からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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創世記

アブラムから学ぶ金銭管理

テーマは 『 アブラムから学ぶ金銭管理 』 です

【創世記14章17-24節】

こうして、アブラムがケドルラオメルと、彼といっしょにいた王たちとを打ち破って帰って後、ソドムの王は、王の谷と言われるシャベの谷まで、彼を迎えに出て来た。

さて、シャレムの王メルキゼデクはパンとぶどう酒を持って来た。彼はいと高き神の祭司であった。

彼はアブラムを祝福して言った。「祝福を受けよ。アブラム。天と地を造られた方、いと高き神より。

あなたの手に、あなたの敵を渡されたいと高き神に、誉れあれ。」アブラムはすべての物の十分の一を彼に与えた。

ソドムの王はアブラムに言った。「人々は私に返し、財産はあなたが取ってください。」

しかし、アブラムはソドムの王に言った。「私は天と地を造られた方、いと高き神、主に誓う。

糸一本でも、くつひも一本でも、あなたの所有物から私は何一つ取らない。それは、あなたが、『アブラムに富ませたのは私だ』と言わないためだ。

ただ若者たちが食べてしまった物と、私といっしょに行った人々の分け前とは別だ。アネルとエシュコルとマムレには、彼らの分け前を取らせるように。」

正しい金銭管理が出来ないと 信仰生活も失敗します。

そのため聖書を通して、金銭に対する正しい教えを学ぶ必要があります。


金銭に対する悪い部分は次のことばにあります。


【第1テモテ6章9-10節】

金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる, 愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。

金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。ある人たちは、金を追い求めたために、信仰から迷い出て、非常な苦痛をもって自分を刺し通しました。

ですから聖徒たちは正しい金銭管理をしなければなりません。


模範的な金銭管理が出来た人物がアブラムです。

創世記14章では、まだ名前がアブラハムに変わる前ですから、アブラムの名前をそのまま使います。

アブラムは優れた金銭管理者でした。




神との関係での金銭管理




本文の18-20節には、アブラムが戦いに勝利して帰って来た時に、シャレムの王メルキゼデクが パンとぶどう酒を持って迎えました。


メルキゼデクは いと高き神の祭司でした。

彼がアブラムを祝福した後に、アブラムはすべての物の十分の一を彼に与えました。


アブラムは、最初に神に十分の一をささげた人物です。


律法で十分の一のことが決まる前に、すでに十分の一をささげました。

命令されたわけでもないのに、なぜ十分の一をささげたでしょうか?


まずは神への感謝でした。



戦いでの勝利は、自分の力だけではなく 神の助けと守りがあったからなので、彼は感謝の気持ちを、十分の一をささげることで表しました。


また十分の一は、“神のものとして聖別” してささげる意味があります。


次の箇所には、十分の一は神のものであると はっきり書かれてあります。


【マラキ書3章8-10節】

人は神のものを盗むことができようか。ところが、あなたがたはわたしのものを盗んでいる。しかも、あなたがたは言う。『どのようにして、私たちはあなたのものを盗んだでしょうか。』それは、十分の一と奉納物によってである。

あなたがたはのろいを受けている。あなたがたは、わたしのものを盗んでいる。この民全体が盗んでいる。

十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ。―― 万軍の主は仰せられる ―― わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。

信仰の人ヤコブも、次の箇所で十分の一にふれました。


【創世記28章22節】

石の柱として立てたこの石は神の家となり、すべてあなたが私に賜る物の十分の一を必ずささげます。」

アブラムがメルキゼデクに十分の一をささげたことは、彼の祭司職を認めたことを意味します。

私たちが神にささげる十分の一は、神がすべての主権者であることを認める意味があります。




隣人関係での金銭管理




隣人との金銭トラブルが原因で起こる事件も多いです。

ですから問題が起こらないような金銭管理が必要です。


今日の本文で、ソドムの王とアブラムの会話で、アブラムの金銭管理が見えます。


創世記14章の前の部分を読んでみて下さい。

自分ならばどうするのかも考えてみて下さい。


戦利品に対して、ソドムの王はアブラムに言いました。

「人々は私に返し、財産はあなたが取ってください。」と言われた時に、

アブラムは、「私は天と地を造られた方、いと高き神、主に誓う。糸一本でも、くつひも一本でも、あなたの所有物から私は何一つ取らない。それは、あなたが、『アブラムに富ませたのは私だ』と言わないためだ。」と言いました。



