からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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聖日礼拝メッセージ

迫害の中でつまずかないためには

テーマは 『 迫害の中でつまずかないためには 』 です

【ヨハネの福音書15章18-25節】

もし世があなたがたを憎むなら、世はあなたがたよりもわたしを先に憎んだことを知っておきなさい。

もしあなたがたがこの世のものであったなら、世は自分のものを愛したでしょう。しかし、あなたがたは世のものではなく、かえってわたしが世からあなたがたを選び出したのです。それで世はあなたがたを憎むのです。

しもべはその主人にまさるものではない、とわたしがあなたがたに言ったことばを覚えておきなさい。もし人々がわたしを迫害したなら、あなたがたをも迫害します。もし彼らがわたしのことばを守ったなら、あなたがたのことばをも守ります。

しかし彼らは、わたしの名のゆえに、あなたがたに対してそれらのことをみな行います。それは彼らがわたしを遣わした方を知らないからです。

もしわたしが来て彼らに話さなかったなら、彼らに罪はなかったでしょう。しかし今では、その罪について弁解の余地はありません。

わたしを憎んでいる者は、わたしの父をも憎んでいるのです。

もしわたしが、ほかのだれも行ったことのないわざを、彼らの間で行わなかったのなら、彼らには罪がなかったでしょう。しかし今、彼らはわたしをも、わたしの父をも見て、そのうえで憎んだのです。

これは、『彼らは理由なしにわたしを憎んだ』と彼らの律法に書かれていることばが成就するためです。

イエス・キリストの十字架の死は 初めから予定されたものでした。


イエス・キリストは 自分がどのような死を迎えるかを知っていたので、弟子たちに事前に話しました。


【マタイの福音書16章21節】

その時から、イエス・キリストは、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始められた。

そして、そのことば通りのことが実際に起こりました。

宗教指導者たちの迫害によって殺されました。


この迫害は、イエス・キリストだけに限定されたものではなく、長い歴史の中で いつの時代にもキリスト者にありました。


イエス様は天に上る前に、弟子たちに使命を与えました。


【マルコの福音書16章15-16節】

全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。

信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。

そして主は聖霊を遣わして下さいました。


宣教は聖霊が主導し、聖霊が力を与えたので、弟子たちは勇気をもって大胆に出て行って福音を伝えました。


聖霊の奇跡も たくさん起こったので、救われる魂が多く起こされました。

イエス・キリストを殺した人間から見たら “想定外” のことで、福音は勢いよく広がっていきました。


それでイエス・キリストを迫害した同じ人間たちによって、再び迫害が 使徒たちや信じる者たちに始まり、そこで殉教者も出て来ました。

その様子を次の箇所で見ます。


【使徒の働き5章17-18節】

そこで、大祭司とその仲間たち全部、すなわちサドカイ派の者はみな、ねたみに燃えて立ち上がり、

使徒たちを捕らえ、留置場に入れた。

【使徒の働き5章33節】

彼らはこれを聞いて怒り狂い、使徒たちを殺そうと計った。

【使徒の働き5章40節】

使徒たちを呼んで、彼らをむちで打ち、イエスの名によって語ってはならないと言い渡したうえで釈放した。

これ以外にも激しい迫害がありました。



しかし、その中でも弟子たちは福音を宣べ伝え、ローマやアジヤでも多くの信じる者が生まれました。


ローマでは最初は迫害がなかったですが、信じる者が増えるにつれて迫害が始まりました。


イエス・キリストを信じる者が握っている “確信” (福音のメッセージ、唯一の神、救い主はキリストだけである) という排他性が 多くの人々を惹きつけましたが、それを認めない人たちは、そこにつまずき、敵対者になり、キリスト者を非難しました。

そして福音を妨げる力も強く働きました。


本格的なローマでの迫害は、ネロ皇帝の時に始まりました。

先月ローマへ行き、その現場を自分の目で見ることが出来ました。


ネロの放火によってローマ市の大半が焼かれた時に、ネロはその罪を、キリストを信じる者たちに転嫁しました。

そして “キリスト者” として知られている者たちに 罪を着せ、処刑しました。


クリスチャンたちは、動物のぬけがらを着せられて 犬に食い散らされたり、十字架につけられたり、夜になれば たいまつの代わりに燃やされました。


ネロは これらの見世物のために、自分の庭を解放して見せました。

ライオンや熊の餌食になる者も多かったです。



コロセウムの中にも入りましたが、5万人近く入る闘技場で、クリスチャンたちは 猛獣の餌食になっていきました。

このような迫害は長く続きました。


ドミティアヌス帝は、「キリスト教を告白することは死刑に値する罪」としました。

そして、ある人がキリスト者であることを知ると、その人に信仰を捨てる機会を与えます。

もしそれを拒否すれば処刑されました。


皇帝トラヤヌスは「だれでも自分がキリスト者であることを否定し、それを行いで証明するために、われわれの神々を拝むなら、その過去がいかに危険なものであろうとも その悔い改めによって赦されなければならない」と言いました。


激しい迫害を避けて、人々は地下に潜って行きました。



ローマには、カタコンベがあります。

現在知られているカタコンベは35です。


“地下埋葬所” とも言いますが、そこはクリスチャンたちが迫害を逃れるために身を隠した場所でもあります。


彼ら自身が地下に潜ってすべて掘りました。

今回はプリスキラカタコンベに行きました。


複雑に入り組んだカタコンベの廊下の総延長は、800キロとも言われます。

その規模には本当にびっくりしました。


真っ暗闇の中、息苦しい場所、湿気があり、そして死んだ人たちをそこに埋葬してあるので、においも相当あったと思いますが、それらと一緒に暮らすことは想像するだけで苦しくなりました。


しかし激しい迫害の中でも 彼らはその中で信仰を守っていました。



どのようにして彼らは激しい迫害の中で、つまずかずに信仰を守り通したのでしょうか?


ペテロもパウロも、ネロの迫害の時代に殉教しました。

私たちは同じ時代、迫害の中にいる信徒たちに対して イエス様が使徒ヨハネを通して語ったことばで、彼らの中にあるものを知ることが出来ます。


迫害の中で彼らを支えたものが何かを主が教えて下さいました。

その部分だけを聖書の箇所で伝えます。




主の名のために耐え忍んだ




【ヨハネの黙示録2章3節】

あなたはよく忍耐して、わたしの名のために耐え忍び、疲れたことがなかった。



主の励ましと報い




【ヨハネの黙示録2章10節】

あなたが受けようとしている苦しみを恐れてはならない。見よ。悪魔はあなたがたをためすために、あなたがたのうちのある人たちを牢に投げ入れようとしている。あなたがたは十日の間苦しみを受ける。死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう。



主に対する信仰




【ヨハネの黙示録2章13節】

「わたしは、あなたの住んでいる所を知っている。そこにはサタンの王座がある。しかしあなたは、わたしの名を堅く保って、わたしの忠実な証人アンテパスがサタンの住むあなたがたのところで殺されたときでも、わたしに対する信仰を捨てなかった。



愛と信仰、奉仕と忍耐




【ヨハネの黙示録2章19節】

「わたしは、あなたの行いとあなたの愛と信仰と奉仕と忍耐を知っており、また、あなたの近ごろの行いが初めの行いにまさっていることも知っている。



罪から離れ主とともに歩む




【ヨハネの黙示録3章4節】

しかし、サルデスには、その衣を汚さなかった者が幾人かいる。彼らは白い衣を着て、わたしとともに歩む。彼らはそれにふさわしい者だからである。



忍耐のことばを守った人に対する主の守り




【ヨハネの黙示録3章10節】

あなたが、わたしの忍耐について言ったことばを守ったから、わたしも、地上に住む者たちを試みるために、全世界に来ようとしている試練の時には、あなたを守ろう。





外から来る激しい迫害に耐えるための信仰と愛、忍耐と奉仕、主のことばに対する信頼があったので、彼らはイエス様を捨てることもなく、つまずくこともありませんでした。


そして、彼らには強力な復活信仰がありました。


よみがえった主を実際に目撃し、見ていなくても信じたので、彼らは試練の中で耐えることが出来ました。



今も世界の様々な所で、迫害を受けている信徒たちがいます。

そして後には、全世界に迫害が必ず起こると預言されています。


“目を覚まして準備していなさい” と主から言われてあります。


準備せずに信仰を守ることは不可能です。

忍耐も出来ないです。


簡単につまずくと思います。


主のことばは必ず実現しますので、他人事のように思ってはいけないです。
(; ̄Д ̄)


2018.2.4
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ダビデの礼拝に対する態度

テーマは 『 ダビデの礼拝に対する態度 』 です

【第1歴代誌16章1-4節】

こうして、彼らは、神の箱を運び込み、ダビデがそのために張った天幕の真ん中に安置した。それから、彼らは神の前に、全焼のいけにえと和解のいけにえをささげた。

ダビデは、全焼のいけにえと和解のいけにえをささげ終えてから、主の名によって民を祝福した。

そしてイスラエルのひとりひとりみなに、男にも女にも、それぞれ、丸型のパン、なつめやしの菓子、干しぶどうの菓子を分け与えた。

それから、レビ人の中のある者たちを、主の箱の前で仕えさせ、イスラエルの神、主を覚えて感謝し、ほめたたえるようにした。

ある人の信仰が、良い信仰か そうではないかは 何を見て分かりますか?

