からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★


八戸ノ里キリスト教会のYouTubeチャンネル

━━━━━━━━━━━━━ † ━━━━━━━━━━━━━━━


聖日礼拝メッセージ

神の奥義を知る

テーマは 『 神の奥義を知る 』 です

【ローマ16章25-27節】

私の福音とイエス・キリストの宣教によって、すなわち、世々にわたって長い間隠されていたが、今や現されて、永遠の神の命令に従い、預言者たちの書によって、信仰の従順に導くためにあらゆる国の人々に知らされた奥義の啓示によって、あなたがたを堅く立たせることができる方、

知恵に富む唯一の神に、イエス・キリストによって、御栄えがとこしえまでありますように。アーメン。


聖書には神の奥義ということばが多く出ますが、どんな奥義があるのかを調べます。


神はその奥義を、預言者を通して啓示として知らせました。

奥義は霊的真理としての啓示で前の時代 旧約時代には隠されていて、今のように人の子らに知らされてはいなかったです。


しかしイエス・キリストと御霊によって明らかにされました。



まだ語られた奥義がすべて明らかにされたわけではないですが、それもこれから啓示された通りに起きた時に明らかにされます。


神の奥義が隠されたまま終わることはないです。


神は信じる人には奥義を明らかにして下さいました。

ある人たちだけに明らかにされているわけではないです。


すべての奥義は神の主権と神の摂理によるものです。

そしてすべての奥義は成就します。


【ローマ11章36節】

というのは、すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至るからです。どうか、この神に、栄光がとこしえにありますように。アーメン。


【ヨハネの黙示録10章7節】

第七の御使いが吹き鳴らそうとしているラッパの音が響くその日には、神の奥義は、神がご自身のしもべである預言者たちに告げられたとおりに成就する。」


【申命記29章29節】

隠されていることは、私たちの神、主のものである。しかし、現されたことは、永遠に、私たちと私たちの子孫のものであり、私たちがこのみおしえのすべてのことばを行うためである。


【ルカの福音書8章10節】

そこでイエスは言われた。「あなたがたに、神の国の奥義を知ることが許されているが、ほかの者には、たとえで話します。彼らが見ていても見えず、聞いていても悟らないためです。



最大の神の奥義はイエス・キリストの福音




キリストの受肉とキリストの本質、福音によって全世界の人々に及ぶ良い知らせ、命の道、義の道が明らかにされました。


福音の中心は 『キリストの十字架と復活』 です。

この福音は異邦人にも伝えられ、異邦人も救いを受けます。


【第1コリント15章1-4節】

兄弟たち。私は今、あなたがたに福音を知らせましょう。これは、私があなたがたに宣べ伝えたもので、あなたがたが受け入れ、また、それによって立っている福音です。

また、もしあなたがたがよく考えもしないで信じたのでないなら、私の宣べ伝えたこの福音のことばをしっかりと保っていれば、この福音によって救われるのです。

私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、

また、葬られたこと、また、聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと、


【第1テモテ3章16節】

確かに偉大なのはこの敬虔の奥義です。「キリストは肉において現れ、霊において義と宣言され、御使いたちに見られ、諸国民の間に宣べ伝えられ、世界中で信じられ、栄光のうちに上げられた。」


【コロサイ1章26-27節】

これは、多くの世代にわたって隠されていて、いま神の聖徒たちに現された奥義なのです。

神は聖徒たちに、この奥義が異邦人の間にあってどのように栄光に富んだものであるかを、知らせたいと思われたのです。この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。


【コロサイ2章2節】

それは、この人たちが心に励ましを受け、愛によって結び合わされ、理解をもって豊かな全き確信に達し、神の奥義であるキリストを真に知るようになるためです。



異邦人も共同の相続人の奥義




【エペソ3章3-6節】

先に簡単に書いたとおり、この奥義は、啓示によって私に知らされたのです。

それを読めば、私がキリストの奥義をどう理解しているかがよくわかるはずです。

この奥義は、今は、御霊によって、キリストの聖なる使徒たちと預言者たちに啓示されていますが、前の時代には、今と同じようには人々に知らされていませんでした。

その奥義とは、福音により、キリスト・イエスにあって、異邦人もまた共同の相続者となり、ともに一つのからだに連なり、ともに約束にあずかる者となるということです。

【ローマ11章25-26節】

兄弟たち。私はあなたがたに、ぜひこの奥義を知っていていただきたい。それは、あなたがたが自分で自分を賢いと思うことがないようにするためです。その奥義とは、イスラエル人の一部がかたくなになったのは異邦人の完成のなる時までであり、

こうして、イスラエルはみな救われる、ということです。こう書かれているとおりです。「救う者がシオンから出て、ヤコブから不敬虔を取り払う。



これから明らかにされる神の奥義




●不法の人が現れる

【第2テサロニケ2章6-8節】

あなたがたが知っているとおり、彼がその定められた時に現れるようにと、いま引き止めているものがあるのです。

不法の秘密はすでに働いています。しかし今は引き止める者があって、自分が取り除かれる時まで引き止めているのです。

その時になると、不法の人が現れますが、主は御口の息をもって彼を殺し、来臨の輝きをもって滅ぼしてしまわれます。


●キリストの再臨、聖徒の携挙と復活

【第1テサロニケ4章15-17節】

私たちは主のみことばのとおりに言いますが、主が再び来られるときまで生き残っている私たちが、死んでいる人々に優先するようなことは決してありません。

主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、

次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。


【エペソ1章9-10節】

みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。それは、この方にあって神があらかじめお立てになったみむねによることであり、

時がついに満ちて、実現します。いっさいのものがキリストにあって、天にあるもの地にあるものがこの方にあって、一つに集められるのです。

アーメン v( ̄∇ ̄)v


2021.9.12
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

毎日、テーマに沿って学ぶことができます!
bible66のブログ

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

聖書を理解しやすい言葉に訳しています!
みことばサプリ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

言葉をみことばで止めて、みことばを実行する人

テーマは 『 言葉をみことばで止めて、みことばを実行する人 』 です


私たちが生活の中で一番よくしてしまう失敗は何でしょうか?


それは言葉の失敗です。

言葉の失敗によって仕事を失ったり、信用を失うこともあり、人を深く傷つけることができる一番の武器にもなります。


私たちがそのように言葉で一番失敗をしてしまいやすいのは、自分の言葉で深く考えずに思ったことを感情のままに言ってしまうからなのです。


今日はその言葉についてのみことばを見ていきます。


【ヤコブ1章19-27節】

愛する兄弟たち。あなたがたはそのことを知っているのです。しかし、だれでも、聞くには早く、語るにはおそく、怒るにはおそいようにしなさい。

人の怒りは、神の義を実現するものではありません。

ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたみことばを、すなおに受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます。

また、みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。

みことばを聞いても行わない人がいるなら、その人は自分の生まれつきの顔を鏡で見る人のようです。

自分をながめてから立ち去ると、すぐにそれがどのようであったかを忘れてしまいます。

ところが、完全な律法、すなわち自由の律法を一心に見つめて離れない人は、すぐに忘れる聞き手にはならないで、事を実行する人になります。こういう人は、その行いによって祝福されます。

自分は宗教に熱心であると思っても、自分の舌にくつわをかけず、自分の心を欺いているなら、そのような人の宗教はむなしいものです。

父なる神の御前できよく汚れのない宗教は、孤児や、やもめたちが困っているときに世話をし、この世から自分をきよく守ることです。


言葉の失敗は、何もない時にはほとんど起こらないのですが、何か納得がいかないことがあった時、ちょっとイライラした時、人に対して怒りが出てきたときに一番悪い言葉が出てきやすいですし、その言葉で平気に相手を傷つけてしまうのです。


自分では『別にそんな大した言葉じゃないし』と思っていても、聞いている相手からすると鋭い刃物で刺されたような痛みになることもたくさんあります。



私たちは自分の言葉をどうするのか、また怒りが出てきた時、腹が立った時にどうするのかを神様が教えてくださっています。




【19節】 聞くには早く、語るにはおそく、怒るにはおそいように




一番よくしがちなのは、聞くのは遅く、語るのは早く、怒るのは早い姿です。


つまり、人の話や神様のみことばには耳を傾けず、自分の想いや自分が話したいことは何よりも先にぺらぺらと話し、ちょっとイライラしただけでもすぐ怒ることです。

人に怒ったり、文句を言ったり、愚痴を言ったり。


でもその姿は神様が私たちに求めている姿とは正反対の姿です。




【20節】 人の怒りは、神の義を実現するものではありません




理屈に適っていそうな怒りも含めて、人の怒りは神の義は実現しません。


全く怒ったことがない、という人は一人もいないはずです。

怒りをぶちまける人もいれば、冷静に怒る人もいますが、どんな人であっても怒っている姿は美しい姿ではないですし、見たくない姿です。


私たちでもそのように感じるのであれば、初めからずっときよい神様からの目から見るとどのように感じるのでしょうか?