アブラムは自分が労苦して得ていない物は、受け取りませんでした。

糸一本、くつひも一本ということばを使ったのは、取るに足りない些細なものを象徴しています。


すなわち他人のものに対しては常に潔白であることです。



金や物にルーズな人も多いです。


人のものを平気に取る人や、借りても返さない人、他人の物も自分の物のように使う人など、金銭に対してルーズで 他人に被害を与えることは避けなければなりません。



アブラハムは金銭に対して きちんとしていました。

妻サラが亡くなった時に、ヘテ人に墓地を売るように言ったところ、ヘテ人は墓地をアブラムに差し上げると言いました。

それに対してアブラムは、タダでもらうことを喜んだのではなく、このように言いました。


「もしあなたが許してくださるなら、私の言うことを聞き入れてください。私は畑地の代価をお払いします。どうか私から受け取って下さい。そうすれば、死んだ者をそこに葬ることができます。」



もしアブラムが タダで受けたならば、後で色々な問題が出たと思います。

差し上げた人が、後から惜しむ心が出て、「土地を返してほしい」と言われると、トラブルになります。


アブラムが買った墓地には、アブラハムも息子イサク夫婦も、孫ヤコブとその妻レアも葬られました。

お金を払ったからこそ、その後も墓地を自由に使うことが出来ました。


自分のものでない物に対しては 欲を出さず、欲しがってはいけないです。


十戒の10番目にあることばです。


【出エジプト記20章17節】

あなたの隣人の家を欲しがってはならない。すなわち隣人の妻、あるいは、その男奴隷、女奴隷、牛、ろば、すべてあなたの隣人のものを、欲しがってはならない。」


金を愛した取税人 ザアカイは、イエス様に出会ってから金銭感覚が180度変わりました。

騙して他人のものを取って金持ちになった人が、イエス様に出会ってからは 次のようになりました。


【ルカの福音書19章8節】

私の財産の半分を貧しい人たちに施します。また、だれからでも、私がだまし取った物は、四倍にして返します。」



家族や親類での金銭管理




親子、兄弟、親戚の間で、お金や財産のトラブルは ますます増えてありますね。


親子関係でも、介護は嫌がるのに、財産は欲しがる者がとても多いです。

本当に醜い姿です。他人よりもひどい姿ですね。財産を一人占めしようと企んでいる人もいます。




皆さんはどのような金銭管理をしていますか?

また、もしトラブルがあった時にはどうしますか?



アブラムが取った行動から学びます。

おいロトとの間に問題が生じました。


アブラムもロトも祝福されて持ち物が多くなり、一緒に住むには場所が狭くなりました。



家畜の牧者たちの間にも争いが起こりました。

その解決策として、アブラムはおいロトに次のような提案をしました。


【創世記13章8-9節】

「どうか私とあなたとの間、また私の牧者たちとあなたの牧者たちとの間に、争いがないようにしてくれ。私たちは、親類同士なのだから。

全地はあなたの前にあるではないか。私から別れてくれないか。もしあなたが左に行けば、私は右に行こう。もしあなたが右に行けば、私は左に行こう。」

アブラムは、相手に譲歩し、相手のことを優先しました。


これは一見、損しているように見えますが、長い目で見ると、決して損することはありません。

2人の結末を見ても分かります。


先にソドムを選んで行ったロトは、ソドムが滅ぼされる時に すべての財産を失いました。



アブラハムはどのようになりましたか?