それは、礼拝態度を見ると分かります。


礼拝をないがしろにする人、形式的な礼拝で済ませる人の信仰は、良い信仰ではないです。

しかし礼拝を大切にし、真剣に取り組んでいる人は 良い信仰を持っています。


ダビデは良い信仰を持っている人ですが、その信仰が 礼拝にそのまま現れました。


ダビデが神の箱を運び込み、安置した天幕は モーセの荒野の幕屋とは違って、簡単な幕屋でした。

神殿が出来るまでの借り住まいのような天幕でした。


しかし、そこでささげられた礼拝は 本当に素晴らしい礼拝でした。

なぜならダビデは 神が求めておられる真の礼拝者であったからです。


イエス様は礼拝に対して次のように語りました。


【ヨハネの福音書4章23-24節】

しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。

神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」

ダビデには真の礼拝者の姿がありました。

ダビデはどのような礼拝を 主にささげたでしょうか?


神への喜びと感謝が礼拝に現れていました。


神に全焼のいけにえと和解のいけにえをささげ、主の名によって民を祝福し、そして和解のいけにえの一部を民にも与えて 喜びの祝宴をしました。


礼拝になくてはならないものは、“神への感謝と献身と喜び” です。


ダビデの礼拝には、それが溢れていました。


ダビデは いつも主の前に礼拝がささげられるように、主の前に仕える奉仕者を選び、いつも神に賛美をささげるようにしました。


賛美リーダーを立て、聖歌隊も作りました。

賛美隊が出来たのは、この時が初めてでした。


彼らは毎日の日課として 朝ごとに、夕ごとに絶えず主をほめたたえていました。

神への礼拝を どれほどダビデが大切に考えていたかが分かります。


そして主に仕える者たちにさせたのは、“主を覚えて感謝し、ほめたたえること” でした。


聖歌隊を作った目的は、礼拝をさらに敬虔なもの、聖なるものに導くためでした。

この時に作った聖歌隊は、ヘロデが建てた神殿が破壊されるまで続きました。



“主を覚えて感謝し、ほめたたえること” は礼拝の重要な部分です。


ダビデは聖歌隊が神の前で賛美出来るように、賛美も作りました。

8節から36節にある賛美は ダビデが直接書いたもので、それを聖歌隊に渡して歌わせました。


詩篇96編、105編、106編にも書かれています。

そこでも “主を覚えて感謝し、ほめたたえる” 内容がありました。


主を覚えることは 主のみわざを思い出し、公的に宣言し、記念として広く伝えることです。


神の偉大なみわざ、主のよくして下さったことを何一つ忘れず覚えることは大切です。


そして主に感謝することです。

感謝には「認める、告白する、ほめる」という意味も含まれてあります。


また主をほめたたえることです。

「ハレルヤ」は “主をほめたたえる” という意味です。


【イザヤ書41章16節】

あなたは主によって喜び、イスラエルの聖なる者によって誇る

という言葉がありますが、“主を喜ぶ、主を誇る” ことが主をほめたたえることです。






人間が造られた目的は何でしょうか?

答えは次の箇所にあります。


【イザヤ書43章21節】

わたしのために造ったこの民はわたしの栄誉を宣べ伝えよう。

すなわち人間は、“神への礼拝者” として造られました。


その目的通りに霊とまことを持って礼拝をささげる人は、造られた目的通りに生きている人で、礼拝をしていない人は、神の目的に反する生活を送っていることになります。


そのような礼拝では、神に喜ばれるはずがありません。


ダビデは素晴らしい礼拝者として生涯を送りました。

神は、ダビデに対して 主のみこころにかなう人だと言われ、素晴らしい礼拝者でした。


真の礼拝者になるためには、このことを心掛けないといけないです。


【第1コリント10章31節】

こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい。

私たちに救いと希望を与えて下さった神に 栄光と感謝をささげることは当然です。


【ヘブル13章15-16節】

ですから、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。

善を行うことと、持ち物を人に分けることとを怠ってはいけません。神はこのようないけにえを喜ばれるからです。

【第1歴代誌16章36節】

ほむべきかな。イスラエルの神、主。とこしえから、とこしえまで。それから、すべての民はアーメンと言い、主をほめたたえた。

神をほめたたえるのはとこしえまでです。


ダビデの賛歌に対して、民は “アーメン” と ほめたたえました。


“アーメン” は、他の人のことばに同意する時、また その人の人格に対する信頼の表現です。

祈りのことばや賛美に対して「まことにその通りです。」と同意するのが、“アーメン” です。


ダビデは幕屋でいつも礼拝がささげられるようにして、神に栄光をささげました。



信仰のない悪い王が登場すると、神への礼拝がないがしろにされ 国全体が堕落していきました。

しかし信仰の良い王が登場すると、まず初めに 神への礼拝が回復しました。


真の礼拝者たちは たましいが豊かに祝福されますし、礼拝の中でも いつも恵まれます。


礼拝をささげても、恵みも喜びも感じないならば、礼拝態度が良くないからです。

信仰をもって主を覚えて感謝し、主をほめたたえるならば 恵まれないわけがないです。


主は 今も真の礼拝者を探しています。
アーメン (・∀・)つ


2018.1.21
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鷲が翼をかって上るように

テーマは 『 鷲が翼をかって上るように 』 です

【イザヤ書40章28-31節】

あなたは知らないのか。聞いていないのか。主は永遠の神、地の果てまで創造された方。疲れることなく、たゆむことなく、その英知は測り知れない。

疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。

若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。

しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。

上って行く人生もあれば、下って行く人生もあります。

人間 誰もが上って行く人生は願っても、下って行く人生は望んでいないと思います。


上って行く人生は、繁栄していく人生ですから素晴らしい人生です。


主を信じる人に、主が願うことは何でしょうか?

本文にあるように、鷲のように翼をかって高く上って行く人生です。


永遠の神、力ある神、創造主である神を信じながら、下って行く人生はありえないからです。


しかし神を信じながらも 上って行く人生ではなく、翼を広げたこともなく 下って行く人生を生きるならば、それは聖霊を悲しませる行為であり、主の元に帰ることも出来ないです。



上って行く人生とは、“すべてが思いのまま うまくいく人生” と思ってはいけないです。

イエス様は次のように語りました。


【ルカの福音書9章25節】

人は、たとい全世界を手に入れても、自分自身を失い、損じたら、何の得がありましょう。

富、名誉、権力、知恵など 欲しいものすべてを手に入れた人を成功者と言いますし、上って行く人生だと思っています。



しかし主の思いと人間の思いはまったく違います。


すべてを手に入れても神なしに生きる人、まことのいのちがない人は下って行く人生です。


上って行く人生は、神への望みを抱いて、いのちの翼をかって上って行きます。



その人たちの価値観、生きる意味、優先順位は世の人とは違います。


【ピリピ3章20-21節】

けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。

キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。

自分の国籍が天にあること、自分は神の民であること、そして天国が、自分が住むべき所、いつか帰る家であることを自覚して生きています。


口を開くと天国の話をします。

心がこの地上ではなく、上(天)にあります。

そのような人の体は 地上にあっても、心はこの世にありません。






神はその人たちを鷲が翼をかって上ることが出来るように訓練します。


いくら気持ちがあっても、翼があっても、訓練をしないと飛ぶことは出来ません。

翼に力と生命力がないと飛べないです。


ですから神は ご自分の子たちが高く飛べるように、鷲がひなを訓練するように「訓練する」と、はっきり語りました。

次の箇所で、神はイスラエルの民への訓練を鷲のひなの訓練に例えました。


【申命記32章10-11節】

主は荒野で、獣のほえる荒地で彼を見つけ、これをいだき、世話をして、ご自分のひとみのように、これを守られた。

鷲が巣のひなを呼びさまし、そのひなの上を舞いかけり、翼を広げてこれを取り、羽に載せて行くように。

鷲はひなのために柔らかい快適な巣を作ります。

ひなが安心出来る場所を作り、えさを与え、敵からもしっかり守ります。


しかし、しばらくすると巣を荒らします。

ひなにとっては大試練です。

何が起こるかわからない不安だけがあります。


いつまでも居心地の良い場所にいると思ったのに、とんでもないことが起こります。

親鷲は巣を壊し、ひなをそこからつき落とします。


ひなは羽があっても 羽に力がないので、うまく飛ぶことが出来ず真っ逆さまに落ちて行きます。

死の恐怖です。



見守る親鷲は、ひなが岩に当たることがないように すばやく羽を広げて、ひなを載せて高く舞い上がります。

そのように繰り返しひなを訓練します。

訓練によって、ひなは自力で空を飛ぶことが出来ます。


高く飛ぶように、広い世界で生きるように造られてありますので訓練によってそれが出来るようになります。






神の民は、上って行く人生を生きるように召された者です。

堕落した地上を離れ、天に向かって上って行く人生を生きなければなりません。


そのため、神は召された者を必ず訓練します。


【申命記8章5節】

あなたは、人がその子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを、知らなければならない。

【ヘブル12章5-11節】

そして、あなたがたに向かって子どもに対するように語られたこの勧めを忘れています。「わが子よ。主の懲らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない。

主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。」

訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。父が懲らしめることをしない子がいるでしょうか。

もしあなたがたが、だれでも受ける懲らしめを受けていないとすれば、私生子であって、ほんとうの子ではないのです。

さらにまた、私たちには肉の父がいて、私たちを懲らしめたのですが、しかも私たちは彼らを敬ったのであれば、なおさらのこと、私たちはすべての霊の父に服従して生きるべきではないでしょうか。

なぜなら、肉の父親は、短い期間、自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのですが、霊の父は、私たちの益のため、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。

すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。

訓練によって失うものは一つもなく、むしろ得るものが多いです。

平安の義の実が結ばれます。


【ローマ5章3-5節】

そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、

忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。

“神を信じているのに どうして患難ばかり多いのか” と思っていますか?