私たちが怒っている姿や言葉で人々を傷つけている姿、けんかをしている姿、口論している姿、悪口を言っている姿は全くきよい姿ではなく、汚い姿であり、みにくい姿なのです。


どんなことであったとしても、私たちが怒ったところで神様が喜んだり、神様が望むような きよい生活を送ることはできません。



唯一、正しい怒りを持ってきよくあり、神の義を実現する方は、神様ご自身だけなのです。


神様が怒る時は、人々が神様から離れて罪を犯している時であり、人々を憐れんで神様に立ち返ってほしいから、目を覚ましてほしいから怒るのです。

それは愛から出た怒りなのです。


逆に人が怒っている時の理由は何でしょうか?


ほとんどが自分の思い通りにならないから、自分のイライラやうっぷんをぶつけたいから、その人よりも自分の方が大切だから自分のために怒っているのです。


人の怒りの中で正当化できる怒りは残念ながら存在しません。






例えば、ヨナがニネベの町、ニネベの人に対して怒りを持っていました。

それはニネベが神様の前で正しい歩みをせずに罪ばかりを犯していたからです。


そんな罪だらけの町に、神様はヨナを遣わして、預言を与えようとしました。

でもヨナはそれに腹を立てて逃げました。


神様がいろいろな手段でヨナを打って、それでも腹を立てて『死んでしまいたい』とまで言うヨナに語ったのは、神様がニネベの人が罪をたくさん犯していたとしても、それでも助けるチャンスを与えたいと思い、憐れんでおられるということでした。



私たちの目では、罪だらけで汚れたニネベの人たちは滅ぼされて当たり前、罰を受けるべき、ヨナの怒りはもっともだ、と思うかもしれません。


でも、そこには神様がそれ以上の想いを持ち、憐れみと愛を持っており、神様の計画があったのです。


そこを自分の怒りにまかせて行動することは、神様の計画に反することであり、神様のみこころとは真逆のことをすることになるのです。



私たちもここから学ばないといけません。


私たちが『この人腹立つ』『こんなことするんだから、大きな罪だし、私が怒るのももっともだし、正しいことだ』と思ったとしても、それは実は神様のみこころに反することであり、神様の計画、神様の義を実現する姿ではないということです。




正しい怒りを感じた時は神様にまかせる




【ローマ12章16-21節】

互いに一つ心になり、高ぶった思いを持たず、かえって身分の低い者に順応しなさい。自分こそ知者だなどと思ってはいけません。

だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、すべての人が良いと思うことを図りなさい。

あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。

愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる。』

もしあなたの敵が飢えたなら、彼に食べさせなさい。渇いたなら、飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃える炭火を積むことになるのです。

悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。


私たちがすべきことは、正しい怒りであればそれは神様にまかせて自分では復讐をしないこと、怒りをぶちまけないこと、私たち自身が彼らのせいでかえって逆に罪を犯さないことです。


それとは反対に腹が立つ相手でも、敵であったとしても逆に彼らに善を施すことなのです。




【21節】 すべての汚れやあふれる悪を捨て去ること




怒り、憤り、人に対する悪い思い、のろい、悪口を含めてすべての汚れ、悪を捨て去りましょう。


キリストという新しい衣、義の衣を着る前に、汚い姿、罪の姿、汚れた着物を脱ぎすてることです。

私たちがすべきことは怒りを感じてそれを表したり、言葉にするのではなく、言葉にもなる前に、行動に起こす前にそれを捨て去ることです。




【21節】 心に植えつけられたみことば




すべての汚れや悪、すなわち周りの人への恨みや妬み、嫉妬、欲などすべてを捨て去った上でするのが、みことばの処方箋です。


自分の言葉で解決するのではなく、神様のみことばで解決するのです。

自分の言葉を神様のみことばによって止めるのです。


ここでのポイントは “心に植えつけられたみことば” ということです。


そもそもみことばが植えつけられていないと、発揮しない力なのです。

みことばを普段から自分の心の中に植えつけること。


そのみことばを植えつけていないと、怒り、汚れ、悪が来た時は心がそのまま怒り、汚れ、悪に持っていかれて終わりであり、神の義など実現せず、悪魔が与えた悪い思いでいっぱいになり、罪を犯して終わってしまうのです。


心のガードになるのは、普段からいかに植えつけられたみことばが自分の中で育っているのかが大切なのです。


聞いたみことば、心に植えつけられているみことばをもう一度受け止め、すなおに受け入れることです。




【22節】 『みことばを実行する人』 と 『聞くだけの者』




そもそも元々は旧約聖書、つまりヘブル語では『聞く』と『従う』は二つの言葉ではなく、一つの言葉”Shema”で表されていました。


神様の言葉を『聞く』=『聞いて従う、聞いて行動を起こす』までが当たり前にセットであり、『聞くだけ聞いて 何も行動を起こさない』ことは有り得なかったのです。


それは、聞いていても聞いていない姿、耳が死んでいる姿です。


みことばを聞くからにはそれに反応をすること。

それを実際に実行することがマストです。




【23節】 『鏡』で一瞬眺める人と
【25節】 『自由の律法を一心に見つめて離れない人』




その当時は今よりも鏡はよくあるものではなく、たまに見るものでした。

たまに見ては元々自分の姿がどうであったかを忘れていました。


みことばを聞いていても、実行をしないなら すぐそのことばを忘れてしまう。

たまにみことばを聞いてその瞬間はこうか、と思ってもすぐに忘れて結局は何にも活かさない姿。


私は本当は神様の子どもとしてこのように歩まないといけないんだなとその瞬間は思ってもまたすぐ忘れてしまう。


それらは、神様が私たちに求める姿ではありません。



逆に私たちがなるべき姿は、『自由の律法を一心に見つめて離れない人』です。


『自由の律法』は自由な律法という意味ではなく、『私たちを自由にする律法』であり、これは完全な律法でもあり、『キリストの律法』のことを指します。


みことばを聞くだけではなく蓄えて、キリストを見つめ、みことばを実行する者になることが大切です。


律法だけでは救いは得られないですが、キリストによって救いを得た人はそのキリストの律法を実現する者になっていくことが求められます。


この律法を実現することによって逆に私たちは自由になるのです。






例えば、ある人を許せないとします。

それは実はこの自由の律法に反すること。


『許せない』という想いが、逆に自分を苦しめて自分を縛ることになります。

自分自身が重たい気持ちになり、罪を犯すことになり、その中にいることになるのです。


でもキリストの中でその人を赦す時、私たちは逆に自由になります。

心が解放されます。



キリストの律法を実現することで、私たちは自由になるのです。


また、この自由の律法を行うことによって さらに私たちは神様によって祝福もされるのです。


このキリストの律法についての他の聖書箇所や、イエス様自身が律法について語られている箇所も見ていきましょう。


【ガラテヤ5章14節】

律法の全体は、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という一語をもって全うされるのです。


【ガラテヤ6章2節】

互いの重荷を負い合い、そのようにしてキリストの律法を全うしなさい。


【ヤコブ2章8節】

もし、ほんとうにあなたがたが、聖書に従って、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という最高の律法を守るなら、あなたがたの行いはりっぱです。


