からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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聖日礼拝メッセージ

謙遜また謙遜

テーマは 『 謙遜また謙遜 』 です

【第1ペテロ5章5-6節】

同じように、若い人たちよ。長老たちに従いなさい。みな互いに謙遜を身に着けなさい。神は高ぶる者に敵対し、へりくだる者に恵みを与えられるからです。

ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。

クリスチャンが身に着けるべき徳の一つが謙遜です。

謙遜にならず 高ぶっているならば、神に敵対する者だとはっきり言われました。


謙遜とは何でしょうか。


神の前に自分が取るに足りない者、価値のない者、愛される資格もない者であることを自ら認める心の態度です。


選ばれたから、救われたから自分に資格があると思うことは間違いです。


次の箇所に私たちが選ばれた理由があります。


【第1コリント1章27-29節】

しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。

また、この世の取るに足りない者や見下されている者を、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。

これは、神の御前でだれをも誇らせないためです。

(私たちに)知恵があるから、強いから、何かを持っているから選んだのではないです。

ですから選ばれた者たちは、神の前にへりくだり、感謝と栄光をささげなければなりません。


パウロは偉大な主の使徒ですが、イエス様のように、本当に謙遜な使徒でした。


自分自身を神の前に取るに足りない者といつも認めていました。


【第1コリント15章8-10節】

そして、最後に、月足らずで生まれた者と同様な私にも、現れてくださいました。

私は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。

ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。

本当に謙遜な発言と態度です。


もしパウロが高慢な者であったならば、神は彼を用いることは出来なかったと思います。

神に敵対する者を用いることは出来ないからです。


神は高慢な者は退けますが、謙遜な者には多くの恵みを約束して下さいました。

どのような恵みの約束があるでしょうか?


【箴言3章34節】

あざける者を主はあざけり、へりくだる者には恵みを授ける。

【箴言22章4節】

謙遜と、主を恐れることの報いは、富と誉れといのちである。

【箴言29章23節】

人の高ぶりはその人を低くし、心の低い人は誉れをつかむ。

【イザヤ書29章19節】

へりくだる者は主によっていよいよ喜び、貧しい人はイスラエルの聖なる方によって楽しむ。

【イザヤ書57章15節】

いと高くあがめられ、永遠の住まいに住み、その名を聖ととなえられる方が、こう仰せられる。

「わたしは、高く聖なる所に住み、心砕かれて、へりくだった人とともに住む。へりくだった人の霊を生かし、砕かれた人の心を生かすためである。

高慢は神の座に座ろうとする心です。


人間の本性の中には高慢があります。

自分が一番で偉いという思いです。


ですからその本性を知り、高慢の本性を打ち叩き、いつも自分を低くして謙遜を身に着けるようにしなければなりません。


高い御座を捨てて、卑しい世に来られたイエス様の謙遜を見習う者になりましょう。


アーメン (´∀`*)

2019.10.13
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偶像を捨て去り、悔い改めよ

テーマは 『 偶像を捨て去り、悔い改めよ 』 です

【エゼキエル書14章1-6節】

イスラエルの長老たちの幾人かが来て、私の前にすわった。

そのとき、私に次のような主のことばがあった。

「人の子よ。これらの者たちは、自分たちの偶像を心の中に秘め、自分たちを不義に引き込むものを、顔の前に置いている。わたしは、どうして彼らの願いを聞いてやれようか。

それゆえ、彼らに告げよ。神である主はこう仰せられると言え。心の中に偶像を秘め、不義に引き込むものを自分の顔の前に置きながら、預言者のところに来るすべてのイスラエルの家の者には、主であるわたしが、その多くの偶像に応じて答えよう。

偶像のために、みなわたしから離されてしまったイスラエルの家の心をわたしがとらえるためである。

それゆえ、イスラエルの家に言え。神である主はこう仰せられる。悔い改めよ。偶像を捨て去り、すべての忌みきらうべきものをあなたがたの前から遠ざけよ。

人を騙すことは出来ても、神を騙すことは出来ません。


神は私たちの心を調べる方です。

神の目は顕微鏡よりも よく見える目で、すべてを見ておられます。


嘘発見機を使わなくても すぐに偽りを見抜く方です。



神が忌み嫌うのは、“嘘と偽善” です。


うわべは神に仕え、神の御心を求め、神の御心に従うように見せかけ、心の中では神と同じくらいに仕える あらゆる偶像で満ちた心を神は忌み嫌います。


神は二人の主人に仕えることを絶対に赦す神ではありません。


【マタイの福音書6章24節】

だれも、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。

神と偶像を同時に仕える行為に対して 神はそれを受け入れることが出来ません。


心の中に偶像を秘めながら、神からの啓示を求めに来た長老たちを見て、神は彼らが願う答えは与えないとはっきりと言われました。



従順と悔い改めがないまま、神からの導きを期待しても主はそれには答えません。

従順も悔い改めもない人が自分の利益のために、自分の欲のために神を求めても神から答えを得ることは出来ません。


【詩篇66編18節】

もしも私の心にいだく不義があるなら、主は聞き入れてくださらない。


神は偶像崇拝から立ち返らない人に対してはどのようにするでしょうか?

