からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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かたくな

謙遜の衣を着る

テーマは 『 謙遜の衣を着る 』 です

ハレルヤ。

主の御名をほめたたえます。


信仰告白をしてイエス様を信じて長い年月が過ぎたにも関わらず、人格も行動も変わっていない人の問題点は何でしょうか?


“自分は信仰がある”と言いますが、聖霊に逆らっている人が多いです。


最近、韓国で名の知れた牧師先生の目のあたりにアザが出来ていました。

その先生とは、私も大阪で一緒に食事をしたことがあります。

謙遜な先生で、貧民たちがいるところで教会を開拓し、彼らの世話をしていました。


そして、その教会がある程度大きくなった時に、他の先生を後任者にして自分はそこを去り、田舎の方で また開拓しました。


そして最近、教会の創立記念日が近付いたので、それに参加したい意思を伝えました。

そうしたら、そこの教会から何人かの信徒が訪ねてきました。


理由は“来てほしくない”と言うためでした。

彼らは牧師に対して誤解していました。


再び牧師として戻るのではないかと思って、それを止めたくて来た人たちでした。

その中のひとりの長老が帰り際に、いきなり牧師の顔を一発殴りました。

その長老は、18年前から一緒にいた信徒でした。


そして、その信徒たちは帰っていきました。

牧師は突然殴られたのでびっくりしました。


噂を聞いて、記者が訪ねてきて「その信徒を傷害罪で訴えますか?」と聞かれた時に、牧師は「そんなことはしない」と、はっきりと言いました。

信徒を訴えることは出来ません、赦します、と言いました。


相変わらず謙遜な先生でした。

その態度に安心しましたが、その先生を殴った長老に対して考えてみました。

牧師が何もしていないのに、暴力を振るったことが理解できませんでした。


しかし、聖書の中で答えを見つけました。

敬虔なステパノがユダヤ人たちに語ったことばで分かりました。


【使徒の働き7章51-54節】

かたくなで、心と耳とに割礼を受けていない人たち。あなたがたは、父祖たちと同様に、いつも聖霊に逆らっているのです。

あなたがたの父祖たちが迫害しなかった預言者がだれかあったでしょうか。彼らは、正しい方が来られることを前もって宣べた人たちを殺したが、今はあなたがたが、この正しい方を裏切る者、殺す者となりました。

あなたがたは、御使いたちによって定められた律法を受けたが、それを守ったことはありません。」

人々はこれを聞いて、はらわたが煮え返る思いで、ステパノに向かって歯ぎしりした。

すなわち、神の教えを聞き、世話をしてもらっても いつもその心が高慢で、心を頑なにしていると、うなじのこわいものになって 神のことばには不従順、聖霊には逆らいます。


心と耳に割礼を受けない者は、いつまで経っても人格も性格も態度も変わることがありません。


彼らに対して預言者はこのように言いました。


【エレミヤ書6章10節】

私はだれに語りかけ、だれをさとして、聞かせようか。見よ。彼らの耳は閉じたままで、聞くこともできない。見よ。主のことばは、彼らにとって、そしりとなる。彼らはそれを喜ばない。

私たちは、心と耳に割礼を受けて、神のことばを聞いたら 真理を悟って従順する人になりましょう。


そして謙遜の衣をいつも身にまとうようにしましょう。
(・◇・)ゞ

2016.1.16
3分テレフォンメッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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幸いな人とわざわいに陥る人

テーマは 『 幸いな人とわざわいに陥る人 』 です


【箴言28章14節】

幸いなことよ。いつも主を恐れている人は。しかし心をかたくなにする人はわざわいに陥る。

人間にとって一番の願望は、幸せになることです。

また人間が一番恐れているのは、わざわいに陥ることです。


箴言28章14節には “幸せになれる人と、わざわいに陥る人” のことが書かれています。


今回は幸いな人とわざわいに陥る人に対して語ります。

決して難しい内容ではないので、聞く耳をもって聞いて下さい。




幸いな人はいつも神を恐れる人です




“恐れる” ことは神様を恐がることでしょうか?
そういう意味ではないです。

色々な意味がありますが、一番の意味は 真実な心と愛をもって神に仕えることです。


神は心を見抜くお方ですから、私たちが偽りの心で神に仕えても 全てお見通しです。

そして、私たちのそのような心と態度を忌み嫌います。


しかし神を信じる人が皆、神を恐れているでしょうか?