【マタイの福音書5章17-22節】

わたしが来たのは律法や預言者を廃棄するためだと思ってはなりません。廃棄するためにではなく、成就するために来たのです。

まことに、あなたがたに告げます。天地が滅びうせない限り、律法の中の一点一画でも決してすたれることはありません。全部が成就されます。

だから、戒めのうち最も小さいものの一つでも、これを破ったり、また破るように人に教えたりする者は、天の御国で、最も小さい者と呼ばれます。しかし、それを守り、また守るように教える者は、天の御国で、偉大な者と呼ばれます。

まことに、あなたがたに告げます。もしあなたがたの義が、律法学者やパリサイ人の義にまさるものでないなら、あなたがたは決して天の御国に、入れません。

昔の人々に、『人を殺してはならない。人を殺す者はさばきを受けなければならない』と言われたのを、あなたがたは聞いています。

しかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に向かって腹を立てる者は、だれでもさばきを受けなければなりません。兄弟に向かって『能なし』と言うような者は、最高議会に引き渡されます。また、『ばか者』と言うような者は燃えるゲヘナに投げ込まれます。



【27節】 きよく汚れのない宗教




私たちの信仰生活に大切なのは、神様との関係、人との関係であり、ここでは神様の前でみことばの通りに生きること、つまりはきよく生きることと、困っている人々を助けること、つまりは隣人を気にかけ、愛することです。


そもそも本当は『この人、腹立つ』とかそういう次元で生きるのではなく、神様が私たちに求めているのは そういう悪は捨て去り、心に植えられているみことばを受け止めてきよく生きることであり、それだけではなく周りに困っている人々を助け、愛することを望んでおられます。



言葉での失敗をせず、聞くのには早く、語るのには遅く、怒るのには遅い者となり、すべての悪い者は捨てさり、心に植えつけられているみことばを実行する者、自分をきよく保ち、周りの人を愛する者になっていきましょう!


アーメン (*・ω・)ノ


2021.9.5
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

毎日、テーマに沿って学ぶことができます!
bible66のブログ

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

聖書を理解しやすい言葉に訳しています!
みことばサプリ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

終わりの時代に働く二つの悪の勢力

テーマは 『 終わりの時代に働く二つの悪の勢力 』 です

【ヨハネの黙示録13章1-18節】

また私は見た。海から一匹の獣が上って来た。これには十本の角と七つの頭とがあった。その角には十の冠があり、その頭には神をけがす名があった。

私の見たその獣は、ひょうに似ており、足は熊の足のようで、口は獅子の口のようであった。竜はこの獣に、自分の力と位と大きな権威とを与えた。

その頭のうちの一つは打ち殺されたかと思われたが、その致命的な傷も直ってしまった。そこで、全地は驚いて、その獣に従い、

そして、竜を拝んだ。獣に権威を与えたのが竜だからである。また彼らは獣をも拝んで、「だれがこの獣に比べられよう。だれがこれと戦うことができよう」と言った。

この獣は、傲慢なことを言い、けがしごとを言う口を与えられ、四十二か月間活動する権威を与えられた。

そこで、彼はその口を開いて、神に対するけがしごとを言い始めた。すなわち、神の御名と、その幕屋、すなわち、天に住む者たちをののしった。

彼はまた聖徒たちに戦いをいどんで打ち勝つことが許され、また、あらゆる部族、民族、国語、国民を支配する権威を与えられた。

地に住む者で、ほふられた小羊のいのちの書に、世の初めからその名の書きしるされていない者はみな、彼を拝むようになる。

耳のある者は聞きなさい。

とりこになるべき者は、とりこにされて行く。剣で殺す者は、自分も剣で殺されなければならない。ここに聖徒の忍耐と信仰がある。

また、私は見た。もう一匹の獣が地から上って来た。それには小羊のような二本の角があり、竜のようにものを言った。

この獣は、最初の獣が持っているすべての権威をその獣の前で働かせた。また、地と地に住む人々に、致命的な傷の直った最初の獣を拝ませた。

また、人々の前で、火を天から地に降らせるような大きなしるしを行った。

また、あの獣の前で行うことを許されたしるしをもって地上に住む人々を惑わし、剣の傷を受けながらもなお生き返ったあの獣の像を造るように、地上に住む人々に命じた。

それから、その獣の像に息を吹き込んで、獣の像がもの言うことさえもできるようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させた。

また、小さい者にも、大きい者にも、富んでいる者にも、貧しい者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々にその右の手かその額かに、刻印を受けさせた。

また、その刻印、すなわち、あの獣の名、またはその名の数字を持っている者以外は、だれも、買うことも、売ることもできないようにした。

ここに知恵がある。思慮ある者はその獣の数字を数えなさい。その数字は人間をさしているからである。その数字は六百六十六である。


ヨハネの黙示録13章では、海と地から上がって来る二頭の獣の幻があります。

二頭の獣は、世の終わりに神に敵対する 最大の反逆の勢力で、サタンの手下です。


その者たちは、終わりの時代に登場して世界を支配し、教会に大迫害を加える反キリストの勢力です。


サタンはその者たちに自分の力を与えて政治、経済、軍事、宗教、メディアなどすべてを支配し、人々の上で恐ろしい力をもって君臨するようになります。



今も世界をよく見てみると、“ディープステート” の存在があります。

“闇の政府” と言われ、世界を陰から支配する勢力です。


国際金融資本を支配する者たちが政治システムの中に入り、彼らと結託して、自分たちの目的のために戦争も起こし、悪の勢力を陰で支援したりします。


中国のような共産主義の国は 世界の覇権国家になろうとするし、イスラム過激派は世界をイスラム化しようとあらゆる活動をしています。


その者たちは神を恐れない勢力で、むしろ神に敵対することを平気にやっています。

世界平和のために働くのではなく、自分たちの思い通りの世界を造ろうとするだけです。



その勢力全体を 反キリストと言えます。

神は反キリストの勢力を 『不法の者』 と言いました。


【第2テサロニケ2章3-4節】

だれにも、どのようにも、だまされないようにしなさい。なぜなら、まず背教が起こり、不法の人、すなわち滅びの子が現れなければ、主の日は来ないからです。

彼は、すべて神と呼ばれるもの、また礼拝されるものに反抗し、その上に自分を高く上げ、神の宮の中に座を設け、自分こそ神であると宣言します。


【第2テサロニケ2章8節-10節】

その時になると、不法の人が現れますが、主は御口の息をもって彼を殺し、来臨の輝きをもって滅ぼしてしまわれます。

不法の人の到来は、サタンの働きによるのであって、あらゆる偽りの力、しるし、不思議がそれに伴い、

また、滅びる人たちに対するあらゆる悪の欺きが行われます。なぜなら、彼らは救われるために真理への愛を受け入れなかったからです。


この不法の人が、“海から上がって来た獣” です。

神のような力をもって全世界を支配し、神に汚しごとを言い、自分のことを神とし、礼拝させます。


それに一番協力する者が、“地から上がって来た獣” で、にせ預言者、堕落した宗教勢力があります。


竜サタンが語るように語り、人々を惑わします。

奇跡やしるしを行って地に住む人たちを惑わします。


最初の獣の像を作らせ、崇拝させます。

そして政治や経済を支配している者たちと一緒に自分たちの言うことに従わない聖徒たちに対して激しい迫害を加えます。

一時的には彼らが勝利します。



この時、聖徒たちには信仰と忍耐が必要です。


多くの信じる者が耐えられず、彼らの言うことに従うと言われています。



また 終わりの時代には、すべての者に獣の刻印を受けることが義務になります。

受けない人は生活が出来なくなります。


もし獣の刻印を受けるならば、その時点でサタンの支配下に入ることになります。


聖徒たちは、神のような力をもって世界を支配し、あらゆる奇跡やしるしを行う二頭の獣が神ではなく、不法の者・反キリスト勢力であることを知って、それらに惑わされないように目を覚ましていないといけないです。


