からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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マタイの福音書

携挙される人、残る人

テーマは 『 携挙される人、残る人 』 です

【マタイの福音書24章27-31節】

人の子の来るのは、いなずまが東から出て、西にひらめくように、ちょうどそのように来るのです。

死体のある所には、はげたかが集まります。

だが、これらの日の苦難に続いてすぐに、太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は天から落ち、天の万象は揺り動かされます。

そのとき、人の子のしるしが天に現れます。すると、地上のあらゆる種族は、悲しみながら、人の子が大能と輝かしい栄光を帯びて天の雲に乗って来るのを見るのです。

人の子は大きなラッパの響きとともに、御使いたちを遣わします。すると御使いたちは、天の果てから果てまで、四方からその選びの民を集めます。

主の再臨は二回あります。

空中再臨と地上再臨があります。


主の再臨の日は、人々にとっては心臓が凍り付くほどの恐ろしい日であり、驚きの日になります。


なぜなら天の万象が揺り動かされて、闇と稲妻とラッパの響きが全世界を襲うからです。

それが先に起きるので、人々は天地が消え去る恐怖に襲われます。


その時に主が雲に乗って来られ、携挙が起こります。


【ヨハネの黙示録6章12-14節】

私は見た。小羊が第六の封印を解いたとき、大きな地震が起こった。そして、太陽は毛の荒布のように黒くなり、月の全面が血のようになった。

そして天の星が地上に落ちた。それは、いちじくが、大風に揺られて、青い実を振り落とすようであった。

天は、巻き物が巻かれるように消えてなくなり、すべての山や島がその場所から移された。

【ヨハネの黙示録8章10-12節】

第三の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、たいまつのように燃えている大きな星が天から落ちて来て、川々の三分の一とその水源に落ちた。

この星の名は苦よもぎと呼ばれ、川の水の三分の一は苦よもぎのようになった。水が苦くなったので、その水のために多くの人が死んだ。

第四の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、太陽の三分の一と、月の三分の一と、星の三分の一とが打たれたので、三分の一は暗くなり、昼の三分の一は光を失い、また夜も同様であった。

この時にすべての信徒が携挙されるのではなく、わずかな人だけが空中に引き上げられ、多くの信徒は地上に残されます。


そして残された人たちは大患難を受けるようになります。

自分は携挙されると思っていた多くのクリスチャンも残ります。

悲しいですが、そうなります。



しかし携挙されていないから 主がその人を捨てたのではないです。


花婿である主を迎える準備が出来た人は携挙されますが、準備が出来てない人は残されます。


携挙の事件は残された人を生かすためでもあります。

携挙なしに一回だけの地上再臨で終わるならば、救われることもなく、やり直すチャンスもなく、そのまま裁きの対象になります。



携挙される人にとっては主の空中再臨は人生最高の日になり、すべての苦しみから解き放たれる日です。

報われる日になります。


残った人たちはその時に、気付くと思います。

携挙があったことで、主が語ったことばがすべて真実であり、地上再臨も、裁きも必ずあることを確認する機会になります。


それによって目覚めて、主に悔い改めて、命を懸けて信仰を守ると思います。

そして患難を通って救われます。


それが父なる神の愛であり、最善です。




携挙される人・残される人




どのような人が携挙されるでしょうか?


救われた後でも御霊によって導かれ、主の花嫁として主を心から深く愛しながら交わりを持った人、天に望みを置き、主の再臨を待ち望んだ人です。


目を覚まして花嫁の準備が出来た人が携挙されます。

この人たちの姿は次の箇所です。


【ヨハネの黙示録12章11節】

兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。

信仰と従順、忍耐、聖霊充満、みことば充満な生活をしている人たちが携挙の恵みを受けます。



しかし御霊の導きに従わず、自分の知識、計画、思い、本能的な欲望に従って形式的な信仰生活をした人たちは、信仰においても、聖さにおいても失敗したので残されます。


主はその人たちの姿を「地と地に住む人々、地上に住む人々、肉に属する人」と呼びます。

“知っていること” と “信じること” は全然違います。


本物の信仰が必要です。

携挙に残された人々が救われるために必要なものも、“本物の信仰” です。


主との深い交わりがあることが『本物の信仰』です。



携挙に残された人々は、主がゲッセマネの園で汗が血のしずくになるほど 切実な叫びの祈りをしながら父なる神を求めたように求めないと大患難の中で救い出されることはないです。


