からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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聖日礼拝メッセージ

何を感謝するのか

テーマは 『 何を感謝するのか 』 です

【詩篇103章1-5節】

わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。

わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。

主は、あなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病をいやし、

あなたのいのちを穴から贖い、あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、

あなたの一生を良いもので満たされる。あなたの若さは、鷲のように新しくなる。

詩篇103編は、波乱万丈の人生を生きた ダビデ王が書いた箇所です。


103編は全部で22節ありますが、1節はこのように始まりました。


【詩篇103編1節】

わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。

そして22節は、次のことばで終わりました。


【詩篇103編22節】

主をほめたたえよ。すべて造られたものたちよ。主の治められるすべての所で。わがたましいよ。主をほめたたえよ。

これで分かるように、詩篇103編は「神の恵みに対する感謝の賛美」です。

ダビデは、どんな時にも 絶えず神に感謝の賛美をささげた人物でした。


感謝の賛美は、神がとても喜ぶいけにえなので、ささげるように言われています。


【ヘブル13章15節】

ですから、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。

神の恵みを知っている人は誰でも、神に感謝の賛美をささげることが出来ます。

それも絶えずささげることが出来ます。


私たちは何を 神に感謝すべきでしょうか?





すでに受けた恵みに感謝すること




地上で神の恵みを受けていない人は、1人もいません。

すべての人は神が造った世界で、色々な恵みを 生まれながら受けています。


たとえ過酷な環境の中で生まれたとしても、神が最初からそのような環境にしたのではなく、良い環境だったところを人間が破壊して悪くしましたし、人間の罪と悪によって良いものを得られなくなったことが多いです。


信じる者は、“特別な恵み” を神から受けました。

本文にもあるように、


罪が赦されたこと、死から命に移され救われたこと、神の裁きの代わりにあわれと恵みと愛を受けたことに感謝しなければなりません。


そして、霊肉とも癒されたこと、サタンから解放されたことも、私たちが受けた恵みです。


このことを忘れず、絶えず神に感謝をささげることです。


感謝を忘れる時から罪が始まります。


イスラエル人が そのことを見せました。


長い間、エジプトで苦しんでいた民を 神はあわれんで、エジプトに厳しい災いを下して、イスラエル人を救い出しました。


そして追跡して来たパロとその軍勢に対しても裁きを下し、イスラエル人が無事に紅海の海を渡れるようにしました。

完全な救いでした。


その恵みを受けた直後に、モーセとイスラエル人は神に感謝の賛美をささげました。


【出エジプト記15章1-3節】

そこで、モーセとイスラエル人は、主に向かって、この歌を歌った。彼らは言った。「主に向かって私は歌おう。主は輝かしくも勝利を収められ、馬と乗り手とを海の中に投げ込まれたゆえに。

主は、私の力であり、ほめ歌である。主は、私の救いとなられた。この方こそ、わが神。私はこの方をほめたたえる。私の父の神。この方を私はあがめる。

主はいくさびと。その御名は主。

このように主が喜ぶ感謝の賛美をささげました。

しかし3日後には別の姿がありました。それは “主の恵みをすっかり忘れた姿” でした。


3日間、荒野を歩きましたが、水がなく、マラに来ましたが、その水は苦くて飲めませんでした。


すると民は次のようになりました。

民はモーセにつぶやいて、『私たちは何を飲んだら良いのですか。』と言いました。


受けた恵みのことは すっかり忘れて、現実の問題を見て つぶやきました。

これが人間の弱さであり、罪深さです。


受けた恵みをすぐに忘れることが多く、すぐ つぶやくので、「主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」と言われてあります。


「受けた恵みなんか無い」という人は 大ウソつきであり、目が見えない人であり、良心が麻痺した人です。





今受けている恵みに感謝すること




現在受けている恵みに感謝するためには、満ち足りる心を伴う “敬虔” が必要です。


【第1テモテ6章6-10節】

しかし、満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。

私たちは何一つこの世に持って来なかったし、また何一つ持って出ることもできません。

衣食があれば、それで満足すべきです。

金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。

毎日、様々なニュースに接する度に 感謝することが多いです。


自然災害や事件、事故がない日はありません。

悲惨な目に遭った人が、特別に悪い人で 罪深いからでしょうか?


そんなことはないです。そういうことは誰にでも起こることです。

たまたま その人たちが そういう目に遭っただけで、自分たちも いつ どんな目に遭うかは誰も知らないです。


ですから、苦しみに遭っている人には 憐れみの心を持ち、いま自分が守られていることに対しては、感謝をささげないといけないです。


日々の食べ物があることが本当に感謝です。
家があることも感謝です。


トイレがあることも感謝です。
インドでは、トイレのある家が53%です。

他の貧しい国に行けば、もっとひどく トイレも水道も何もないです。


そこに生まれた人は、一杯の水でも感謝します。

それも また人々と分け合います。


快適な環境にいながら感謝しないと、本当に罰が当たりますね。


信仰の自由がある今、生きていることも感謝です。

この状況が いつ変わるか分かりません。


大きな患難がないこともすごく感謝です。


感謝できる恵みがいま存在しているのに、欲張りの心が働いて感謝出来ずにいるならば、その人は結局、悲しい末路を迎えることになります。





これから受ける恵みに感謝すること




これから受ける恵みに感謝するためには、神の約束を信じる信仰が必要です。

神の約束は保証された祝福であり、恵みです。


たとえ苦難の中にいる人でも、神の約束を知り、その約束を信じるならば 希望が出て来ます。

希望ある人は その保証された約束を信じて、苦難の中でも感謝することが出来ます。


苦難の中には、絶望だけがあるのではありません。


神は そこに “約束” という恵みを送って下さいます。


それを受け取る人は、恵みに感謝し、それによって勝利することが出来ます。

アブラハムの例を見ます。


【ヘブル11章17-19節】

信仰によって、アブラハムは、試みられたときイサクをささげました。彼は約束を与えられていましたが、自分のただひとりの子をささげたのです。

神はアブラハムに対して、「イサクから出る者があなたの子孫と呼ばれる」と言われたのですが、

彼は、神には人を死者の中からよみがえらせることもできる、と考えました。それで彼は、死者の中からイサクを取り戻したのです。これは型です。

アブラハムは約束を信じたので、イサクをささげるように 神から言われた時に、パニックになることもなく、神のことばに従順しました。


神は彼の信仰を祝福し、イサクの代わりになる一頭の雄羊を用意していました。

アブラハムは初めからそのことは知りませんでした。


祭壇の薪の上にイサクを載せ、刀を振り上げた時に 神が知らせて下さいました。


神が良いことをして下さったので、アブラハムはその場所をアドナイ・イルエ(主の山には備えがあるという意味)と名づけました。


約束に対する信仰、感謝を伴う従順があったので、神は特別な祝福を与えて下さいました。


神は特別な祝福を与えると約束して下さいました。

どのような人に与えるでしょうか?


【詩篇103編11-13節】

天が地上はるかに高いように、御恵みは、主を恐れる者の上に大きい。

東が西から遠く離れているように、私たちのそむきの罪を私たちから遠く離される。

父がその子をあわれむように、主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる。

主を恐れる人に特別な祝福を与えます。

次の箇所にもあります。


【詩篇103編17-18節】

しかし、主の恵みは、とこしえから、とこしえまで、主を恐れる者の上にある。主の義はその子らの子に及び、

主の契約を守る者、その戒めを心に留めて、行う者に及ぶ。

そして主は主を恐れる者に恵みと憐れみとの冠をかぶらせ、一生を良いもので満たされます。


過去に受けた恵み、いま受けている恵み、これから受ける恵みに感謝する私たちになれますように。
アーメン (*´∇`*)


2017.11.19
収穫感謝礼拝メッセージ

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ルツはどんな信仰を持っていたのか

テーマは 『 ルツはどんな信仰を持っていたのか 』 です

【ルツ記1章1-18節】

さばきつかさが治めていたころ、この地にききんがあった。それで、ユダのベツレヘムの人が妻とふたりの息子を連れてモアブの野へ行き、そこに滞在することにした。

その人の名はエリメレク。妻の名はナオミ。ふたりの息子の名はマフロンとキルヨン。彼らはユダのベツレヘムの出のエフラテ人であった。彼らがモアブの野へ行き、そこにとどまっているとき、