神を選ぶか、サタンを選ぶか、二つで一つです。

中間はないです。



恐ろしい患難が 信じる者たちにあることが預言されてあります。

しかし主は忍耐し、自分の信仰を守るように命じました。


肉体は殺してもたましいを殺せない人間を恐れてはいけないです。


そのためにはいつも聖霊に満たされ、神のことばの上に堅く立って、主と共に歩まないといけないです。

用心していないと誰も耐えることが出来ないです。



サタンの力は必ず再臨するキリストによって打ち破られます。


【ヨハネの黙示録17章14節】

この者どもは小羊と戦いますが、小羊は彼らに打ち勝ちます。なぜならば、小羊は主の主、王の王だからです。また彼とともにいる者たちは、召された者、選ばれた者、忠実な者だからです。」


ですからキリストの勝利が約束されてありますので、恐れず、どんな時にも信仰を守り通しましょう。


アーメン ( ̄‥ ̄)=3


2021.8.29
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

毎日、テーマに沿って学ぶことができます!
bible66のブログ

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

聖書を理解しやすい言葉に訳しています!
みことばサプリ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

今は戦いの時である

テーマは 『 今は戦いの時である 』 です

【第1ペテロ5章8-9節】

身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。

堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。


時を見分けることが知恵です。

知恵を得たならば行動すべきです。


今は平和の時ですか?休むべき時ですか?


今は戦いの時であると主から教えてもらいました。



世界を見まわしてみて下さい。

次から次へとよくないことがたくさん起こってあります。


それはなぜですか?

悪魔がほえたける獅子のように食い尽くすべきものを捜し求めているからです。


目に見える世界がすべてではなく、目に見えない所で動く存在を知らないと、戦いをすることは出来ないです。



戦いの前に、誰と戦うべきかを知らないといけないです。

悪魔の策略は誰を通して行われるのかを知ることです。


大きく二つの勢力があります。

まずは政治の世界です。


【エペソ6章11-14節】

悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。

私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。

ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。

では、しっかりと立ちなさい。


悪魔は政治の世界、力ある者の中で強く働きます。


あらゆる政策を立てる立場にいる人たちの中に働いて、自分たちに有利な政策を立て、あらゆる特権は自分たちのものにし、人々をその政策で縛り、自分たちの思いのままに国民を支配します。

反対する者には厳しい刑罰を与えます。


その特権に対する誘惑が大きいから、多くの政治家や力ある者がそれに飛びつきます。


世界の支配者たちを見て感じることが沢山あると思います。

戦争を起こし教会や信徒を迫害する者も政治家たちです。


【第1コリント2章8節】

この知恵を、この世の支配者たちは、だれひとりとして悟りませんでした。もし悟っていたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。


ですから私たちは神を恐れる者が支配者になるように、また悪い支配者たちがその座から降りるように、その背後で働く悪霊を追い出す戦いをしないといけないです。






次には宗教勢力です。


人々の魂をむしばむ働きをします。

悪魔をまるで神であるかのように思わせて信じさせます。


【第2コリント4章1-4節】

こういうわけで、私たちは、あわれみを受けてこの務めに任じられているのですから、勇気を失うことなく、

恥ずべき隠された事を捨て、悪巧みに歩まず、神のことばを曲げず、真理を明らかにし、神の御前で自分自身をすべての人の良心に推薦しています。

それでもなお私たちの福音におおいが掛かっているとしたら、それは、滅びる人々の場合に、おおいが掛かっているのです。

その場合、この世の神が不信者の思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光にかかわる福音の光を輝かせないようにしているのです。


また悪魔は聖徒の信仰生活を邪魔する最大の敵です。


教会や家庭、神の共同体を打ち壊す主犯です。

目を覚まして警戒しないと誰でも惑わされてしまいます。


惑わしの霊は人を騙す悪霊につけた名前です。

ですから惑わしの霊は騙す霊です。



悪魔の能力は人々の想像をはるかに超えています。

人々の頭の上に座って、自分の考えを入れてその中で相手を操ります。


多くのクリスチャンや指導者たちも騙されているのに、なかなか気づいていないです。

あらゆるもので騙すので、騙されている本人も分からないことが多いです。



ですから神のことばを正しく知り、いつも警戒することです。


惑わしの霊との戦いをしないと騙されてしまいます。


どんな形で惑わしが現れ、どれほど多く現れるのかを主が語って下さいました。



【コロサイ2章8-9節】

あのむなしい、だましごとの哲学によってだれのとりこにもならぬよう、注意しなさい。それは人の言い伝えによるもの、この世の幼稚な教えによるものであって、キリストによるものではありません。

キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っています。


【第2テモテ4章1-2節】

神の御前で、また、生きている人と死んだ人とをさばかれるキリスト・イエスの御前で、その現れとその御国を思って、私はおごそかに命じます。

みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。


【第1ヨハネ4章1-3節】

愛する者たち。霊だからといって、みな信じてはいけません。それらの霊が神からのものかどうかを、ためしなさい。なぜなら、にせ預言者がたくさん世に出て来たからです。

人となって来たイエス・キリストを告白する霊はみな、神からのものです。それによって神からの霊を知りなさい。

イエスを告白しない霊はどれ一つとして神から出たものではありません。それは反キリストの霊です。あなたがたはそれが来ることを聞いていたのですが、今それが世に来ているのです。


【第2テサロニケ2章9-12節】

不法の人の到来は、サタンの働きによるのであって、あらゆる偽りの力、しるし、不思議がそれに伴い、

また、滅びる人たちに対するあらゆる悪の欺きが行われます。なぜなら、彼らは救われるために真理への愛を受け入れなかったからです。

それゆえ神は、彼らが偽りを信じるように、惑わす力を送り込まれます。

それは、真理を信じないで、悪を喜んでいたすべての者が、さばかれるためです。


【第2コリント11章12-15節】

しかし、私は、今していることを今後も、し続けるつもりです。それは、私たちと同じように誇るところがあるとみなされる機会をねらっている者たちから、その機会を断ち切ってしまうためです。

こういう者たちは、にせ使徒であり、人を欺く働き人であって、キリストの使徒に変装しているのです。

しかし、驚くには及びません。サタンさえ光の御使いに変装するのです。

ですから、サタンの手下どもが義のしもべに変装したとしても、格別なことはありません。彼らの最後はそのしわざにふさわしいものとなります。


惑わしの霊が騙すことに成功したならば、惑わしの霊の勝ちであり、騙すことに失敗したならばそれは負けたことになります。

追うか追われるかの戦い、騙すか、それを明らかにするかの戦いです。


聖徒が惑わされないためには、聖い品性を目指していかなければならないです。


そのためには悔い改めの実、聖霊の実を結ぶことに専念することです。



サタンに惑わされた人たちには聖さがないです。

サタンが汚れているからです。


高慢があり、自分のことばに従うことを命令するし、従わない者に対しては非難します。



たくさん祈るから、聖書の知識が豊富だから、賜物が多いから、有名な人だからなどで判断してはいけないです。


聖霊による正しい分別力で分別することです。

すでに聞いた主のことばに照らして判断することです。


時には周りの人からの助言にも耳を傾けることです。


今は眠っている時ではないです。

戦いが激しくなっているので、戦いをしないといけないです。


アーメン ヽ(#`Д´)ノ


2021.8.22
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

毎日、テーマに沿って学ぶことができます!
bible66のブログ

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

聖書を理解しやすい言葉に訳しています!
みことばサプリ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

九人はどこにいるのか

テーマは 『 九人はどこにいるのか 』 です

【ルカの福音書17章12-19節】

ある村に入ると、十人のツァラアトに冒された人がイエスに出会った。彼らは遠く離れた所に立って、

声を張り上げて、「イエスさま、先生。どうぞあわれんでください」と言った。

イエスはこれを見て言われた。「行きなさい。そして自分を祭司に見せなさい。」彼らは行く途中できよめられた。

そのうちのひとりは、自分のいやされたことがわかると、大声で神をほめたたえながら引き返して来て、

イエスの足もとにひれ伏して感謝した。彼はサマリヤ人であった。

そこでイエスは言われた。「十人きよめられたのではないか。九人はどこにいるのか。

神をあがめるために戻って来た者は、この外国人のほかには、だれもいないのか。」

それからその人に言われた。「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰が、あなたを直したのです。」