しかし信仰を持って切に主の名を呼び求めるならば、主の救いを受けることが出来ます。



世界の扉が閉じる時がだんだん近づいています。

いつ携挙が起きても不思議ではない時代のなかを生きています。


主の花嫁としての準備をしながら生きなければなりません。


【第1テサロニケ4章16-18節】

主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、

次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。

こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。

アーメン (*^・ェ・)ノ


2020.5.31
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十字架のイエスをののしった人たち

テーマは 『 十字架のイエスをののしった人たち 』 です

【マタイの福音書27章37-44節】

また、イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王イエスである」と書いた罪状書きを掲げた。

そのとき、イエスといっしょに、ふたりの強盗が、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけられた。

道を行く人々は、頭を振りながらイエスをののしって、

言った。「神殿を打ちこわして三日で建てる人よ。もし、神の子なら、自分を救ってみろ。十字架から降りて来い。」

同じように、祭司長たちも律法学者、長老たちといっしょになって、イエスをあざけって言った。

「彼は他人を救ったが、自分は救えない。イスラエルの王だ。今、十字架から降りてもらおうか。そうしたら、われわれは信じるから。

彼は神により頼んでいる。もし神のお気に入りなら、いま救っていただくがいい。『わたしは神の子だ』と言っているのだから。」

イエスといっしょに十字架につけられた強盗どもも、同じようにイエスをののしった。

【ルカの福音書23章35節】

民衆はそばに立ってながめていた。指導者たちもあざ笑って言った。「あれは他人を救った。もし、神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ってみろ。」


いつも主がおられる所にはたくさんの人々が集まっていました。


教えを聞くために、癒してもらうために、奇跡を見たいために、そして訴える口実を見つけるために群衆が集まっていました。


しかし、その時は誰一人イエス様に向かってののしった人はいませんでした。

「おまえ」と呼んだ人もいませんでした。

「主よ、ダビデの子よ。先生」などと呼んでいました。


その人たちが一夜にしてイエス様をののしる人々に変わってしまいました。


イエス様は肉体の苦痛の中でも彼らが吐き出す ののしりのことばを聞いていました。

それが最も辛かったと思います。



自分に対して完全に背を向けた人たち、そして十字架の意味を知らない人たち、主の苦しみに共感出来ず、さらに侮辱する人たち、恵みを忘れた恩知らずの人たち。


それを眺める主の心はどうだったでしょうか。

彼らを見て主は言われました。


「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」

主の口からは祈りのことばが出ました。


「自分で何をしているかわからない人たち」が哀れでした。


彼らが嘲り、ののしるつもりで言った次の言葉に主の正体が現れていました。


「ユダヤ人の王イエス」、「神殿を壊して三日で建てる人」、「神の子」、「他人を救った人」、「イスラエルの王」、「彼は神に拠り頼っている」、「神のお気に入り」、「私は神の子だ」、「神の子キリスト」、「選ばれた者」


そのままイエス様を信じればみんな救われるのに、信じず自分たちの救い主をののしっていました。


ですから主は「自分で何をしているか分からない」と言われました。

その通りに無知で愚かで悟りのない者たちでした。



後になった1人だけがまともになり、恵みを受けた人がいました。

主の右側にいた犯罪人です。


あいかわらず主をののしっている犯罪人に対して、次のように言いました。


【ルカの福音書23章40-43】

ところが、もうひとりのほうが答えて、彼をたしなめて言った。「おまえは神をも恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。

われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたりまえだ。だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。」

そして言った。「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください。」

イエスは、彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」

ののしった時とはまったく違うことばを語りました。

「イエス様」と丁寧なことばで言いました。


主はすぐに彼に言われました。

「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」


1人の魂が立ち返ったことで、主はすごく喜んだと思います。

悲しみいっぱいの主の心を神が慰めて下さったと思います。



ここで私たちは 真理を知っていながらも、信じることもなく、主をののしった人たちがなぜそのような愚かなことをしたのかを考える必要があります。


私たちもそのようになる危険性がいっぱいあります。


主はそうならないように すでに教えて下さっていましたが、それを心に留めなかったために失敗しました。


どのような注意点を主が与えたでしょうか?