恐れる人よりは、恐れない人の方が圧倒的に多いです。


まずは神に対する真実な心があまりないです。

自分の都合によって神に近づいたり、距離を置いたり、離れたりといつも変わります。


その心や愛が本物には見えず、偽りが多いです。


皆さんの心はどうでしょうか?

何があっても神を愛する心に変わりはないですか?


イエス様のことを三度も知らないと言ったペテロに対して 主が質問したのは1つでした。


「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか。」と三度も聞きました。

自分のいのちが危なくなった時に、ペテロはイエス様を捨てて、「知らない」と言いました。


ペテロ本人はイエス様のことを他の誰よりも愛していると思っていましたが、実際その愛は 真実な愛ではありませんでした。


真実な愛は愛する相手と一緒に重荷を負い、死の道も一緒に歩みます。


私たちが神の愛を確認したのもイエス様の十字架でした。

神はその愛を、イエス・キリストを私たちのために十字架の上で死なせたことで見せました。



【ローマ5章7-8節】

正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。

しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。

愛にはこのように はっきりとした証拠が要求されます。

言葉だけの愛は真実な愛ではありません。


神を恐れている人には 真実な愛があるので、何があっても変わらない愛をもって忠実な態度で神に仕えます。


また神を恐れることばの違う意味は、神に従順することです。


従順のない礼拝に何の意味があるでしょうか。

従順のない信仰は偽善の信仰です。


神は偽善の信仰を一番嫌います。


神が私たちをどれほど愛しているかを私たちが知っていながら、その神に従順しないならば、私たちが 「神を愛する」 と告白しても、そのことばは偽善的なことばにしか聞こえません。

愛には従順が必須です。


ですから神は “わたしを愛する者は わたしのことばを守りなさい” と言われました。




神をどのように恐れるのか




神を恐れることは、生まれながらの人間には出来ません。

必ず神様の教えを学ばなければならないです。


神を恐れたことのない人間が、信じてすぐに変わるわけではないです。


神がモーセを通して律法を与えた理由は何でしょうか。


【申命記4章10節】

あなたがホレブで、あなたの神、主の前に立った日に、主は私に仰せられた。「民をわたしのもとに集めよ。わたしは彼らにわたしのことばを聞かせよう。それによって彼らが地上に生きている日の間、わたしを恐れることを学び、また彼らがその子どもたちに教えることができるように。」