そのままにしておいて後に裁きます。



【第2テサロニケ2章11-12節】

それゆえ神は、彼らが偽りを信じるように、惑わす力を送り込まれます。

それは、真理を信じないで、悪を喜んでいたすべての者が、さばかれるためです。

自分の罪の報酬を自分で刈り取ります。


神が心に偶像を秘めている者に要求するものは何でしょうか?



偶像を捨て去り、悪から遠ざかって、悔い改めて、悔い改めにふさわしい実を結ぶことです。


自分が悔い改めて、新しく結ぶべき実が何かを考えましょう。


アーメン ヽ(TдT)ノ


2019.10.6
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キリストの何を信じるのか

テーマは 『 キリストの何を信じるのか 』 です

【第1ヨハネ4章1-3節】

愛する者たち。霊だからといって、みな信じてはいけません。それらの霊が神からのものかどうかを、ためしなさい。なぜなら、にせ預言者がたくさん世に出て来たからです。

人となって来たイエス・キリストを告白する霊はみな、神からのものです。それによって神からの霊を知りなさい。

イエスを告白しない霊はどれ一つとして神から出たものではありません。それは反キリストの霊です。あなたがたはそれが来ることを聞いていたのですが、今それが世に来ているのです。

宗教は世にたくさんあります。

人々は自分が信じたいものを信じています。


しかし問題は、“何でも好きなものを選んで信じたら それで良いのか” です。


自分では問題がないと思っても、神から見れば “大いに問題あり” です。

神々と呼ばれるすべてのものは 神ではないからです。



神は “唯一の神” なので、それ以外は違う霊です。


聖書では その霊を “サタン、悪霊” と呼びます。



またサタンは人々を騙すために反キリストも世にたくさん送りました。


私たちは騙されないために、それらの霊を試さないといけないです。

本物のキリストと 反キリストを見分ける方法が聖書に書かれてあります。




・メシヤであるイエス様は肉体をもっていました




マリヤが聖霊によって身ごもり、イエス様を産みました。


肉体をもって来られた理由は、十字架の上で私たちの罪を贖うためでした。


【ヨハネの福音書1章14節】

ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。

ですから、人となって来たイエス・キリストを告白する霊は偽物ではありません。


肉体があるので “神” として信じない人もいますが、聖書では肉体がないとキリストではないと言われています。




キリストの神性を信じることです




キリストは神のひとり子です。

イエスは神ではないし、メシヤでもないと否定する人は偽り者です。


【第1ヨハネ4章14-15節】

私たちは、御父が御子を世の救い主として遣わされたのを見て、今そのあかしをしています。

だれでも、イエスを神の御子と告白するなら、神はその人のうちにおられ、その人も神のうちにいます。

【第1ヨハネ5章5節】

世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。



十字架の死によって私たちの罪を贖ったキリストこそ、私たちの救い主であることを信じます




【第1ヨハネ4章10節】

私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

救いとは、死からいのちに移されたことを意味します。


【第1ヨハネ5章12節】

御子を持つ者はいのちを持っており、神の御子を持たない者はいのちを持っていません。



キリストは愛です




【第1ヨハネ4章7-8節】

愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。

愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。

神は愛であることを信じることです。


アーメン v( ̄∇ ̄)v


2019.9.15
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今はどんな時なのか

テーマは 『 今はどんな時なのか 』 です

【第2コリント6章1-2節】

私たちは神とともに働く者として、あなたがたに懇願します。神の恵みをむだに受けないようにしてください。

神は言われます。「わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。」確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。

絶えず流れるのが時間です。


しかし、いつまでも この時間が続くことはないです。

なぜなら終わりがあると主が語って下さったからです。


終わりがある時間の中で生きているので、今がどんな時であるかを知る必要があります。


湯水のように使う時間が人間には与えられていないです。



人間の寿命も終わりがあります。

生まれる時があれば死ぬ時があります。


また次の箇所には このようなことばがあります。


【ヘブル9章27節】

そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように、

死ぬことは誰も避けて通ることが出来ないので、人々はそれを受け止めます。


しかし、死後にさばきがあることを知らない人がほとんどです。

ですから そのための準備も出来ません。



クリスチャンは死後のさばきを知っているので、生きている時にそのための準備をしなければなりません。


準備するためには、今がどんな時なのかを知ることです。

本文でも時が語られてあります。


知恵ある人は、時を見分けることが出来ます。


しかし知恵のない人は、時を見分けることが出来ないので チャンスさえも無駄にしてしまいます。



主の働き人は “見張り人” です。

見張り人は時を見分ける人でなければなりません。


パウロは神の働き人として、また時の見張り人として勧めました。

今がどんな時なのかを教えました。


今はどんな時ですか。

そして自分にとって今どんな時ですか。




恵みの時です




恵みの時とは、罪人が悔い改める時です。

悔い改めることが なぜ恵みでしょうか?