惑わされないように




【マルコの福音書13章5-6】

そこで、イエスは彼らに話し始められた。「人に惑わされないように気をつけなさい。

わたしの名を名のる者が大ぜい現れ、『私こそそれだ』と言って、多くの人を惑わすでしょう。


「宗教家に惑わされないようにしなさい」 と言われました。


イエス様のことを悪く言って人々を惑わした者たちはみんな宗教家でした。

その者たちが無知な群衆を惑わしました。


自分たちが人を惑わしたのに、反対にイエス様のことを「人を惑わす男だ」とピラトに言いました。


終わりの時も宗教家が人々を惑わして主を裏切るようにします。


祭司長たちは自分たちの利益のために人々を惑わしイエス様を十字架につけました。




心配したり、恐れたりしてはならない




【マルコの福音書13章11節】

彼らに捕らえられ、引き渡されたとき、何と言おうかなどと案じるには及びません。ただ、そのとき自分に示されることを、話しなさい。話すのはあなたがたではなく、聖霊です。

人々は権力を恐れます。

自分のいのちのことも心配します。


それで迫害があると信仰を捨てる人が多いです。

人々は権力を振るう人の前ではおとなしくなり、言われた通りにします。


権力に服従したり妥協する教会や信徒も迫害の時に多くなります。




忍耐しなさい




【マルコの福音書13章13節】

また、わたしの名のために、あなたがたはみなの者に憎まれます。しかし、最後まで耐え忍ぶ人は救われます。


信仰の試練に耐えられないと、主を裏切るようになります。


どんなに善を行っても、隣人を愛しても、真理を行う人は 闇の中で生活する人に憎まれます。

彼らは良いことや愛することに対して攻撃するのではなく、真理に従って生きるので攻撃します。


闇と光は一致することが不可能です。

ですから闇が光を憎みます。


誰かの支持を受ける時もあれば、誰かの憎しみを受けることもあります。

そこで耐えられない人は信仰生活が難しくなります。



終わりの時に、自分の信仰を守りながら、主を愛していくためには、主のことばを心に留め、そのみことばをよく黙想し、神の約束を信じ、日々神様と交わりをすることです。


それを通して霊的力を蓄えることです。

そして神の守りと導きも信じることです。


信仰を守り通すために、日々何をしたら良いかを考えながら忠実に生きましょう。
アーメン (。・ω・)ノ゙


2020.4.5
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神の国とその義とをまず第一に求めなさい

テーマは 『 神の国とその義とをまず第一に求めなさい 』 です

【マタイの福音書6章33節】

だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。

主によって新しく生まれ変わった人が 新しい生き方をするのは当然です。


もし古い生き方をずっと続けている人がいるならば、自分の居場所を確かめないといけないです。

その人はきっと以前と同じ場所にとどまっていると思います。


ですから今までと同じことをしながら生きています。



呪いから祝福、死からいのち、闇から光に移された人は何も言わなくても新しい生き方を始めます。


世の生活がまず第一であった人が、神の国と義を第一に求める人に変わります。

これがすごく大切です。


なぜならその生き方が 神のみこころの中にとどまる生活であるからです。

その人たちは何よりもまず神を知ることを切に求め、神の御心を求めます。


これは古い生き方には存在しなかったことです。



しかし新しく生まれ変わった人は神のみこころをまず第一に求めます。


主のみこころを求めず、自分勝手に生きる時、試練が来ます。


試練からの回復を求めるならば、まず神の国と義を第一に求める生活をしなければならないです。


【ホセア書6章1-3節】

「さあ、主に立ち返ろう。主は私たちを引き裂いたが、また、いやし、私たちを打ったが、また、包んでくださるからだ。

主は二日の後、私たちを生き返らせ、三日目に私たちを立ち上がらせる。私たちは、御前に生きるのだ。

私たちは、知ろう。主を知ることを切に追い求めよう。主は暁の光のように、確かに現れ、大雨のように、私たちのところに来、後の雨のように、地を潤される。」

神の国とその義を第一に求める人たちは、世のことでいつも悩んだり心配したりせず、自分に対する神の目的が何かを求め、その目的に従って生活します。


いつも主のみこころに集中して、御心の中にとどまります。

主のみこころの中にとどまる者が必ず勝利します。



悪魔も彼らを恐れます。

悪魔が彼らを誘惑しても勝利の確率はとても低いです。

彼らが主の御心に集中しているからです。


その心が主だけに向けられ、その耳は主の声だけを聞くからです。



しかし主の御心を第一に求めない人は主が語っても耳を傾けません。

関心がないからです。


神の国とその義とをまず第一に求めて生きる人の告白を聞きます



使徒パウロの告白です。


【ピリピ1章20-21節】

それは私の切なる祈りと願いにかなっています。すなわち、どんな場合にも恥じることなく、いつものように今も大胆に語って、生きるにも死ぬにも私の身によって、キリストがあがめられることです。