ナオミの夫エリメレクは死に、彼女とふたりの息子があとに残された。

ふたりの息子はモアブの女を妻に迎えた。ひとりの名はオルパで、もうひとりの名はルツであった。こうして、彼らは約十年の間、そこに住んでいた。

しかし、マフロンとキルヨンのふたりもまた死んだ。こうしてナオミはふたりの子どもと夫に先立たれてしまった。

そこで、彼女は嫁たちと連れ立って、モアブの野から帰ろうとした。モアブの野でナオミは、主がご自分の民を顧みて彼らにパンを下さったと聞いたからである。

そこで、彼女はふたりの嫁といっしょに、今まで住んでいた所を出て、ユダの地へ戻るため帰途についた。

そのうちに、ナオミはふたりの嫁に、「あなたがたは、それぞれ自分の母の家へ帰りなさい。あなたがたが、なくなった者たちと私にしてくれたように、主があなたがたに恵みを賜り、

あなたがたが、それぞれ夫の家で平和な暮らしができるように主がしてくださいますように」と言った。そしてふたりに口づけしたので、彼女たちは声をあげて泣いた。

ふたりはナオミに言った。「いいえ。私たちは、あなたの民のところへあなたといっしょに帰ります。」

しかしナオミは言った。「帰りなさい。娘たち。なぜ私といっしょに行こうとするのですか。あなたがたの夫になるような息子たちが、まだ、私のお腹にいるとでもいうのですか。

帰りなさい。娘たち。さあ、行きなさい。私は年をとって、もう夫は持てません。たとい私が、自分には望みがあると思って、今晩でも夫を持ち、息子たちを産んだとしても、

それだから、あなたがたは息子たちの成人するまで待とうというのですか。だから、あなたがたは夫を持たないままでいるというのですか。娘たち。それはいけません。私をひどく苦しませるだけです。主の御手が私に下ったのですから。」

彼女たちはまた声をあげて泣き、オルパはしゅうとめに別れの口づけをしたが、ルツは彼女にすがりついていた。

ナオミは言った。「ご覧なさい。あなたの弟嫁は、自分の民とその神のところへ帰って行きました。あなたも弟嫁にならって帰りなさい。」

ルツは言った。「あなたを捨て、あなたから別れて帰るように、私にしむけないでください。あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。

あなたの死なれる所で私は死に、そこに葬られたいのです。もし死によっても私があなたから離れるようなことがあったら、主が幾重にも私を罰してくださるように。」

ナオミは、ルツが自分といっしょに行こうと堅く決心しているのを見ると、もうそれ以上は何も言わなかった。


ルツと言う人が持つ信仰が どのようにして生まれたのか、
異邦人であったルツが どのようにしてイエス様の系図に入るようになったのかを 今回は学びたいと思います。


また、ルツを通して働く神の救いの計画は何でしょうか?




ルツの信仰がどのようにして生まれたのかを
本文で知ることが出来ます




彼女が生まれ育ったモアブは、様々な神と呼ばれるものがあり、真の神を知らず、むしろ神が忌み嫌う偶像の神を熱心に信じていました。


モアブとイスラエルの関係と言えば、過去にイスラエルを呪うように モアブの王バラクが悪の力を持つバラムを呼んだこともありました。

荒野でもイスラエルの行く手を妨害したこともありました。

ですから両国は良い関係ではなく、むしろ敵対する悪い関係でした。


しかし、ルツという女性は 自分の国に移住して来たユダヤ人家族に出会い、そこの息子と結婚しました。


それまで偶像崇拝をしていたルツが、信仰ある家庭に嫁ぎました。


それによって ルツは信仰を持つようになりました。

それがルツの人生を大きく変えるきっかけになりました。



女性は結婚することで、それまでとは違う生活が始まることが多いです。

特に東洋ではさらに強いです。


嫁は、嫁ぎ先の宗教、習わしなどをそのまま受け入れなければならない 昔からの暗黙のルールがありました。

先進国ではだいぶ変わり、今は嫁の立場がもっと強くなっているところもあります。


しかしルツは結婚した時に、今まで自分が信じていたのとは違う神、違う信仰を受け入れる覚悟を決めて嫁いだと思います。


そのルツの結婚生活に、不幸なことが起こりました。

舅も旦那も義理の弟も亡くなり、三人の女性だけが残されました。

三人は弱い立場の やもめになりました。


若い二人の嫁は、旦那が死んだからと言って姑から離れて実家に帰ることも出来ない時代でした。

ですから最初、ナオミは 二人の嫁を連れてベツレヘムに戻ろうとしました。


でもナオミは考え直して、二人の嫁を自由にすることを決めました。

そしてそのことをはっきり二人の嫁に伝えました。


最初は二人の嫁もその提案にびっくりしました。

多分そういう話を周りから聞いたこともなかったと思います。


ですから戸惑い 受け入れませんでしたが、ナオミのさらなる勧めで決断しなければならなくなりました。

その結果、オルパはモアブに残ることになり、ルツは強い意思で姑と一緒に行くことにしました。






なぜルツはそのような決断をしたのでしょうか?

現実的にナオミと一緒に行くことは、ルツにとってどのような得があるでしょうか。


人間的には愚かな決断でした。

なぜかと言うと、自らいばらの道を選んだからです。
そこはどう見ても、苦難しか見えない道ですから。


姑の面倒を一生診ないといけない 誰もが選びたくない道を、彼女は自分の意思で選びました。


昔から今に至るまで嫁と姑の問題は多くの人が抱える大きな問題です。


特に東洋ではもっと深刻です。

今でも “嫁が、舅や姑の介護をすべきだ” と考える人が多いですね。


その役割をしたくないし、何で旦那が死んでからも その家族の世話を嫁がしないといけないのかと、納得いかない多くの嫁たちが、旦那が死んだ後に籍を抜いて旦那の家族と訣別する人がどんどん増えています。


介護は大変だからです。

心が優しいか、優しくないかの問題ではないですね。

いつ終わるか分からない “いばらの道” だからです。


ルツはなぜ そのような決断をしたでしょうか?

心の優しい女性だから仕方なくそのような決断をしたでしょうか。
―― そうではなかったです。


ルツは心優しい女性ですが、それが決断の根源ではなかったです。

すると何を基準にして決断したでしょうか?


彼女の決断は、人の目にはとても愚かな決断に見えます。


何のためにわざわざそんな苦しい道を選ぶのか分からないと人々が言うでしょう。


ユダヤに行けば差別も受けるし、知り合いもいないし、生活の基盤もないし、再婚できる望みもほとんどないのに、何のために行くのかとみんなは思ったでしょう。

モアブに残るのが一番良いと全員が言ったかも知れません。






もし皆さんなら、また皆さんの娘のことならば、ナオミと行くように勧めるでしょうか?

むしろ思い止まるように、必死に説得すると思います。

安定した苦労のない生活を人々は一番求めるからです。


ルツにはそういう考えがなかったでしょうか。

当然あると思います。


でも彼女は、常識的な考えで決断したのはありません。

安定した生活を一番の優先にしたわけでもありません。

人々があまり考えない “違う考え方” をしました。


多くのクリスチャンも、このような決断の時には、世の人と変わらない決断をします。


しかし ルツは、捨てるべきものと絶対捨ててはいけないもの、全部を失っても絶対失いたくないものが何かを考えました。


そして、そこに残ったものを彼女は選びました。
それは何でしょうか?


それは真の神を選ぶことであり、その神を信じる信仰を選ぶことが一番であると考えてモアブを離れ、ナオミと一緒にユダヤに行く決心をしました。


信仰がそのように導きました。

彼女の決断は、信仰から出た決断でした。

彼女のことばでわかります。


【ルツ記1章16節】

あなたを捨て、あなたから別れて帰るように、私にしむけないでください。あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。

ここで神の話が出てきました。

ルツは選民の中に入ることを願っていました。



真の信仰とは何でしょうか?