神が自分を訓練しているとは思いませんか?


忍耐は祝福から生み出されるものではなく、患難の中で生み出されます。

品性は忍耐の中で生み出されます。


そして希望は練られた品性によって生み出されます。

この希望は天国への希望、永遠への希望です。


主に早く会いたいという希望です。その希望が魂の翼に生命力を与えます。


希望のない人は上ることが出来ないです。


この希望によって、迫害の中でも聖徒たちは平安と喜びに満たされて 神を賛美することが出来ました。


心は縛られることなく、翼をかって神の所に上り、神と交わりました。


神はたましいの翼に力をつけるために訓練をします。

訓練によって翼に力が出てきます。


そして、永遠の希望をもって 天に向かって上って行く人生を生きるようになります。


みなさんの翼にさらに力が与えられますように。
アーメン v( ̄∇ ̄)v


2018.1.14
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一年間の総決算

テーマは 『 一年間の総決算 』 です

【ルカの福音書12章16-21節】

それから人々にたとえを話された。「ある金持ちの畑が豊作であった。

そこで彼は、心の中でこう言いながら考えた。『どうしよう。作物をたくわえておく場所がない。』

そして言った。『こうしよう。あの倉を取りこわして、もっと大きいのを建て、穀物や財産はみなそこにしまっておこう。

そして、自分のたましいにこう言おう。「たましいよ。これから先何年分もいっぱい物がためられた。さあ、安心して、食べて、飲んで、楽しめ。」』

しかし神は彼に言われた。『愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。』

自分のためにたくわえても、神の前に富まない者はこのとおりです。」

一年があっという間に過ぎたと みんなが言います。

そして一年間 何をしたのかよく分からないとも言います。


今日が今年の最後の日です。


今年をどのように締めくくり、新年を迎えるのか、この時間 考えようと思います。

一年間の総決算ですが、二つのことでの決算をしてみます。


まずは “地上に蓄えたもの” と “天に蓄えたもの” で考えます。


本文でも神様は、二つのもので金持ちの財産の決算をしました。



この金持ちは地上での決算はすごい黒字でした。

豊作でしたので すごく祝福されました。


地上に蓄えたものは、その人の汗と努力の結果で得たものですから、それも素晴らしい祝福です。

それは私たちの生活を豊かにするために神が与えた祝福です。


天に蓄えることは 私たちが神のみこころに従って、私たちがささげるすべてのものです。


これは地上での生活を敬虔に恵み豊かなものにします。


そして、それは神が喜ぶものであり、天に宝を積むことです。


【ルカの福音書12章33-34節】

持ち物を売って、施しをしなさい。自分のために、古くならない財布を作り、朽ちることのない宝を天に積み上げなさい。そこには、盗人も近寄らず、しみもいためることがありません。

あなたがたの宝のあるところに、あなたがたの心もあるからです。

困った者、貧しい者、助けが必要な人々に施しをしても 返してもらうことはないですが、それは天に宝を積むことになります。


神ご自身がその人を祝福します。

それは主の約束です。


【マタイの福音書25章40節】

すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。』

ここの王はイエス様です。

その人たちに与えられる祝福が素晴らしいです。


【マタイの福音書25章34節】

そうして、王は、その右にいる者たちに言います。『さあ、わたしの父に祝福された人たち。世の初めから、あなたがたのために備えられた御国を継ぎなさい。

私たちは どれほど主のためにささげ、主のために働き、また多くの人々に善行を行ったでしょうか。


預金通帳にお金が増え続けることが喜びでしょうか?

神に対して富まない生き方で満足していますか。


それとも 天に宝を積み上げることが喜びでしょうか?


ある人たちは「金持ちになってからにします」と言う人がいます。

主は それが言い訳であることを知っているので、持ち物を売って、施しをしなさいとも言われます。


次の箇所に模範になる人々がいました。

彼らは地上には何も蓄えていないですが、天にはたくさんのものを蓄えました。


【第2コリント8章1-5節】

さて、兄弟たち。私たちは、マケドニヤの諸教会に与えられた神の恵みを、あなたがたに知らせようと思います。

苦しみのゆえに激しい試練の中にあっても、彼らの満ちあふれる喜びは、その極度の貧しさにもかかわらず、あふれ出て、その惜しみなく施す富となったのです。

私はあかしします。彼らは自ら進んで、力に応じ、いや力以上にささげ、

聖徒たちをささえる交わりの恵みにあずかりたいと、熱心に私たちに願ったのです。

そして、私たちの期待以上に、神のみこころに従って、まず自分自身を主にささげ、また、私たちにもゆだねてくれました。





もう一つ決算すべきものがあります。


それは、どれほど多くの愛と励ましと理解のことばを一年間残したでしょうか。


ある人たちは一年間、他人への非難と誹謗中傷をたくさん残したかも知れません。

それは必ずその自分自身に返って来ます。


すでに悲惨な結果を見た人もいると思います。

いま受けていなくても、いつかはそれが自分に返ってきます。


人間関係を壊し、信用を落とし、そして恥を受けます。

ですから今からでも悪口や非難したことに対して謝らないといけないです。


「すみませんでした。」「私が悪かったです。」
もしそれを実行に移さず、そのままにしておくならば 自分の心とたましいを どんどん病気にしていきます。


もし直接、言いにくいならば 主の前に出て告白して下さい。

罪を悔い改めて下さい。


そして以後、愛と励ましと理解のことばで満たして下さい。

一人一人 考えてみて下さい。


一年間 天にどれぐらい蓄えたのか、そしてどれくらい人に対して愛を示してきたのかを考えて下さい。


これは毎年 私たちが心掛けないといけないことです。
(。・ω・)ノ゙



2017.12.31
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人が失ったものを回復させて下さった主

テーマは 『 人が失ったものを回復させて下さった主 』 です

【ヨハネの福音書14章6節】

イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。

「イエス・キリストをなぜ信じますか。」
「イエス・キリストが何をしてくれましたか。」と 聞かれたなら、何と答えますか?


信じる理由はあると思います。

理由もなく信じることはないです。


「イエス・キリストは何をしてくれましたか?」という質問にも きちんと答えられますか?

もし知らないならば、明確に知る必要があります。


イエス様は、私たちが もっと主を知ってほしいと願って、いつも自分のことを教え、また実際の働きを通して見せました。

本文でも自分が誰なのかを教えて下さいました。


イエス様がなぜ「道、真理、いのち」でしょうか。


それにはどのような意味があるでしょうか?


それを知るためには 創世記を読まないと理解が出来ません。


創世記を読むと、人間は本来 何を持っていたのかを知ることが出来ます。

神が最初の人間であるアダムを造った後に、何をしたでしょうか?


【創世記1章27-28節】

神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。

神は彼らを祝福された。神は彼らに仰せられた。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。」

【創世記2章8-9節】

神である主は、東の方エデンに園を設け、そこに主の形造った人を置かれた。

神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに良いすべての木を生えさせた。園の中央には、いのちの木、それから善悪の知識の木を生えさせた。

神は人間に被造物を支配する権威と祝福を最初から与えました。

何一つ不足がない祝福でした。


何の心配や不安もない生活を送れるように、神が祝福して下さいました。

しかし、“ひとつだけ” 気を付けるように言われたことがありました。


【創世記2章16-17節】

神である主は、人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。

しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」

エデンの園は平和で祝福に満ちていましたし、人間は何の不自由もなく暮らしました。


創世記2章までは完璧な世界でした。






しかし そこに忍び寄るものがありました。


蛇ですが、ただの蛇ではなく、サタンが入っていました。

とても悪い目的を持って近づきました。


そして人間を “偽り” で惑わし始めました。

それに対して、人間は あまりにも簡単に惑わされてしまいました。


“善悪の知識の木” は、人間が神のことばに従順するかどうかを試すための木でありました。


人間は、“神による被造物であること” を忘れず、いつも覚える必要がありましたし、神のことばに従う義務がありました。



悪魔はそれを知って、人間を誘惑するために近づきました。

神が禁じた善悪の木に対して、悪魔は次の箇所で言いました。


【創世記3章4-5節】

そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。

あなたがたがそれを食べる時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」

このことばは真実でしょうか?