アブラムのしもべの証言です。


【創世記24章35節】

主は私の主人を大いに祝福されましたので、主人は富んでおります。主は羊や牛、銀や金、男女の奴隷、らくだやろばをお与えになりました。

ロトには何も残らなかったですが、アブラムは死ぬ時まで祝福されて豊かでした。


欲張りは神からも人からも嫌われます。その結果、大切な人たちを失います。

そして人生の結末も良くないです。



お金をたくさん持っている人が幸せな人ではなく、お金が人を幸せにするのでもないです。


豊かな心を持つ人が幸せな人です。


人との関係を大切にする人が長く祝福されますし、人の益になることを先に考える人が神から祝福されます。


目先の利益に目がくらむ人になってはいけません。

神は金銭に対するテストもします。


箴言にも、レビ記の中にも、金銭に対する教えが多いので学びましょう。
アーメン (*・ω・)ノ


2019.1.20
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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アブラハムから学ぶ従順する信仰

テーマは 『 アブラハムから学ぶ従順する信仰 』 です

【創世記22章1-14節】

これらの出来事の後、神はアブラハムを試練に会わせられた。神は彼に、「アブラハムよ」と呼びかけられると、彼は、「はい。ここにおります」と答えた。

神は仰せられた。「あなたの子、あなたの愛しているひとり子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。そしてわたしがあなたに示す一つの山の上で、全焼のいけにえとしてイサクをわたしにささげなさい。」

翌朝早く、アブラハムはろばに鞍をつけ、ふたりの若い者と息子イサクとをいっしょに連れて行った。彼は全焼のいけにえのためのたきぎを割った。こうして彼は、神がお告げになった場所へ出かけて行った。

三日目に、アブラハムが目を上げると、その場所がはるかかなたに見えた。

それでアブラハムは若い者たちに、「あなたがたは、ろばといっしょに、ここに残っていなさい。私と子どもとはあそこに行き、礼拝をして、あなたがたのところに戻って来る」と言った。

アブラハムは全焼のいけにえのためのたきぎを取り、それをその子イサクに負わせ、火と刀とを自分の手に取り、ふたりはいっしょに進んで行った。

イサクは父アブラハムに話しかけて言った。「お父さん。」すると彼は、「何だ。イサク」と答えた。イサクは尋ねた。「火とたきぎはありますが、全焼のいけにえのための羊は、どこにあるのですか。」

アブラハムは答えた。「イサク。神ご自身が全焼のいけにえの羊を備えてくださるのだ。」こうしてふたりはいっしょに歩き続けた。

ふたりは神がアブラハムに告げられた場所に着き、アブラハムはその所に祭壇を築いた。そうしてたきぎを並べ、自分の子イサクを縛り、祭壇の上のたきぎの上に置いた。

アブラハムは手を伸ばし、刀を取って自分の子をほふろうとした。

そのとき、主の使いが天から彼を呼び、「アブラハム。アブラハム」と仰せられた。彼は答えた。「はい。ここにおります。」

御使いは仰せられた。「あなたの手を、その子に下してはならない。その子に何もしてはならない。今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しまないでわたしにささげた。」

アブラハムが目を上げて見ると、見よ、角をやぶにひっかけている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行って、その雄羊を取り、それを自分の子の代わりに、全焼のいけにえとしてささげた。

そうしてアブラハムは、その場所を、アドナイ・イルエと名づけた。今日でも、「主の山の上には備えがある」と言い伝えられている。

私たちが直面する多くの問題の原因になるのは、神に対する不従順の罪です。


神のことばに素直に従えば発生しなかった問題のほとんどが、神に従わなかったことが原因で発生します。

今まであった問題や苦難には、自分や家族の誰かの不従順の罪があったことを否定出来ません。



ですから問題の解決を願うならば、不従順の罪を悔い改めて 心を入れ替え、従順する人にならなければなりません。


アブラハムは 私たちに従順の模範を見せてくれた “信仰の人” です。

従順とは何かを見せてくれました。



創世記22章は、アブラハムにとっては人生最大の試練の時でした。

とんでもない大きな問題が降りかかって来ました。

それも、神から直接来た試練なので、神に助けを求めるわけにもいかなかったです。


神にも相談出来ないからといって、人間に相談しても解決するわけがないです。


このような大変な試練をどのように乗り越えたのかを見ると、そこにあるのは “神への従順” でした。




神のことばに対して 一切つぶやかず従順したアブラハム




アブラハムが神から受けた命令は、到底 理解も納得も出来ない命令でした。


「自分の子を全焼のいけにえとしてささげなさい」 と命令されたら、私たちはどうしますか?