自分が信じた真の神を、最後まで信じて従うことです。


「いのちの道が険しく狭い道である。」と言われた理由がそこにあります。


その道に入る人は、たくさんのものを持って入ることが出来ないです。

むしろ多くのものを犠牲にしなければならない道です。


安定した生活や家族、人々からの非難も 将来の夢も犠牲にしないといけないこともあります。

それでも良いと思う人が その いのちの道を選びます。


それが真の信仰であり、尊い決断をさせる決め手になります。






犠牲にするのは無理と思うならば、信仰の決断は出来ないです。

絶対に手放せない何かがあるならば、決断の時は それに優先権を与えてしまいます。

そして信仰は形だけの信仰になります。


神や信仰は失っても、あるものは失いたくないという思いで決断するならば、真の信仰とは言えないですね。


真の信仰は、救いに至る信仰です。


どんな時にも神への信仰、愛、献身があります。


一度手にした信仰を絶対に手放さず、神の選びにふさわしく生きようと日々励んでいます。


ルツが姑ナオミについて行ったのは、続けて神を信じるためでした。


自分の国に残るなら、まったく信仰生活が出来ないことを彼女は知っていました。

毎日 偶像崇拝する生活が根付いていたからです。

ですから そこを離れなければならなかったです。


モーセがパロの所にとどまって贅沢な生活をするより、神の民と共に苦しみを受けることを選んだのと原理は同じです。


ルツは、ナオミに自分の人生をささげたのではなく、神に自分の人生をささげました。

そして彼女が選んだ道は、未来のない絶望な道ではなく、神の祝福を受ける祝福の道でした。


これは信仰のない人には見えない道です。


生ぬるい信仰、堕落した信仰を持つ教会、信徒はいつも広い道を求め、広い道を選びます。

そして世にあるものをたくさん手に入れようとします。

教会はさらに大きい教会を目指します。


そのために、個人の生活や教会に人間の考え、方法、やり方がいっぱい入って来ます。

そして、それらを喜んで用います。


しかしそれは神が示した道ではありません。






ルツは神への正しい信仰をもって正しい道を選びました。

神の保護のもとに身を避ける人を神は喜びます。

そして神ご自身がその人を祝福します。


ルツは実際食べるものを得るために朝から晩まで苦労して働きました。

それでも彼女は喜んで働きました。


しばらくして神の憐れみと恵みが彼女に注がれ、素敵な男性ボアズを 神はルツに与え、家庭を持つようにしました。

彼女は以前よりも はるかに祝福された女性になりました。


そしてその子孫にはダビデが生まれました。

またメシアであるイエス・キリストも生まれました。

神は彼女の真の信仰に答えて下さいました。


伝説によれば、ナオミにもう一人いた嫁オルパはどのようになったでしょうか?


彼女には信仰が見られませんでした。

ですから人間的な決断をして安定した道を選びました。


やがて彼女も ある男性と結婚し、その子孫にゴリヤテがいるという話です。


後の時代に、ルツの子孫ダビデと、オルパの子孫ゴリヤテは戦い、ダビデは 神に敵対した勇士であるゴリヤテを殺しました。


一人の信仰の決断は、後の子孫までに影響を与えます。


神を選んだルツの決断が正しい決断であることは、神ご自身が証明して下さいました。


それによって異邦人がキリストの系図に載る素晴らしい祝福と永遠のいのち、神の民になる祝福、平安な家庭まで築く祝福を受けました。


彼女の信仰と決断を、愚かだと誰が言えるでしょうか?


新約聖書で、パウロは信仰の決断をした人と しなかった人の違いをこのように語りました。


【第1コリント1章18節】

十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。

【第1コリント1章23-24節】

しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、

しかし、ユダヤ人であってもギリシヤ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです。

アーメン v( ̄∇ ̄)v

2017.11.12
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今をどのように生きるべきなのか

テーマは 『 今をどのように生きるべきなのか 』 です

【第1テサロニケ5章12-22節】

兄弟たちよ。あなたがたにお願いします。あなたがたの間で労苦し、主にあってあなたがたを指導し、訓戒している人々を認めなさい。

その務めのゆえに、愛をもって深い尊敬を払いなさい。お互いの間に平和を保ちなさい。

兄弟たち。あなたがたに勧告します。気ままな者を戒め、小心な者を励まし、弱い者を助け、すべての人に対して寛容でありなさい。

だれでも悪をもって悪に報いないように気をつけ、お互いの間で、またすべての人に対して、いつも善を行うよう務めなさい。

いつも喜んでいなさい。

絶えず祈りなさい。

すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

御霊を消してはなりません。

預言をないがしろにしてはいけません。

しかし、すべてのことを見分けて、ほんとうに良いものを堅く守りなさい。

悪はどんな悪でも避けなさい。

間違えて解釈した終末論は 現実を否定し、現実逃避したり、または希望も未来も持たず、天国だけを考えて、足が地についていない生活をさせます。

聖書的終末論は、決してそのようなものではありません。


聖書的終末論は、キリストの再臨と一番関係があります。


聖徒たちは キリストの再臨を待ち望みながら、神との正しい関係を保ち、天国と救いを受けた者ですから、地上では “救いへの感謝と喜びをもって生活し、良い実を結ぶように生きる” ことが 正しい姿勢です。


聖書的終末論は、決して暗いものではなく、むしろ希望をもって生きる終末論です。


ですから救いの目的は、

私たちに天国への望みを与え、この世では神から受けた使命を正しく成し遂げさせるためです。


聖徒が正しい終末論をもって、日々の生活で守るべき指針が 本文の中にあります。




霊的指導者を認め尊敬し、霊的指導者は模範を見せること




【ヘブル13章17節】

あなたがたの指導者たちの言うことを聞き、また服従しなさい。この人々は神に弁明する者であって、あなたがたのたましいのために見張りをしているのです。ですから、この人たちが喜んでそのことをし、嘆いてすることにならないようにしなさい。そうでないと、あなたがたの益にならないからです。



お互いの間に平和を保つこと




平和を保つためにはこのような心構えが必要です。


【ローマ12章10節】

兄弟愛をもって心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりもまさっていると思いなさい。

自分にはない相手の良い所や長所を見つけることです。


【ローマ12章16節】

互いに一つ心になり、高ぶった思いを持たず、かえって身分の低い者に順応しなさい。自分こそ知者だなどと思ってはいけません。



すべての人に対して寛容でありなさい




気ままな者を戒め、小心な者を励まし、弱い者を助けることです。


【ローマ15章1-2節】

私たち力ある者は、力のない人たちの弱さをになうべきです。自分を喜ばせるべきではありません。

私たちはひとりひとり、隣人を喜ばせ、その徳を高め、その人の益になるようにすべきです。



悪をもって悪に報いず、いつも善を行うように務めなさい




【ローマ12章21節】

悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。

【ガラテヤ6章9-10節】

善を行うのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。

ですから、私たちは、機会があるたびに、すべての人に対して、特に信仰の家族の人たちに善を行いましょう。





★ 次の三つは、神に対して持つべき 一番 “基本的な信仰生活の姿勢” です。


◆ いつも喜んでいなさい。


神に受け入れられ、永遠の御国に入る救いの祝福を受けたので喜ぶことが出来ます。


◆ 絶えず祈りなさい。


祈りによって神との交わりが出来、また自分の弱さのために神の助けを必要とする時にも祈りは神への通路になります。


◆ すべてのことについて感謝しなさい。


神がすべてのことを働かせて益として下さることを知っているから感謝出来ます。




御霊を消しても悲しませてもいけない




御霊を消している教会があることは、とても悲しいことです。

御霊を消すことは主の臨在を消すことと同じです。


聖書は御霊を消してはならないと、はっきりと書かれています。


【エペソ4章30節】

神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、贖いの日のために、聖霊によって証印を押されているのです。



伝えられた神のことばと預言、賜物をないがしろにしてはいけません




【第2ペテロ1章21節】

なぜなら、預言は決して人間の意志によってもたらされたのではなく、聖霊に動かされた人たちが、神からのことばを語ったのだからです。

【第2テモテ1章6節】

それですから、私はあなたに注意したいのです。私の按手をもってあなたのうちに与えられた神の賜物を、再び燃え立たせてください。



すべてのことをよく見分けること




正しく見分けるために必要なのは “真理” です。


真理は どの時代でも何が正しいか、何が良いかを教えます。


神の目に正しいものは すべて正しいですし、神の目に良いものは すべて良いものです。


人間の目には良く見えても、神の目には悪であるならば、それは “悪” です。


ですから神の真理で分別すると間違いはないです。




悪はどんな悪でも避けること




悪は 罪そのものです。
神が一番忌み嫌うものは、罪です。


罪から来る報酬は死ですから、悪は避けなければなりません。


このような姿勢で 終末を生きる目的は、次のためです。


【第1テサロニケ5章23節】

平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、あなたがたの霊、たましい、からだが完全に守られますように。

アーメン (´・ω・`)

2017.10.22
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主の名によってすべてをなす

テーマは 『 主の名によってすべてをなす 』 です

【コロサイ3章17節】

あなたがたのすることは、ことばによると行いによるとを問わず、すべて主イエスの名によってなし、主によって父なる神に感謝しなさい。

クリスチャンとして生きるために一番重要な教えが 本文のことばです。

自分をクリスチャンだと思うならば、自分とキリストを引き離すことは出来ないです。


使徒パウロは、強いことばで 自分とキリストの関係を語りました。


【ガラテヤ2章20節】

私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。

自分の存在はなく、いつもキリストの存在を現していました。

キリストのために生きた人生で、それによって誰よりもキリストに栄光をささげ、人々を主に導きました。


キリストもパウロを愛し、大いに用いて下さいました。


そのように私たちも キリストを現す生活をいつも心掛けながら生きているでしょうか?