それまで人間は 神様のことばしか聞いていませんでした。


ですから、サタンのことばが “新鮮” に聞こえたかも知れないです。

それが とても魅力的なことばだったので、余計に耳を傾けました。


神のようになりたいので、食べたくなったのでしょう。

そして、「食べても死ぬわけがないだろう」 と思ったことでしょう。


偽りが真実に、真実が偽りに聞こえました。


しかし食べた後、彼らは騙されたことに気づきました。

神になったわけでもなく、反対に恥ずかしい思い、不安、神へ恐れが出てきました。



そして神が現れ、彼らに警告した通りのさばきを下しました。


【創世記3章23-24節】

そこで神である主は、人をエデンの園から追い出されたので、人は自分がそこから取り出された土を耕すようになった。

こうして、神は人を追放して、いのちの木への道を守るために、エデンの園の東に、ケルビムと輪を描いて回る炎の剣を置かれた。

天国のようなエデンの園から追い出された人間には 地獄のような苦しい生活が待っていました。

天国を知っているからこそ、地獄のような生活は惨めだったと思います。


神が祝福として与えたすべてのものを人間は一瞬にして失いました。


いのち、神との交わり、エデンの園、平安、地を支配する権威、清さなど、良いものを全て失いました。

どんなに悔いても “後の祭り” でした。


失ってから その大切さを知ることが多いです。


しかし人間の力で失ったものを取り戻せたでしょうか?

―― 取り戻せなかったです。
人間には、そんな能力や力もないです。


そしてサタンは、人間を騙したことを謝って償ったでしょうか?

サタンは人間を騙して堕落させたことを喜び、そして人間を支配する者になりました。


それによって人間は、“惨めさと絶望しかない” 状態になりました。


そこで、このことを残念に思った方がいました。

それは人間を造った神でした。


人間の堕落がなかったならば、救いの計画は要らなかったはずです。

しかし堕落してしまったことで すべてが変わってしまいました。


そして人間は堕落によって、神を大いに失望させました。


でも人間は反省もせず、失ったものだけで苦しんでいました。

取り戻す すべがなかったからです。






そこで愛の神は、人間を永遠に捨てることをせず、再び人間が失ったものを取り戻す方法を考えました。


無力な人間の代わりに 神の力で、失ったいのち、閉ざされた天国への道、相変わらずサタンに騙されている人間を救い出すための大プロジェクトを始めました。


その働きに一番ふさわしい方は、神のひとり子・イエス様しかいませんでした。


ですからイエス様は、その働きをするために神に遣わされて人間となって地上に来られました。


そして偽りの中で生きている人間に 真理を語り、偽りの正体も明らかにしました。


【ヨハネの福音書8章44-47節】

あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願っているのです。悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。彼のうちには真理がないからです。彼が偽りを言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのです。なぜなら彼は偽り者であり、また偽りの父であるからです。

しかし、このわたしは真理を話しているために、あなたがたはわたしを信じません。

あなたがたのうちだれか、わたしに罪があると責める者がいますか。わたしが真理を話しているなら、なぜわたしを信じないのですか。

神から出た者は、神のことばに聞き従います。ですから、あなたがたが聞き従わないのは、あなたがたが神から出た者でないからです。」

そしていのちを与える主であることも知らせました。


【ヨハネの福音書5章24節】

まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。

真理しか語らない方ですから、このことばも真理であり真実です。


イエス様ご自身も、十字架で死んだままで終わったのではなく、死の力を持つ悪魔に勝利して “復活” しました。


ですから信じる者にも復活のいのちを与えることが出来ます。


そしてイエス様によって天国への道も開かれました。


【ヨハネの福音書14章3節】

わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。

このようにイエス様は地上に来られ、人間が失ったすべてものを取り戻しました。


そして、信じる者に イエス様は取り戻したものを回復させて下さいます。


【ヨハネの黙示録22章13-14節】

わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである。」

自分の着物を洗って、いのちの木の実を食べる権利を与えられ、門を通って都に入れるようになる者は、幸いである。

イエス・キリストが地上に来られた目的は これ以外も多いですが、すべて私たち人間のためであることを知り、信じ、感謝する者になりましょう。


この恵みを受け取る人が幸いです。
アーメン ヽ(TдT)ノ


2017.12.24
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エルサレムに対する主のことば

テーマは 『 エルサレムに対する主のことば 』 です

【詩篇122編1-8節】

人々が私に、「さあ、主の家に行こう」と言ったとき、私は喜んだ。

エルサレムよ。私たちの足は、おまえの門のうちに立っている。

エルサレム、それは、よくまとめられた町として建てられている。

そこに、多くの部族、主の部族が、上って来る。イスラエルのあかしとして、主の御名に感謝するために。

そこには、さばきの座、ダビデの家の王座があったからだ。

エルサレムの平和のために祈れ。「おまえを愛する人々が栄えるように。

おまえの城壁のうちには、平和があるように、おまえの宮殿のうちには、繁栄があるように。」

私の兄弟、私の友人のために、さあ、私は言おう。「おまえのうちに平和があるように。」私たちの神、主の家のために、私は、おまえの繁栄を求めよう。

トランプ大統領が「エルサレムをイスラエルの首都に認定」と正式表明したことで、世界中が騒いでいます。


全世界の言論、国連、パレスチナを初め アラブ諸国、ロシア、トルコ、中国、ヨーロッパ諸国までトランプ大統領を非難しています。

様々な悪口を言っています。


これは、神の完全な御心によって行われている預言の成就に対して、この世の闇の勢力の姿を見せているので、今が終わりの時代であることがよく分かります。


クリスチャンはこの世と歩調を合わせるのが正しいやり方でしょうか?


クリスチャンはイスラエルに対する神のみこころをどのように分別すべきか、何を祈るべきかを、聖書の観点から考え、正しい認識と姿勢を取らなければなりません。


この世と人々は 聖書を知らないし、神の思いも知りません。


神のみことばに対する理解や、正確な啓示に基づかず、人間の浅い理性や世の常識や思いで善悪を判断するので、その結果は “イスラエルに対する反感や偏見” です。


またクリスチャンさえも宗教的な考えを持っている人は、イスラエルに対する神の契約を理解せず、神がイスラエルを溺愛するのではないかと思い、なぜイスラエルがカナンの地に住む人たちを追い出しているのかと思っています。


しかしその人たちは、ユダヤ人の先祖であるアブラハムの時代から選民として 神に選ばれたユダヤ民族と、彼らに与えたカナンの地とエルサレムに対して聖書がはっきりと語っていることを知らなければなりません。

神は何度も土地のことをアブラハム(アブラム)に語りました。


【創世記15章18-21節】

その日、主はアブラムと契約を結んで仰せられた。「わたしはあなたの子孫に、この地を与える。エジプトの川から、あの大川ユーフラテス川まで。

ケニ人、ケナズ人、カデモニ人、

ヘテ人、ペリジ人、レファイム人、

エモリ人、カナン人、ギルガシ人、エブス人を。」

そこに住んでいた人たちが、そこから追い出された理由は 彼らの悪のためでした。


【申命記9章4-5節】

あなたの神、主が、あなたの前から彼らを追い出されたとき、あなたは心の中で、「私が正しいから、主が私にこの地を得させてくださったのだ。」と言ってはならない。これらの国々が悪いために、主はあなたの前から彼らを追い出そうとしておられるのだ。

あなたが彼らの地を所有することのできるのは、あなたが正しいからではなく、またあなたの心がまっすぐだからでもない。それは、これらの国々が悪いために、あなたの神、主が、あなたの前から彼らを追い出そうとしておられるのだ。また、主があなたの先祖、アブラハム、イサク、ヤコブになさった誓いを果たすためである。

