からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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マタイの福音書

良い実を結んでいますか

テーマは 『 良い実を結んでいますか 』 です

【マタイの福音書25章35-40節】

あなたがたは、わたしが空腹であったとき、わたしに食べる物を与え、わたしが渇いたとき、わたしに飲ませ、わたしが旅人であったとき、わたしに宿を貸し、

わたしが裸のとき、わたしに着る物を与え、わたしが病気をしたとき、わたしを見舞い、わたしが牢にいたとき、わたしをたずねてくれたからです。』

すると、その正しい人たちは、答えて言います。『主よ。いつ、私たちは、あなたが空腹なのを見て、食べる物を差し上げ、渇いておられるのを見て、飲ませてあげましたか。

いつ、あなたが旅をしておられるときに、泊まらせてあげ、裸なのを見て、着る物を差し上げましたか。

また、いつ、私たちは、あなたのご病気やあなたが牢におられるのを見て、おたずねしましたか。』

すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。』

神様が喜ぶ良い実を結ぶ人もいれば、良い実を結ぶこともなく無駄な人生を生きる人もいます。


今日のことばに出て来る人たちは、自分たちは気付いていなかったですが、主が見た時に、良い実がたくさん結ばれていて、そのことを主は喜んで下さいました。


この人たちは 良い実を結ぼうと頑張ったわけでもないです。

普段の生活の中で、その実は結ばれていました。



普段どのような生活をして、主に喜ばれる良い実が結ばれていったのでしょうか?


その人たちは感謝が習慣化された人たちであると思います。


感謝の習慣化は、自分より もっと苦しんでいる人、また困難な中で生きる隣人に目を向け、その人たちと共に生きようとする姿勢を持ってないと出来ないからです。



つぶやきと不平が習慣化された人は、いつも他人と比べて 妬みや嫉妬心を持っているので、そこから憎しみや つぶやきが始まります。


そこに “感謝” は存在しません。

感謝がないところに 良い実が結ばれないのは当たり前です。


感謝が習慣化された人たちは どのような生活をしているでしょうか?

本文から その生活を知ることが出来ます。




感謝が習慣化された生活




まずは困っている人たちを助けました。


空腹な人に食べ物を与え、渇いた者に飲ませ、裸の者に着る物を与えました。


“自分さえ良ければ” と思うのではなく、他人の苦しみに共感する姿勢があり、手を差し伸べて その人に必要なものを与えました。

このことは主に喜ばれることです。「それは わたしにしたことだ」 と主から言われました。



そして苦しんでいる人を見て、励ましと慰めを与える生活をしていました。

病気の人や牢の中にいる人たちを訪ねて 励まし、慰めを与えました。


精神的に苦しんでいる人たち、肉体的に苦しんでいる人たちは気落ちして絶望的になることが多いです。

その人たちにとって温かい言葉一つが、どれほど力や希望になるか分かりません。


このようなことを いつもやっている人は感謝の心を持っている人です。



そして、いつも誰かのために とりなしをする人たちも 良い実を結んでいます。


時間はいのちです。

ですから誰かのために とりなしをしていることは、その人に自分のいのちの時間を与えていることになります。


愛の心、感謝の心がないと自発的に誰かのために祈ることは出来ないです。



このように、日々の生活のなかで、いつもやっている小さいことが 主に喜ばれ、主に覚えられ、主はそれを良い実として認めて下さるのです。


そして 報いとして御国に導き入れ、永遠のいのちも与えると約束して下さいました。


あまりにも小さいことなので、本人もあまり覚えてないことでも 主はすべて覚えておられ、そして報いて下さいます。


自分たちの普段の生活はどうでしょうか。

何に関心があり、何をやっているでしょうか?


そこに 主に喜ばれる良い実がありますか。
アーメン .。゚+.(・∀・)゚+.゚


2018.11.25
収穫感謝礼拝メッセージ

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なぜ広い道を歩くクリスチャンがいるのか

テーマは 『 なぜ広い道を歩くクリスチャンがいるのか 』 です

【マタイの福音書7章13-14節】

狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者は多いのです。

いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。

今日はイエス様を信じると言いながらも、広い道を歩くクリスチャンの話をしたいと思います。


イエス様に従う道は いのちの道です。


そして、その “いのちの道は狭い” と言われました。

ですからクリスチャンであるならば、そのことばを当然知っています。


しかし問題は 教会に通いながらも、狭い道には行かず、広い道を歩く人が多いです。

広い道は滅びと死の道なので、その道を歩くことは不幸なことです。



なぜそのような不幸を自ら招きますか?

ある人たちは、自分がその広い道を歩いているのに、狭い道を歩いていると勘違いしています。


なぜ広い道を歩いているのか、その原因と解決策を伝えたいと思います。




広い道を歩く原因




自分のたましいが 不信仰と罪の習性、闇のわざを喜ぶことに慣れているのが原因です。


長い間慣れ親しんだものが身についているので、そちらの道を歩くことが楽で慣れています。


たとえば悪口、陰口、人への非難や裁くことに慣れている人は イエス様を信じても、口を開いたら相変わらず同じことばが口から出てきます。


傲慢なことばを平気に口から出して人を傷つけ、人との間に争いを起こします。

その習性を直してないならば、自然と出てきます。


【ヤコブ3章9-10節】

私たちは、舌をもって、主であり父である方をほめたたえ、同じ舌をもって、神にかたどって造られた人をのろいます。

賛美とのろいが同じ口から出て来るのです。私の兄弟たち。このようなことは、あってはなりません。

いのちの道を、主と共に歩みながら、主が聞いている前で、いつも人の悪口が言えるでしょうか。


広い道を滅びる人と共に歩いているので、平気に他人の悪口、裁くことばが出てきます。

悪い行動も同じパターンだと思います。



昔、韓国に有名な金ユシンという将軍がいました。

ある時、その将軍は馬の上で眠ってしまいました。


目を覚ましてみると 自宅ではなく、キセン(芸者)の家でした。

それでその将軍は、自分が愛した馬の首をはねました。

いつもそこに通っていたので馬が覚えていました。


しかし将軍は馬の行動で、自分の罪の習性の深刻さに気づきました。



滅びに至る道はとても広いです。

明るく、にぎやかに見えます。


多くのサタンの使いたちが、人々の心を惹きつける魅力的なものを並べて肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢などを引き寄せています。


しかしその道は、深く入れば入るほど 中は狭く、暗く、そして息苦しくなります。


私たちの古い人は、死の道を歩むことに慣れているので、何も感じずにその道を選び、平気にその道を歩きます。


今は分からなくても後に自分が歩んでいる道が死の道であることに気づくでしょう。

気づかない人も大勢います。



終わりの時代は、教会の中で 広い道を歩く人が狭い道、いのちの道を歩く人に悪口を言い、裁きます。高慢だからです。


いま誰かをさばいている人は、自分の間違いに気づく必要があります。


その人は広い道を歩いています。




広い道から離れ、いのちの道に戻るための解決策




広い道、死の道を歩くことに慣れている自分自身の罪の習性を殺すことです。

そして、いのちの道を歩く新しい習性を身に着けることです。


偉大な使徒・パウロも、自分自身を絶えず訓練して 新しい習性を身に着けました。


【第1コリント9章27節】

私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです。

【ガラテヤ2章20節】

私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。

【ガラテヤ5章24節】

キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。


狭い道、いのちの道は主が歩んだ道でした。

そしてこのように言われました。


【マタイの福音書16章24節】

だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。

狭い道は、最初は狭くて険しく見えても、その中は広く、自由があり、平安と喜びがあります。いのちがあります。


クリスチャン生活がしんどいと思う人は、今も自分が肉の中にとどまっているからです。

教会に通いながらも広い道を歩いているからです。


いまも罪の習性に慣れていて、みことばの自由を味わってないからです。

主と共に歩む生活ではなく、形だけの信仰生活をしているからです。


みなさんはどの門を開いて、中に入りますか。
(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?


2018.10.28
聖日礼拝メッセージ

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マタイの人生

テーマは 『 マタイの人生 』 です

【マタイの福音書9章9-13節】

イエスは、そこを去って道を通りながら、収税所にすわっているマタイという人をご覧になって、「わたしについて来なさい」と言われた。すると彼は立ち上がって、イエスに従った。

イエスが家で食事の席に着いておられるとき、見よ、取税人や罪人が大ぜい来て、イエスやその弟子たちといっしょに食卓に着いていた。

すると、これを見たパリサイ人たちが、イエスの弟子たちに言った。「なぜ、あなたがたの先生は、取税人や罪人といっしょに食事をするのですか。」

イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。

『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない』とはどういう意味か、行って学んで来なさい。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」

マタイは、イエス様の十二弟子の1人です。

十二弟子の名前が10章に出てきますが、マタイの名前の前には “取税人” と書かれてあります。


イエス様が彼を見つけた場所が 収税所だったので、彼の職業が何かは分かったと思います。


今回は、イエス様に出会って彼の人生がどのように変わっていったのかを学びたいと思います。

主に出会った人は誰もが変わります。




収税所で働いていたマタイ




収税所は、今でいう税務署のことです。

今なら税務署で働くのは公務員で 別に何の問題もないですが、マタイが生きていた時代は全然違っていました。


ローマの支配下にいて、税金を民から取りたてる仕事ですが、民から多めに取って横領していた者が多かったので、民から憎まれ、“罪人のかしら” と さげすまれました。


民の血を吸いとる悪人だと、人々から非難されており、
とにかく取税人に対しては、色々と悪く言うことばがたくさんありました。


そのことを聞いていても取税人はお金を集めることに熱心であったので、金持ちが多かったです。




イエスに従ったマタイ




いつものようにマタイが仕事している時に、目の前にイエスという方が来られ、
マタイに向かって突然「わたしについて来なさい。」と言われました。


イエス様のこのことばは、彼を招待することばでした。

イエス様に招待されたことは、メシヤに招待されたことを意味します。



なぜマタイを招待したでしょうか?

もちろん彼を救い、弟子にするためでした。


人間の基準からは一番不適格な人かもしれません。

しかし、あえて主は彼を選びました。


マタイという人物がどんな人であれ、イエス様にはまったく問題にならないです。


主は ありのままの彼を使うのではなく、訓練して福音と救いのために、人に仕える偉大な働きをさせるために選びました。


マタイはイエス様の招待にすぐ立ち上がってついて行きました。

ついて行ったところには取税人や罪人たちが大勢招待されて集まっていました。



彼がイエス様の招待に応じたことは、イエス様を受け入れたことを意味します。

イエス様は次のように語ったことがありました。


【マタイの福音書8章20節】

狐には穴があり、空の鳥には巣があるが、人の子には枕する所もありません。

ですから イエス様に従っても、この世で成功したり、贅沢に暮らしたり、権力を得るわけでもないです。



彼がついて行ったのは、イエス様がメシヤ(救い主)であったからです。

マタイは次のように従ったことを記録してあります。


【ルカの福音書5章28節】

何もかも捨て、立ち上がってイエスに従った。

大きな決断をしてついて行きました。

家に帰って家族と相談したならば、主の弟子になることはなかったと思います。



イエス様は 今も「来なさい」と言われます。


【ヨハネの福音書6章37節】

父がわたしにお与えになる者はみな、わたしのところに来ます。そしてわたしのところに来る者を、わたしは決して捨てません。




医者に出会ったマタイ




食事に招待されてない自分のことを信仰深くて敬虔と思っているパリサイ人たちは、イエス様が罪人と取税人と一緒に食事している様子を見て、弟子たちに質問しました。


「なぜあなたがたの先生は、取税人や罪人と一緒に食事をするのですか」

それを聞いて主はこのように言いました。


「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。」と言われました。


マタイは体が病気ということではないです。

しかし、心は病んでいました。



マタイの生涯には、イエス様のような方が必要でした。


イエス様は自分を必要とする人の所を訪ねます。


絶望がある所、嵐が起こる所、嘆きが聞こえて来る所、そこで声を掛けます。


【マタイの福音書11章28-29節】

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。

わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。


罪人たちは、だれもが深刻な病気にかかっています。


罪人たちを招いて癒し、救うためにイエス様は来て下さいました。


イエス様に出会うと、なぜ心に平安がありますか?