「彼(パウロ)は別格だ」 と思ってはいけないです。

彼も私たちと同じ人間です。


キリストに対する思いが私たちとは違っていました。


自我を殺し、キリストに見習う生活を常にしました。



キリストは、すべての信じる者に(パウロと)同じことを期待しています。

キリストにふさわしく生きることを願っています。


ですから、“主の名によってすべてをなすこと。” は、キリストが私たちに望む生き方です。



“主の名によってすべてをなす” ことは、主の尊い名が汚されることなく、その名が みなからあがめれるようにすることです。


主に迷惑をかけることではなく、栄光をささげることです。


最近も、有名人の息子が覚せい剤使用で逮捕され、父親が涙を流しながら謝罪する場面を テレビで観て、心が痛みました。

息子は子どもでもなく、すでに大人であるのに、そして親は悪いこともしていないのに、人の前で泣きながら頭を下げて謝る姿は 本当に悲しくなります。


その姿を息子に見せて、深く反省してもらいたい気持ちになりました。

「お前のせいで、親がこんなに辛い思いをしているんだよ」と。


子どもは、自分のせいで 親が辛い思いをしていることに対して 責任を感じなければならないです。

そして、これは クリスチャンにも当てはまります。



クリスチャンが もし悪いことをするなら、一番の被害者は “イエス様” です。


イエス様の名が地に落ち、イエス様や教会に迷惑をかけることになります。


ですから、“主の名によってしなさい” と言われることは、常に主の名誉と栄光のことを まず考えなさい ということです。


私たちが すべてにおいて主の名を使うことは、“徹底的に主に頼って生きること” を意味します。

頼らないと、信じる者にふさわしい行動が出来ないからです。


そもそも "クリスチャン” とは、自分に頼ることをやめて、キリストに頼ることを選んだ人です。


主に頼らないと、キリストから言われたことは何一つ出来ないです。


赦すことも、愛することも、仕えることも、犠牲を払うことも出来ないです。

自分の思いで、自分の力で、憎い人を愛せますか?
罪を犯した者を赦せますか?


しかし、取るに足りない自分を受け入れたイエス様のことを考えると、罪深い自分を赦して下さった主の赦しに感謝の思いが出てきて、愛される価値のない自分を愛して下さったイエス様の事を思いながら主に頼ると それが出来るようになります。


主が私のような者を これほどまでに愛して下さったのに、「あの人を赦すことは出来ません」とは言えない思いになります。


「感謝もなく、ありがたさも分からないような人間に なぜ私が仕えなければならないのか」 と思われますが、主の名を使うと 主がまず私に仕えて下さったのに、私が何者で、出来ないと拒否できるのか という思いになります。


父なる神が、キリストを通して 自分にして下さったことをいつも思いながら、主イエスの名で主と同じことをしていく時に、それによって父なる神に感謝をささげることが出来ますし、栄光をささげることが出来ます。


主イエスの名によって ことばや行動をするならば、それでクリスチャンにふさわしい姿になります。


主の名を使って悪いことは出来ないはずです。

本物ではない偽善者は主の名を使って 多くの者を惑わしたりします、その人たちが後に受ける裁きは厳しいものになります。


クリスチャンは何をするにも、それが神の御心に適うことなのかを考えることです。


しかし、どんなに良いことに思われても、神の御心と反してあるならば、神の栄光にはならないです。


それは良い結果が期待できないです。



人前では、自分はキリストの大使である自覚が必要です。

大使はその国を代表する者です。


ですから発言にもすごく気を遣いますし、行動も国に迷惑が掛からないように慎重です。


クリスチャンも、神の国の大使として “主に遣わされた者” です。


神の国がいかに素晴らしい国であるかを人々に伝え、神からのメッセージを人々に伝える任務を任された人たちです。


ですから、神にも 神の国にも迷惑が掛からないようにしないといけないです。

自分のせいで誰かがつまずいたら それはいけないからです。


【第1コリント10章31節】

こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい。

【エペソ5章20節】

いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって父なる神に感謝しなさい。

アーメン (・∀・)つ


2017.10.15
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勝利の三つの要素

テーマは 『 勝利の三つの要素 』 です

【エペソ6章10-15節】

終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。

悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。

私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪魔に対するものです。

ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。

では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、

足には平和の福音の備えをはきなさい。

キリストは、人類を贖う計画を持って地上に来られた時に サタンの激しい抵抗と妨害を受けました。

キリストの働きは サタンにとって一番嫌なことでした。


汚れた悪霊に取りつかれた人が、イエス様を見た時に大声でこのように叫びました。


【ルカの福音書4章34節】

「ああ、ナザレ人のイエス。いったい私たちに何をしようというのです。あなたは私たちを滅ぼしに来たのでしょう。私はあなたがどなたか知っています。神の聖者です。」

イエス様は次のように言いました。


【ルカの福音書4章35節】

「黙れ。その人から出て行け」

このように言うと、悪霊はすぐに出て行きました。

サタンは 人間のことは恐れないですが、イエス様には恐れていました。


イエス様は サタンに勝利して救いを完成し、人類が救われる道を備えることが出来ました。


私たち信じる者にとって、勝利は 世の基準の勝利とはまったく違います。


神は世の人々が考えている勝利を “勝利” と認めたことは一度もありませんでした。


大統領になったから、金持ちになったから、教授になったから、ノーベル賞をもらったから、その人たちが勝利者でしょうか?

神の目には、それはどうでも良いくらい何の価値もないものです。


神が考える勝利とは、世に勝ち、サタンに勝ち、自我に勝って 自分に与えられた “神からの使命” をまっとうすることです。


勝利を目指している信徒たちに、主は勝利に必要な要素を教えて下さいました。




堅く立つ




13節に、『 堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。』

14節には、『 しっかりと立ちなさい。』


と書かれてありますが、
堅く立つ姿は 服従する姿ではなく、抵抗する姿であり 戦う準備が出来た姿です。


誰に向かって堅く立つべきでしょうか?
―― サタンです。


信徒たちが、いつも攻撃してくる悪魔を恐れて抵抗しないならば、サタンの奴隷になります。


堅く立って抵抗しなければなりません。


信徒が最初から悪魔に手を出すことはないです。

平和を愛する国が、初めから他国を攻撃することはないです。


人を愛する人が、他人を先に攻撃することもないです。


ですが、攻撃されても 抵抗せずにいるのが良いことでしょうか?

―― そうではないです。


抵抗しないならば、征服されてしまいます。


その時は、しっかりと立って 勝利のために抵抗し (サタンを)追い出さないといけないです。

主のように「黙れ。出て行け。」と厳しく対抗することです。


ことばだけでは力がないので、神の武具をしっかりとつけてから戦います。


善を行っていてサタンの攻撃を受けた時も、堅く立ってそのサタンに抵抗しないといけないです。


ダニエルと3人の友が そのようにしました。

まことの神を捨てて、人間が建てた金の像を拝むことは出来ないと はっきりと断りました。


断る者は、火の燃える炉の中に投げ込まれることを知っていても 抵抗しました。


いのちを懸けて抵抗しました。

そして燃える炉に投げ込まれましたが、結果は彼らの勝利で終わりました。


ありえない光景を 人々が見ることになりました。


【ダニエル書3章24-25節】

そのとき、ネブカデネザル王は驚き、急いで立ち上がり、その顧問たちに尋ねて言った。「私たちは三人の者を縛って火の中に投げ込んだのではなかったか。」彼らは王に答えて言った。「王さま。そのとおりでございます。」

すると王は言った。「だが、私には、火の中をなわを解かれて歩いている四人の者が見える。しかも彼らは何の害も受けていない。第四の者の姿は神々の子のようだ。」

勝利者の姿が そこにありました。


彼らは信仰の上に堅く立って、サタンに抵抗したので、神の助けを受け、神の偉大さを人々の前で現しました。


【第1ペテロ5章9節】

堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。

しかし悪を行うように 誘惑された時には、ヨセフがしたように そこから逃げなければなりません。


誘惑は 甘いもので、肉の思いをそそります。

ですから、そこから早く逃げることです。


【創世記39章12節】

それで彼女はヨセフの上着をつかんで、「私と寝ておくれ」と言った。しかしヨセフはその上着を彼女の手に渡し、逃げて外へ出た。



祈り求める




勝利は、自分だけの力で獲得できるものではありません。


勝利は簡単に手に入らないので、助けと協力が必要です。


大きな大会に出る選手が、1人で すべてをしてメダルを取れるでしょうか?