自分が罪人である認識がない人は、罪のまま生きて死に、裁かれて永遠の死を迎えます。



しかし悔い改めて主に立ち返ることは、神にUターンすることです。

Uターンして神の所に立ち返るならば、主から罪の赦しと救いの恵みを受けます。



人間は自分の力で、悔い改めることが出来ないです。

神の恵みによって初めて心から悔い改めることが出来ます。


今は罪人たちが悔い改めて恵みを受ける時です。


【第2ペテロ3章9節】

主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。




救いの時です




今は救いの時です。

この世が終わるまでが救いの時です。


世がいつ終わるかは分かりませんが、終わりが来るならば救いのチャンスはありません。


神が罪に汚れた世をすぐに滅ぼさないのは、1人でも多くの人が救われてほしいからです。

主の忍耐を軽んじてはならないです。


【第2ペテロ3章15節】

また、私たちの主の忍耐は救いであると考えなさい。それは、私たちの愛する兄弟パウロも、その与えられた知恵に従って、あなたがたに書き送ったとおりです。



従順の時です




信じる者にとっては神に従順する時です。


【マタイの福音書7章24-25節】

だから、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行う者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。

雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。岩の上に建てられていたからです。

救われた人が神のことばに従順することが、自分の家を建てる行為であると例えました。



神は私たちが従順の実を結ぶように時間を与えています。

それを十分に活用するのが良いしもべです。


神は良い実を結ぶ人に良い報いを与えます。




準備する時です




信じる人たちはイエス様の再臨を待ち望んでいます。


「天に行って場所を用意したら、また来て、あなたがたをわたしのところに迎え入れる。」
とイエス様は約束して下さいました。

目を覚まして用意していなさいと言われました。


迎える用意、天に入るための準備をする時間です。


【エペソ5章15-17節】

そういうわけですから、賢くない人のようにではなく、賢い人のように歩んでいるかどうか、よくよく注意し、

機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。

ですから、愚かにならないで、主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい。

アーメン ヽ(TдT)ノ


2019.9.8
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主に従うこととは

テーマは 『 主に従うこととは 』 です

【第2テモテ4章16-18節】

私の最初の弁明の際には、私を支持する者はだれもなく、みな私を見捨ててしまいました。どうか、彼らがそのためにさばかれることのありませんように。

しかし、主は、私とともに立ち、私に力を与えてくださいました。それは、私を通してみことばが余すところなく宣べ伝えられ、すべての国の人々がみことばを聞くようになるためでした。私は獅子の口から助け出されました。