私にとっては、生きることはキリスト、死ぬことも益です。




神の国とその義とをまず第一に求めることに失敗した例




人間的な思いで神の計画を止めようとした使徒ペテロに対して主が語ったことばです。


【マタイの福音書16章22-23節】

するとペテロは、イエスを引き寄せて、いさめ始めた。「主よ。神の御恵みがありますように。そんなことが、あなたに起こるはずはありません。」

しかし、イエスは振り向いて、ペテロに言われた。「下がれ。サタン。あなたはわたしの邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」



マリヤとマルタの異なる姿を見て主が語った戒めのことば




【ルカの福音書10章38-42節】

さて、彼らが旅を続けているうち、イエスがある村に入られると、マルタという女が喜んで家にお迎えした。

彼女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。

ところが、マルタは、いろいろともてなしのために気が落ち着かず、みもとに来て言った。「主よ。妹が私だけにおもてなしをさせているのを、何ともお思いにならないのでしょうか。私の手伝いをするように、妹におっしゃってください。」

主は答えて言われた。「マルタ、マルタ。あなたは、いろいろなことを心配して、気を使っています。

しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。」

どうしても必要で良いことは、神の国と神の義を求めることです。


人間の思いが神の思いよりも優先する時には失敗しますが、神の思いを人間の思いよりも優先する時には、必ず良い実を結び、勝利することが出来ます。



自分の好きなことをさせるために 神が人間を造ったのではないです。

神のために人間が生きるように造りました。


その目的をまず知ること、それが人間のすべきことです。
アーメン (・∀・)つ


2020.3.29
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神の足し算

テーマは 『 神の足し算 』 です

【マタイの福音書19章27-29節】

そのとき、ペテロはイエスに答えて言った。「ご覧ください。私たちは、何もかも捨てて、あなたに従ってまいりました。私たちは何がいただけるでしょうか。」

そこで、イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。世が改まって人の子がその栄光の座に着く時、わたしに従って来たあなたがたも十二の座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。

また、わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、あるいは畑を捨てた者はすべて、その幾倍もを受け、また永遠のいのちを受け継ぎます。

先週は神の引き算について学びました。

私たちの中から肉のものを取り除く神の引き算は、私たちを祝福するためのものであることを学びました。


神は引き算の後に、足し算を始めます。

どのような足し算をなさるのかを今回は見たいと思います。



本文でペテロは「私たちは、何もかも捨てて、あなたに従ってまいりました。私たちは何がいただけるでしょうか。」と質問しました。


弟子たちは未来の保証と何らかの報いが欲しかったです。

何も得るものがないならば、悲惨な人生になりますね。


主は彼らに明確に何が与えられるかを語って下さいました。



神が私たちに与えて下さるのが “神の足し算” です。

神が下さらないと得られないものが色々あります。


ですから、引き算をする神は 足し算もします。


質問を受けた主は、弟子たちに未来の保証になることばを明確に語りました。


どのようなものが与えられるのかを見たいと思います。

神の足し算の内容です。




人の子が栄光の座に着く時、彼らも十二の座に着いて、イスラエルの十二部族をさばく




弟子たちはこの時、これを霊的に考えたのではなく、世的に考えました。

すなわち主が イスラエルの王になった時に、自分たちも良い地位に就くと思っていたでしょう。


しかし主が与えるものは はるかに価値あるものでした。


主の最後のさばきの時に従って来た者たちも、裁判官としての権威と役割を与えると約束しました。

さばかれる立場ではなく、裁く立場です。


自分たちを苦しめ、迫害した者たちを立場が変わってさばくことは何と素晴らしいことでしょうか。


【ルカの福音書22章28-30節】

けれども、あなたがたこそ、わたしのさまざまの試練の時にも、わたしについて来てくれた人たちです。

わたしの父がわたしに王権を与えてくださったように、わたしもあなたがたに王権を与えます。

それであなたがたは、わたしの国でわたしの食卓に着いて食事をし、王座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。

【第1コリント6章2節】

あなたがたは、聖徒が世界をさばくようになることを知らないのですか。世界があなたがたによってさばかれるはずなのに、あなたがたは、ごく小さな事件さえもさばく力がないのですか。

