るようにしてくださいます。

聖書をいつも手元に置くことであります。スマホで聖書アプリをダウンロードしたら移動中でも読めるのです。


私たちはやろうと思えば出来るのです。みことばに親しんでください。そうすると成長していきます。




②神のことばは力がある



皆さんは神のことばには力があると実感しているでしょうか。


この力が一番最初に現れた場面は、天地創造であります。

神様が「光があれ。」と、全てことば通りになりました。人間以外の世にある全ての万物は神様がことばで造りました。
太陽、月、動物もすべてことば造られました。その威力がすごいです。


また、今も神様が万物を保っておられますが、何によって保っているでしょうか――?次の箇所です。


【ヘブル1章3節】

御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現れであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。 また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれました。

神様は今もことばによって全てに命令をしているのです。
「太陽よ、正しく回れ。」「月よ、夜に輝け。」と、神様の力あることばに全てが支配されています。

いつか神様が「地球よ、滅びなさい。」と言うならば一瞬にして滅びると思います。
神様はことば1つで それをすることができます。

これほど神様のことばには威力があります。


また、神様のことばの威力は クリスチャンの日々の生活の中で必要です。

悪霊を追い出す時に、私たちは何の力で追い出しますか?
それは神のことばです。

私たちは「イエス様の名」を使います。イエス様ご自身が みことばなのです。


【ヨハネの福音書1章14節】

ことばは人となって私たちの間に住まわれた。

すなわちイエス様のことばは霊でもあります。そこにあるのは力です。


イエス様が40日間 断食をした後で、サタンが試みるために来た時に、イエス様がサタンを何で退けたでしょうか?

喧嘩をして退けたのではないです。神の1つ1つのことばを語る時に、サタンが退きました。

私たちが人間の言葉でサタンと戦っても勝ち目がないです。
しかし私たちが神のことばを信じて 武器(みことばの剣)にして戦うならば、神様の力がそこから出てきます。


ですから、私たちがみことばを蓄えるということは、戦いの時にそのことばを使うためであります。




③両刃の剣よりも鋭い



神様は両刃の鋭い剣のことばで何をするのでしょうか?

私たちの心を刺し通します。
私たちの心がことばによってグサッと刺される時に、一番初めに気付くことは“自分の罪”であります。

そして「私たちは(罪を)どうしたら良いですか?」という反応を見せます。


神のことばに出会った時に、私たちは自分の行動や生き方が 神のことばとは全然違うということに気付きます。
神のことばに違反している自分の罪を示されるのです。

神のことばは本質的なことを示していますので、そのことばを聞いて何も感じないならば それは死んだ者です。


神様のことばは 罪人が聞いた時に心を刺されることばであります。ある意味で聞きたくないです。

私たちは罪にずっと覆いをかけて見て見ぬふりをして生きてきましたので、それを明るみに出して見せられるならば自分の罪であっても見たくないのです。

見たくないですし、逃げたくなりますし、隠したくなります。


しかし、神のことばは全てを刺し通します。『あなたは罪人であるのだ。』

そして神様は別のみことばを出して『だから悔い改めなさい。立ち返りなさい。』と、神様はあらゆることばを通して私たちの中で働くのです。


そこで私たちはどれほど不従順であったのかを気付き、そこから立ち返らなければならないと思うようになります。


また、神様はそのことばを用いて裁きます。
不従順したイスラエルの民たちを全員 神のことばの剣によって打ちました。
これからの時代も同じであります。神のことばによって正確にさばきを受けるようになります。