心の病気が癒されるからです。



収税所に座っていた時のマタイには 心の平安はありませんでした。

自分のことを見る人々の視線は まるで悪人を見るような目でしたから。


聞こえてくることばも悪口や非難しかありませんでした。


彼自身も悪いことをしている自覚はありました。

でもお金を簡単に手放すことは出来ませんでした。



しかし イエス様に出会い、主の招きを受けた時に彼は自分の人生が変わると感じました。


それがなかったならば、何もかも捨てて従うことは出来ません。

マタイは魂が救われ、心が癒されました。


そして十二弟子の1人として任命された彼は、新しく生まれ変わった人生を歩み始めました。

主の弟子として主と共に歩む人生になりました。


主に出会ったことが 彼の人生の中で、一番良かったことだと思います。

マタイの福音書は もちろんマタイが書きました。


マタイは使徒として立派に働き、選んで下さった主を喜ばせました。
ハレルヤ .。゚+.(・∀・)゚+.゚


2018.10.7
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宣教は霊的戦いから始まる

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テーマは 『 宣教は霊的戦いから始まる 』 です

【マタイの福音書10章16-18節】

いいですか。わたしが、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。ですから、蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい。

人々には用心しなさい。彼らはあなたがたを議会に引き渡し、会堂でむち打ちますから。

また、あなたがたは、わたしのゆえに、総督たちや王たちの前に連れて行かれます。それは、彼らと異邦人たちにあかしをするためです。

イエス様は、弟子たちを遣わして福音を伝えさせた時に、彼らに注意を与えました。

彼らが行く先には、狼が待ち構えていることを教えました。


狼は 羊を攻撃し、羊の いのちを狙います。

狼は羊を “迫害する者たち” のことです。


宣教する人たちが魂を愛し、善意をもって福音を伝えても、人々がそれを歓迎することは ほぼないです。


人々は自分の領域を守ろうとする縄張り意識が強く、外から来る者を疑い警戒します。


彼らは今までの生活を変えたくないし、自分は正しいという認識が強いので、魂の救いのことを話しても無関心だったり、嫌がって拒否することが多いです。

ある人たちは激しく反発し迫害します。


このように 宣教は、決して簡単なものではありません。


その時に主は、蛇のようにさとく、鳩のように素直な心で宣教するように語って下さいました。

蛇は狡猾さがありますが、人間は蛇以上にさとく活動するために、神の知恵をもらわないといけないです。



1人の魂が救われるまでは 長い霊的戦いがあります。


まずはその人の中にある強い要塞を崩していかなければなりません。


人の心の要塞は本当に堅いです。

うまく行かず失敗することも多いです。


1回1回の戦いで いつも勝利するわけではないので、
その時に失望して諦める必要はありません。

勝利は最後に得たらいいです。


“最後は勝つ” という勝利の信仰で忍耐しながら戦い続ける人が勝利します。






多くの敵の反撃が強い時には、主が教えて下さった作戦が必要になります。


【マタイの福音書10章14節】

もしだれも、あなたがたを受け入れず、あなたがたのことばに耳を傾けないなら、その家またはその町を出て行くときに、あなたがたの足のちりを払い落しなさい。

【マタイの福音書10章23節節】

彼らがこの町であなたがたを迫害するなら、次の町に逃れなさい。というわけは、確かなことをあなたがたに告げるのですが、人の子が来るときまでに、あなたがたは決してイスラエルの町々を巡り尽くせないからです。


実際に主の弟子たちはその通りにしました。


【使徒の働き8章1節】

エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者はみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。

【使徒の働き8章4節】

他方、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。


そして主が与える知恵と勇気を与える ことばがあります。


【マタイの福音書10章28節】

からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません。そんなものより、たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい。


迫害する者が怖くて逃げるわけではなく、まだ伝えなければならない所がいっぱいあるのに、悪を働く者たちに簡単にいのちを差し出してはいけないことを主が語っておられます。



時には “そこにとどまりなさい” という特別な主の命令があるかも知れませんが、それ以外では、激しい迫害がある時は一度撤退するのも作戦です。


そして外から祈りの火矢を そこに絶えず飛ばすことが必要です。



マルコの福音書9章で悪霊を追い出せなかった弟子たちが、主にその原因を聞きました。

その時の主のことばです。


【マルコの福音書9章29節】

「この種のものは、祈りによらなければ、何によっても追い出せるものではありません。」

祈りの重要性を主が教えました。



パウロは多くの霊的戦いをしながら宣教しました。

教会を立て、弟子を育てました。


彼は誰よりも霊的戦いに対して知っていました。

そして弟子たちにもその戦いをするように教えました。


【使徒の働き20章29-31節】

私が出発したあと、狂暴な狼があなたがたの中に入り込んで来て、群れを荒らし回ることを、私は知っています。

あなたがた自身の中からも、いろいろな曲がったことを語って、弟子たちを自分のほうに引き込もうとする者たちが起こるでしょう。

ですから、目をさましていなさい。私が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがたひとりひとりを訓戒し続けて来たことを、思い出してください。

霊的戦いは敵に勝利するために、自分自身を守り、また宣教を続けるために必要です。


教会の中でも霊的戦いは絶えずしなければなりません。

しないと教会も狼でいっぱいになります。


羊が食い物にされていきます。

アーメン (TДT)