【ヨハネの黙示録2章26-27節】

勝利を得る者、また最後までわたしのわざを守る者には、諸国の民を支配する権威を与えよう。

彼は、鉄の杖をもって土の器を打ち砕くようにして彼らを治める。わたし自身が父から支配の権威を受けているのと同じである。



世のものも豊かに祝福して下さる




捨てた者はその幾倍をも受けると約束しました。

別の福音書のことばにもあります。


【マルコの福音書10章29-30節】

イエスは言われた。「まことに、あなたがたに告げます。わたしのために、また福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子、畑を捨てた者で、

その百倍を受けない者はありません。今のこの時代には、家、兄弟、姉妹、母、子、畑を迫害の中で受け、後の世では永遠のいのちを受けます。

“幾倍” も “百倍” も満ち溢れることを意味します。

この祝福は迫害と共に受けます。


ものやお金があり余ることが満ち溢れることではないです。


必要なものが必要な時に与えられることが満ち足りる祝福です。


【ピリピ4章17-18節】

私は贈り物を求めているのではありません。私のほしいのは、あなたがたの収支を償わせて余りある霊的祝福なのです。

私は、すべての物を受けて、満ちあふれています。エパフロデトからあなたがたの贈り物を受けたので、満ち足りています。それは香ばしいかおりであって、神が喜んで受けてくださる供え物です。



永遠のいのち



永遠のいのちは神の御国で生きるために得るものですから、御国を相続する祝福もあります。


自分のいのちを捨てた時に、神はそこに永遠のいのちを注ぎます。


物質よりも はるかに価値ある永遠のいのち、神の足し算で最高のものです。


人間が罪を犯して失ってしまった永遠のいのちを 神を信じる者、主のためにいのちを捨てた者たちに与えて下さいます。


【ローマ2章7-8節】

忍耐をもって善を行い、栄光と誉れと不滅のものとを求める者には、永遠のいのちを与え、

党派心を持ち、真理に従わないで不義に従う者には、怒りと憤りを下されるのです。

【マタイの福音書18章9節】

また、もし、あなたの一方の目が、あなたをつまずかせるなら、それをえぐり出して捨てなさい。片目でいのちに入るほうが、両目そろっていて燃えるゲヘナに投げ入れられるよりは、あなたにとってよいことです。

永遠のいのちは神の国に入る者に与えられます。



永遠のいのちがない人は永遠の死がある地獄に行きます。

地獄ほど悲惨な場所はないです。


そこに行った人たちが一番欲しがるものは何でしょうか?

永遠のいのちだと思います。



神はもっとも大切なものを迫害されても信じて従う者たちに与えて下さいます。


神の足し算の中にあるものはすべて私たちにとって最も価値あり大切なものです。


価値のない小さいものが与えられていないからと言ってつぶやく人は愚かな人です。

無知な人であり、神のみこころを知らない人です。


最も大切なものを先に受け取らないといけないです。


他のものは神が必要に応じて、必要な時に与えて下さるので忍耐して待つことです。
アーメン ( ・Д・)


2020.2.2
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神の引き算

テーマは 『 神の引き算 』 です

【マタイの福音書19章29節】

また、わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、あるいは畑を捨てた者はすべて、その幾倍もを受け、また永遠のいのちを受け継ぎます。

神は私たちのたましいを救い、私たちを神の人として立てるために 人生の荒野に追いやって そこで厳しい訓練をします。


神の訓練の中で 神がまずなさることが “引き算” です。


引き算はそのことば通りに自分の人生で引き算を始めます。

私たちから一つ一つ引きます。


本文にあるように、人々から家、兄弟、姉妹、父、母、子、財産などの引き算を始めます。


実際に聖書の人物で神がどのような引き算をしたのかを見たいと思います。




アブラハムの場合




神が彼の人生に現れて語ったことばです。


【創世記12章1節】

主はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。

まず彼から故郷、親戚を引きました。


22章ではさらに大きな引き算をしました。

それは「愛する息子イサクをささげなさい」ということばでした。


彼から息子の引き算をしました。


アブラハムはそれに抵抗せずに神の引き算に従いました。


それによって神に用いられる人物になりました。




ヨセフの場合




神はヨセフに神の素晴らしい計画があることを早くから教えました。


神はその計画のために彼の人生から引き算を始めました。

愛する母が彼の人生から引かれました。


父の愛を受けましたが、妬みをもった兄弟たちによって 今度は愛する父から引き離されました。

それによって父が引き算されました。


犯罪人でもないのに犯罪人にされて、人々からも引き離されました。

頼れる人はだれもいなくなりました。




ヨブの場合




ヨブは一番の大金持ちで子宝に恵まれていました。


彼の人生から まず引き算されたのが財産でした。

すべてが引かれました。


次には子ども全員を引きました。

その後にヨブの健康を引きました。


この他にも神に用いられたすべての人物に 神は引き算をしました。




神が引き算をする理由




神が引き算をする理由は何でしょうか?