イエス様は10人が大喜びしながら感謝するために戻って来ると期待したと思います。


死ぬまで治ることのない らい病が癒されたから当たり前のように感謝すると思うのが正常ですね。


しかし戻って来たのはたった1人でした。

それも そのひとりはサマリヤ人で、ユダヤ人9人は誰ひとり戻って来ませんでした。



主と共にいたユダヤ人たちも、サマリヤ人の前で恥ずかしかったと思います。

主は病人を癒して良いことをしたのに、主が味わった思いは失望と悲しみでした。


『私ならば絶対そんなことはしない。主の所に戻って来て感謝します。』と、みんなは言うでしょう。


それが本当のことならば良いですが、残念ながら今もあまり変わらないです。



10人のらい病人は恵みを求めた時は必死になって『イエス様、どうぞあわれんで下さい。」と声を張り上げて叫んだのに、癒された後には なぜ感謝のことば一つ言えなかったでしょうか?


感謝は神の恵みを悟った者だけが出来るからです。


クリスチャンの中にも恵みを悟っていない者が多いです。


求める時も、まるで神が自分に借りがあるかのように、また自分が何かを神に預けたかのように要求して、与えられると「当たり前」と思い、感謝しないです。

これほど情けないことはないです。



牧師の立場としても一番辛くて悲しいことは、たくさん愛し、世話をし、助けた人から感謝どころか悪口を言われ、裏切られた時です。

その人たちは感謝がなく 要求や願いが多く、自分の思い通りにならないと全部牧師のせいにして悪口を言います。


神にも文句、教会や牧師にも文句を言います。

これが一番辛いといつも思います。






感謝は次の恵みを生み出す種です。

感謝が蒔かれると、そこからまた感謝出来ることが生まれます。


主に感謝したサマリヤ人はその信仰を誉められました。

彼の感謝を、主は信仰の行動として認めました。


感謝しなかった9人は不信仰の者でした。


また感謝は恵みを受けた時に、すぐにすることです。
神や人々と感謝のことを分かち合うことです。



良いことがあった時に、どのようにしていますか?

良い例があります。


放蕩息子が悔い改めて父の所に帰って来た時に、父はしもべたちに言いました。

『肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。食べて祝おうではないか。』と言って、喜びをみんなと分かち合いました。


感謝なことを隠し、感謝することを惜しんではいけないです。


人から良くしてもらった時は常識のない人に思われるのが嫌なので すぐにお礼のことばを言いますが、神に対してはそれが出来ていない人たちがいます。



神様から良い恵みを受けたら、感謝を表すために、主に感謝献金をささげていますか?


その度に感謝献金をささげて主に感謝の気持ちを表す人もいれば、ある人たちは何もなかったかのように何もしないです。

神はすべてを見ています。


「感謝すべき事なのに、どうして何もしないのか?」と私が思う時がありますが、果たしてその人に恵みを与えた神はどう思うでしょうか?


いつかまとめて感謝しようと思っているのか、それとも感謝のことばだけで良いでしょうと思っているのでしょうか?



感謝は、分かち合う時に 本物の感謝になります。


肉のものだけに関心があると、いつか主を裏切ります。

弟子たちも霊的恵みを悟っていない時、主が十字架にかかった時、みんなが逃げて行きました。


ユダヤ人は未だに主の恵みを悟っていないし、感謝もしないです。

ユダヤ人は全世界で誰よりも先に主に選ばれ、メシヤも自分たちのところに来たのに、感謝どころか十字架につけて殺しました。



感謝しない彼らを見て、神は福音の恵みをユダヤ人から異邦人に移しました。


彼らはその後にとても厳しい道をずっと歩んでいます。

恵みを忘れ、感謝もせず裏切る者になると、福音と恵みのチャンスを逃してしまいます。



主の食卓から落ちるパンくずの恵みにも感謝する者になれば、大きなパンの恵みが来ます。


悪い時代の特徴は感謝しない者が多くなります。

悪者の特徴も感謝を知らないです。


しかし神を愛し、神の恵みを知っている者の特徴は、すべてのことについて感謝します。

絶えず神に感謝をささげます。


【エペソ5章20節】

いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって父なる神に感謝しなさい。

【詩篇116編17節】

私はあなたに感謝のいけにえをささげ、主の御名を呼び求めます。

アーメン (・∀・)


2021.8.15
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

毎日、テーマに沿って学ぶことができます!
bible66のブログ

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

聖書を理解しやすい言葉に訳しています!
みことばサプリ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

勇敢に戦って勝利した人生

テーマは 『 勇敢に戦って勝利した人生 』 です

【第2テモテ4章6-8節】

私は今や注ぎの供え物となります。私が世を去る時はすでに来ました。

私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。

今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現れを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。

試合は終わるまで勝負は決まらないです。

ですから選手たちは終わるまで気を抜いてはいけないです。


戦場にいる兵士たちも 戦いが終わるまで戦争は続くので、戦わないといけないです。



信仰はどうでしょうか?

死ぬまで信仰も守り通さないと神の国に入ることは出来ないです。


迫害は、信仰を奪うためのサタンからの攻撃です。


それに耐えることが出来ない人は 信仰を捨てて、神から離れます。

すると、それと同時に救いも永遠のいのちも神の国も失ってしまいます。



使徒パウロは、自分の人生を振り返りました。

多くの苦難と戦いがあり、毎日が死の連続でした。


同族ユダヤ人からの迫害、ローマ皇帝ネロからの迫害、あらゆる辛い迫害と苦難の道を通りました。


いつからこのような苦難の人生が始まったでしょうか?

主に出会ってからでした。


主の選びの器でしたが、彼は先頭に立って戦いをするキリストの兵士としての使命を受けました。



彼は休む暇もなく、全力で先頭に立って走り続けました。

そしてこの世での戦いが終わり、この世を去る時が来たことを知っていました。


これから十字架刑になるか、火あぶり刑になるか、それとも猛獣に噛み殺されるか分からないのに、パウロの心は平安で満ちていました。


恐れも心配も全くない平安は 主の兵士として、キリスト者として、信仰を守りながら勇敢に戦ったからでした。



神は勝利した者、敬虔に生きた者、使命を全うした者に全き平安を与えます。


パウロは自分に対する神の計画を正確に知っていました。

そしてそれが生きる目的になりました。


【エペソ3章7節】

私は、神の力の働きにより、自分に与えられた神の恵みの賜物によって、この福音に仕える者とされました。


ですからどんな困難の中でも 彼は福音を伝えていたので、弟子テモテにこのように言いました。


【第2テモテ4章2節】

みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。


信じる者たちが最後までやるべきことは福音を伝えることです。


自分の救いだけで満足するのではなく、他の人も救われるようにみことばを伝えることです。

これは主が私たちに命じたことです。


【マルコの福音書16章15節】

全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。


また死に至るまで忠実である時に、主からの冠を受けることが出来ます。


【ヨハネの黙示録2章10節】

あなたが受けようとしている苦しみを恐れてはいけない。見よ。悪魔はあなたがたをためすために、あなたがたのうちのある人たちを牢に投げ入れようとしている。あなたがたは十日の間苦しみを受ける。死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう。


正しい審判者である主はすべてを見ておられます。


そしてそれにふさわしい報いを与えて下さいます。

それには一切の差別もありません。


主のために自分のいのちを蒔いた者は、永遠のいのちを主から受けます。


主にある者たちは何の報いもない競技をするのではなく、報いのある競技、戦いをしています。


【第1コリント9章25-26節】

また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。

ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません。


【ヤコブ1章12節】

試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。


すでに救われたから何もせず、気楽に生きている姿はキリストの兵士として失格です。


何もせずに肉に従って生きる者を主が信仰の人と認めるでしょうか?