2018.7.22
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必ず代価を払うようになる

テーマは 『 必ず代価を払うようになる 』 です

【マタイの福音書13章18-23節】

ですから、種蒔きのたとえを聞きなさい。

御国の言葉を聞いても悟らないと、悪い者が来て、その人の心に蒔かれたものを奪って行きます。道ばたに蒔かれるとは、このような人のことです。

また岩地に蒔かれるとは、みことばを聞くと、すぐに喜んで受け入れる人のことです。

しかし、自分のうちに根がないため、しばらくの間、そうするだけで、みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまいます。

また、いばらの中に蒔かれるとは、みことばを聞くが、この世の心づかいと富の惑わしとがみことばをふさぐため、実を結ばない人のことです。

ところが、良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いてそれを悟る人のことで、その人はほんとうに実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結びます。」

本文の種まきのたとえは知っていると思います。

今日は「必ず代価を払うようになる」とテーマを決めました。


良い実を結んだ人とは関係なく、良い実を結ばなかった人に対するメッセージです。


畑は、人の心を現してあります。

四つあるので四つのタイプの人が出て来ます。


その中で良い実を結んだ畑は一つだけで、ほかは悪い実を結びました。

良い実がない人は、すべて悪い実を結んだことになってあります。

良い実を期待したのに、期待する実がないことは主の目に悪い者です。


良い実を結んでいない三つのタイプの人は「時を逃した人」と言えます。

神が与えた恵みの時をすべて逃した人と言えます。


良い実を結んだ人は「時を知り、時を生かした人」です。



私たちの人生は与えられた時間だけです。

その中ですべきことをしなければなりません。


実を結んでいない三つのタイプの人の共通点は「時を逃した人たち」ですが、
彼らはどのような時を逃したでしょうか?






  • 悔い改める時があったのに 悔い改めをせず時を逃しました

  • 愛する時があったのに、愛することをせず時を逃しました

  • 赦す時があったのに、赦さずに時を逃しました

  • 福音を伝える時があったのに、福音を伝えませんでした

  • 聖霊によって祈る時があったのに、祈りをしませんでした


なぜ時を逃してしまったでしょうか?

問題は彼らの心にありました。


心によって 神との関係、人との関係、環境も信仰も結ぶ実も変わってきます。


どんなに良いものでも 悪い心の中に入れると、悪いものになってしまいます。

悪い心で良い実を結ぶことは絶対に出来ないです。


私たちの心に傷と苦い根と憎しみ、妬み、争い、劣等感、被害意識、偽り、淫乱、つぶやきなどあらゆる汚いものが満たされてあると、それは悪い心で、そこから聖い信仰も良い実も出ることはないです。


主は最初から「自分を捨てなさい。」と言われました。

このような悪い心を捨てなさいという意味です。


まずは捨てることです。

捨てないならば、その心に愛と聖である主は住むことが出来ません。


悔い改めることは、心にある汚いものを捨てることです。

汚い所に良いものを入れても、悪いものに染まってしまいます。


十字架の前に出て、自分を否定することは、自分の心の中を空っぽにすることです。


肉の思い、偏見、汚い思いを捨てて空っぽにするならば、主はそこに主の愛と赦しと恵みを入れて下さいます。


心に悪いものを貯めた状態で信仰生活をするならば、救いの完成に至ることはありません。





悪霊の例を挙げます。


悪霊はイエス様のことをよく知っていました。

そしてみことばもよく知っていましたし、恐れていました。

「あなたこそ神の子です。」とも言いました。


(悪霊は)救われたでしょうか?

―― 救われていないです。


なぜでしょうか?

悪霊は絶対に悔い改めないからです。


そして自分の過ちも知らないし、愛さず、赦さず、相変わらず自分の悪い思いが要求するまま行動します。

悪い実しか結んでいないです。


ですから永遠の滅びしか残されてないです。



もし自分で信仰があると言い、賜物を使って働いたと言っても、心の中に悪い思いを持ったままなら、救われていない悪霊と同じ扱いを受けるようになります。


神が与えた時を逃し、すべきこともせず、自分の思いのままに生きた人たちに 神は代価を払わせます。


良い実を結んだ人は、すでに主が十字架で代価を払って下さったので払う必要がありません。


しかし悪い実を結んだ人たちに対しては厳しい代価を払わせます。

死んだ後に必ず代価を払わせますが、生きている時にも代価を払う時があります。


次の箇所は代価を払う姿です。


【マタイの福音書7章19節】

良い実を結ばない木は、みな切り倒されて、火に投げ込まれます。

【マタイの福音書7章22-23節】

その日には大ぜいの者がわたしに言うでしょう。『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言をし、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって奇跡をたくさん行ったではありませんか。』

しかし、その時、わたしは彼らにこう宣告します。『わたしはあなたがたを全然知らない。不法をなす者ども。わたしから離れて行け。』

【ヨハネの黙示録20章13-15節】

海はその中にいる死者を出し、死もハデスも、その中にいる死者を出した。そして人々はおのおの自分の行いに応じてさばかれた。

それから、死とハデスとは、火の池に投げ込まれた。これが第二の死である。

いのちの書に名の記されていない者はみな、この火の池に投げ込まれた。

これからの時代でも代価を払う時が来ます。

今は終わりの時代です。


終わりの時代に定められてあるのは、携挙と7年の大患難、そして主の再臨と裁きです。


三つのタイプの人たちは、残念ながら携挙されません。

地上に残されて大患難を受けます。


ノアの時代のように箱舟の戸が閉められた後に、外に残されて大洪水でいのちを落としました。


主と携挙された人たちは 婚礼の祝宴に入りますが、祝宴の戸が閉められて外に残された人たちは、大患難の中で代価を払わなければなりません。


キリストの苦難の十字架によって もたらされた永遠のいのちと救いを軽く考え、ないがしろにした代価を払わないといけないです。


大患難の中で耐えられるでしょうか?