肉の物を取り除くためです。

肉の物は聖霊に敵対するからです。


また自分の計画ではなく、主の計画の人生を生きるようにするためでした。


聖霊に満たすため

神だけに信頼する者にするため

神の働きをさせるため

神を恐れ、神を一番愛する者にするため

神を知る者にするため


信仰の人、神の人にするためでした。


【ヨブ記23章10節】

しかし、神は、私の行く道を知っておられる。神は私を調べられる。私は金のように、出て来る。

アーメン (。・ω・)ノ゙


2020.1.26
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聖徒の霊的戦い

テーマは 『 聖徒の霊的戦い 』 です

【マタイの福音書11章12節】

バプテスマのヨハネの日以来今日まで、天の御国は激しく攻められています。そして、激しく攻める者たちがそれを奪い取っています。

1人の魂が救われて神の国に入るまでは様々な霊的戦いがあります。

それを知っている人もいれば、知らない人もいます。


エジプト(この世)で奴隷生活をした選民イスラエルの人々が そこから救い出され約束の地カナンに入るまでは様々な戦いがありました。


その過程を見て私たちが神に救われ、神の国に入るまでもそれと似た霊的戦いがずっとあることを知らなければなりません。

どのような霊的戦いがあるのかを学びたいと思います。





まずは みことばで霊的戦いがあることを教えました。


【エペソ6章10-13節】

終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。

悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。

私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。

ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。

聖徒たちは神から力を受け、神の武具を取り、主にあって戦う時にだけ勝利することが出来ます。


これが戦う時の基本姿勢です。

基本姿勢もない中での戦いは無謀な戦いになります。


そしてすべての戦いは主の戦いであることも知らないといけないです。


【第2歴代誌20章15節】

彼は言った。「ユダのすべての人々とエルサレムの住民およびヨシャパテ王よ。よく聞きなさい。主はあなたがたにこう仰せられます。『あなたがたはこのおびただしい大軍のゆえに恐れてはならない。気落ちしてはならない。この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いであるから。



サタンとの霊的戦い




サタンとの霊的戦いがあります。

血肉の戦いではなく、霊的存在であるサタンとの霊的戦いがあります。


サタンは信じる者を絶えず攻撃するので油断せずに戦わないといけないです。


【ヤコブ4章7節】

ですから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。

サタンのえじきにならないために、サタンに立ち向かわないといけないです。




この世との戦い




この世との戦いがあります。


【第1ヨハネ2章15節】

世をも、世にあるものをも、愛してはなりません。もしだれでも世を愛しているなら、その人のうちに御父を愛する愛はありません。



自分との戦い




自分の古い自我との戦いがあります。


【エペソ4章22節】

その教えとは、あなたがたの以前の生活について言うならば、人を欺く情欲によって滅びて行く古い人を脱ぎ捨てるべきこと、

霊的戦いに勝利しないと霊的成長はもちろんありませんし、反対に信仰も衰退します。

再びサタンの前に無力な者になってしまいます。


ですから必ず勝利しないといけないです。
アーメン ( ̄‥ ̄)=3


2019.12.8
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いのちをかけた決断

テーマは 『 いのちをかけた決断 』 です

【マタイの福音書16章25-26節】

いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者は、それを見いだすのです。

人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう。

白血病新薬の一回当たりの価格が、3,350万円という高額であることが分かりました。


アメリカでは一回当たり5,000万円とさらに高額でした。

一回で完全に治るわけでもないですが。


そのことを考えると病気になった時に、初めていのちの価値がどれほど高いかが分かります。

永遠のいのちでもなく、限られたいのちなのに、いのちをちょっと伸ばすだけでもたくさんのお金を払わなければなりません。


ましてや永遠のいのちになると どうなるでしょうか。


本文では いのちをかけた決断によって、ある人はいのちを得、ある人はいのちを失ったことを語っています。

自分の決断によって、良い結果と悪い結果が出てきます。


自分のいのちのために永遠のいのちを手放した人、永遠のいのちのために自分のいのちを手放した人、人のためにいのちを懸けた決断をした人たちもいます。


聖書の中で、いのちが懸かった瞬間に 人々がどのような決断をしたのかを見て、自分ならばどのような決断をするのかを考えてみましょう。




愚かな決断をした人たち
(いのちを失った)