【ヨハネの福音書12章48節】

わたしを拒み、わたしの言うことを受け入れない者には、その人をさばくものがあります。 わたしが話したことばが、終わりの日にその人をさばくのです。

すべてのものが裁かれるその時に ことばがその人を裁きます。

私たちはことばを知らないと自分がどこへ向かっているのか気付かないです。
ことばは聞かなければならないです。


ずっと聞くことで私たちは気付くことがたくさんありますので、礼拝の時にもたくさんのことばを語りますので聞くことであります。

家で聖書を読む時も、神様のことばとしてきちんと聞かなければならないです。




④たましいと霊、肉体すべてを刺し通し、判別することができる



神のことばは ある限られた場所だけで働くのではないです。


人間のすべての面において働きます。すなわち たましい・霊・肉体を新しく生まれ変わらせます。

神様はことばを使って一番したいことは、私たちの霊とたましいを新しくしたいのです。これは神様の願いです。


人はうわべを見ますが、神様は心を見ます。
神様は私たちの心に手を付けて新しくしたいのです。


【Ⅰペテロ1章23節】

あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わることのない、神のことばによるのです。

私たちは死んだ者から新しい者になれたのは、何によってでしょうか?
ここに書かれているように、生ける、いつまでも変わることのない、神のことばによって私たちは聖められました。

このようにして神様は私たちのたましい・霊をいやしてくださいました。


また、神のことばは肉体・病気をいやします。

百人隊長のしもべが病気になった時に、隊長がイエス様の所に来て『おことばを下さい。そうすれば、私のしもべは直ります。』と言いました。

それを聞いたイエス様が『さあ、行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。』と言いました。
すると遠く離れた所にいたしもべは ちょうどイエス様が語った時にいやされました。


つまり場所・空間は関係がないです。
全地・全世界は神のことばによって動いていますので主が働くのです。


また苦しみの中にいる者に主のことばは慰めであります。

皆さんは苦しい時に、神のことばによって どれほど慰めを受けたでしょうか?


【詩篇119編50節】

これこそ悩みのときの私の慰め。まことに、みことばは私を生かします。

悩みの時に、私たちは他人のことばを求める必要はないです。
一番 私たち自身のことを知っているのは神様です。

なぜなら神様には、私たちを生かしたい、新しくしたいという思いがいつもあるからです。


これらのことを通しても分かるように、私たちは単純に神のことばを読むだけで終わるのではないです。
神様のことばを聞いたら、私たちの日々の生活に適応しなければならないです。素直に使うことであります。


なにか大切なことを決めなければいけない時も 自分で色々と考えるのではなく、神様は何とおっしゃるのか?聖書にはどのように書いているだろう?と、みことばを探して神様の導きを受けて決定するのです。

どの道を歩んだら良いのか、その時も私たちはあっちへ行ったり こっちへ行ったりするのではなく、 「道であり真理であり いのちである主よ。今日も私の道を教えてください。」と、神様からことばを貰うことであります。


どう生きるべきなのか 生き方がよく分かっていなくても、聖書を開けば全て書かれています。
聖書には私たちが生きている時に出会う様々な問題に対しての答えが必ずあります。


それを私たちが探すことです。「教えてください。」と探すならば神様はその人に必ず示してくださいます。

私たちが従うならば成長していきます。

神のことばに対して私たちの取るべき態度は、まずは信じること・従うこと・勝手に判断しないこと・適応すること・導かれること・ことばによって生きることであります。


この人たちは明日のことを心配する必要はありません。神様はことばによって その人たちを守ります。
ことばがその人の代わりになってくれるのです。ことばが慰め・平安・祝福をもたらします。

ことばが自分にとってどれほど大切であるかを知らなければならないです。


相手が自分のことをどう思っているのかは考える必要がないです。その相手が神ではないです。
それは自分に対する悪口・批判など私たちを潰す言葉であります。

私を生かすことば、私に益をもたらすことば、私を助けてくれることばに耳を開いて聞かなければならないです。


偽りがたくさんある世の中で、私たちは何を聞くべきでしょうか?