監督、コーチ、家族、仲間の協力と助けによってメダル獲得を目指します。


私たちの信仰、霊的生活、人生の勝利のためには 神の助けと協力は、なくてはならないものです。


助けを、祈りによって神に求めます。


イエス様も弱い弟子たちを助けるために神に祈りました。

その祈りを 神が聞いて下さったので、弟子たちは失敗から立ち直ることが出来ました。


【ルカの福音書22章31-32節】

シモン、シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。

しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」

【マタイの福音書17章21節】

ただし、この種のものは、祈りと断食によらなければ出て行きません。

【ピリピ書4章6節】

何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。



目を覚ます




目を覚ますことは 見張りをしていること、用心していること、準備された状態です。


泥棒や強盗が来ることを知って、万全の警備をしているならば 持ち物は安全です。


しかし隙があるならば、やられてしまいます。

サタンは盗人であり、強盗です。


魂やいのちを盗みます。信仰を盗みます。平安と希望を盗みます。財産や健康を盗みます。

人間が持っているものを何でも盗みます。


ですから、盗まれないように目を覚まして見張ります。

(サタンは私たちを)誘惑して目をくらませ、眠らせます。


誘惑されて眠ってしまったサムソンは、すべてを失いました。

サタンの奴隷にされてしまいました。



目を覚ましていないと、一番困ることは何でしょうか?


主の空中再臨の時に、主がおられる所に上げられず、地上に残され 恐ろしい患難を受けますし、信仰生活も出来なくなります。


このように、最悪な状態 になります。

ですから “目を覚ましていなさい” と、主は繰り返して語っておられます。


【マタイの福音書24章42-44節】

だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。

しかし、このことは知っておきなさい。家の主人は、どろぼうが夜の何時に来ると知っていたら、目を見張っていたでしょうし、また、おめおめと自分の家に押し入られはしなかったでしょう。

だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。

【第1コリント16章13節】

目を覚ましていなさい。堅く信仰に立ちなさい。男らしく、強くありなさい。

【使徒の働き20章31節】

ですから、目をさましていなさい。私が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがたひとりひとりを訓戒し続けて来たことを、思い出してください。

【第1テサロニケ5章8節】

しかし、私たちは昼の者なので、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの望みをかぶととしてかぶって、慎み深くしていましょう。

【ヨハネの黙示録3章2節】

目をさましなさい。そして死にかけているほかの人たちを力づけなさい。わたしは、あなたの行いが、わたしの神の御前に全うされたとは見ていない。

【ヨハネの黙示録16章15節】

――見よ。わたしは盗人のように来る。目をさまして、身に着物を着け、裸で歩く恥を人に見られないようにする者は幸いである――

私たちの人生は、地上だけで終わりではなく、霊の世界が次に待っています。

それも現実です。


ですから主は、私たちに 地上では “旅人、居留者” として生活しなさい と言われました。


そして、神の国は勝利者が入る国なので、勝利を目指して歩むように言われました。


また勝利者が得る報いがどんなに素晴らしいものかも教えて下さいました。

黙示録2章から4章の中に書かれてありますので、確認のためにも読んでみて下さい。


“堅く立つ、祈り求める、目を覚ます” ことは、キリストに仕えるためのチャンスを得るためにも そうしないといけないです。


祈らない人、眠っている人、サタンに負けている人が 主のために働くことは出来ないです。


役に立つしもべになるためにも、この三つの要素は必要です。
( ̄‥ ̄)=3


2017.10.8
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人の子・イエス様

テーマは 『 人の子・イエス様 』 です

【マタイの福音書8章18-20節】

さて、イエスは群集が自分の回りにいるのをご覧になると、向こう岸に行くための用意をお命じになった。

そこに、ひとりの律法学者が来てこう言った。「先生。私はあなたのおいでになる所なら、どこにでもついてまいります。」

すると、イエスは彼に言われた。「狐には穴があり、空の鳥には巣があるが、人の子には枕する所もありません。」

イエス様の呼び名はたくさんありました。

神がつけた名もあれば 人々が呼んだ名もあり、イエス様ご自身が自分を呼んだ名もありました。


たとえば、『 ユダヤの王、メシア、神の子、主、牧者、キリスト、インマヌエル、預言者、先生 』 など何十個もありました。

その中で 人からは呼ばれていないのに、イエス様が一番好んで使った名前が “人の子” でした。


なぜイエス様はご自分のことを「神の子」と言うよりも、「人の子」と好んで言ったでしょうか?


普通ならば、自分を知らせるためにも「わたしは神の子だ」と言うのに、なぜ「人の子」と好んで言ったのでしょうか。


人間になりきった姿でもありました。

その姿が次の箇所にある姿です。


【ピリピ2章6-11節】

キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、

ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、

自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。

それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。

それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、

すべての口が、「イエス・キリストは主である」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。

罪人である人間を愛し、その人間を罪から贖うために、また人間に仕える目的で来られたので、自らを「人の子」と呼びながら 人間の中に溶け込み、人間の友になり、人の目線で人間を見つめ、そして人間のために働きました。


多くの宗教の教祖や 神々と呼ばれる者は、(周りの人が自分に)近寄れない雰囲気を作って自分を高くあげ、人の上に君臨します。


人に仕えるのではなく、人々が(その者に)仕えるようにします。

それがイエス様と大きな違いです。


イエス様はいつも人々の中にいました。

御国のことばを教え、病人を癒し、困った人たちを助けました。


権力、名誉、富、自分の王国のために働いたのではなく、人々の益のために働きました。


(イエス様が)もし金儲けを考えていたならば、一日で金持ちになることも出来ました。


多くの病人が毎日癒されましたので、癒された人たちからお金をもらったならば すぐ金持ちにもなれました。


しかし、イエス様は 枕する所もありませんでした。

嘘ではなく本当でした。旅人のような生涯でした。
私有財産一つありませんでした。


自分の命までも、人のためにささげました。


どんなに あら捜しをしても、何一つ出ませんでした。

人間のために尽くした生涯でした。


さらに、どんな時にイエス様は ご自分のことを「人の子」と言われたのか、福音書で調べます。




人々の苦しみや痛みを感じ、彼らを助ける時




【マタイの福音書9章6節】

人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたに知らせるために。」こう言って、それから中風の人に、「起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい」と言われた。

罪によって起きた病気で長い間、苦しんでいた中風の人をいやしました。


【マタイの福音書12章8節】

人の子は安息日の主です。

安息日は働いてはいけない律法がありますが、病気の人を見つけて癒しました。

苦しんでいる者をいやすために、『人の子は安息日も主です。』と語りました。


イエス様は数えきれないほどの多くの病人を癒しました。

そして悪霊に取りつかれた多くの人から悪霊を追い出し、罪人の罪を赦しました。


人の痛み、苦しみを誰よりも知っている方でしたし、彼らに共感出来る方でした。




救いのわざ、十字架の苦難と死、復活を語る時




【マタイの福音書18章11節】

人の子は、失われている者を救うために来たのです。

【マタイの福音書20章28節】

人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のため、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです。

【マルコの福音書8章31節】

それから、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、殺され、三日の後によみがえられなければならないと、弟子たちに教え始められた。

【マタイの福音書12章40節】

ヨナは三日三晩大魚の腹の中にいましたが、同様に、人の子も三日三晩、地の中にいるからです。



栄光の主としての再臨、裁き主として裁きを行うことを語った時




【マタイの福音書13章41-43節】

人の子はその御使いたちを遣わします。彼らは、つまずきを与える者や不法を行う者たちをみな、御国から取り集めて、

火の燃える炉に投げ込みます。彼らはそこで泣いて歯ぎしりするのです。

そのとき、正しい者たちは、彼らの父の御国で太陽のように輝きます。耳のある者は聞きなさい。

【マタイの福音書16章27節】

人の子は父の栄光を帯びて、御使いたちとともに、やがて来ようとしているのです。

その時には、おのおのその行いに応じて報いをします。


【マタイの福音書19章28-29節】

そこで、イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。世が改まって人の子がその栄光の座に着く時、わたしに従って来たあなたがたも十二の座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。

また、わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、あるいは畑を捨てた者はすべて、その幾倍もを受け、また永遠のいのちを受け継ぎます。