●アダムとエバ

サタンの嘘に騙され、誘惑に負け、神の命令に逆らって愚かな決断をしたために いのちを失いました


【創世記3章13節】

そこで、神である主は女に仰せられた。「あなたは、いったいなんということをしたのか。」女は答えた。「蛇が私を惑わしたのです。それで私は食べたのです。」

●金持ちの青年

永遠のいのちを得るチャンスが来たのに、財産を手放すことが出来ず、財産を選ぶ決断をしたために永遠のいのちを失いました


【ルカの福音書18章23-25節】

すると彼は、これを聞いて、非常に悲しんだ。たいへんな金持ちだったからである。

イエスは彼を見てこう言われた。「裕福な者が神の国に入ることは、何とむずかしいことでしょう。

金持ちが神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい。」

●イスカリオテ・ユダ

お金欲しさにイエス様を売る決断をして、肉体のいのちも永遠のいのちも失いました


【マタイの福音書26章14-16節】

そのとき、十二弟子のひとりで、イスカリオテ・ユダという者が、祭司長たちのところへ行って、

こう言った。「彼をあなたがたに売るとしたら、いったいいくらくれますか。」すると、彼らは銀貨三十枚を彼に支払った。

そのときから、彼はイエスを引き渡す機会をねらっていた。



正しい決断をした人たち
(いのちを得た)




●アブラハム

目に入れても痛くない息子イサクを、主の命令に従ってささげる決断をしました


その結果、息子のいのちを取り戻すことが出来ました。


【創世記22章9節】

ふたりは神がアブラハムに告げられた場所に着き、アブラハムはその所に祭壇を築いた。そうしてたきぎを並べ、自分の子イサクを縛り、祭壇の上のたきぎの上に置いた。

●ペテロや他の弟子、パウロ

死の連続の迫害の中でも、いのちをかけて福音を伝える決断をしました


殉教することも恐れず、彼らは主から永遠のいのちを得ることを信じていたので 主のためにいのちを捨てました。


【ピリピ1章20-21節】

それは私の切なる祈りと願いにかなっています。すなわち、どんな場合にも恥じることなく、いつものように今も大胆に語って、生きるにも死ぬにも私の身によって、キリストがあがめられることです。

私にとっては、生きることはキリスト、死ぬことも益です。



人のためにいのちをかける決断をした人たち
(人を助けた)




●エステル

同族がハマンの陰謀によって虐殺されることを知り、いのちを懸けて王の前に出ました


その結果、同族を虐殺から救い出しました。


【エステル記4章16節】

「行って、シュシャンにいるユダヤ人をみな集め、私のために断食をしてください。三日三晩、食べたり飲んだりしないように。私も、私の侍女たちも、同じように断食をしましょう。たとい法令にそむいても私は王のところへまいります。私は、死ななければならないのでしたら、死にます。」

●エパフロデト

パウロの窮乏の時、助けに行き、死ぬほどの病気にかかりましたが、その中でも忠実に仕えた人でした


【ピリピ2章30節】

なぜなら、彼は、キリストの仕事のために、いのちの危険を冒して死ぬばかりになったからです。彼は私に対して、あなたがたが私に仕えることのできなかった分を果たそうとしたのです。

アーメン (・∀・)つ


2019.5.19
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良い実を結んでいますか

テーマは 『 良い実を結んでいますか 』 です

【マタイの福音書25章35-40節】

あなたがたは、わたしが空腹であったとき、わたしに食べる物を与え、わたしが渇いたとき、わたしに飲ませ、わたしが旅人であったとき、わたしに宿を貸し、

わたしが裸のとき、わたしに着る物を与え、わたしが病気をしたとき、わたしを見舞い、わたしが牢にいたとき、わたしをたずねてくれたからです。』

すると、その正しい人たちは、答えて言います。『主よ。いつ、私たちは、あなたが空腹なのを見て、食べる物を差し上げ、渇いておられるのを見て、飲ませてあげましたか。

いつ、あなたが旅をしておられるときに、泊まらせてあげ、裸なのを見て、着る物を差し上げましたか。

また、いつ、私たちは、あなたのご病気やあなたが牢におられるのを見て、おたずねしましたか。』

すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。』

神様が喜ぶ良い実を結ぶ人もいれば、良い実を結ぶこともなく無駄な人生を生きる人もいます。


今日のことばに出て来る人たちは、自分たちは気付いていなかったですが、主が見た時に、良い実がたくさん結ばれていて、そのことを主は喜んで下さいました。


この人たちは 良い実を結ぼうと頑張ったわけでもないです。

普段の生活の中で、その実は結ばれていました。



普段どのような生活をして、主に喜ばれる良い実が結ばれていったのでしょうか?