主は私を、すべての悪のわざから助け出し、天の御国に救い入れてくださいます。主に、御栄えがとこしえにありますように。アーメン。

口先だけで「主に従います」と言うのは簡単です。

言うだけで何もしなくて良いですから。


しかし、実際に主に従って歩むことは簡単ではなく、とても難しいです。

なぜなら主が歩んだように歩まないといけないからです。



主の使徒・パウロは、「主に従って歩む」ことが、どういう事かを身をもって現した人でした。

イエス様のように生きてイエス様のように死にました。


イエス様からビジョンと使命を受け、イエス様と親密な関係を結び、共に歩みました。


そして主が 弟子や従って来たすべての者に捨てられたように、パウロも捨てられました。


そしてイエス様のように彼らを赦しました。

主を愛し、人を愛する愛をそのまま見せました。



イエス様は、人のために この世に来られ、人に仕えましたが、人の手によって十字架にかけられ死にました。


十字架の上で父なる神に祈りました。

「父よ、彼らをお赦し下さい。彼らは何をしているのか自分でわからないのです。」


パウロも自分を見捨てた人たちに対して「彼らがさばかれることがありませんように。」と願いました。

イエス様に似た姿がありました。


イエス様に出会った後のパウロの生き方、心、働き、愛、すべてはイエス様の中に見られるものでした。

違うところはありませんでした。



主に従うことは、主と同じ生き方をすることです。

違う生き方ならば、別々の道を歩んでいることを意味します。


主と同じ生き方は、みことばの知識だけでは100%無理です。


知識だけでは主の心を知ることが出来ません。

理解も出来ません。


十字架の知識を持っていても 十字架にかかった主の心や痛み、苦しみを知ることは出来ないです。


自分が同じ経験をして初めて共感し、知ることが出来ます。



主に従った人々は、主と同じことを実行しました。

無条件の愛、犠牲的な奉仕、心からの服従、完全な自己否定、しもべとしての謙遜がありました。


信仰と愛、希望をもって、神に栄光をささげながら自分の十字架を負ってビジョンと使命を全うしました。

天の御国にふさわしい者になりました。


アーメン ヽ(^o^)丿

2019.9.1
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最後まで走りぬく

テーマは 『 最後まで走りぬく 』 です

【伝道者の書 3章1-14節】

天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。

生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。

殺すのに時があり、いやすのに時がある。くずすのに時があり、建てるのに時がある。

泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。嘆くのに時があり、踊るのに時がある。

石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。

捜すのに時があり、失うのに時がある。保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。

引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。黙っているのに時があり、話をするのに時がある。

愛するのに時があり、憎むのに時がある。戦うのに時があり、和睦するのに時がある。

働く者は労苦して何の益を得よう。

私は神が人の子らに与えて労苦させる仕事を見た。

神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。

私は知った。人は生きている間に喜び楽しむほか何も良いことがないのを。

また、人がみな、食べたり飲んだりし、すべての労苦の中にしあわせを見いだすこともまた神の賜物であることを。

私は知った。神のなさることはみな永遠に変わらないことを。それに何かをつけ加えることも、それから何かを取り去ることもできない。神がこのことをされたのだ。人は神を恐れなければならない。

私たちが今 生きている人生は平坦ではありません。


「救われていたら、いつも良いことばかり」、「問題なんか起こらない」、「ずっと平安であり、幸せである」わけではないのです。



実際に聖書にはこのように死ぬ、失う、殺す、崩す、投げ捨てる、引き裂く、戦う時があると書かれていて、現に私たちの人生でも これは起こっているのです。

その時々は、苦しいものであり、楽なものではありません。


私達が生まれる時があり、癒やされる時があり、喜ぶときがあり、収穫する時があり、それぞれがその時にかなっているように、これらの困難も時にかなっているのです。






私たちは生きていると、いずれ死にます。

その死ぬタイミングは誰にもわからないのです。


急に事故で亡くなる場合もあれば、病気で徐々に亡くなる場合もあります。


命は神様が握っているものであり、その “時” は神様にしか分かりません。



生きていれば苦しみもありますし、そしていずれは死ぬのです。

その中で私たちがすべきことは何でしょうか?


それは神様が与えてくださった使命に対して 忠実に働き、喜び楽しむことなのです。


また、真理を知り、神様のみことばを かみしめて生きることです。



神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。

神様がなさることは時に私たちは全く理解できない時もあります。

ただ、神様のなさることはすべて時にかなって美しいのです。






例えば、イエス様をこの世に送り、罪人のために身代わりになって死ぬことは普通に考えてありえないことなのです。


ご自分の息子を、罪のない息子を、否定し拒絶し侮辱し痛めつけ 裏切り苦しめる者たちのために わざわざ十字架につけさせるのです。


ペテロもそれが理解できなかったのです。

なぜイエス様が捕まえられて苦しみを受けないといけないのか。


十字架にかけられるその瞬間だけを見ると むごく、ひどい、あり得ないことなのです。



ですが、「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」のです。


神様がそのようにイエス様をわざわざ罪人のためにこの世に送り、十字架にかけさせたのは、罪人を救うためであり、解放するためであり、死に打ち勝って勝利をおさめ、栄光を受けるためでありました。


私たちが永遠に神様とともに生きるために、自らを犠牲にして来てくださったのです。



私たちの目には見えないことがたくさんあります。

生きていて理解できないこと、辛くてしんどいことがあるのです。


「何でこんなことが?」「なぜ私ばかりこんなに苦しむの?」
そう思うことがたくさんあります。


それでも、「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」と信じる信仰が必要です。


神様にゆだねながら、私たちは今 神様に与えられた使命をしっかり果たすことです。

その中で喜びを得ることなのです。






もう一つ、人生を生きていくための秘訣があるので、みことばを見ていきます。


【へブル12章1-3節】

こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。

忍耐を持って最後まで走りぬくことが大切です。


天の御国に行くその最後まで、信仰のレースを走り抜かないとだめなのです。

途中で信仰のレースをやめることは、神様と一緒に生きないことであり、御国に行かないことであります。


どんなに辛かろうが、私たちは走り抜かないといけないのです。



陸上のレースでも走り切らないと記録は残らないのです。

どんなに有名な選手であったとしても、レースの途中で終わってしまうと、それは意味がないのです。


むしろタイムが遅かったとしても最後まで走り抜いた者に栄冠がいくのです。



最後まで走り抜く方法を神様は ここで語ってくださっています。


―いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けること―信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないこと です。



陸上のレースで大きなかばんを担いでる人、重荷を背負ったまま本番に臨む人を見たことがありますか?