このようにして イスラエルは、今の土地を神から与えられました。

しかしイスラエル人に対しても、彼らが神に聞き従わないならば試練が来ることを警告しました。


【申命記28章64-66節】

主は、地の果てから果てまでのすべての国々の民の中に、あなたを散らす。あなたはその所で、あなたも、あなたの先祖たちも知らなかった木や石のほかの神々に仕える。

これら異邦の民の中にあって、あなたは休息することもできず、足の裏を休めることもできない。主は、その所で、あなたの心をおののかせ、目を衰えさせ、精神を弱らせる。

あなたのいのちは、危険にさらされ、あなたは夜も昼もおびえて、自分が生きることさえおぼつかなくなる。

実際にユダヤ人は2千年の間、全世界に散らされて、ひどい目にあいました。

しかし神は彼らに回復の預言も与えて下さいました。


【ゼカリヤ書8章1-3節】

次のような万軍の主のことばがあった。

万軍の主はこう仰せられる。「わたしは、シオンをねたむほど激しく愛し、ひどい憤りでこれをねたむ。」

主はこう仰せられる。「わたしはシオンに帰り、エルサレムのただ中に住もう。エルサレムは真実な町と呼ばれ、万軍の主の山は聖なる山と呼ばれよう。」

ゼカリヤ書8章には、“主はこう仰せられる” ということばが繰り返して出てきます。

それはエルサレムの回復に対する神の強い思いと決断、そして実行しようとする確固たる神の意志が現れてあります。


神がユダヤ民族をこれほど愛しているのは、彼らが “神の民” であるからです。

聖書にはエルサレムということばが、756回も出てきますが、コーランには1回も出ていないです。

エルサレムが イスラエルのものであることの証明でもあります。






そして今回、トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都に認定したことで騒いでいる様子も、すでに聖書に預言されてあります。

この預言は 今から2,535年前の預言です。


【ゼカリヤ書12章2-3節】

見よ。わたしはエルサレムを、その回りのすべての国々の民をよろめかす杯とする。ユダについてもそうなる。エルサレムの包囲されるときに。

その日、わたしはエルサレムを、すべての国々の民にとって重い石とする。すべてそれをかつぐ者は、ひどく傷を受ける。地のすべての国々は、それに向かって集まって来よう。

まさに いま世界はこのような状態になってきました。


トルコが一番強く反発し、ロシアと急接近しています。

ロシヤもイスラエルを狙っています。


イランの軍司令官は、エルサレムがシオン主義者の墓になると語りました。

トランプ大統領は歴史の中で一番愚かな者だと言いました。


ハマースもムスリムが立ち上がるように強くイスラエルに反発しています。

マレーシアは軍隊を派兵すると言いました。


エルサレムを首都に認定しただけで 全世界がこのような騒ぎをすることを 偶然だと思いますか?


これは、神は終わりの時代に必ず起こることとして預言しました。


聖書にあるほとんどの預言が実現されました。

残っているのは終わりの時に関する預言だけです。


トランプ大統領の今回の宣言は、自分で考え出したことではないです。

すでに1995年、米議会で大使館をエルサレムに移すことを決意しました。


しかし歴代の大統領は何もしませんでした。

トランプ大統領は選挙の時に、エルサレムがイスラエルの首都であり、大使館を移すことを公約していました。


しかし誰もトランプ大統領が実行するとは思いませんでした。

今までの大統領は公約で語っても自分の立場ばかり考えて実行しなかったですが、トランプ大統領は勇気をもって実行しました。


世界の指導者たちも、10年前まではイスラエルに対して友好的だったのに、どうしてこんなに変わってしまったのでしょうか?


多くはパレスチナやメディアの言うことに騙されています。

彼らは、真実を “真実” として伝えていないです。


そしてアラブの産油国の反発を恐れて、言うべきことも言えず、イスラエルを非難しています。


イスラエルのネタニヤブ首相は、トランプ大統領のエルサレム首都認定のことばを聞いて、エルサレムは3千年前からイスラエルの首都であり、今回のことが平和への道であると歓迎しました。


そしてユダヤ教のラビ250人は、トランプ大統領に手紙を送りました。

トランプ大統領の行動によってゼカリヤ書8章4節の預言が成就したと伝えました。


【ゼカリヤ書8章4節】

万軍の主はこう仰せられる。「再び、エルサレムの広場には、老いた男、老いた女がすわり、年寄りになって、みな手に杖を持とう。

人々はトランプ大統領が様々な理由があって今回のことをしたと言いますが、神は歴史を動かす主であり、神の計画のために、誰かを選んでその働きをさせます。


次の箇所には、アブラハムに語った主の約束があります。


【創世記12章3節】

あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。

歴史を調べてみて下さい。

国々の中でこの通りになったことを発見すると思います。


トランプ大統領がイスラエルを祝福することは、アメリカの祝福になります。

神の約束ですから。


そして、これからのイスラエルに対する預言があります。


エルサレムが、攻めて来る者たちに包囲されます。

ですが聖書は、その結果に対しても預言してあります。


【ゼカリヤ書12章8-9節】

その日、主は、エルサレムの住民をかばわれる。その日、彼らのうちのよろめき倒れた者もダビデのようになり、ダビデの家は神のようになり、彼らの先頭に立つ主の使いのようになる。

その日、わたしは、エルサレムに攻めて来るすべての国々を探して滅ぼそう。

今までイスラエルとアラブ諸国との中東戦争を見ても、神の助けがあってイスラエルが勝利しました。


人間的には勝つことが出来ない戦争でした。

神はすでに語ったことば通りに実行なさる方です。


終わりの時に世界戦争が起こることも預言されてありますし、世界の国々がエルサレムを攻撃することも2千年前に預言されていました。

偶然に起こることではないです。


クリスチャンがどのようにすべきかは、今日の本文である詩篇122編にあります。


私たちの力で出来ることがありますか?

―― 何もないです。


ただ神様が私たちにしなさいと命じられたことをすべきです。


エルサレムの平和のために祈ることです。


今までの状態が平和ではないです。

今あるのは、“偽りの平和” です。


絶えずそこでは戦いがあります。

偽りの平和が消えて、真の平和が来るように祈ることです。


神がアブラハムに約束した通りの状態になることが真の平和への道です。

聖書で、3千年前から神が決めておられることを認めることです。


事実を認めず、偽りを信じては何の解決にもならないです。

事実を知りたいならば聖書を読んでみて下さい。


そこにすべて書かれてあります。


信徒たちもそれを正しく知り、エルサレムの平和のために祈ることです。

アーメン (・∀・)つ


2017.12.17
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こんな時は聖書のどこを読めば良いの?
目的別みことば

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シャローム松山教会の礼拝メッセージです
すべての事について…感謝❤

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何を感謝するのか

テーマは 『 何を感謝するのか 』 です

【詩篇103章1-5節】

わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。

わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。

主は、あなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病をいやし、

あなたのいのちを穴から贖い、あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、

あなたの一生を良いもので満たされる。あなたの若さは、鷲のように新しくなる。

詩篇103編は、波乱万丈の人生を生きた ダビデ王が書いた箇所です。


103編は全部で22節ありますが、1節はこのように始まりました。


【詩篇103編1節】

わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。

そして22節は、次のことばで終わりました。


【詩篇103編22節】

主をほめたたえよ。すべて造られたものたちよ。主の治められるすべての所で。わがたましいよ。主をほめたたえよ。

これで分かるように、詩篇103編は「神の恵みに対する感謝の賛美」です。

ダビデは、どんな時にも 絶えず神に感謝の賛美をささげた人物でした。


感謝の賛美は、神がとても喜ぶいけにえなので、ささげるように言われています。


【ヘブル13章15節】

ですから、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。

神の恵みを知っている人は誰でも、神に感謝の賛美をささげることが出来ます。

それも絶えずささげることが出来ます。


私たちは何を 神に感謝すべきでしょうか?





すでに受けた恵みに感謝すること




地上で神の恵みを受けていない人は、1人もいません。

すべての人は神が造った世界で、色々な恵みを 生まれながら受けています。


たとえ過酷な環境の中で生まれたとしても、神が最初からそのような環境にしたのではなく、良い環境だったところを人間が破壊して悪くしましたし、人間の罪と悪によって良いものを得られなくなったことが多いです。


信じる者は、“特別な恵み” を神から受けました。

本文にもあるように、


罪が赦されたこと、死から命に移され救われたこと、神の裁きの代わりにあわれと恵みと愛を受けたことに感謝しなければなりません。


そして、霊肉とも癒されたこと、サタンから解放されたことも、私たちが受けた恵みです。


このことを忘れず、絶えず神に感謝をささげることです。


感謝を忘れる時から罪が始まります。


イスラエル人が そのことを見せました。


長い間、エジプトで苦しんでいた民を 神はあわれんで、エジプトに厳しい災いを下して、イスラエル人を救い出しました。


そして追跡して来たパロとその軍勢に対しても裁きを下し、イスラエル人が無事に紅海の海を渡れるようにしました。

完全な救いでした。


その恵みを受けた直後に、モーセとイスラエル人は神に感謝の賛美をささげました。


【出エジプト記15章1-3節】

そこで、モーセとイスラエル人は、主に向かって、この歌を歌った。彼らは言った。「主に向かって私は歌おう。主は輝かしくも勝利を収められ、馬と乗り手とを海の中に投げ込まれたゆえに。

主は、私の力であり、ほめ歌である。主は、私の救いとなられた。この方こそ、わが神。私はこの方をほめたたえる。私の父の神。この方を私はあがめる。

主はいくさびと。その御名は主。

このように主が喜ぶ感謝の賛美をささげました。

しかし3日後には別の姿がありました。それは “主の恵みをすっかり忘れた姿” でした。


3日間、荒野を歩きましたが、水がなく、マラに来ましたが、その水は苦くて飲めませんでした。


すると民は次のようになりました。

民はモーセにつぶやいて、『私たちは何を飲んだら良いのですか。』と言いました。


受けた恵みのことは すっかり忘れて、現実の問題を見て つぶやきました。

これが人間の弱さであり、罪深さです。


受けた恵みをすぐに忘れることが多く、すぐ つぶやくので、「主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」と言われてあります。


「受けた恵みなんか無い」という人は 大ウソつきであり、目が見えない人であり、良心が麻痺した人です。





今受けている恵みに感謝すること




現在受けている恵みに感謝するためには、満ち足りる心を伴う “敬虔” が必要です。


【第1テモテ6章6-10節】

しかし、満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。

私たちは何一つこの世に持って来なかったし、また何一つ持って出ることもできません。

衣食があれば、それで満足すべきです。

金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。

毎日、様々なニュースに接する度に 感謝することが多いです。


自然災害や事件、事故がない日はありません。

悲惨な目に遭った人が、特別に悪い人で 罪深いからでしょうか?