【マタイの福音書24章44節】

だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。

【ルカの福音書12章8-9節】

そこで、あなたがたに言います。だれでも、わたしを人の前で認める者は、人の子もまた、その人を神の御使いたちの前で認めます。

しかし、わたしを人の前で知らないと言う者は、神の御使いたちの前で知らないと言われます。

私たちは 自らを「人の子」と呼ぶ、イエス様の思いを知らないといけないです。


私たちが親しみをもって イエス様に近づくことを、主は願っています。


私たちを愛している主の愛を感じることが出来ますように。
.。゚+.(・∀・)゚+.゚


2017.10.1
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聖徒の霊的生活とは

テーマは 『 聖徒の霊的生活とは 』 です

【ピリピ3章17ー21節】

兄弟たち。私を見ならう者になってください。また、あなたがたと同じように私たちを手本として歩んでいる人たちに、目を留めてください。

というのは、私はしばしばあなたがたに言って来たし、今も涙をもって言うのですが、多くの人々がキリストの十字架の敵として歩んでいるからです。

彼らの最後は滅びです。彼らの神は彼らの欲望であり、彼らの栄光は彼ら自身の恥なのです。彼らの思いは地上のことだけです。

けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。

キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。

聖徒とは、キリストがご自身の血の代価を払って買い取り、“神の所有とされた人たち” の事です。


聖徒は 天国の国籍を持っている 天国の市民です。

天国の市民として、この地上で生きていくためには、以前とは違う生活が要求されます。


キリストに見習う生活、キリストのための生活、キリスト者として より成熟した生活です。


それらの生活は聖徒の霊的生活ですが、具体的にどのようなことかを 今回は学びます。




キリストに見習う生活




キリストは、神である方が “人間を罪から贖う目的” を持って 人間になられました。

そのために支払った犠牲はすごいものでした。


その犠牲の愛と、十字架の死と復活を信じて救われた人が、今度はキリストに見習う生き方をしなければなりません。


天国の市民になったならば、すでに地上でも それにふさわしく生きるのは当然だと思います。

聖徒にふさわしく生きるために、キリストに見習うべきことは色々ありますが、絶対外せないものがあります。


それは、「 聖、愛、真理 」です。


 聖 について 


【第1テサロニケ4章3ー5節】

神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。あなたがたが不品行を避け、

各自わきまえて、自分のからだを、聖く、また尊く保ち、

神を知らない異邦人のように情欲におぼれず、

【ヘブル12章14節】

すべての人との平和を追い求め、また、聖められることを追い求めなさい。聖くなければ、だれも主を見ることができません。


 愛 について 


【第1ヨハネ4章7ー8節】

愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。

愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。

【第1ヨハネ4章16節】

私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにいる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。


 真理 について 


【第1テモテ2章4節】

神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。

【第3ヨハネ3ー4節】

兄弟たちがやって来ては、あなたが真理に歩んでいるその真実を証言してくれるので、私は非常に喜んでいます。

私の子どもたちが真理に歩んでいることを聞くことほど、私にとって大きな喜びはありません。

聖徒であっても真理に歩んでいないと、あっという間に真理とは反対の道を歩みます。

そして十字架の敵として歩みます。


すなわち真理を愛さない、信じない、真理に逆らう、真理から耳をそむけることになります。

そして道に迷い、サタンのわなに陥り、惑わされてしまいます。


真理の中を歩むことは、“キリストの中で歩むこと” です。




霊的競走に励む生活




聖徒は天国を目指して歩む人たちです。


オリンピックの陸上競技に出場する選手たちは、どんなに苦しくても日々訓練し、そして試合に出ると決められた道を全力で走ります。


そこには怠ける姿勢も、言い訳も、諦めることもないです。

体の調子が悪くてもやります。

たとえ最下位になっても、ゴールに向かって全力を尽くします。



天国を目指す人がゴールまで辿り着かないならば どうなりますか?


入れないのはもちろんですが、地獄行きになります。

これだけは避けないといけないです。


(人生・いのち は) 1回限りの競走であることを知らないといけないです。


【ピリピ3章12ー14節】

私は、すでに得たのではなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。

兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、

キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。

霊的競走は決して楽ではないです。

様々な邪魔や誘惑もあります。

それでも足を止めて やめてはいけないです。


なぜならば理由があるからです。


【ローマ8章18節】

今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。

先にあるものがあまりにも素晴らしいものですから、それを思いながら競走に励むことです。




霊的戦いの生活




この世には、目に見えない霊的戦いが絶えずあります。


見える世界の裏にある “見えない世界での戦いが より厳しくて激しい” です。


見える世界も見えない世界も造ったのは神です。


暗闇の世界では サタンと悪霊がつねに働き、彼らは悪いことしかしません。


神に敵対し、信じる者の信仰を邪魔して信仰から離れさせ、神から離れさせ、滅ぼすためにいつも働きます。

信じない者はすでにサタンに支配されています。


サタンは、信じる者に対して戦いを挑んでくるので、聖徒はそれに対して霊的戦いをしないといけないです。


【エペソ6章11ー13節】

悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。

私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。

ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。

【ヤコブ4章7節】

ですから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。

【第1ペテロ5章8ー9節】

身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。

堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。

神は霊的戦いを避けるように、そして逃げるようにとは一度も語ったことがありません。

この戦いは、“立ち向かって勝利” するように命じられています。


イエス様は悪魔に勝利した方です。


悪魔が持つ死の力を打ち破って、復活したことでサタンに勝利しました。



主のことば通りに、神の全能の力と神の武具を着けて、恐れず悪魔に立ち向かうならば必ず勝利します。


聖徒はこのような生活をするように召されていることを自覚して、その生活をしていきましょう。


礼拝に参加するだけで、信仰生活をしていると錯覚しては困ります。

キリストが「しなさい」 と言われたことを していくのが 信仰生活です。


キリストを愛するならば、キリスト中心の生活になります。
(。・ω・)ノ゙


2017.9.24
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主導権は誰が握っているのか

テーマは 『 主導権は誰が握っているのか 』 です

【第1サムエル記17章1-11節】

ペリシテ人は戦いのために軍隊を召集した。彼らはユダのソコに集まり、ソコとアゼカとの間にあるエフェス・ダミムに陣を敷いた。

サウルとイスラエル人は集まって、エラの谷に陣を敷き、ペリシテ人を迎え撃つため、戦いの備えをした。

ペリシテ人は向こう側の山の上に、イスラエル人はこちら側の山の上に、谷を隔てて相対した。

ときに、ペリシテ人の陣営から、ひとりの代表戦士が出て来た。その名はゴリヤテ、ガテの生まれで、その背の高さは六キュビト半。

頭には青銅のかぶとをかぶり、身にはうろことじのよろいを着けていた。よろいの重さは青銅で五千シェケル。

足には青銅のすね当て、背中には青銅の投げ槍。

槍の柄は機織りの巻き棒のようであり、槍の穂先は、鉄で六百シェケル。盾持ちが彼の先を歩いていた。

ゴリヤテは立って、イスラエル人の陣に向かって叫んで言った。「おまえらは、なぜ、並んで出て来たのか。おれはペリシテ人だし、おまえらはサウルの奴隷ではないのか。ひとりを選んで、おれのところによこせ。

おれと勝負して勝ち、おれを打ち殺すなら、おれたちはおまえらの奴隷となる。もし、おれが勝って、そいつを殺せば、おまえらがおれたちの奴隷となり、おれたちに仕えるのだ。」

そのペリシテ人はまた言った。「きょうこそ、イスラエルの陣をなぶってやる。ひとりをよこせ。ひとつ勝負をしよう。」

サウルとイスラエルのすべては、このペリシテ人のことばを聞いたとき、意気消沈し、非常に恐れた。

【第1サムエル記17章16節】

例のペリシテ人は、四十日間、朝早くと夕暮れに出て来て姿を現した。

聖書の中には 数多くの戦いがあり、すべての戦いは 実際にあった戦いでした。


本文は その中の一つの戦いですが、今の時代の私たちにも教える教訓があります。

この戦いはペリシテとイスラエルの戦いでした。


ペリシテには、ゴリヤテという強い戦士がいて、彼の身長は286㎝でした。


ギネスブックに記載された人の中で一番背の高い人はロバート・ワドローという人で272㎝でした。


ゴリヤテはさらに高い身長でした。

身長だけではなく、力も強かったです。


彼のよろいは、57キロほどの重さがありました。

槍の穂先の重さは、6.8キロありました。


このように正確に書かれているのは、実際に起きた戦いだからです。


恐ろしい姿です。

四十日間、朝晩出て来て威嚇するから、サウル王も イスラエルのすべての人々も意気消沈し、非常に恐れていました。


この時、主導権を握っていたのは誰でしょうか?