みんな薄く軽いユニフォームを着ているだけで、荷物は何一つ持たずに全力で走っています。


私たちが走り抜くこのレースでは、すべての重荷と罪を捨てて走らないといけません。


重荷を担いだまま、罪を背負ったまま走るのは とても大変であり、走り抜くことは不可能なのです。






何のために自分でその重荷を抱えようとするのですか。

何のために罪を持ったまま生きようとするのですか。


それが私たちを助けてくれるでしょうか。


―― いいえ、そんなことはありません。


私たちは信仰のレースを走り抜くためには、一切の重荷、罪を捨て去らないといけないのです。



そして、それにはもう一つ大切なこと、「イエスから目を離さないこと」です。


イエス様から目を離すこととは、“イエス様以外のものを見ていること” です。

つまりは、イエス様を見上げないといけないのに、人を求める、問題を見る、罪を見る、環境を見ることです。


人を見ている間、問題や自分の罪、環境を見ているということは、つまりはイエス様から目をそらしているということなのです。



一生懸命 人を見て求めると、罠にかかります。

神様よりも人のことを大切に思い始めるのです。


人に愛されること・認められることを先に求めるのです。

問題や環境ばかりを見ても、問題は解決されません。


罪ばかりを見ても、それから免れることはないのです。






私たちが必要なのは、イエス様を見ることです。


イエス様を見、イエス様の生き方・人生を見ることで知恵が与えられ、慰めが与えられ、元気が与えられ、勇気が与えられ、愛が与えられるのです。


イエス様は私たちが通った以上、(今まで)経験した、またこれから経験する試練以上の試練と困難、苦しみ、死をすべて受けた方なのです。

それでも走り抜いたのは、その先にある “栄光・命・復活・喜び” をずっと見ていたからです。



私たちもイエス様を見上げ、イエス様のように “その先にあること” を見るのです。


【へブル12章10-11節】

なぜなら、肉の父親は、短い期間、自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのですが、霊の父は、私たちの益のため、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。

すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。

試練は失望に終わることはありません。


人間の目や価値観では すぐに分からなくても、もはや生きている間に分からなかったとしても、耐え忍び、最後まで走り抜くことで、平安の義の実を結ぶのです。



神様の中で強くありましょう。

ますますイエス様を見上げましょう。


注意散漫にならず、イエス様を見上げましょう。

そして、信じ、ゆだねることです。


神様のなさることはすべて時にかなって美しい、ということばをかみしめ、味わっていきましょう。


アーメン (・∀・)

2019.8.25
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イエス様のライフスタイル

テーマは 『 イエス様のライフスタイル 』 です

【ルカの福音書21章37節】

さてイエスは、昼は宮で教え、夜はいつも外に出てオリーブという山で過ごされた。

新しく生まれ変わったクリスチャンならば、イエス様抜きの生き方はしてないと思います。


いつも、どうしたらもっとイエス様に近づけるかを考えると思います。

どうしたらもっと信仰ある者になれるのかを考えます。


なぜなら自分の姿が きっと主の目には「信仰の薄い者」に見えると思うからです。


良い信仰を持つために努力する人もいると思います。

しかし、うまくいかなくて悩む時もあります。


なぜ努力しても良い信仰、主が喜ぶ人間になれないのでしょうか?


イエス様が地上にいた時は、私たちと同じ “人間” として生活しました。

同じように弱さを持っていました。


しかしイエス様は世の中でも、世に染まらず、偉大な救いのわざを成し遂げました。


なぜそれが出来たでしょうか。

イエス様のライフスタイルを見たら分かります。


そして私たちが努力してもうまく行かない原因も、私たちのライフスタイルにあります。

主のライフスタイルと私たちのライフスタイルがあまりにも違うからです。






本来ならば、イエス様のライフスタイルをマネしなければならないのに、私たちは自分のライフスタイルを優先にします。


主のライフスタイルに従わないです。


それでは いつまで経っても、私たちの信仰生活はうまくいかないです。

もちろん勝利することも難しいです。


毎日習慣的にやることが、その人のライフスタイルです。



イエス様のライフスタイルはどうでしたか?

今日のことばにあります。


「夜はいつも外に出てオリーブという山で過ごされた。」


イエス様のライフスタイルは、夜になると静かな所で一人になることでした。


毎日大勢の人に囲まれ、昼は多くの働きをしました。

誰よりも忙しかったです。


早朝から人々が集まるので、食事する暇もないほどで、それが毎日繰り返されていました。


しかし夜になると、いつも人からも 弟子たちからも離れて一人になりました。

休むためではなく、父なる神に祈りをささげ、交わりをするためでした。


父なる神と二人で過ごす時間が、イエス様にとってはもっとも貴重な時間で、それが主の働きの原動力になっていました。






「もし明日死ぬならば、今日何をしますか?」
という質問は、みなさんも聞いたことがあると思います。


皆さんなら何をしますか?