神の真理のことば、それを常に聞かなければならないです。
(・∀・)つ

2014.8.3
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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忘れてはならないこと

テーマは『 忘れてはならないこと 』です

【詩篇106編6-15節】

私たちは先祖と同じように罪を犯し、不義をなし、悪を行った。

私たちの先祖はエジプトにおいて、あなたの奇しいわざを悟らず、あなたの豊かな恵みを思い出さず、かえって、海のほとり、葦の海で、逆らった。

しかし主は、御名のために彼らを救われた。それは、ご自分の力を知らせるためだった。

主が葦の海を叱ると、海は干上がった。主は、彼らを行かせた。深みの底を。さながら荒野を行くように。

主は、憎む者の手から彼らを救い、敵の手から彼らを贖われた。水は彼らの仇をおおい、そのひとりさえも残らなかった。

そこで、彼らはみことばを信じ、主への賛美を歌った。

しかし、彼らはすぐに、みわざを忘れ、そのさとしを待ち望まなかった。

彼らは、荒野で激しい欲望にかられ、荒れ地で神を試みた。

そこで、主は彼らにその願うところを与え、また彼らに病を送ってやせ衰えさせた。

旧約聖書はイスラエルの歴史と言っても過言ではないです。
しかし 神様はイスラエルという国のことを私たちに知らせるためではなく、
≪彼らの姿を通して あなたの姿を見なさい。≫ということであります。

クリスチャンは、今の時代に選ばれた選民たちであります。罪から贖われて恵みによって救い出された者であります。
ですから、あなたと同じように選ばれたイスラエルの民たちの歴史を通して、「あなたの人生の歴史を振り返ってみなさい。」と神様はたくさんのメッセージを送っています。

決して「昔の歴史であって、今とは違う。私の国の話ではなく、イスラエルの歴史の話は(私には)関係がないでしょう?」ではないです。


教科書ではなく、聖書に書かれているということは、クリスチャンに対して神様が教えたいことであります。

読んでみると、私たちの姿がそこにあります。「こんな姿は見た事がない」と、誰が言えるでしょうか ――。
(自分の姿が)双子のように、そっくりなのです。

神様は歴史を通して、神様に喜ばれた者は1~3人と 本当に数少ないです。その他の者は、好き勝手に生きている姿がそこにあります。
逆らったり、罪を犯したり、神様に敵対心を燃やしたり、あらゆる姿がそこにあります。

私たちはこのような姿を見て、「これは私の姿だ。私もこのようにしている。」と思いながら読まないと
聖書が 自分とは関係のない書物になってしまいます。
神様はいつも「そこにあるのは、あなたの為の教訓である」と語っておられます。

私たちは彼らの姿を見て、何かを忘れている姿があるのです。
神様が忘れてはいけないと言うのに、平気に忘れていくのでそれによって様々な問題が生じます。




①私たちを憐み、苦しみと罪の中から救ってくださった神様の恵みは、絶対に忘れてはならない

イスラエルの民たちは、神様から恵みを受けました。
奴隷生活が何代にも渡って430年ほど続き、圧迫され自由がなく 人間扱いされない生活だったので(彼らは)当然のように その苦しみの中で神様を叫び求めました。

その叫びが天まで届き、神様は彼らの叫びの声を聞いてモーセを立てました。それは素晴らしい恵みであります。
そして彼らをその苦役の中から救い出しました。これは100% 自分たちの力ではないです。

神様が彼らを憐れんで解放する者を送り、そして神様ご自身の御手で彼らを救い、紅海を渡ってカナンの地へ導くと約束をし 連れ出しました。
しかし紅海を渡った瞬間に神様の恵みを忘れました。既にその前にも パロの軍隊が後ろから迫ってきた時にパニックに陥り、神様やモーセに対して文句を言いました。

彼らは都合の良い者たちなのです。自分たちが発した言葉を忘れています。
助けてくださいと散々言っておきながら、神様が助け出した途端に「あの時の方が良かったのに。なぜ私たちをここへ連れ出し、ここを墓場にする気なのか!」と呟きました。

恩知らずで恵みを忘れているのです。このような姿が私たちにもあります。
(恵みを)受けた時だけ「ありがとう」と言って、すぐに顔を変えます。


恵みを忘れる人は高慢であります。まるで自分の力でやってきたかのように、自分の力でそこから救い出されたかのように恵みをすっかり忘れます。

私たちは他人から裏切られると とても心が痛み、長い間苦しむ人が多いですが、一番痛めているのは神様であります。神様から見たら、裏切り者があまりにも多すぎます。ほとんどの者がそうなのです。

皆さん、振り返ってみてください。神様の恵みがどれほどたくさんありましたか?