そんなことはないです。そういうことは誰にでも起こることです。

たまたま その人たちが そういう目に遭っただけで、自分たちも いつ どんな目に遭うかは誰も知らないです。


ですから、苦しみに遭っている人には 憐れみの心を持ち、いま自分が守られていることに対しては、感謝をささげないといけないです。


日々の食べ物があることが本当に感謝です。
家があることも感謝です。


トイレがあることも感謝です。
インドでは、トイレのある家が53%です。

他の貧しい国に行けば、もっとひどく トイレも水道も何もないです。


そこに生まれた人は、一杯の水でも感謝します。

それも また人々と分け合います。


快適な環境にいながら感謝しないと、本当に罰が当たりますね。


信仰の自由がある今、生きていることも感謝です。

この状況が いつ変わるか分かりません。


大きな患難がないこともすごく感謝です。


感謝できる恵みがいま存在しているのに、欲張りの心が働いて感謝出来ずにいるならば、その人は結局、悲しい末路を迎えることになります。





これから受ける恵みに感謝すること




これから受ける恵みに感謝するためには、神の約束を信じる信仰が必要です。

神の約束は保証された祝福であり、恵みです。


たとえ苦難の中にいる人でも、神の約束を知り、その約束を信じるならば 希望が出て来ます。

希望ある人は その保証された約束を信じて、苦難の中でも感謝することが出来ます。


苦難の中には、絶望だけがあるのではありません。


神は そこに “約束” という恵みを送って下さいます。


それを受け取る人は、恵みに感謝し、それによって勝利することが出来ます。

アブラハムの例を見ます。


【ヘブル11章17-19節】

信仰によって、アブラハムは、試みられたときイサクをささげました。彼は約束を与えられていましたが、自分のただひとりの子をささげたのです。

神はアブラハムに対して、「イサクから出る者があなたの子孫と呼ばれる」と言われたのですが、

彼は、神には人を死者の中からよみがえらせることもできる、と考えました。それで彼は、死者の中からイサクを取り戻したのです。これは型です。

アブラハムは約束を信じたので、イサクをささげるように 神から言われた時に、パニックになることもなく、神のことばに従順しました。


神は彼の信仰を祝福し、イサクの代わりになる一頭の雄羊を用意していました。

アブラハムは初めからそのことは知りませんでした。


祭壇の薪の上にイサクを載せ、刀を振り上げた時に 神が知らせて下さいました。


神が良いことをして下さったので、アブラハムはその場所をアドナイ・イルエ(主の山には備えがあるという意味)と名づけました。


約束に対する信仰、感謝を伴う従順があったので、神は特別な祝福を与えて下さいました。


神は特別な祝福を与えると約束して下さいました。

どのような人に与えるでしょうか?


【詩篇103編11-13節】

天が地上はるかに高いように、御恵みは、主を恐れる者の上に大きい。

東が西から遠く離れているように、私たちのそむきの罪を私たちから遠く離される。

父がその子をあわれむように、主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる。

主を恐れる人に特別な祝福を与えます。

次の箇所にもあります。


【詩篇103編17-18節】

しかし、主の恵みは、とこしえから、とこしえまで、主を恐れる者の上にある。主の義はその子らの子に及び、

主の契約を守る者、その戒めを心に留めて、行う者に及ぶ。

そして主は主を恐れる者に恵みと憐れみとの冠をかぶらせ、一生を良いもので満たされます。


過去に受けた恵み、いま受けている恵み、これから受ける恵みに感謝する私たちになれますように。
アーメン (*´∇`*)


2017.11.19
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ルツはどんな信仰を持っていたのか

テーマは 『 ルツはどんな信仰を持っていたのか 』 です

【ルツ記1章1-18節】

さばきつかさが治めていたころ、この地にききんがあった。それで、ユダのベツレヘムの人が妻とふたりの息子を連れてモアブの野へ行き、そこに滞在することにした。

その人の名はエリメレク。妻の名はナオミ。ふたりの息子の名はマフロンとキルヨン。彼らはユダのベツレヘムの出のエフラテ人であった。彼らがモアブの野へ行き、そこにとどまっているとき、

ナオミの夫エリメレクは死に、彼女とふたりの息子があとに残された。

ふたりの息子はモアブの女を妻に迎えた。ひとりの名はオルパで、もうひとりの名はルツであった。こうして、彼らは約十年の間、そこに住んでいた。

しかし、マフロンとキルヨンのふたりもまた死んだ。こうしてナオミはふたりの子どもと夫に先立たれてしまった。

そこで、彼女は嫁たちと連れ立って、モアブの野から帰ろうとした。モアブの野でナオミは、主がご自分の民を顧みて彼らにパンを下さったと聞いたからである。

そこで、彼女はふたりの嫁といっしょに、今まで住んでいた所を出て、ユダの地へ戻るため帰途についた。

そのうちに、ナオミはふたりの嫁に、「あなたがたは、それぞれ自分の母の家へ帰りなさい。あなたがたが、なくなった者たちと私にしてくれたように、主があなたがたに恵みを賜り、

あなたがたが、それぞれ夫の家で平和な暮らしができるように主がしてくださいますように」と言った。そしてふたりに口づけしたので、彼女たちは声をあげて泣いた。

ふたりはナオミに言った。「いいえ。私たちは、あなたの民のところへあなたといっしょに帰ります。」

しかしナオミは言った。「帰りなさい。娘たち。なぜ私といっしょに行こうとするのですか。あなたがたの夫になるような息子たちが、まだ、私のお腹にいるとでもいうのですか。

帰りなさい。娘たち。さあ、行きなさい。私は年をとって、もう夫は持てません。たとい私が、自分には望みがあると思って、今晩でも夫を持ち、息子たちを産んだとしても、

それだから、あなたがたは息子たちの成人するまで待とうというのですか。だから、あなたがたは夫を持たないままでいるというのですか。娘たち。それはいけません。私をひどく苦しませるだけです。主の御手が私に下ったのですから。」

彼女たちはまた声をあげて泣き、オルパはしゅうとめに別れの口づけをしたが、ルツは彼女にすがりついていた。

ナオミは言った。「ご覧なさい。あなたの弟嫁は、自分の民とその神のところへ帰って行きました。あなたも弟嫁にならって帰りなさい。」

ルツは言った。「あなたを捨て、あなたから別れて帰るように、私にしむけないでください。あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。

あなたの死なれる所で私は死に、そこに葬られたいのです。もし死によっても私があなたから離れるようなことがあったら、主が幾重にも私を罰してくださるように。」

ナオミは、ルツが自分といっしょに行こうと堅く決心しているのを見ると、もうそれ以上は何も言わなかった。


ルツと言う人が持つ信仰が どのようにして生まれたのか、
異邦人であったルツが どのようにしてイエス様の系図に入るようになったのかを 今回は学びたいと思います。


また、ルツを通して働く神の救いの計画は何でしょうか?