まずは自分の耳を疑い、神ではなくサタンからだと思うでしょう。

「神がそんなことを言うはずがない」と思うのが当然ではないでしょうか。


そこから様々な思いが巡り、それを神にぶつけるのが普段の私たちのやり方です。



しかしアブラハムは違いました。

私たちは自分の思いと神の思いが違う時には、いつも不従順の道を選びます。

不従順の習慣が根強く残っているからです。


しかしこの時のアブラハムの辞書には、“不従順” という文字がなかったと思われます。

一言も言わず、彼は従順しました。


信仰の土台は神のことばです。


そして生きた信仰は、みことばへの従順です。

神のことばに有無を言わなかったのがアブラハムでした。




従順の実践が早かったアブラハム




アブラハムは神の命令があった翌朝、すべての準備をしてイサクを連れて、神が示す所に出かけて行きました。


アブラハムが感情もない石のような心の持ち主でしょうか?

また、息子を愛さないお父さんでしょうか?



アブラハムにとってイサクは愛してやまない存在でした。

また神の約束の子で、100歳の時に生まれた かけがえのない存在です。


神の命令に従うにしても、神に「しばらく息子と過ごす時間を下さい」とお願いするのが平凡な人たちの願いだと思いますが、アブラハムには そういうことがなかったです。


命令にはすぐに従うと思っていたのでしょう。

そして息子と共に時間を過ごしたら、きっと神に従うことは出来なくなると思ったでしょう。



従順を遅らせると、必ず誘惑するものが近づいてきて誘惑します。

サタンはいつもチャンスを狙って近づきます。


私たちが迷う時、モタモタしている時に、甘いことばを持ち込んできて、従順出来ないように邪魔をします。


これに引っかかる人が実に多いです。

アブラハムは惑わされないために、また不従順を警戒して すぐに実行に移したと思います。



従順は後回しせず、すぐに実践することです。


「神様を信じなさい」と言っても、「いつか信じます」と言う人は なかなか信じません。


しかし決断する人は、その時から信仰が芽生えてきます。

従順は早ければ早いほどしやすいです。


遅れれば遅れるほど 従順出来なくなります。



怠け者で不従順が身についているならば、その命令さえも忘れてしまいます。

行いが伴わない信仰は “死んだ信仰” です。

死んだ信仰がその人を救いますか?


すぐ従う人に神の祝福があります。




アブラハムは盲目的に従順したのではなく、疑わず確信をもって従順しました




この信仰はこの出来事の前からアブラハムにありました。

100歳の時に子どもが生まれると聞いた時、アブラハムが見せた信仰です。


【ローマ4章20-21節】

彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、

神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。

そしてその信仰通り 100歳の時に、息子イサクが生まれました。

そして、「その息子をささげなさい」と言われた時にも、アブラハムには別の信仰の確信がありました。


それは、“神には神の良い考えがある” と疑わずに確信していました。



イサクが「火とたきぎはありますが、全焼のいけにえのための羊は、どこにあるのですか。」

と聞かれた時に「イサク。神ご自身が全焼のいけにえの羊を備えてくださるのだ。」と答えました。


人間的には、アブラハムは息子を全焼のいけにえにしなければならない現実が苦しくて心を引き裂かれる思いがあったと思います。


しかし、そのことよりも上に置いたのが神への従順、神への愛、神への信頼でした。



偉大な信仰は、平凡な生活の中で生まれるものではないです。


激しい試練の中で、神を疑わず信じて行動する時に生まれるものです。


偉大な信仰は、誘惑に勝利した信仰です。

神のことばを守り抜いた信仰です。


このような信仰を見て、神は共にいて下さり祝福を与えます。



従順したアブラハムに神がかけた言葉は,本当に祝福の言葉でした。


【創世記22章16-18節】

わたしは自分にかけて誓う。あなたが、このことをなし、あなたの子、あなたのひとり子を惜しまなかったから、

わたしは確かにあなたを大いに祝福し、あなたの子孫を、空の星、海辺の砂のように数多く増し加えよう。そしてあなたの子孫は、その敵の門を勝ち取るであろう。

あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受けるようになる。あなたがわたしの声に聞き従ったからである。」


不従順の罪を捨てて、アブラハムの従順の信仰を学びましょう。
アーメン v( ̄∇ ̄)v


2018.12.2
聖日礼拝メッセージ

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