いま考えてみて下さい。



イエス様は何をしましたか。


ルカの福音書22章39節は十字架にかかる前日の姿です。

イエス様は自分が次の日に死ぬことも知っていました。


【ルカの福音書22章39節】

それからイエスは出て、いつものようにオリーブ山に行かれ、弟子たちも従った。

人生最後の日でも、いつもと同じようにオリーブ山に行かれ、その晩もいつものように父なる神と時間を過ごしていました。


弟子たちも一緒にいましたが、彼らのライフスタイルは いつも主の近くで寝ることでした。


ですから「目を覚まして祈りなさい。」と何度も聞いたにも関わらず 出来ませんでした。

そして誘惑に負け、倒れました。


しかしイエス様のようなライフスタイルで生きた人たちは、みな勝利の人生を生きました。


もしイエス様のように静かに神と共に過ごすライフスタイルがなく、昼も夜も世の中にどっぷり浸かって、神との時間もまったく持たず、好きなことばかりしたり、眠りをむさぼるライフスタイルならば、誘惑が来た時に倒れてしまいます。


信仰も薄いままです。

もちろん成長も出来ません。


人としてのイエス様は そのライフスタイルを通して、私たちに生き方も教えて下さいました。


自分のライフスタイルを早く変えることが、誘惑の多い世の中で倒れない秘訣でもあります。

アーメン ( ̄‥ ̄)=3


2019.8.11
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三つのラッパの音の意味

テーマは 『 三つのラッパの音の意味 』 です

【エレミヤ書6章16-19節】

主はこう仰せられる。「四つ辻に立って見渡し、昔からの通り道、幸いの道はどこにあるかを尋ね、それを歩んで、あなたがたのいこいを見いだせ。しかし、彼らは『そこを歩まない』と言った。

また、わたしは、あなたがたの上に見張り人を立て、『角笛の音に注意せよ』と言わせたのに、彼らは『注意しない』と言った。

それゆえ、諸国の民よ。聞け。会衆よ。知れ。彼らに何が起こるかを。

この国よ。聞け。見よ。わたしはこの民にわざわいをもたらす。これは彼らのたくらみの実。彼らが、わたしのことばに注意せず、わたしの律法を退けたからだ。



警告を与える角笛の音




17節に「角笛の音」が出て来ます。


旧約時代では、ラッパの役割を角笛がしました。

戦争や危険が迫る時に 民たちを目覚めさせ、備えや避難が出来るように角笛を吹いて警告しました。


しかし 神様が実際に角笛を鳴らすようにしたのは、もっと深い意味があります。


神は多くの預言者や祭司たちの口を通して、預言や啓示を与えて、これから起こることや神のさばきなどを伝えましたが、それがすべて警告のラッパです。

これは私たちが必ず聞かなければならないラッパの音です。



「角笛の音に注意せよ。」と言われてあります。

もし「注意しない」と言うならば、わざわいに会いますね。

次の箇所にも警告を与える場面が出て来ます。


【エゼキエル書33章1-7節】

次のような主のことばが私にあった。

「人の子よ。あなたの民の者たちに告げて言え。わたしが一つの国に剣を送るとき、その国の民は彼らの中からひとりを選び、自分たちの見張り人とする。

剣がその国に来るのを見たなら、彼は角笛を吹き鳴らし、民に警告を与えなければならない。

だれかが、角笛の音を聞いても警告を受けないなら、剣が来て、その者を打ち取るとき、その血の責任はその者の頭上に帰する。

角笛の音を聞きながら、警告を受けなければ、その血の責任は彼自身に帰する。しかし、警告を受けていれば、彼は自分のいのちを救う。

しかし、見張り人が、剣の来るのを見ながら角笛を吹き鳴らさず、そのため民が警告を受けないとき、剣が来て、彼らの中のひとりを打ち取れば、その者は自分の咎のために打ち取られ、わたしはその血の責任を見張り人に問う。