ゴリヤテです。


ゴリヤテはその力を見せつけながらイスラエルを脅していました。

イスラエル人は恐れて声を出すことも出来ずに絶望していました。

彼らには希望がありませんでした。


この時のイスラエル人の問題は何でしょうか?


力がない事ですか。ゴリヤテのような戦士がいないことですか。

それとも、強力な武器がないことですか。


この中の、どれでもないです。


神と彼らの関係が一番問題でした。


彼らは過去に たくさんの戦いで神が助けて下さったのに、その神をすっかり忘れていました。


ですから神が見えず、力のある1人の人間に みんなおびえていました。


どの戦いも見た目は 人間と人間、国と国の戦いに見えますが、実際は “霊的戦い” です。







戦いを仕掛けて来たペリシテは、悪い力から出ていました。

北朝鮮の場合も悪い力から出ています。

国民を餓死させても戦争の準備しかしないです。


悪の力を活発に働かせていて、それで自分たちの目的を達成しようとする時には悪いものが主導権を握っているように見えます。

相手を恐れていることは、相手が主導権を握っていると思うからです。


連日テレビで、北朝鮮のミサイル発射や これからのことを軍事専門家や評論家などが話していますが、内容を聞くと、北朝鮮が主導権を握っていると彼らも語っていました。


経済制裁を受けても、構わずミサイル発射を続ける北朝鮮の姿には異常さがあります。

手に負えない一匹オオカミのように見えます。


周りの国々を悩ましています。


アメリカも色々なシナリオを持っていますが、戦争のリスクが高すぎるので、すぐに実行出来ないことを北朝鮮も知っているので、やりたい放題の状態です。

金正恩は このゴリヤテのように、世界を相手に威嚇し続けています。


ミサイルを飛ばしても今は誰も止めないですし、核ミサイルもあるので、主導権が北朝鮮の金正恩の手にあるように見えますが、果たしてそうでしょうか?



ゴリヤテの運命を見るならば、先に何があるのかが楽しみでもあります。

四十日間、状況はまったく変わらず、緊張状態が続きました。


そしてイスラエルには敗北感が強くなっていきました。

しかし、1人の人物の登場によって、状況が大きく変わりました。


その人物は、若い青年で 羊飼いであるダビデです。


彼は戦いに参加している兄たちに お父さんの指示で食べ物を届けるために来ました。

そして、その時に初めてゴリヤテを見ました。


彼のせいでイスラエル人の戦士たちが勇気もなく、みんな意気消沈している姿を見ました。

ダビデがゴリヤテを見て最初に発したことばがあります。


【第1サムエル記17章26節】

「このペリシテ人を打って、イスラエルのそしりをすすぐ者には、どうされるのですか。この割礼を受けていないペリシテ人は何者ですか。生ける神の陣をなぶるとは。」

“割礼を受けていない” と彼が話したのは、神の契約の民でない異邦人が、生ける神に戦いを挑んでいるのかと思ったからです。


そしてダビデは決断し、そこにいたサウル王に言いました。


【第1サムエル記17章32節】

「あの男のために、だれも気を落としてはなりません。このしもべが行って、あのペリシテ人と戦いましょう。」

恐れがみじんもない大胆さです。

すると、サウル王は このように言いました。


【第1サムエル記17章33節

「あなたは、あのペリシテ人のところへ行って、あれと戦うことはできない。あなたはまだ若いし、あれは若い時から戦士だったのだから。」

このことばは、サウル王の経験と知識から出たことばでした。


神に頼らない人は、すぐこのように環境や自分の経験、知識に頼ります。

それが正しい判断だと思ってしまいます。


神に頼る人とは考え方が違います。

彼は絶望的な状況の中でも まだ自分の問題に気づいていなかったです。


神から離れた人間は 強い人を恐れ、環境を恐れます。


恐れによって妥協して選ぶ和平と平和は、必ず奴隷的で屈辱的な結末を招きます。


妥協して偽りの平和を得ても、いつかは恐れている者の餌食にされます。


北朝鮮が狙っているのもそれと似ています。

韓国を飲み込むために、アメリカ軍を韓国から撤退させようと色々策略を立てて行動しています。

そのために偽りの平和条約をアメリカと結びたいですね。






本文に戻ると、ダビデは若いし、見た目は ゴリヤテの相手になるような者ではないのに、どこから そのような勇気が出たでしょうか?


彼には信頼する方がいました。


そしてその方がいつも自分とともにいることを知っていました。

彼が信じる神でした。


その神は、戦いに強い “勝利の主” です。


体験した者はわかります。


強い信仰を持っていたダビデは、すでにゴリヤテから主導権を奪っていました。

ダビデはサウル王のことばも気にせず、ゴリヤテに向かって行きました。


ゴリヤテはダビデを見た時、彼をさげすみました。

ダビデが若くて、戦士には見えなかったからです。


子どもに見えたので、ダビデに向かって次のように言いました。


【第1サムエル記17章44節】

「さあ、来い。おまえの肉を空の鳥や野の獣にくれてやろう。」

ダビデは、それに対して このように言いました。


【第1サムエル記17章45、47節】

「おまえは、剣と、槍と、投げ槍を持って、私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。

この戦いは主の戦いだ。主はお前たちをわれわれの手に渡される。」

結果は 皆さんも知っているように、ダビデが ゴリヤテを殺しました。


ダビデに力があったからではなく、神が彼を助けて下さいました。


神は全地の主で、歴史を動かしておられる方です。

すべての戦いにいつも神の力が働きました。


国々が堕落し、神に逆らう時には 悪い者や悪い国を用いて侵略させ 懲らしめを与えました。


その後、悪い者や悪い国も 自分たちの罪でさばきを受けました。


悪い者は悪いことに用いるために生かしています。

良い人は良いことのために用いるのが神のやり方です。


神はゴリヤテを使って、神から離れたイスラエルの民を懲らしめました。

しかし神に頼っている信仰の人・ダビデを通して、神の力をペリシテ人にもイスラエル人にも見せつけました。


戦争の主導権を握っているのは人間ではなく、主です。


アメリカも 日本も 北朝鮮も 韓国も、神の目には堕落しています。

貪欲、高慢、性的堕落、不道徳、汚れ、腐敗、偶像崇拝、偽り、人権侵害など ひどい状態です。


ノアの洪水が起こる前よりも さらに悪い状態です。


神は人々の目を覚ましたいと願っておられます。


私たちはミサイルばかり見るのではなく、目を開いて目の前の現実をよく見なければなりません。


目があっても見ず、耳があっても聞かないまま生きてきたので、サタンの誘惑や惑わしを受けて堕落した生活をしています。


平和ぼけしているので、その間に悪者たちは戦争の準備に専念し、ミサイルや核を開発して いま世界の平和を壊しています。

しかし決して北朝鮮が主導権を握っているわけではないです。


全地の主が握っています。


周りの国々も、しっかり国を守るための努力と共に、悪から離れ、神が期待することをするならば、神はその国々を助けますが、そうしないならば いつか戦争は起こり、すべてが破壊されてしまいます。


私たちが本当に恐れなければならないのは、核でもミサイルでもなく、“主” です。


【第2歴代誌7章13-14節】


もし、わたしが天を閉ざしたため、雨が降らなくなった場合、また、いなごに命じてこの地を食い尽くさせた場合、また、もし、わたしの民に対して疫病を送った場合、

わたしの名を呼び求めているわたしの民がみずからへりくだり、祈りをささげ、わたしの顔を慕い求め、その悪い道から立ち返るなら、わたしが親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地をいやそう。

このようにするならば状況は変わります。


【第2歴代誌7章19-20節】

しかし、もし、あなたがたがそむいて、あなたがたに授けたわたしのおきてとわたしの命令とを捨て去り、行ってほかの神々に仕え、これを拝むなら、

わたしが彼らに与えた地から、彼らを根こぎにし、わたしがわたしの名のために聖別したこの宮をわたしの前から投げ捨て、これをすべての国々の民の間で、物笑いとし、なぶりものとする。