火のような試練の中での信仰生活はほぼ無理です。


結局サタンの奴隷にされ、サタンが受ける同じ扱いを受けます。


時が少ししか残されていません。

時を知り、時を生かしますか?


それとも時を逃して自分の思いのままに生きますか?


今は決断の時です。 ( -д-)ノ


2018.6.3
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主の十字架の苦難と臨終

テーマは 『 主の十字架の苦難と臨終 』 です

【マタイの福音書27章45-50節】

さて、十二時から、全地が暗くなって、三時まで続いた。

三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」と叫ばれた。これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。

すると、それを聞いて、そこに立っていた人々のうち、ある人たちは、「この人はエリヤを呼んでいる」と言った。

また、彼らのひとりがすぐ走って行って、海綿を取り、それに酸いぶどう酒を含ませて、葦の棒につけ、イエスに飲ませようとした。

ほかの者たちは、「私たちはエリヤが助けに来るかどうか見ることにしよう」と言った。

そのとき、イエスはもう一度大声で叫んで、息を引き取られた。

過去の苦しい記憶を、いつまでも覚えていることは良くないことです。

なぜなら、その記憶が 今の幸せも消してしまうからです。


それがあったから今の幸せがある と、肯定的に思うならば問題はないですが、過去の苦しい記憶に支配されているならば、その苦しみは いつまでも続きます。

ですから、良かったことは長く覚えていても、辛い記憶は早く忘れることが良いです。



イエス様は主のことで、私たちが忘れてはならないことがあると語りました。


“主がよくして下さったことと、主の十字架の苦難を忘れてはならない” ことです。


主が受けた苦しみは 主が覚えるのではなく、私たちが覚えることです。

そうしないといけないです。

「主が受けた苦しみを、いつまでも覚えてそれを記念とすること」は主からの命令でもあります。


主の十字架の死がなかったならば、罪人が救われる根拠も保証もありません。


罪人たちを救うために、主がどれほどの恥辱と苦難を実際に受けたかを知らないならば、救いの価値も分かりません。


主ご自身がどれほどの犠牲を払ったのかを、もう一度 この受難週に考えたいと思います。

主の十字架の苦難と臨終の姿を伝えます。




十字架にかかった時刻




十字架にかかったのは 午前9時でした。

そして、臨終までかかった時間は 6時間でした。

正午から3時までは ユダの全地が暗くなりました。


なぜ暗くなったでしょうか?


神の子を十字架につけて殺したユダヤ人に対する “神の厳しいさばきのしるし” とも言えます。


昔、エジプトに対して 神がさばきを下した時に、暗闇を送ったことがありました。


【出エジプト記10章21-23節】

主はモーセに仰せられた。「あなたの手を天に向けて差し伸べ、やみがエジプトの地の上に来て、やみにさわれるほどにせよ。」

モーセが天に向けて手を差し伸ばしたとき、エジプト全土は三日間真っ暗やみとなった。

三日間、だれも互いに見ることも、自分の場所から立つこともできなかった。しかしイスラエル人の住む所には光があった。

イスラエル人を迫害したエジプトの民に、神はさばきを下しました。

そして主イエスを迫害し殺したイスラエルの民に対しても、主は同じくさばきを行います。


その “しるし” としての暗やみと言えます。




最後に何を叫んだのか




主は死ぬ前に、最後の力を振り絞って何を叫んだでしょうか?


「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」でした。

これは詩篇22編1節の成就でした。


「わが神、わが神。どうして、わたしをお見捨てになったのですか」と叫びました。


父なる神との結びつきが強かった主の口から出る このことばは、イエス様の “霊の叫び” でした。



母親に捨てられた時に、幼子が「ママ、行かないで」と泣き叫ぶ時の叫びと、お腹が空いて泣き叫ぶ声が同じでしょうか?

捨てられた時の叫びは、恐れと不安、孤独から来る たましいの叫びです。




神のひとり子イエス様が、なぜ父なる神から捨てられ辛い目に会わないといけなかったでしょうか?


それは “人類の罪の問題と罪の深刻性” でした。


そして「その人類を贖うための大使命」が、イエス様に懸かっていたからです。


人類の罪を背負って 十字架にかかったイエス様は、罪に対する裁きをその身に受け、死ななければなりませんでした。


愛の目だけで見るならば、神がイエス様を十字架につけて見捨てることは出来ません。


しかし罪に対して正しい裁きを行う神の目で見るならば、捨てられて死刑を受けることは罪に対する当然の報いでした。

そこには 少しの憐れみも愛もありませんでした。



十字架でのイエス様は、神の裁きを受ける姿でした。

神の裁きを受けなければならないほど、人類の罪は深刻でした。



イエス様が受けた苦しみは、恐ろしい肉体の苦しみがありました。

そして人々から受けた侮辱やののしり、あざけり、愛する者たちの裏切りによる 精神的な苦しみがありました。


しかし、最もイエス様が感じた苦しみは、しばらくの間でも父なる神と断絶しなければならない “霊的苦悩” でした。


しかし、主は 全人類のために 自分を贖いのいけにえとしてささげることを決心したので、すべての苦しみをその身に受け、最後まで主の御心に従順しました。


深刻な混乱と苦しみの中でも、ただ父なる神を見上げ、すべてを委ねたので真の勝利を得ることが出来ました。




主の臨終の姿




主は最後に、もう一度大声で叫んで息を引き取りました。

どのようなことばが最後のことばになったでしょうか。


【ヨハネの福音書19章30節】

イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、「完了した」と言われた。そして、頭をたれて、霊をお渡しになった。

「完了した」は、自分の使命をすべて成し遂げたという “勝利宣言” でした。


人生を全うした意味ではありません。

主は33歳という若さでした。寿命を全うして死ぬ年ではありません。


神のみこころを全うするために来られ、その働きを終えたという意味です。

そして、続いて語ったことばが 次の箇所にあります。


【ルカの福音書23章46節】

イエスは大声で叫んで、言われた。「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」こう言って、息を引き取られた。

自分のたましいを、いのちの主権者である父なる神に委ねました。


神が受け取ったイエス様の霊は、どんなに尊い霊でしょうか。

もし宝石に例えるならば、光輝いて見ることが出来ない輝きのある霊だと思います。


罪のために汚れて暗くなった人類の醜い霊とは到底比べることも出来ないものです。

父なる神の手に委ねられた主の霊は、再びいのちを得て 世の光としてよみがえります。


来週はイースターです。


主は、私たちのために十字架にかかって死に、また 私たちのためによみがえりました。

そのことを信じていますか?