人の子よ。わたしはあなたをイスラエルの家の見張り人とした。あなたは、わたしの口からことばを聞くとき、わたしに代わって彼らに警告を与えよ。

今の時代も、神様は目を覚ましているクリスチャンたちを通して警告を与えておられます。

ラッパを吹かせています。


その音を聞いて、主を迎えることが出来るように準備しないといけないです。




携挙のラッパの音




【第1テサロニケ4章16-17節】

主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、

次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。

【第1コリント15章51-52節】

聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみな、眠ることになるのではなく変えられるのです。

終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。


携挙が起こる時に吹かれるラッパによって超自然的な現象が起こります。


誰も見たことも経験したこともないことが起こります。

主を迎える準備が出来た人だけが一瞬に変えられて雲の中に一挙に引き上げられます。


ラッパの音を聞いてから準備しようとしても間に合いません。


今の時代を見るとその時が近づいていることがよく分かります。

いつ起きてもおかしくありません。



主の日は盗人のように突然来ると言われてあります。

ラッパが響いたら終わりです。


突然多くの人が消えていきます。


残ってしまった人々は携挙のラッパの音を二度と聞くことはありません。




大患難のラッパの音




ヨハネの黙示録8章、9章ではわざわいをもたらすラッパが吹かれる場面が出て来ます。


神の命令によって全世界にもたらされる恐ろしい患難のために次々とラッパが吹かれます。


誰もこの患難から逃れることは出来ないです。

誰も何の準備も出来ないです。


すべての自然や生き物にもわざわいが来るからです。



人間が長い間犯した罪に対する神の激しい怒りが、残されたすべての人々の上にくだります。


誰がこれに耐えることが出来るでしょうか。

どれほど激しい患難なのかを、次の2箇所で見たいと思います。


【ヨハネの黙示録9章6節】

その期間には、人々は死を求めるが、どうしても見いだせず、死を願うが、死が彼らから逃げて行くのである。

【ヨハネの黙示録9章18節

これらの三つの災害、すなわち、彼らの口から出ている火と煙と硫黄とのために、人類の三分の一は殺された。


これで終わりではなく、大患難はさらに続きます。

考えるだけでもゾッとする患難に誰が耐えることが出来るでしょうか。


目覚めるように吹き鳴らされるラッパの音も聞けなくなる時が来ます。


いつ携挙のラッパが吹かれてもおかしくない今の時代です。

今はまだ間に合います。



警告のラッパの音を聞いて目覚めて携挙の準備をすることです。


毎日雲を見ても主の再臨を思い起こすことです。

迎える準備が出来てあるかどうかを確かめることです。
アーメン ( ̄‥ ̄)=3


2019.8.4
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自分のたましいを愛するために

テーマは 『 自分のたましいを愛するために 』 です

【箴言19章8節】

思慮を得る者は自分自身を愛する者、英知を保つ者は幸いを見つける。

自分のたましいを愛していますか。

これは命にかかわることなので、自分の魂を愛していかなければならないです。


どうすることが自分の魂を愛することなのかを聖書のことばで調べます。




思慮と英知を得ること




【箴言19章8節】

思慮を得る者は自分自身を愛する者、英知を保つ者は幸いを見つける。



主の命令を守ること




【箴言19章16節】

命令を守る者は自分のいのちを保ち、自分の道をさげすむ者は死ぬ。



主を愛すること




【申命記30章6節】

あなたの神、主は、あなたの心と、あなたの子孫の心を包む皮を切り捨てて、あなたが心を尽くし、精神を尽くし、あなたの神、主を愛し、それであなたが生きるようにされる。



自分の心を守ること




【箴言4章23節】

力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。



主を慕い求める




【申命記4章29節】

そこから、あなたがたは、あなたの神、主を慕い求め、主に会う。あなたが、心を尽くし、精神を尽くして切に求めるようになるからである。

アーメン v( ̄∇ ̄)v

2019.7.28
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悪魔が喜ぶ人、嫌いな人

テーマは 『 悪魔が喜ぶ人、嫌いな人』 』 です

【第1ペテロ5章8-9節】

身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。

堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。

悪魔の存在は 堕落した御使いです。

もともとは良い者だったのに、神に逆らって堕落すると、とんでもない悪い者になりました。


その悪魔は、人間に罪を犯すようにそそのかす者です。


神は、人間を神のみこころに従って生きるように造りました。