冠を与えるでしょうか?


アーメン ( ̄‥ ̄)=3


2021.8.8
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

毎日、テーマに沿って学ぶことができます!
bible66のブログ

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

聖書を理解しやすい言葉に訳しています!
みことばサプリ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

神が私たちに与えた3大義務

テーマは 『 神が私たちに与えた3大義務 』 です

【箴言1章2-5節】

これは、知恵と訓戒とを学び、悟りのことばを理解するためであり、

正義と公義と公正と、思慮ある訓戒を体得するためであり、

わきまえのない者に分別を与え、若い者に知識と思慮を得させるためである。

知恵のある者はこれを聞いて理解を深め、悟りのある者は指導を得る。


箴言のことばをすべて詳しく学び、その通りに行うならば一番良いですが、なかなかそれが出来る人は少ないと思います。

ですから箴言にあることばを大きく分けて考えるのが良いと思います。


本文にもあるように箴言が私たちにもたらすものは、すべて私たちにとって知恵になり、悟りになり、また益となります。

箴言は私たちに何を教えようとするでしょうか?


神が、神の民に与える3大義務と考えるのが良いと思います。



すべての国には国民に与えた義務があります。

それを守らないといけないです。


日本にも3大義務があります。

『教育の義務』 『勤労の義務』 『納税の義務』です。


果たさないと社会保障を受けることが出来ない場合があり、脱税すると罰金制度があります。



信じる人にも神が与えた義務があります。


守らないと救いを失うことはないですが、神の恵みを受け、良い実を結ぶことは出来ないです。

箴言を通して神が与えた3大義務を学びます。





神に対する義務




■ 神を恐れること

【箴言1章7節】

主を恐れることは知識の初めである。愚か者は知恵と訓戒をさげすむ。

■ 心を尽くして主に拠り頼むこと

【箴言3章5節】

心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。

■ どこにいても主を認めること

【箴言3章6節】

あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。

■ 財産とすべての収穫の初物で主をあがめること

【箴言3章9節】

あなたの財産とすべての収穫の初物で、主をあがめよ。

■ 主の懲らしめをないがしろにしないこと

【箴言3章11節】

わが子よ。主の懲らしめをないがしろにするな。その叱責をいとうな。




隣人に対する義務




■ 悪を企んではならない

【箴言3章29節】

あなたの隣人が、あなたのそばで安心して住んでいるとき、その人に、悪をたくらんではならない。

■ 欺いてはならない

【箴言11章1節】

欺きのはかりは主に忌みきらわれる。正しいおもりは主に喜ばれる。

■ 隣人をさげすまず、憐れむ

【箴言14章21節】

自分の隣人をさげすむ人は罪人。貧しい者をあわれむ人は幸いだ。

【箴言14章31節】

寄るべのない者をしいたげる者は自分の造り主をそしり、貧しい者をあわれむ者は造り主を敬う。

■ 隣人の良い友人になる

【箴言18章24節】

滅びに至らせる友人たちもあれば、兄弟よりも親密な者もいる。




自分に対する義務




■ 自分の心を見守る

【箴言4章23節】

力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。

■ 口を守って自制し、敬虔に至る

【箴言12章13-14節】

悪人はくちびるでそむきの罪を犯して、わなにかかる。しかし正しい者は苦しみを免れる。

人はその口の実によって良いものに満ち足りる。人の手の働きはその人に報いを与える。

【箴言13章2-3節】

人はその口の実によって良いものを食べ、裏切り者は暴虐を食べる。

自分の口を見張る者は自分のいのちを守り、くちびるを大きく開く者には滅びが来る。

【箴言21章23節】

自分の口と舌とを守る者は、自分自身を守って苦しみに会わない。

■ 謙遜な者になる

【箴言16章18-19節】

高ぶりは破滅に先立ち、心の高慢は倒れに先立つ。

へりくだって貧しい者とともにいるのは、高ぶる者とともにいて、分捕り物を分けるのにまさる。

■ 怠けず勤勉な者になる

【箴言19章15節】

怠惰は人を深い眠りに陥らせ、なまけ者は飢える。

これ以外にも箴言からは多くの知恵のことばがあり、私たちの歩むべき道が示されてあるので、いつもそこから学ぶのが良いと思います。


アーメン (・∀・)つ


2021.8.1
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

毎日、テーマに沿って学ぶことができます!
bible66のブログ

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

聖書を理解しやすい言葉に訳しています!
みことばサプリ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

このような神がいるだろうか

テーマは 『 このような神がいるだろうか 』 です


【ヨシュア記1章9節】

わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」

神を知れば知るほど、体験すればするほど、失望するどころか、ますます偉大な神に圧倒されてしまいます。


ですから神は『主を知ることを切に追い求めよ。』と預言者の口を通して語って下さいました。


自分が興味あることに対して人々は詳しく調べます。

それに対する知識を増やしていきます。


神に対しても いつも詳しく調べてよく知っている者もいれば、いつまで経っても浅い知識しかない人がいます。

そしてその人たちの信仰も神への信頼もとても薄いです。


しかし最低でも自分が信じる神に対して これだけは知ってほしいと思います。


それだけでも このような神は他にはいないことが分かります。





インマヌエル神様




インマヌエルを訳すと、「神は私たちと ともにおられる」 という意味である。

神を知ることです。


ひとりではなく、最強の神が共におられることが何を意味するかを知ることです。


恐れがあるヨシュアに 神が約束したのは、『あなたの行く所どこででも、あなたとともにある。』でした。



心にある恐れを消す一番の方法は、神が共におられることを信じることです。


神はみこころを成し遂げるために 私たちを選び、前進させるために共にいて、恐れを取り除き、勇気を与えて下さいます。


神は神の民といつも共にいて下さいます。

ですから弱い者が勇士になれます。





アドナイ・イルエ神様




アドナイ・イルエは「主の山の上には備えがある」 という意味である。


神を知ることです。

この神を最初に体験した人はアブラハムでした。


【創世記22章14節】

そうしてアブラハムは、その場所を、アドナイ・イルエと名づけた。今日でも、「主の山の上には備えがある」と言い伝えられている。


一番つらい時、他に道がまったく見えない時に、主が彼になさったことを通して、主のことばに従う者に対しては すべてを備えて下さる神であることを体験しました。


明日に対する心配事が多い人は、心配する時間に主のことばに従ってみて下さい。

主ご自身がその心配事を解決して下さいます。





エベン・エゼル神様




エベン・エゼルは、「ここまで主が私たちを助けて下さった」 という意味である神を知ることです。


第1サムエル記7章1-13節にある内容を読むと、その中で 神の助けを受けた時にサムエルが言ったことばがあります。


【第1サムエル記7章1-13節】

キルヤテ・エアリムの人々は来て、主の箱を運び上げ、それを丘の上のアビナダブの家に運び、彼の子エルアザルを聖別して、主の箱を守らせた。

その箱がキルヤテ・エアリムにとどまった日から長い年月がたって、二十年になった。イスラエルの全家は主を慕い求めていた。

そのころ、サムエルはイスラエルの全家に次のように言った。「もし、あなたがたが心を尽くして主に帰り、あなたがたの間から外国の神々やアシュタロテを取り除き、心を主に向け、主にのみ仕えるなら、主はあなたがたをペリシテ人の手から救い出されます。」