私たちが神を恐れ、神からの祝福を受けるためには、神のもとに来て学ばなければならないです。


ですから “神に仕える” と言いながら、神の言葉を聞くことを嫌がる人は 神に愛される資格がありません。


神はホセア預言者を通しても語りました。



【ホセア書6章6節】

わたしは誠実を喜ぶが、いけにえは喜ばない。全焼のいけにえより、むしろ神を知ることを喜ぶ。

ですので、ホセアは「私たちは、知ろう。主を知ることを切に追い求めよう。」と民に語りかけました。


どのようにして神を恐れるのかを 神から聞かないとその方法がわかりません。


主のことばを学ばず、興味も持たない人は神を恐れることを知らないので、神を恐れることもしないですし、神の愛も祝福も受けることが出来ません。




神を恐れる人が受ける祝福は何か




神を恐れる人は幸いであると初めから言いましたが、どのような祝福があるでしょうか。

神は蒔いた通りに刈り取る法則を作っておられます。


私たちが祝福を受ける目的で 神に仕えることをしなくても、神は初めから祝福を備えておられます。

祝福の約束が聖書に書かれています。


【箴言22章4節】

謙遜と、主を恐れることの報いは、富と誉れといのちである。

この祝福は、この世で生きている間に受ける様々な祝福を意味します。


誉れは 他の人から尊敬される位置にまで上がって神に栄光を現します。

そして最も優れた祝福はいのちです。


いのちとは救いを意味し、永遠のいのちを意味します。


神を恐れる人に 神はこのような祝福を約束し、神の御国を相続させて下さいます。

そして神を恐れる人たちの祈りを神は喜んで聞いて下さいます。


神を恐れず自分勝手に生きて困った時だけ神に助けを求める人と、いつも神を恐れている人が神に求めた時に どちらの人が より祈りの答えを得ると思いますか。

断然、神を恐れる人の祈りです。


神は喜んでその人たちを助け、祝福を与えてくださいます。




心をかたくなにする人が陥るわざわい




かたくなな心に対しての聖書のことばは結構厳しいです。


“かたくなな心” とは、その心が石のように硬くて 神の恵みを受け入れることが出来ない状態です。


恵み深い神様はすべての人に恵みを注ごうとしますが、かたくなな心の持ち主はそれをかたく拒みます。


心を閉ざすので、神の恵みを受けることも出来ないですし、実を結ぶことも出来ません。

金槌のような主のことばで叩いても何とも思いませんし、聖霊の強力な火のようなことばを聞いても何も感じません。


聖書ではこのような人を愚か者と言います。


本人たちは自分を賢い人、慎重な人と思うかも知れませんが、神の目には愚か者に過ぎません。


その心は道ばたのような心です。

なぜ人の心がそこまでかたくなになるのでしょうか?
それは “罪” によるものです。



【ヘブル3章13節】

「きょう」と言われている間に、日々互いに励まし合って、だれも罪に惑わされてかたくなにならないようにしなさい。

このように言われたように罪の誘惑を受けると 心がかたくなになり、罪に落ちていきます。


私たちは毎日襲ってくる罪の誘惑を信仰によって勝たなければなりません。

私たちを誘惑する最大の敵は 外にあるのではなく、自分の中にあります。


自分の中にある罪の性質がいつも自分自身に戦いを挑みます。


パウロはこの激しい戦いのことで次のように語りました。



【ローマ7章19-20節】

私は、自分でしたいと思う善を行わないで、かえって、したくない悪を行っています。

もし私が自分でしたくないことをしているのであれば、それを行っているのは、もはや私ではなくて、私のうちに住む罪です。


【ローマ7章24節】

私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。


このように自分の中に激しい戦いがあることを語りました。


外からの誘惑、内からの誘惑に勝たないと ますます心は罪によってかたくなになっていきます。

この世の誘惑に負けると、この世のあらゆるものに心が縛られて、心が石のように堅くなり、なかなか癒されません。


心のかたくなな人が災いに陥る根本的な理由は、神のことばを聞こうともせず、そのことば通りに生きることをしないからです。

そのような人は神のことばを聞くことすら嫌がり、耳を塞いで 「聞きたくないから話すな」 と言います。


皆さんの中で 神のことばを聞きたくないと思っている人がいるならば、その人は自分の心がかたくなになっていることに気付かなければなりません。そして早く悔い改めることです。


心がかたくなになることは なぜ恐ろしいことなのでしょうか。


なぜ災いに陥りますか?


神様は心のかたくなな者に対して干渉せず、好き勝手に生きるように放置します。

するとその人の状態はどのようになるでしょうか。次の箇所です。



【ローマ1章24-32節】

それゆえ、神は、彼らをその心の欲望のままに汚れに引き渡され、そのために彼らは、互いにそのからだをはずかしめるようになりました。

それは、彼らが神の真理を偽りと取り代え、造り主の代わりに造られた物を拝み、これに仕えたからです。造り主こそ、とこしえにほめたたえられる方です。アーメン。

こういうわけで、神は彼らを恥ずべき情欲に引き渡されました。すなわち、女は自然の用を不自然なものに代え、

同じように、男も、女の自然な用を捨てて男どうしで情欲に燃え、男が男と恥ずべきことを行うようになり、こうしてその誤りに対する当然の報いを自分の身に受けているのです。

また、彼らが神を知ろうとしたがらないので、神は彼らを良くない思いに引き渡され、そのため彼らは、してはならないことをするようになりました。

彼らは、あらゆる不義と悪とむさぼりと悪意とに満ちた者、ねたみと殺意と争いと欺きと悪だくみとでいっぱいになった者、陰口を言う者、

そしる者、神を憎む者、人を人と思わぬ者、高ぶる者、大言壮語する者、悪事をたくらむ者、親に逆らう者、

わきまえのない者、約束を破る者、情け知らずの者、慈愛のない者です。

彼らは、そのようなことを行えば、死罪に当たるという神の定めを知っていながら、それを行っているだけでなく、それを行う者に心から同意しているのです。


“死罪に当たる” ということばがあるように、最後は永遠の死を迎えるようになります。


自分の好き勝手に出来ることを喜び、地上で何も起こらないからと安心していても、永遠に消えることがない苦痛が待っています。


その人たちは自分自身でわざわいを招いていることに気付かなければなりません。

神を恐れることが祝福への道です。


皆さん全員が神を恐れ、幸いな人生になってほしいです。
(*´∇`*)

2015.9.20
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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