イエス様はラオデキヤ教会を批判しました。彼らはなぜ批判されなければならなかったのでしょうか。
それは、恵みを忘れている者たちだったからです。
「自分は富んでいる。豊かになった。何一つ乏しいことがない。」と明言しました。
「これは神様のおかげです」と栄光を捧げる言葉がなかったです。

もしも私たちが神様の恵みを忘れて「私の努力で恵みを受けた」と散々言うならば、
「恵みを忘れた者よ、あなた自身の力か」と神様から叱責を受けます。

自分の姿を見た時に、どちらなのかを見なければならないです。

「神様の恵みによって今はこのようになりました」と言える者なのか、「大きなお世話です。神様がいなくても
自分の力で出来ます」と言う者なのか ――。

人は覚えなければならないことを忘れて、覚える必要のないものは しっかり覚えていることがすごく多いです。
神様はどうでもいいことは忘れなさいとおっしゃいます。


神様から一番大切な救いと恵みを受けて 苦しみから助け出されたことを死ぬ時まで忘れてはならないです。

天国へ入っても忘れてはならないです。
神様の恵みで天国へ入ってこられたことを、神様に栄光を捧げなければならないです。
神様の恵みを一つも忘れてはならないと心に刻まなければいけないです。




②無限なる神様の力を忘れてはならない

イスラエルの民たちが救われたのは神様の力なのです。

なぜ私たちがこの力の業を忘れてはならないのかと言うと、小さな問題にぶつかるとすぐに神様に対して疑い、
不信仰の心が出てくるからであります。

それは神様が過去にどれほど大きな力をもって自分たちを導き 救い出してくださったのか、と それを忘れるので(疑いや不信仰の心が)出てくるのです。


(神様の力の業を)しっかりと覚える人たちは「あの時は自分の力ではどうにもならなかったのに、神様の力によって
私はそこから助け出され、それで問題が解決されました。自分の力でも、他人の力でもなく、神様の力によって出来ました。」と、このことが いざ問題にぶつかった時に思い出すのです。

あの時にしてくださった神様の力は「昨日も今日もいつまでも同じ力である。この力がまた働いて神様が私をまた助けてくださる。」となります。

しかし私たちがそれを忘れてしまうと、問題の前で倒れるのです。
「どうしよう、どうしよう」と明日の事を心配し、神様に呟くのです。

イスラエルの民たちも、あれほど大きな恵みや力を見ながら、目の前にある本当にわずかなことで
つまずいたのであります。私たちもそうでしょう?

他人に語る時は「神様は力ある神様だから信じなさい。」と言うのですが、いざ自分が問題を抱えてしまうと
急に信仰がどこかへ消えてしまいます。そして、いつの間にか無能な神様と思ってしまいます。

これは神様の力を忘れたことであります。


【エレミヤ書32章17-22節】

「ああ、神、主よ。まことに、あなたは大きな力と、伸ばした御腕とをもって天と地を 造られました。あなたには何一つできないことはありません。

あなたは、恵みを千代にまで施し、 先祖の咎をその後の子らのふところに報いる方、偉大な力強い神、その名は万軍の主です。

おもんばかりは大きく、みわざは力があり、御目は人の子のすべての道に開いており、人それぞれの生き方に したがい、行いの結ぶ実にしたがって、すべてに報いをされます。

あなたは今日まで、 エジプトの国で、イスラエルと、人の中で、しるしと不思議を行われ、ご自身の名を今日のようにされました。

あなたはまた、御民イスラエルを、しるしと、不思議と、強い御手と、伸べた御腕と、大いなる恐れとをもって、 エジプトの国から連れ出し、

あなたが彼らの先祖に与えると誓われたこの国、乳と蜜の流れる国を 彼らに授けられました。

神様の大いなる力の姿が書かれています。
それを体験したイスラエルの民たちが この後どのようにしたでしょうか。次の聖書箇所に続きがあります。




③不義を行う者に対しては必ず神様の懲らしめがある


【エレミヤ書32章23-24節】

彼らは、そこに行って、これを所有しましたが、あなたの声に聞き従わず、あなたの律法に歩まず、 あなたが彼らにせよと命じた事を何一つ行わなかったので、あなたは彼らを、このようなあらゆるわざわいに 会わせなさいました。