ルツの信仰がどのようにして生まれたのかを
本文で知ることが出来ます




彼女が生まれ育ったモアブは、様々な神と呼ばれるものがあり、真の神を知らず、むしろ神が忌み嫌う偶像の神を熱心に信じていました。


モアブとイスラエルの関係と言えば、過去にイスラエルを呪うように モアブの王バラクが悪の力を持つバラムを呼んだこともありました。

荒野でもイスラエルの行く手を妨害したこともありました。

ですから両国は良い関係ではなく、むしろ敵対する悪い関係でした。


しかし、ルツという女性は 自分の国に移住して来たユダヤ人家族に出会い、そこの息子と結婚しました。


それまで偶像崇拝をしていたルツが、信仰ある家庭に嫁ぎました。


それによって ルツは信仰を持つようになりました。

それがルツの人生を大きく変えるきっかけになりました。



女性は結婚することで、それまでとは違う生活が始まることが多いです。

特に東洋ではさらに強いです。


嫁は、嫁ぎ先の宗教、習わしなどをそのまま受け入れなければならない 昔からの暗黙のルールがありました。

先進国ではだいぶ変わり、今は嫁の立場がもっと強くなっているところもあります。


しかしルツは結婚した時に、今まで自分が信じていたのとは違う神、違う信仰を受け入れる覚悟を決めて嫁いだと思います。


そのルツの結婚生活に、不幸なことが起こりました。

舅も旦那も義理の弟も亡くなり、三人の女性だけが残されました。

三人は弱い立場の やもめになりました。


若い二人の嫁は、旦那が死んだからと言って姑から離れて実家に帰ることも出来ない時代でした。

ですから最初、ナオミは 二人の嫁を連れてベツレヘムに戻ろうとしました。


でもナオミは考え直して、二人の嫁を自由にすることを決めました。

そしてそのことをはっきり二人の嫁に伝えました。


最初は二人の嫁もその提案にびっくりしました。

多分そういう話を周りから聞いたこともなかったと思います。


ですから戸惑い 受け入れませんでしたが、ナオミのさらなる勧めで決断しなければならなくなりました。

その結果、オルパはモアブに残ることになり、ルツは強い意思で姑と一緒に行くことにしました。






なぜルツはそのような決断をしたのでしょうか?

現実的にナオミと一緒に行くことは、ルツにとってどのような得があるでしょうか。


人間的には愚かな決断でした。

なぜかと言うと、自らいばらの道を選んだからです。
そこはどう見ても、苦難しか見えない道ですから。


姑の面倒を一生診ないといけない 誰もが選びたくない道を、彼女は自分の意思で選びました。


昔から今に至るまで嫁と姑の問題は多くの人が抱える大きな問題です。


特に東洋ではもっと深刻です。

今でも “嫁が、舅や姑の介護をすべきだ” と考える人が多いですね。


その役割をしたくないし、何で旦那が死んでからも その家族の世話を嫁がしないといけないのかと、納得いかない多くの嫁たちが、旦那が死んだ後に籍を抜いて旦那の家族と訣別する人がどんどん増えています。


介護は大変だからです。

心が優しいか、優しくないかの問題ではないですね。

いつ終わるか分からない “いばらの道” だからです。


ルツはなぜ そのような決断をしたでしょうか?

心の優しい女性だから仕方なくそのような決断をしたでしょうか。
―― そうではなかったです。


ルツは心優しい女性ですが、それが決断の根源ではなかったです。

すると何を基準にして決断したでしょうか?


彼女の決断は、人の目にはとても愚かな決断に見えます。


何のためにわざわざそんな苦しい道を選ぶのか分からないと人々が言うでしょう。


ユダヤに行けば差別も受けるし、知り合いもいないし、生活の基盤もないし、再婚できる望みもほとんどないのに、何のために行くのかとみんなは思ったでしょう。

モアブに残るのが一番良いと全員が言ったかも知れません。






もし皆さんなら、また皆さんの娘のことならば、ナオミと行くように勧めるでしょうか?

むしろ思い止まるように、必死に説得すると思います。

安定した苦労のない生活を人々は一番求めるからです。


ルツにはそういう考えがなかったでしょうか。

当然あると思います。


でも彼女は、常識的な考えで決断したのはありません。

安定した生活を一番の優先にしたわけでもありません。

人々があまり考えない “違う考え方” をしました。


多くのクリスチャンも、このような決断の時には、世の人と変わらない決断をします。


しかし ルツは、捨てるべきものと絶対捨ててはいけないもの、全部を失っても絶対失いたくないものが何かを考えました。


そして、そこに残ったものを彼女は選びました。
それは何でしょうか?


それは真の神を選ぶことであり、その神を信じる信仰を選ぶことが一番であると考えてモアブを離れ、ナオミと一緒にユダヤに行く決心をしました。


信仰がそのように導きました。

彼女の決断は、信仰から出た決断でした。

彼女のことばでわかります。


【ルツ記1章16節】

あなたを捨て、あなたから別れて帰るように、私にしむけないでください。あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。

ここで神の話が出てきました。

ルツは選民の中に入ることを願っていました。



真の信仰とは何でしょうか?


自分が信じた真の神を、最後まで信じて従うことです。


「いのちの道が険しく狭い道である。」と言われた理由がそこにあります。


その道に入る人は、たくさんのものを持って入ることが出来ないです。

むしろ多くのものを犠牲にしなければならない道です。


安定した生活や家族、人々からの非難も 将来の夢も犠牲にしないといけないこともあります。

それでも良いと思う人が その いのちの道を選びます。


それが真の信仰であり、尊い決断をさせる決め手になります。






犠牲にするのは無理と思うならば、信仰の決断は出来ないです。

絶対に手放せない何かがあるならば、決断の時は それに優先権を与えてしまいます。

そして信仰は形だけの信仰になります。


神や信仰は失っても、あるものは失いたくないという思いで決断するならば、真の信仰とは言えないですね。


真の信仰は、救いに至る信仰です。


どんな時にも神への信仰、愛、献身があります。


一度手にした信仰を絶対に手放さず、神の選びにふさわしく生きようと日々励んでいます。


ルツが姑ナオミについて行ったのは、続けて神を信じるためでした。


自分の国に残るなら、まったく信仰生活が出来ないことを彼女は知っていました。

毎日 偶像崇拝する生活が根付いていたからです。

ですから そこを離れなければならなかったです。


モーセがパロの所にとどまって贅沢な生活をするより、神の民と共に苦しみを受けることを選んだのと原理は同じです。


ルツは、ナオミに自分の人生をささげたのではなく、神に自分の人生をささげました。

そして彼女が選んだ道は、未来のない絶望な道ではなく、神の祝福を受ける祝福の道でした。


これは信仰のない人には見えない道です。


生ぬるい信仰、堕落した信仰を持つ教会、信徒はいつも広い道を求め、広い道を選びます。

そして世にあるものをたくさん手に入れようとします。

教会はさらに大きい教会を目指します。


そのために、個人の生活や教会に人間の考え、方法、やり方がいっぱい入って来ます。

そして、それらを喜んで用います。


しかしそれは神が示した道ではありません。






ルツは神への正しい信仰をもって正しい道を選びました。

神の保護のもとに身を避ける人を神は喜びます。

そして神ご自身がその人を祝福します。


ルツは実際食べるものを得るために朝から晩まで苦労して働きました。

それでも彼女は喜んで働きました。


しばらくして神の憐れみと恵みが彼女に注がれ、素敵な男性ボアズを 神はルツに与え、家庭を持つようにしました。

彼女は以前よりも はるかに祝福された女性になりました。


そしてその子孫にはダビデが生まれました。

またメシアであるイエス・キリストも生まれました。

神は彼女の真の信仰に答えて下さいました。


伝説によれば、ナオミにもう一人いた嫁オルパはどのようになったでしょうか?


彼女には信仰が見られませんでした。

ですから人間的な決断をして安定した道を選びました。


やがて彼女も ある男性と結婚し、その子孫にゴリヤテがいるという話です。


後の時代に、ルツの子孫ダビデと、オルパの子孫ゴリヤテは戦い、ダビデは 神に敵対した勇士であるゴリヤテを殺しました。


一人の信仰の決断は、後の子孫までに影響を与えます。


神を選んだルツの決断が正しい決断であることは、神ご自身が証明して下さいました。


それによって異邦人がキリストの系図に載る素晴らしい祝福と永遠のいのち、神の民になる祝福、平安な家庭まで築く祝福を受けました。


彼女の信仰と決断を、愚かだと誰が言えるでしょうか?


新約聖書で、パウロは信仰の決断をした人と しなかった人の違いをこのように語りました。


【第1コリント1章18節】

十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。

【第1コリント1章23-24節】

しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、

しかし、ユダヤ人であってもギリシヤ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです。

アーメン v( ̄∇ ̄)v

2017.11.12
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今をどのように生きるべきなのか

テーマは 『 今をどのように生きるべきなのか 』 です

【第1テサロニケ5章12-22節】

兄弟たちよ。あなたがたにお願いします。あなたがたの間で労苦し、主にあってあなたがたを指導し、訓戒している人々を認めなさい。

その務めのゆえに、愛をもって深い尊敬を払いなさい。お互いの間に平和を保ちなさい。

兄弟たち。あなたがたに勧告します。気ままな者を戒め、小心な者を励まし、弱い者を助け、すべての人に対して寛容でありなさい。

だれでも悪をもって悪に報いないように気をつけ、お互いの間で、またすべての人に対して、いつも善を行うよう務めなさい。

いつも喜んでいなさい。

絶えず祈りなさい。

すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

御霊を消してはなりません。

預言をないがしろにしてはいけません。

しかし、すべてのことを見分けて、ほんとうに良いものを堅く守りなさい。

悪はどんな悪でも避けなさい。

間違えて解釈した終末論は 現実を否定し、現実逃避したり、または希望も未来も持たず、天国だけを考えて、足が地についていない生活をさせます。

聖書的終末論は、決してそのようなものではありません。


聖書的終末論は、キリストの再臨と一番関係があります。


聖徒たちは キリストの再臨を待ち望みながら、神との正しい関係を保ち、天国と救いを受けた者ですから、地上では “救いへの感謝と喜びをもって生活し、良い実を結ぶように生きる” ことが 正しい姿勢です。