そむいたままならば、さらに悪いことが起こりますので 自分たちの生き方を見直し、主に立ち返り、助けと守りを祈りましょう。
ヽ(TдT)ノ


2017.9.17
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自分への義務

テーマは 『 自分への義務 』 です

【箴言1章5-6節】

知恵のある者はこれを聞いて理解を深め、悟りのある者は指導を得る。

これは箴言と、比喩と、知恵のある者のことばと、そのなぞとを理解するためである。

自分への義務は 誰かのためではなく、自分自身を守るための義務です。


神への義務、隣人への義務を学びましたが、自分がダメな人間になってしまうなら何も始まらないです。

自分への義務として、必要なことばが箴言にありますので それを紹介します。


自分への義務を果たす人は、“自分を愛する人、自分を大事にする人” です。


自分を大事にしない人は、誰も大事にすることが出来ないです。



自分を愛する人は、知恵のことばを熱心に聞いて 知恵ある人になります。

そして自分を成長させます。


自分への義務は 命令よりも、私たちへの “愛の勧め” です。


自分をないがしろにして、自分の人生をダメにする人も多いです。

失敗する人生も多いです。


そうならないためにも 今回、紹介する箴言のことばを心に刻んで 自分への義務として守るならば、
後悔のない人生を送ることが出来ます。




心を守り、右にも左にもそれない




【箴言4章23節】

力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。

【箴言4章26-27節】

あなたの足の道筋に心を配り、あなたのすべての道を堅く定めよ。

右にも左にもそれてはならない。あなたの足を悪から遠ざけよ。

【箴言25章28節】

自分の心を制することができない人は、城壁のない、打ちこわされた町のようだ。



くちびると舌を守り、言葉の節制と敬虔を目指す




【箴言17章27-28節】

自分のことばを控える者は知識に富む者。心の冷静な人は英知のある者。

愚か者でも、黙っていれば、知恵のある者と思われ、そのくちびるを閉じていれば、悟りのある者と思われる。

【箴言18章6-7節】

愚かな者のくちびるは争いを起こし、その口はむち打つ者を呼び寄せる。

愚かな者の口は自分の滅びとなり、そのくちびるは自分のたましいのわなとなる。

【箴言21章23節】

自分の口と舌とを守る者は、自分自身を守って苦しみに会わない。



感情を押さえて怒りをあらわさない




【箴言14章17節】

短気な者は愚かなことをする。悪をたくらむ者は憎まれる。

【箴言15章1節】

柔らかな答えは憤りを静める。しかし激しいことばは怒りを引き起こす。



心を低くして謙遜になる




【箴言16章18-19節】

高ぶりは破滅に先立ち、心の高慢は倒れに先立つ。

へりくだって貧しい者とともにいるのは、高ぶる者とともにいて、分捕り物を分けるのにまさる。

【箴言18章12節】

人の心の高慢は破滅に先立ち、謙遜は栄誉に先立つ。



怠惰を捨てる




【箴言6章6節】

なまけ者よ。蟻のところへ行き、そのやり方を見て、知恵を得よ。

【箴言19章15節】

怠惰は人を深い眠りに陥らせ、なまけ者は飢える。

【箴言22章13節】

なまけ者は言う。「獅子が外にいる。私はちまたで殺される」と。

★怠け者は言い訳が多い。




富よりは名声を




【箴言22章1節】

名声は多くの富よりも望ましい。愛顧は銀や金にまさる。

★公義を行い、道徳的な人生を生きて 神と人から認められることは富にまさる。

その人は神から恵みを受ける。


アーメン (・∀・)つ


2017.9.10
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隣人への義務

テーマは 『 隣人への義務 』 です

【マタイの福音書22章39節】

『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』 という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。

先週は、“神への義務” に対して学びました。

今週は、“隣人への義務” に対して学びます。


隣人とは、隣に住んでいる人の事ではなく、自分以外の すべての人であると解釈するのが聖書的です。


『 神への義務 』 が1番優先であり、次に優先になるのが、『 隣人への義務 』 です。

私たちは 『 隣人への義務 』 があることも知らずに生活していますが、主は隣人への義務も 私たちに与えておられます。


どのような義務があるでしょうか?




隣人を愛すること




愛することを 『 義務 』 ではなく、“選択” だと思っていますか?


私たちが “選択” と思っても、神は 隣人への 『 義務 』 として与えました。

隣人を愛することを、一番わかりやすく説明して下さったのは、イエス様でした。


ルカの福音書10章には、“良きサマリヤ人のたとえ” があります。


強盗に襲われて、半殺しにされている人がいました。

その道を、主に仕える祭司、そして レビ人が通りました。

しかし、彼らは 倒れた人を見ると、何もせず反対側を通り過ぎました。


その後、サマリヤ人が通りました。
サマリヤ人は彼を見て、かわいそうに思い、傷の手当てをして彼を運び、介抱して面倒を見てあげました。


このたとえを語った後に、イエス様は 『この三人の中で だれが、強盗に襲われた者の隣人になったと思いますか。 』  と聞きました。


律法の専門家が、「その人に あわれみをかけてやった人です。」と 答えると、主はすぐに 「 あなたも行って 同じようにしなさい。」 と語りました。


同じことをするのが、隣人を愛する人の姿です。


多くの人は 見知らぬ人を助けることに戸惑いを感じ、そして巻き込まれたくないと思って、かかわりを持たないです。

それは正しいことではないです。


もし倒れた人が自分の家族ならば どうしますか?

そのまま通り過ぎることはあり得ないですね。


力を尽くして助けると思います。

今も困っている人を見て、自分のことのように助ける人がたくさんいます。


そこにあるのは隣人を愛する心です。“無関心” ではなく、“関心” があります。


困っている人に 憐れみと慈悲の心で 手を差し伸べるのが 隣人への愛であり、神がするように命じた義務です。


このような言葉もあります。


【箴言14章21節】

自分の隣人をさげすむ人は罪人。貧しい者をあわれむ人は幸いだ。

【箴言14章31節】

寄るべのない者をしいたげる者は自分の造り主をそしり、貧しい者をあわれむ者は造り主を敬う。



隣人を騙してはいけない




【箴言11章1節】

欺きのはかりは主に忌みきらわれる。正しいおもりは主に喜ばれる。

不正な商売行為は、社会の基本秩序を破壊する行為です。

悪徳商人たちは、昔から今に至るまで 不正な方法をたくさん使って 金儲けをしました。


これは隣人の財産を盗む行為でもあります。

律法でも、神は はっきりと このことに対して定めておられます。


【申命記25章13-16節】

あなたは袋に大小異なる重り石を持っていてはならない。

あなたは家に大小異なる枡を持っていてはならない。

あなたは完全に正しい重り石を持ち、完全に正しい枡を持っていなければならない。あなたの神、主があなたに与えようとしておられる地で、あなたが長く生きるためである。

すべてこのようなことをなし、不正をする者を、あなたの神、主は忌みきらわれる。

日本は商売で不正をする人は少ないと思いますが、不正が当たり前のように行われる国も多いです。

お金のために平気に不正を行います。


神は不正な商売をしようとする者たちに向かって、預言者を通して 次のように警告しました。


【アモス書8章5節】

あなたがたは言っている。「新月の祭りはいつ終わるのか。私たちは穀物を売りたいのだが。安息日はいつ終わるのか。麦を売りに出したいのだが。エパを小さくし、シェケルを重くし、欺きのはかりで欺こう。

隣人から 不当な利益を得るのではなく、むしろ隣人に益をもたらすのが “隣人への義務” です。

商売しない人でも、隣人を騙すことは罪であり、信頼を裏切ることです。




隣人と平和を保ちなさい




【ローマ12章18節】

あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。

平和のために努力するのが 隣人への義務です。


次の箇所に、平和のために努力すべき内容があります。


【ローマ12章17節】

だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、すべての人が好いと思うことを図りなさい。

【ローマ12章18節】

あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。

このようにして 隣人との間に、平和を保つ義務を果たしていかなければなりません。

“自分に関する限り ” ということばがあるのは、すべての人と平和を保つことが、いつでも可能なわけではないからです。


それは 完全な愛を持っている人もいないですし、人間はまた 弱さをたくさん持っていますし、この世は罪に満ちているからです。


人間同士 争いも本当に多いです。


【ヤコブ4章1節】

何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか。

世界でも、戦いが好きで、平和を壊す者たちの働きが とても多いです。

イスラム過激派の無差別な攻撃で 平和が一瞬にして消えます。


近所に わざと嫌がらせをして、人々の日常の平和を壊す人たちもいます。


神はすべての人々が平和の中に生きることを願いますが、人間の欲望が原因で、争い、戦争は絶えず起こっています。


しかし自分に関する限り、すべての人と平和を保つ義務を果たしていかなければなりません。

イエス様は 平和を造った方でした。


【コロサイ1章20節】

その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、御子のために和解させてくださったのです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。

主は、次のようにも語りました。


【マタイの福音書5章9節】

平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。

隣人への非難、悪口、分裂を起こす者は 平和を壊す者です。


平和を保つためには、相手に対して関心、受容、愛が必要です。
(*´ -`) (´- `*)


2017.8.27
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