そこでイスラエル人は、バアルやアシュタロテを取り除き、主にのみ仕えた。

それで、サムエルは言った。「イスラエル人をみな、ミツパに集めなさい。私はあなたがたのために主に祈りましょう。」

彼らはミツパに集まり、水を汲んで主の前に注ぎ、その日は断食した。そうして、その所で言った。「私たちは主に対して罪を犯しました。」こうしてサムエルはミツパでイスラエル人をさばいた。

イスラエル人がミツパに集まったことをペリシテ人が聞いたとき、ペリシテ人の領主たちはイスラエルに攻め上った。イスラエル人はこれを聞いて、ペリシテ人を恐れた。

そこでイスラエル人はサムエルに言った。「私たちの神、主に叫ぶのをやめないでください。私たちをペリシテ人の手から救ってくださるように。」

サムエルは乳離れしていない子羊一頭を取り、焼き尽くす全焼のいけにえとして主にささげた。サムエルはイスラエルのために主に叫んだ。それで主は彼に答えられた。

サムエルが全焼のいけにえをささげていたとき、ペリシテ人がイスラエルと戦おうとして近づいて来たが、主はその日、ペリシテ人の上に、大きな雷鳴をとどろかせ、彼らをかき乱したので、彼らはイスラエル人に打ち負かされた。

イスラエルの人々は、ミツパから出て、ペリシテ人を追い、彼らを打って、ベテ・カルの下にまで行った。

そこでサムエルは一つの石を取り、それをミツパとシェンの間に置き、それにエベン・エゼルという名をつけ、「ここまで主が私たちを助けてくださった」と言った。

こうしてペリシテ人は征服され、二度とイスラエルの領内に、入って来なかった。サムエルの生きている間、主の手がペリシテ人を防いでいた。


【第1サムエル記7章12節】

そこでサムエルは一つの石を取り、それをミツパとシェンの間に置き、それにエベン・エゼルという名をつけ、「ここまで主が私たちを助けてくださった」と言った。


サムエルとイスラエルの民は主の前に断食しながら、罪を悔い改め、礼拝をささげ、神に助けを求める祈りをしました。

このような姿勢を見ると、神は手を差し伸べ助けて下さいます。



ただ苦しいから 『助けて下さい』 と、ちょっと祈っただけで神の助けを期待しても答えられないことが多いです。


罪から離れ、神を信頼し、切に求める時に、主は助けて下さいます。





望みの神様




望みは未来に関係があります。

過去に望みをかけることはないです。現在も同じです。


望みは未来のことなので、すべてを計画し、導く神に望みを置くならば 失望に終わることがないです。


【ローマ15章13節】

どうか、望みの神が、あなたがたを信仰によるすべての喜びと平和をもって満たし、聖霊の力によって望みにあふれさせてくださいますように。


【ローマ8章24-25節】

私たちは、この望みによって救われているのです。目に見える望みは、望みではありません。だれでも目で見ていることを、どうしてさらに望むでしょう。

もしまだ見ていないものを望んでいるのなら、私たちは、忍耐をもって熱心に待ちます。


【詩篇126編5-6節】

涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取ろう。

種入れをかかえ、泣きながら出て行く者は、束をかかえ、喜び叫びながら帰って来る。


涙を流しながら種を蒔くほど苦しみの中にいる者が、それでも種を蒔くのは希望があるからです。


希望があるから種を蒔くことをやめないです。


希望のない人は怠けます。
何もしないです。



希望ある人は、今日 自分がすべきことをします。


神に希望を置いている人は、どんなに辛いことがあっても忍耐して待ち望むことが出来ます。

また忍耐によって得るものがどんなに素晴らしいものかも知っています。


神には多くの力がありますが、これだけ信じて神に頼っても、私たちは地上での旅路を主と共に歩みながら幸せに、また勝利することが出来ます。


(*・ω・)ノ アーメン


2021.7.25
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

毎日、テーマに沿って学ぶことができます!
bible66のブログ

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

聖書を理解しやすい言葉に訳しています!
みことばサプリ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

苦難を受容するまでの段階

テーマは 『 苦難を受容するまでの段階 』 です

【ヨブ記2章7-10節】

『サタンは主の前から出て行き、ヨブの足の裏から頭の頂まで、悪性の腫物で彼を打った。

ヨブは土器のかけらを取って自分の身をかき、また灰の中にすわった。

すると彼の妻が彼に言った。「それでもなお、あなたは自分の誠実を堅く保つのですか。神をのろって死になさい。」

しかし、彼は彼女に言った。「あなたは愚かな女が言うようなことを言っている。私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいをも受けなければならないではないか。」ヨブはこのようになっても、罪を犯すようなことを口にしなかった。


突然のがんの宣告、死、大きな問題や事故などに直面すると、だれもがそれを簡単に受け入れることが出来ないです。

あらゆる感情が湧き出て、どうしたらよいのか戸惑うことがたくさんあると思います。


一般的に最初はほとんどの人がそれを否定します。

「そんなはずがない。間違いでしょう。うそでしょう。」という思いになります。

受け入れることが出来ないので否定します。



ヨブという人は 神を恐れ、悪から遠ざかっていた成熟した信仰を持っていたので、彼はとんでもない不幸が自分を襲ったその日も、否定したのではなく不幸を受容しました。


普通の人は 受容するまで何段階も通らないといけないのに、彼は成熟した信仰を持っていたので、すぐに受容しました。

普通の人ならば事実をまず否定します。


次はそれが事実であることを確認した後に、怒りの段階になります。

「どうして神様は私にこんな試練を与えるんですか?」と神に怒りの感情をぶつけます。

神様を信じない人までも悪いことが起こると 神のせいにします。



しかし、怒るからといって状況が変わるのではないです。


状況を変えたい人間は次に妥協点を捜します。

「神様が解決して下さるならば、これをします」 と誓願を立てて神の助けを求めます。



不妊のために苦しんでいたハンナは激しく泣きながら神に祈りました。

「万軍の主よ。もしあなたがはしための悩みを顧みて、私を心に留め、このはしためを忘れず、このはしために男の子を授けて下さるなら、私はその子の一生を主にささげます。そしてその子の頭に、かみそりを当てません。」