ご覧ください。この町を攻め取ろうとして、塁が築かれました。この町は、 剣とききんと疫病のために、攻めているカルデヤ人の手に渡されようとしています。あなたの告げられた事は 成就しました。ご覧のとおりです。

神様がエジプトの国に対して多くの災いを下したこと、そしてパロとその兵士たちを紅海の海の中に沈めたことを イスラエルの民たちは全て忘れてしまいました。

神様は、神様に敵対する者・不信仰な者・高慢な者に対しては、たとえそれが選ばれた選民であっても
神様は正しく裁く方でありますので同じようになさるのです。
信じない者だけに災いを下して、自分が選んだ民たちが悪い事をたくさんしていても それを黙認する神様ではないです。

彼らの高慢な姿が出てきます。
「私たちは悪いことをしていても 神様が愛して選んだ者であるから、私たちにはそんなものは来ないのだ。」という特別意識があります。
祝福は来ても、災いを下す神様ではないと思いました。これは彼らの大きな勘違いであります。

災いを下さないと、それは甘やかすことになります。
それこそ父(=神様)に逆らう子になるので懲らしめるのです。
イスラエルの民たちが神様に逆らった時は、異邦人よりもひどい目に遭いました。


神様の裁きの時は、神の家から始めると語りました。まずは毒麦とヤギを取り除いて、そこから聖めます。

聖書の言葉は、信じる者にも信じない者にも同じく当てはまるのです。

神様は真理の言葉で私たちを正しく裁く方であり、そこで違反している者に対しては(神様が)同じようになさいます。
ですから、免れることがないです。

神様は 苦難がある時にはすぐに立ち返りなさいと語りました。
イスラエルの民を見て、自分の姿を見ることなのです。

私たちの内側が、神様が願うように いつも恵みを覚えて感謝し、神様の力に完全に頼り、そして神様が喜ばないことはしないことです。神様がおっしゃったことに喜んで仕えるならば、何一つ心配することがないです。


私たちは皆、足りない者で まだまだ失敗が多いですし、弱い者であり、知恵のない者であります。

ですから私たちは言葉を聞いて「神様、赦してください。恵みを忘れてしまいました。神様の力を信頼しませんでした。神様がこんなに良くしてくださったのに、私は自分勝手にそれに甘えて勝手な道を歩みました。主の声を無視しました。自分には災いが来ないと偉そうにしていました。赦してください。恵みを忘れません。神の力を忘れません。不義な者に対する神様の懲らしめも忘れません。」と悔い改めます。

これが今回の本文を通して神様が私たちに教えることであります。


耳のある者は聞きなさい、と私たちは主の前で本当に謙遜になる必要があるのです。
私たちは朝霧のように消え去っていく者であります。

今、平気でやっている小さなことによって 後で大きな代償を払わなければならない時が来たら、多分耐えられないと思います。
ですから私たちは、神様を 本当に恐れなければならないです。
神様という存在を軽く見てはいけないということであります。

受けた恵みに心から感謝して、この神様から絶対に離れないで信頼するならば、主は喜んでくださいます。


私たちが悔い改めをするのは、不義な者に対して神様の懲らしめがあるからなのです。

地上の小さなものばかりを頭の中に入れておいて、神様の存在を遠いところに投げ出して形式的な信仰生活をしているならば、後で 主の手の中で潰されます。

今回の言葉はしっかりと心に留めてください。これは忘れてはいけないことであります。
神様の道が一番安全であり、命の道、将来が保証される道であります。 .。゚+.(・∀・)゚+.゚

2013.10.27
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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