アーメン ヽ(TдT)ノ


2018.3.25
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人の子・イエス様

テーマは 『 人の子・イエス様 』 です

【マタイの福音書8章18-20節】

さて、イエスは群集が自分の回りにいるのをご覧になると、向こう岸に行くための用意をお命じになった。

そこに、ひとりの律法学者が来てこう言った。「先生。私はあなたのおいでになる所なら、どこにでもついてまいります。」

すると、イエスは彼に言われた。「狐には穴があり、空の鳥には巣があるが、人の子には枕する所もありません。」

イエス様の呼び名はたくさんありました。

神がつけた名もあれば 人々が呼んだ名もあり、イエス様ご自身が自分を呼んだ名もありました。


たとえば、『 ユダヤの王、メシア、神の子、主、牧者、キリスト、インマヌエル、預言者、先生 』 など何十個もありました。

その中で 人からは呼ばれていないのに、イエス様が一番好んで使った名前が “人の子” でした。


なぜイエス様はご自分のことを「神の子」と言うよりも、「人の子」と好んで言ったでしょうか?


普通ならば、自分を知らせるためにも「わたしは神の子だ」と言うのに、なぜ「人の子」と好んで言ったのでしょうか。


人間になりきった姿でもありました。

その姿が次の箇所にある姿です。


【ピリピ2章6-11節】

キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、

ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、

自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。

それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。

それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、

すべての口が、「イエス・キリストは主である」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。

罪人である人間を愛し、その人間を罪から贖うために、また人間に仕える目的で来られたので、自らを「人の子」と呼びながら 人間の中に溶け込み、人間の友になり、人の目線で人間を見つめ、そして人間のために働きました。


多くの宗教の教祖や 神々と呼ばれる者は、(周りの人が自分に)近寄れない雰囲気を作って自分を高くあげ、人の上に君臨します。


人に仕えるのではなく、人々が(その者に)仕えるようにします。

それがイエス様と大きな違いです。


イエス様はいつも人々の中にいました。

御国のことばを教え、病人を癒し、困った人たちを助けました。


権力、名誉、富、自分の王国のために働いたのではなく、人々の益のために働きました。


(イエス様が)もし金儲けを考えていたならば、一日で金持ちになることも出来ました。


多くの病人が毎日癒されましたので、癒された人たちからお金をもらったならば すぐ金持ちにもなれました。


しかし、イエス様は 枕する所もありませんでした。

嘘ではなく本当でした。旅人のような生涯でした。
私有財産一つありませんでした。


自分の命までも、人のためにささげました。


どんなに あら捜しをしても、何一つ出ませんでした。

人間のために尽くした生涯でした。


さらに、どんな時にイエス様は ご自分のことを「人の子」と言われたのか、福音書で調べます。




人々の苦しみや痛みを感じ、彼らを助ける時




【マタイの福音書9章6節】

人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたに知らせるために。」こう言って、それから中風の人に、「起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい」と言われた。

罪によって起きた病気で長い間、苦しんでいた中風の人をいやしました。


【マタイの福音書12章8節】

人の子は安息日の主です。

安息日は働いてはいけない律法がありますが、病気の人を見つけて癒しました。

苦しんでいる者をいやすために、『人の子は安息日も主です。』と語りました。


イエス様は数えきれないほどの多くの病人を癒しました。

そして悪霊に取りつかれた多くの人から悪霊を追い出し、罪人の罪を赦しました。


人の痛み、苦しみを誰よりも知っている方でしたし、彼らに共感出来る方でした。




救いのわざ、十字架の苦難と死、復活を語る時




【マタイの福音書18章11節】

人の子は、失われている者を救うために来たのです。

【マタイの福音書20章28節】

人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のため、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです。

【マルコの福音書8章31節】

それから、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、殺され、三日の後によみがえられなければならないと、弟子たちに教え始められた。

【マタイの福音書12章40節】

ヨナは三日三晩大魚の腹の中にいましたが、同様に、人の子も三日三晩、地の中にいるからです。



栄光の主としての再臨、裁き主として裁きを行うことを語った時




【マタイの福音書13章41-43節】

人の子はその御使いたちを遣わします。彼らは、つまずきを与える者や不法を行う者たちをみな、御国から取り集めて、

火の燃える炉に投げ込みます。彼らはそこで泣いて歯ぎしりするのです。

そのとき、正しい者たちは、彼らの父の御国で太陽のように輝きます。耳のある者は聞きなさい。

【マタイの福音書16章27節】

人の子は父の栄光を帯びて、御使いたちとともに、やがて来ようとしているのです。

その時には、おのおのその行いに応じて報いをします。


【マタイの福音書19章28-29節】

そこで、イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。世が改まって人の子がその栄光の座に着く時、わたしに従って来たあなたがたも十二の座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。

また、わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、あるいは畑を捨てた者はすべて、その幾倍もを受け、また永遠のいのちを受け継ぎます。