聖書的終末論は、決して暗いものではなく、むしろ希望をもって生きる終末論です。


ですから救いの目的は、

私たちに天国への望みを与え、この世では神から受けた使命を正しく成し遂げさせるためです。


聖徒が正しい終末論をもって、日々の生活で守るべき指針が 本文の中にあります。




霊的指導者を認め尊敬し、霊的指導者は模範を見せること




【ヘブル13章17節】

あなたがたの指導者たちの言うことを聞き、また服従しなさい。この人々は神に弁明する者であって、あなたがたのたましいのために見張りをしているのです。ですから、この人たちが喜んでそのことをし、嘆いてすることにならないようにしなさい。そうでないと、あなたがたの益にならないからです。



お互いの間に平和を保つこと




平和を保つためにはこのような心構えが必要です。


【ローマ12章10節】

兄弟愛をもって心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりもまさっていると思いなさい。

自分にはない相手の良い所や長所を見つけることです。


【ローマ12章16節】

互いに一つ心になり、高ぶった思いを持たず、かえって身分の低い者に順応しなさい。自分こそ知者だなどと思ってはいけません。



すべての人に対して寛容でありなさい




気ままな者を戒め、小心な者を励まし、弱い者を助けることです。


【ローマ15章1-2節】

私たち力ある者は、力のない人たちの弱さをになうべきです。自分を喜ばせるべきではありません。

私たちはひとりひとり、隣人を喜ばせ、その徳を高め、その人の益になるようにすべきです。



悪をもって悪に報いず、いつも善を行うように務めなさい




【ローマ12章21節】

悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。

【ガラテヤ6章9-10節】

善を行うのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。

ですから、私たちは、機会があるたびに、すべての人に対して、特に信仰の家族の人たちに善を行いましょう。





★ 次の三つは、神に対して持つべき 一番 “基本的な信仰生活の姿勢” です。


◆ いつも喜んでいなさい。


神に受け入れられ、永遠の御国に入る救いの祝福を受けたので喜ぶことが出来ます。


◆ 絶えず祈りなさい。


祈りによって神との交わりが出来、また自分の弱さのために神の助けを必要とする時にも祈りは神への通路になります。


◆ すべてのことについて感謝しなさい。


神がすべてのことを働かせて益として下さることを知っているから感謝出来ます。




御霊を消しても悲しませてもいけない




御霊を消している教会があることは、とても悲しいことです。

御霊を消すことは主の臨在を消すことと同じです。


聖書は御霊を消してはならないと、はっきりと書かれています。


【エペソ4章30節】

神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、贖いの日のために、聖霊によって証印を押されているのです。



伝えられた神のことばと預言、賜物をないがしろにしてはいけません




【第2ペテロ1章21節】

なぜなら、預言は決して人間の意志によってもたらされたのではなく、聖霊に動かされた人たちが、神からのことばを語ったのだからです。

【第2テモテ1章6節】

それですから、私はあなたに注意したいのです。私の按手をもってあなたのうちに与えられた神の賜物を、再び燃え立たせてください。



すべてのことをよく見分けること




正しく見分けるために必要なのは “真理” です。


真理は どの時代でも何が正しいか、何が良いかを教えます。


神の目に正しいものは すべて正しいですし、神の目に良いものは すべて良いものです。


人間の目には良く見えても、神の目には悪であるならば、それは “悪” です。


ですから神の真理で分別すると間違いはないです。




悪はどんな悪でも避けること




悪は 罪そのものです。
神が一番忌み嫌うものは、罪です。


罪から来る報酬は死ですから、悪は避けなければなりません。


このような姿勢で 終末を生きる目的は、次のためです。


【第1テサロニケ5章23節】

平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、あなたがたの霊、たましい、からだが完全に守られますように。

アーメン (´・ω・`)

2017.10.22
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主の名によってすべてをなす

テーマは 『 主の名によってすべてをなす 』 です

【コロサイ3章17節】

あなたがたのすることは、ことばによると行いによるとを問わず、すべて主イエスの名によってなし、主によって父なる神に感謝しなさい。

クリスチャンとして生きるために一番重要な教えが 本文のことばです。

自分をクリスチャンだと思うならば、自分とキリストを引き離すことは出来ないです。


使徒パウロは、強いことばで 自分とキリストの関係を語りました。


【ガラテヤ2章20節】

私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。

自分の存在はなく、いつもキリストの存在を現していました。

キリストのために生きた人生で、それによって誰よりもキリストに栄光をささげ、人々を主に導きました。


キリストもパウロを愛し、大いに用いて下さいました。


そのように私たちも キリストを現す生活をいつも心掛けながら生きているでしょうか?


「彼(パウロ)は別格だ」 と思ってはいけないです。

彼も私たちと同じ人間です。


キリストに対する思いが私たちとは違っていました。


自我を殺し、キリストに見習う生活を常にしました。



キリストは、すべての信じる者に(パウロと)同じことを期待しています。

キリストにふさわしく生きることを願っています。


ですから、“主の名によってすべてをなすこと。” は、キリストが私たちに望む生き方です。



“主の名によってすべてをなす” ことは、主の尊い名が汚されることなく、その名が みなからあがめれるようにすることです。


主に迷惑をかけることではなく、栄光をささげることです。


最近も、有名人の息子が覚せい剤使用で逮捕され、父親が涙を流しながら謝罪する場面を テレビで観て、心が痛みました。

息子は子どもでもなく、すでに大人であるのに、そして親は悪いこともしていないのに、人の前で泣きながら頭を下げて謝る姿は 本当に悲しくなります。


その姿を息子に見せて、深く反省してもらいたい気持ちになりました。

「お前のせいで、親がこんなに辛い思いをしているんだよ」と。


子どもは、自分のせいで 親が辛い思いをしていることに対して 責任を感じなければならないです。

そして、これは クリスチャンにも当てはまります。



クリスチャンが もし悪いことをするなら、一番の被害者は “イエス様” です。


イエス様の名が地に落ち、イエス様や教会に迷惑をかけることになります。


ですから、“主の名によってしなさい” と言われることは、常に主の名誉と栄光のことを まず考えなさい ということです。


私たちが すべてにおいて主の名を使うことは、“徹底的に主に頼って生きること” を意味します。

頼らないと、信じる者にふさわしい行動が出来ないからです。


そもそも "クリスチャン” とは、自分に頼ることをやめて、キリストに頼ることを選んだ人です。


主に頼らないと、キリストから言われたことは何一つ出来ないです。


赦すことも、愛することも、仕えることも、犠牲を払うことも出来ないです。

自分の思いで、自分の力で、憎い人を愛せますか?
罪を犯した者を赦せますか?


しかし、取るに足りない自分を受け入れたイエス様のことを考えると、罪深い自分を赦して下さった主の赦しに感謝の思いが出てきて、愛される価値のない自分を愛して下さったイエス様の事を思いながら主に頼ると それが出来るようになります。


主が私のような者を これほどまでに愛して下さったのに、「あの人を赦すことは出来ません」とは言えない思いになります。


「感謝もなく、ありがたさも分からないような人間に なぜ私が仕えなければならないのか」 と思われますが、主の名を使うと 主がまず私に仕えて下さったのに、私が何者で、出来ないと拒否できるのか という思いになります。


父なる神が、キリストを通して 自分にして下さったことをいつも思いながら、主イエスの名で主と同じことをしていく時に、それによって父なる神に感謝をささげることが出来ますし、栄光をささげることが出来ます。


主イエスの名によって ことばや行動をするならば、それでクリスチャンにふさわしい姿になります。


主の名を使って悪いことは出来ないはずです。

本物ではない偽善者は主の名を使って 多くの者を惑わしたりします、その人たちが後に受ける裁きは厳しいものになります。


クリスチャンは何をするにも、それが神の御心に適うことなのかを考えることです。


しかし、どんなに良いことに思われても、神の御心と反してあるならば、神の栄光にはならないです。


それは良い結果が期待できないです。



人前では、自分はキリストの大使である自覚が必要です。

大使はその国を代表する者です。


ですから発言にもすごく気を遣いますし、行動も国に迷惑が掛からないように慎重です。


クリスチャンも、神の国の大使として “主に遣わされた者” です。


神の国がいかに素晴らしい国であるかを人々に伝え、神からのメッセージを人々に伝える任務を任された人たちです。


ですから、神にも 神の国にも迷惑が掛からないようにしないといけないです。

自分のせいで誰かがつまずいたら それはいけないからです。


【第1コリント10章31節】

こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい。

【エペソ5章20節】

いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって父なる神に感謝しなさい。

アーメン (・∀・)つ


2017.10.15
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