神はその祈りを聞いて、ハンナに男の子を与えました。

そして彼女は神に誓願した通りにその子を主に捧げました。


自分の願いが叶えられた後に、主への誓願を果たさない嘘つきも多いですが、彼女は誓願を守りました。

神はハンナをさらに覚えて彼女に3人の息子と2人の娘を与えました。



次は妥協も通らないと諦めてうつ状態になります。

「私の人生はこれでおしまいだ」と絶望する段階です。



ここで終わる人も多いですが、次の段階に行く人たちもいます。





受容段階・世の塩のような役割




それは、ありのままを認め、受け入れる受容段階です。

信仰ある人たちは ありのままを受容します。


自分に起こるすべてのことは、神の計画の中にあることだ と受け止めます。

ヨブもヨセフもダニエルもひどい苦難がありましたが、それをそのまま受容して忍耐しました。


神は、忍耐して神につぶやかなかった人たちを必ず祝福して下さいます。



そして、さらに次の段階もあります。

それは自分が経験した辛いことを生かして、同じ経験をしている人たちを慰め、助け、人の益のために働く段階です。


この人たちが世の光、世の塩のような役割をします。

社会を明るくする人たちです。



神は私たちがこの段階まで行くことを願います。

こういう人たちが本当に人を愛して善を行うことが出来ます。


神様は理由なく苦難を通らせるのではないです。


私たちの益のために、成熟した信仰に育てるために、キリストに似た者にするために、愛と謙遜がある人にするため、苦難を通して私たちを変えていきます。


また、試練を通ることによって ますます天の御国に望みを置く者になることも主は知っておられます。


アーメン (*゚∀゚)っ


2021.7.18
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

毎日、テーマに沿って学ぶことができます!
bible66のブログ

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

聖書を理解しやすい言葉に訳しています!
みことばサプリ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

名が天に記されている喜び

テーマは 『 名が天に記されている喜び 』 です

【ルカの福音書10章17-20節】

さて、七十人が喜んで帰って来て、こう言った。「主よ。あなたの御名を使うと、悪霊どもでさえ、私たちに服従します。」

イエスは言われた。「わたしが見ていると、サタンが、いなずまのように天から落ちました。

確かに、わたしは、あなたがたに、蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けたのです。だから、あなたがたに害を加えるものは何一つありません。

だがしかし、悪霊どもがあなたがたに服従するからといって、喜んではなりません。ただあなたがたの名が天に書きしるされていることを喜びなさい。」


イエス様は70人の弟子たちに力を授け、彼らに福音を伝える任務を与えて遣わしました。

そして弟子たちはその力によって素晴らしい働きをし、帰ってきて喜びながら主に報告しました。


悪霊どもさえ服従することを見て、彼らは相当喜んだと思います。

私たちが出て行ってその働きをしても、同じように興奮して誰かにそれを伝えたと思います。


しかし主は、その喜びよりも さらに喜ぶべきものがあると言われました。

「あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。」



主のことばのように私たちが一番喜ばないといけないことは、いのちの書に自分の名が書き記されていることです。


いのちの書に名が書き記される人は、小羊であるイエス・キリストを通して救われた神の民です。


悔い改めと信仰によって救われ、最後まで信仰を守った人がいのちの書に名が書き記されます。





いのちの書、行いの書、真理の書




天には数々の書物があると聖書に書かれていますが、代表的な書物は三つあります。

いのちの書、行いの書、そして真理の書です。


【ダニエル書10章21節】

しかし、真理の書に書かれていることを、あなたに知らせよう。


真理の書には歴史における神の計画が記されていると思われます。



【ヨハネの黙示録20章12節】

また私は、死んだ人々が、大きい者も、小さい者も御座の前に立っているのを見た。そして、数々の書物が開かれた。また、別の一つの書物も開かれたが、それは、いのちの書であった。死んだ人々は、これらの書物に書きしるされているところに従って、自分の行いに応じてさばかれた。


いのちの書に名の記されている人は、神のさばきに会うことがありません。

その者は神の国で永遠に生きることが許されますが、いのちの書に名の記されていない人は永遠の地獄に行きます。


【ヨハネの黙示録20章14-15節】

それから、死とハデスとは、火の池に投げ込まれた。これが第二の死である。

いのちの書に名のしるされていない者はみな、この火の池に投げ込まれた。


聖書には、いのちの書に関して難解な部分もあります。


いのちの書に記された名が消されることもあるのか? と。

ある人たちは「ある」と言いますし、ある人たちは「絶対ない」と言います。


聖書のある箇所を読むと、消されることがあるように思われますし、ある部分を読むとそんなことはないように思われるからです。



どの人間も聖書のことばを完璧に理解することは出来ないです。

理解出来る部分と、出来ない部分があります。


救いは “神の恵み” であり、私たちに救われる資格があったから救われたのではないです。


行いではなく信仰によって救いを受けます。


ですから罪を犯したから救いが消されることはないと思います。

罪を犯した後でも悔い改めるならば罪が赦されます。







しかし、私たちが信仰によって救われたのに、その信仰を自ら捨てるならば話は違うと思います。


信じた者が堕落して、神への信仰を捨て、他の神々を信じるならば、それでもその者は天国に行けるでしょうか?

不信仰になって あらゆる悪を行う者に対して、神はその名をいのちの書にそのまま記しているでしょうか?


公義を行う神にそれは出来ないと思います。



本当に救われた人なら、神への信仰を捨てることは出来ないです。


しかし、信仰よりも “宗教をやって形式的” になっている人は 救われてもいないのに、「自分は救われた」と勘違いしていると思います。


次の聖書の箇所を深く考えてみて下さい。

消されることは絶対ないと思うより、消されることがあるかも知れないから、そうならないように信仰によって生きる者になりましょう。



【出エジプト記32章32-33節】

今、もし、彼らの罪をお赦しくだされるものなら──。しかし、もしも、かないませんなら、どうか、あなたがお書きになったあなたの書物から、私の名を消し去ってください。」

すると主はモーセに仰せられた。「わたしに罪を犯した者はだれであれ、わたしの書物から消し去ろう。


【詩篇69章28節】

彼らがいのちの書から消し去られ、正しい者と並べて、書きしるされることがありませんように。


【イザヤ書4章3節】

シオンに残された者、エルサレムに残った者は、聖と呼ばれるようになる。みなエルサレムでいのちの書にしるされた者である。


【ダニエル書12章1-2節】

その時、あなたの国の人々を守る大いなる君、ミカエルが立ち上がる。国が始まって以来、その時まで、かつてなかったほどの苦難の時が来る。しかし、その時、あなたの民で、あの書にしるされている者はすべて救われる。

地のちりの中に眠っている者のうち、多くの者が目をさます。ある者は永遠のいのちに、ある者はそしりと永遠の忌みに。


【ヨハネの黙示録3章5節】

勝利を得る者は、このように白い衣を着せられる。そして、わたしは、彼の名をいのちの書から消すようなことは決してしない。わたしは彼の名をわたしの父の御前と御使いたちの前で言い表す。


ヨハネの黙示録の中にはいのちの書に対して書かれた箇所が色々あります。


【ヨハネの黙示録13章8節】

地に住む者で、ほふられた小羊のいのちの書に、世の初めからその名の書きしるされていない者はみな、彼を拝むようになる。


【ヨハネの黙示録17章8節】

あなたの見た獣は、昔いたが、今はいません。しかし、やがて底知れぬ所から上って来ます。そして彼は、ついには滅びます。地上に住む者たちで、世の初めからいのちの書に名を書きしるされていない者は、その獣が、昔はいたが、今はおらず、やがて現れるのを見て驚きます。


【ヨハネの黙示録20章12節】

また私は、死んだ人々が、大きい者も、小さい者も御座の前に立っているのを見た。そして、数々の書物が開かれた。また、別の一つの書物も開かれたが、それは、いのちの書であった。死んだ人々は、これらの書物に書きしるされているところに従って、自分の行いに応じてさばかれた。


【ヨハネの黙示録20章15節】

いのちの書に名のしるされていない者はみな、この火の池に投げ込まれた。


【ヨハネの黙示録21章27節】

しかし、すべて汚れた者や、憎むべきことと偽りとを行う者は、決して都に入れない。小羊のいのちの書に名が書いてある者だけが、入ることができる。

いのちの書に名の記されている者は必ず神の国に入るので、それが一番の喜びです。


アーメン v( ̄∇ ̄)v


2021.7.11
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



~ お知らせ ~

からし種の信仰と成長:ブログランキング
人気ブログランキングへ
(別ウィンドウで開きます)

多くの人に読んでもらえる可能性があるので
皆さんのクリックが、福音伝道に繋がります☆


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

毎日、テーマに沿って学ぶことができます!
bible66のブログ

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

聖書を理解しやすい言葉に訳しています!
みことばサプリ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

アーカイブ
プロフィール

ヤエクリ

アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

(^^) からし種 に投票してね
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