【マタイの福音書24章44節】

だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。

【ルカの福音書12章8-9節】

そこで、あなたがたに言います。だれでも、わたしを人の前で認める者は、人の子もまた、その人を神の御使いたちの前で認めます。

しかし、わたしを人の前で知らないと言う者は、神の御使いたちの前で知らないと言われます。

私たちは 自らを「人の子」と呼ぶ、イエス様の思いを知らないといけないです。


私たちが親しみをもって イエス様に近づくことを、主は願っています。


私たちを愛している主の愛を感じることが出来ますように。
.。゚+.(・∀・)゚+.゚


2017.10.1
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隣人への義務

テーマは 『 隣人への義務 』 です

【マタイの福音書22章39節】

『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』 という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。

先週は、“神への義務” に対して学びました。

今週は、“隣人への義務” に対して学びます。


隣人とは、隣に住んでいる人の事ではなく、自分以外の すべての人であると解釈するのが聖書的です。


『 神への義務 』 が1番優先であり、次に優先になるのが、『 隣人への義務 』 です。

私たちは 『 隣人への義務 』 があることも知らずに生活していますが、主は隣人への義務も 私たちに与えておられます。


どのような義務があるでしょうか?




隣人を愛すること




愛することを 『 義務 』 ではなく、“選択” だと思っていますか?


私たちが “選択” と思っても、神は 隣人への 『 義務 』 として与えました。

隣人を愛することを、一番わかりやすく説明して下さったのは、イエス様でした。


ルカの福音書10章には、“良きサマリヤ人のたとえ” があります。


強盗に襲われて、半殺しにされている人がいました。

その道を、主に仕える祭司、そして レビ人が通りました。

しかし、彼らは 倒れた人を見ると、何もせず反対側を通り過ぎました。


その後、サマリヤ人が通りました。
サマリヤ人は彼を見て、かわいそうに思い、傷の手当てをして彼を運び、介抱して面倒を見てあげました。


このたとえを語った後に、イエス様は 『この三人の中で だれが、強盗に襲われた者の隣人になったと思いますか。 』  と聞きました。


律法の専門家が、「その人に あわれみをかけてやった人です。」と 答えると、主はすぐに 「 あなたも行って 同じようにしなさい。」 と語りました。


同じことをするのが、隣人を愛する人の姿です。


多くの人は 見知らぬ人を助けることに戸惑いを感じ、そして巻き込まれたくないと思って、かかわりを持たないです。

それは正しいことではないです。


もし倒れた人が自分の家族ならば どうしますか?

そのまま通り過ぎることはあり得ないですね。


力を尽くして助けると思います。

今も困っている人を見て、自分のことのように助ける人がたくさんいます。


そこにあるのは隣人を愛する心です。“無関心” ではなく、“関心” があります。


困っている人に 憐れみと慈悲の心で 手を差し伸べるのが 隣人への愛であり、神がするように命じた義務です。


このような言葉もあります。


【箴言14章21節】

自分の隣人をさげすむ人は罪人。貧しい者をあわれむ人は幸いだ。

【箴言14章31節】

寄るべのない者をしいたげる者は自分の造り主をそしり、貧しい者をあわれむ者は造り主を敬う。



隣人を騙してはいけない




【箴言11章1節】

欺きのはかりは主に忌みきらわれる。正しいおもりは主に喜ばれる。

不正な商売行為は、社会の基本秩序を破壊する行為です。

悪徳商人たちは、昔から今に至るまで 不正な方法をたくさん使って 金儲けをしました。


これは隣人の財産を盗む行為でもあります。

律法でも、神は はっきりと このことに対して定めておられます。


【申命記25章13-16節】

あなたは袋に大小異なる重り石を持っていてはならない。

あなたは家に大小異なる枡を持っていてはならない。

あなたは完全に正しい重り石を持ち、完全に正しい枡を持っていなければならない。あなたの神、主があなたに与えようとしておられる地で、あなたが長く生きるためである。

すべてこのようなことをなし、不正をする者を、あなたの神、主は忌みきらわれる。

日本は商売で不正をする人は少ないと思いますが、不正が当たり前のように行われる国も多いです。

お金のために平気に不正を行います。


神は不正な商売をしようとする者たちに向かって、預言者を通して 次のように警告しました。


【アモス書8章5節】

あなたがたは言っている。「新月の祭りはいつ終わるのか。私たちは穀物を売りたいのだが。安息日はいつ終わるのか。麦を売りに出したいのだが。エパを小さくし、シェケルを重くし、欺きのはかりで欺こう。

隣人から 不当な利益を得るのではなく、むしろ隣人に益をもたらすのが “隣人への義務” です。

商売しない人でも、隣人を騙すことは罪であり、信頼を裏切ることです。




隣人と平和を保ちなさい




【ローマ12章18節】

あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。

平和のために努力するのが 隣人への義務です。


次の箇所に、平和のために努力すべき内容があります。


【ローマ12章17節】

だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、すべての人が好いと思うことを図りなさい。

【ローマ12章18節】

あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。

このようにして 隣人との間に、平和を保つ義務を果たしていかなければなりません。

“自分に関する限り ” ということばがあるのは、すべての人と平和を保つことが、いつでも可能なわけではないからです。


それは 完全な愛を持っている人もいないですし、人間はまた 弱さをたくさん持っていますし、この世は罪に満ちているからです。


人間同士 争いも本当に多いです。


【ヤコブ4章1節】

何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか。

世界でも、戦いが好きで、平和を壊す者たちの働きが とても多いです。

イスラム過激派の無差別な攻撃で 平和が一瞬にして消えます。


近所に わざと嫌がらせをして、人々の日常の平和を壊す人たちもいます。


神はすべての人々が平和の中に生きることを願いますが、人間の欲望が原因で、争い、戦争は絶えず起こっています。


しかし自分に関する限り、すべての人と平和を保つ義務を果たしていかなければなりません。

イエス様は 平和を造った方でした。


【コロサイ1章20節】

その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、御子のために和解させてくださったのです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。