それなのに悪魔は絶えず、人間が神に逆らって生きるように誘惑します。

この悪魔の誘惑から逃れる者は1人もいません。



イエス様さえも悪魔の誘惑に会いました。

信仰ある人たちも みんな悪魔の誘惑を受けました。


悪魔は、(神を)信じる者の敵なので 立ち向かいなさいと主から言われました。

勝利するためには敵のことをよく知っておかなければいけないです。


今回は、敵を知るために、悪魔が好きな人と嫌いな人を学びます。




悪魔が喜ぶ人




悪魔は罪を犯す人を喜びます。


京都の放火事件で、人々はことばを失うほど悲しんでいますが、悲しまないのは、犯人と悪魔ですね。

もちろん悪魔の心を持っている人間は喜んでいると思います。


人間ならば 人間の心が必要ですが、犯人には人間の心がありません。

人の死を喜ぶ悪魔の心しかないです。


悪魔は悪魔の心を持って罪を犯す人間をとても喜びます。

神は罪を忌み嫌いますが、悪魔は罪が大好きです。


悪魔は、神が忌み嫌うことを行う者が大好きです。



箴言6章には、神の忌み嫌うことが書かれてありますが、これらを行う者は悪魔に喜ばれています。


【箴言6章16-19節】

主の憎むものが六つある。いや、主ご自身の忌みきらうものが七つある。

高ぶる目、偽りの舌、罪のない者の血を流す手、

邪悪な計画を細工する心、悪へ走るに速い足、

まやかしを吹聴する偽りの証人、兄弟の間に争いをひき起こす者。

罪を犯す者は絶えず、悪魔に餌を与えて悪魔に力を与える者です。

悪魔を獅子と表現しましたが、獅子も餌を得ないと力が出ないし、最後は死にます。


悪魔が喜ぶ罪を犯して餌を与えながら悪魔に勝つことは可能でしょうか?


不可能です。




悪魔が嫌いな人




悪魔を落胆させ、餌を与えない人を悪魔は嫌います。


私たちが悪魔に勝利するためには、絶えず悪魔を落胆させ、悪魔を飢え死にさせなければなりません。

悪魔が嫌いなことがあります。


それは私たちが神のみこころを行うことです。


すなわち神を喜ばせることをするならば、悪魔は怒り狂います。

嫉妬、妬みに燃え、攻撃もします。


しかし 私たちはそんな悪魔を恐れず、さらに神のみこころを行うことです。



どのように生きたら悪魔に嫌われる人になるでしょうか?


【第1テサロニケ5章15-18節】

だれも悪をもって悪に報いないように気をつけ、お互いの間で、またすべての人に対して、いつも善を行うよう務めなさい。

いつも喜んでいなさい。

絶えず祈りなさい。

すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

人に悪を行い人間関係が壊されることを悪魔は好みますが、私たちがいつも善を行うならば悪魔はその人を憎みます。

悪魔の心を受け入れる人は、他人に平気に悪を行います。


しかし神のみことばに従って善を行うならば神は喜び、悪魔は嫌います。



いつも喜ぶ人は、悪魔に嫌われます。

誘惑しても倒れないからです。


クリスチャンが悪魔の誘惑に陥りやすいのは環境を信仰の目で見ず、人間的な目(不信仰な目)で見るからです。


環境を見てつぶやいて罪を犯す場合が多いです。

悪魔は次のような人が嫌いです。


【ハバクク書3章17-19節】

そのとき、いちじくの木は花を咲かせず、ぶどうの木は実をみのらせず、オリーブの木も実りがなく、畑は食物を出さない。羊は囲いから絶え、牛は牛舎にいなくなる。

しかし、私は主にあって喜び勇み、私の救いの神にあって喜ぼう。

私の主、神は、私の力。私の足を雌鹿のようにし、私に高い所を歩ませる。指揮者のために。弦楽器に合わせて。

環境よりも大切な主が私たちを愛し、私たちを救って下さったことを考えるならば、どんな環境の中でも喜ぶことが出来ます。

ハバククも 厳しい環境の中で、このことばを告白しました。



どんな環境の中でも喜ぶ人を悪魔は嫌います。

私たちが神を呪い、神から離れることを願って様々な攻撃をするのに、効き目がないので嫌います。






また悪魔は、祈る人が大嫌いです。


私たちが落胆したり、疑ったりして祈らないことを願っているのに、絶えず神の前に出て祈ると 自分たち(悪魔)の作戦が無効になるので嫌いです。


悪魔は、私たちが神の助けなしに生きるように仕向けますが、それに騙されてはいけないです。



また悪魔はすべてのことについて感謝する人が嫌いです。


悪魔はつぶやく人が好きです。

つぶやく人の中に入りやすいからです。

つぶやく人は悪魔から見ると使いやすいです。


しかし感謝すると出番がなくなります。

悪魔の力が無力になります。



“霊的力がないから悪魔に立ち向かえない” と嘆く必要はありません。


感謝するならば、悪魔の力を奪い取ることが出来ますし、無力化することが出来ます。


感謝せずに、つぶやく人は悪魔を巨人にする人です。

しかし感謝する人は悪魔をイナゴにする人です。



悪魔との戦いで、悪魔を倒したいならば、悪魔から嫌われる人になり、悪魔を失望させる人になることです。

そして神に喜ばれる人になるならば、悪魔は次のような状態になります。


【申命記28章7節】

主は、あなたに立ち向かって来る敵を、あなたの前で敗走させる。彼らは、一つの道からあなたを攻撃し、あなたの前から七つの道に逃げ去ろう。

悪魔を恐れるのではなく、神を恐れる者になって、悪魔に勝利する者になりましょう。
アーメン .。゚+.(・∀・)゚+.゚


2019.7.21
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