主は、次のようにも語りました。


【マタイの福音書5章9節】

平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。

隣人への非難、悪口、分裂を起こす者は 平和を壊す者です。


平和を保つためには、相手に対して関心、受容、愛が必要です。
(*´ -`) (´- `*)


2017.8.27
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今は終わりの時代、目を覚まして用心していなさい

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【マタイの福音書24章35ー44節】

この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。

ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。

人の子が来るのは、ちょうど、ノアの日のようだからです。

洪水前の日々は、ノアが箱舟に入るその日まで、人々は、飲んだり、食べたり、めとったり、とついだりしていました。

そして、洪水が来てすべての物をさらってしまうまで、彼らはわからなかったのです。人の子が来るのも、そのとおりです。

そのとき、畑にふたりいると、ひとりは取られ、ひとりは残されます。

ふたりの女が臼をひいていると、ひとりは取られ、ひとりは残されます。

だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。

しかし、このことは知っておきなさい。家の主人は、どろぼうが夜の何時に来ると知っていたら、目を見張っていたでしょうし、また、おめおめと自分の家に押し入られはしなかったでしょう。

だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。

主が再臨するその日、その時に関して私たちは知らなくても良いです。


なぜなら はっきりとその時、その日は教えられていないからです。



しかし 主が明確にしたのは、主は思いがけない時に来られると言われたことです。


主の再臨を信じて心からその日を待ち望んでいますか?


【マルコの福音書13章32節】

ただしその日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。

【第1テサロニケ5章1ー2節】

兄弟たち。それらがいつなのか、またどういう時かについては、あなたがたは私たちに書いてもらう必要がありません。

主の日が夜中の盗人のように来るということは、あなたがた自身がよく承知しているからです。

【第2ペテロ3章10節】

しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。

主の日が来る時まで、人々は何が起こるかも知らないで、普段通りの生活をしていると思います。


結婚し、仕事に出かけ、食べたり飲んだりと、いつもの生活をしています。

それ自体が悪いことではありません。


ただ、それらのことばかりに没頭して、神に対しては無関心であることが問題です。



神は世界を造り、それを動かし、そして計画を立てています。

どれほどの人がそのことに関心があるでしょうか?


まるで神が存在しないかのように無視しながら無関心でありますが、神は みことばを送って世界に対して、これから何をなさるかを教えています。


それを聞かないならば 何の準備も出来ず、ある日突然 世界の終わりを迎えてしまいます。


神のことばに関心もなく、魂が眠っている人々に、主は目を覚ますように警告を送っています。



【マタイの福音書24章42節】

だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。

【マタイの福音書25章13節】

だから、目をさましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないからです。

【マルコの福音書13章37節】

わたしがあなたがたに話していることは、すべての人に言っているのです。目をさましていなさい。

【ルカの福音書21章36節】

しかし、あなたがたは、やがて起ころうとしているこれらすべてのことからのがれ、人の子の前に立つことができるように、いつも油断せずに祈っていなさい。

【コロサイ4章2節】

目をさまして、感謝をもって、たゆみなく祈りなさい。

主は語った通りに必ず来られます。

準備して待つ者は幸いです。
ヽ(TдT)ノ


2017.5.21
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自分を捨てる者の義務

テーマは 『 自分を捨てる者の義務 』 です

【マタイの福音書16章24節】

それから、イエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。

主 (イエス・キリスト) について行きたいけど、自分を捨てることが どういうことか分からないという聖徒も多いです。


今回は、自分を捨てる者の義務について伝えます。




1.世の心配を捨てる


【マタイの福音書6章25ー34節】

だから、わたしはあなたがたに言います。自分のいのちのことで、何を食べようか、何を飲もうかと心配したり、また、からだのことで、何を着ようかと心配したりしてはいけません。いのちは食べ物よりたいせつなもの、からだは着物よりたいせつなものではありませんか。

空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。

あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。

なぜ着物のことで心配するのですか。野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしません。

しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。

きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち。

そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。

こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。

だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。

だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。



2.自分の思いよりも、主の思いを優先する


【ルカの福音書14章26ー27節】

「わたしのもとに来て、自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、そのうえ自分のいのちまでも憎まない者は、わたしの弟子になることができません。

自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることはできません。



3.放蕩に走らないように気をつける


【ルカの福音書21章34節】

あなたがたの心が、放蕩や深酒やこの世の煩いのために沈み込んでいるところに、その日がわなのように、突然あなたがたに望むことのないように、よく気をつけていなさい。



4.兄弟のつまずきになるようなことはしない


【ローマ14章21節】

肉を食べず、ぶどう酒を飲まず、そのほか兄弟のつまずきになることをしないのは良いことなのです。



5.信仰の弱い者のために自分の行動を自制する


【ローマ15章1節】

私たち力のある者は、力のない人たちの弱さをになうべきです。自分を喜ばせるべきではありません。



6.他人の利益に心がける


【第1コリント10章24節】

たれでも、自分の利益を求めないで、他人の利益を心がけなさい。



7.肉の欲を取り除く


【ガラテヤ5章24節】

キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。



8.情欲によって滅びていく古い人を脱ぎ捨てること


【エペソ4章22節】

その教えとは、あなたがたの以前の生活について言うならば、人を欺く情欲によって滅びて行く古い人を脱ぎ捨てるべきこと、




9.たましいに戦いをいどむ肉の欲を遠ざける


【第1ペテロ2章11節】

愛する者たちよ。あなたがたにお勧めします。旅人であり寄留者であるあなたがたは、たましいに戦いをいどむ肉の欲を遠ざけなさい。



10.罪の生活から離れる


【ローマ6章6ー7節】

私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、私たちは知っています。

死んでしまった者は、罪から解放されているのです。

(。・ω・)ノ゙ アーメン

2017.5.14
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