その人たちは感謝が習慣化された人たちであると思います。


感謝の習慣化は、自分より もっと苦しんでいる人、また困難な中で生きる隣人に目を向け、その人たちと共に生きようとする姿勢を持ってないと出来ないからです。



つぶやきと不平が習慣化された人は、いつも他人と比べて 妬みや嫉妬心を持っているので、そこから憎しみや つぶやきが始まります。


そこに “感謝” は存在しません。

感謝がないところに 良い実が結ばれないのは当たり前です。


感謝が習慣化された人たちは どのような生活をしているでしょうか?

本文から その生活を知ることが出来ます。




感謝が習慣化された生活




まずは困っている人たちを助けました。


空腹な人に食べ物を与え、渇いた者に飲ませ、裸の者に着る物を与えました。


“自分さえ良ければ” と思うのではなく、他人の苦しみに共感する姿勢があり、手を差し伸べて その人に必要なものを与えました。

このことは主に喜ばれることです。「それは わたしにしたことだ」 と主から言われました。



そして苦しんでいる人を見て、励ましと慰めを与える生活をしていました。

病気の人や牢の中にいる人たちを訪ねて 励まし、慰めを与えました。


精神的に苦しんでいる人たち、肉体的に苦しんでいる人たちは気落ちして絶望的になることが多いです。

その人たちにとって温かい言葉一つが、どれほど力や希望になるか分かりません。


このようなことを いつもやっている人は感謝の心を持っている人です。



そして、いつも誰かのために とりなしをする人たちも 良い実を結んでいます。


時間はいのちです。

ですから誰かのために とりなしをしていることは、その人に自分のいのちの時間を与えていることになります。


愛の心、感謝の心がないと自発的に誰かのために祈ることは出来ないです。



このように、日々の生活のなかで、いつもやっている小さいことが 主に喜ばれ、主に覚えられ、主はそれを良い実として認めて下さるのです。


そして 報いとして御国に導き入れ、永遠のいのちも与えると約束して下さいました。


あまりにも小さいことなので、本人もあまり覚えてないことでも 主はすべて覚えておられ、そして報いて下さいます。


自分たちの普段の生活はどうでしょうか。

何に関心があり、何をやっているでしょうか?


そこに 主に喜ばれる良い実がありますか。
アーメン .。゚+.(・∀・)゚+.゚


2018.11.25
収穫感謝礼拝メッセージ

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こんな時は聖書のどこを読めば良いの?
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なぜ広い道を歩くクリスチャンがいるのか

テーマは 『 なぜ広い道を歩くクリスチャンがいるのか 』 です

【マタイの福音書7章13-14節】

狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者は多いのです。

いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。

今日はイエス様を信じると言いながらも、広い道を歩くクリスチャンの話をしたいと思います。


イエス様に従う道は いのちの道です。


そして、その “いのちの道は狭い” と言われました。

ですからクリスチャンであるならば、そのことばを当然知っています。


しかし問題は 教会に通いながらも、狭い道には行かず、広い道を歩く人が多いです。

広い道は滅びと死の道なので、その道を歩くことは不幸なことです。



なぜそのような不幸を自ら招きますか?

ある人たちは、自分がその広い道を歩いているのに、狭い道を歩いていると勘違いしています。


なぜ広い道を歩いているのか、その原因と解決策を伝えたいと思います。




広い道を歩く原因




自分のたましいが 不信仰と罪の習性、闇のわざを喜ぶことに慣れているのが原因です。


長い間慣れ親しんだものが身についているので、そちらの道を歩くことが楽で慣れています。


たとえば悪口、陰口、人への非難や裁くことに慣れている人は イエス様を信じても、口を開いたら相変わらず同じことばが口から出てきます。


傲慢なことばを平気に口から出して人を傷つけ、人との間に争いを起こします。

その習性を直してないならば、自然と出てきます。


【ヤコブ3章9-10節】

私たちは、舌をもって、主であり父である方をほめたたえ、同じ舌をもって、神にかたどって造られた人をのろいます。

賛美とのろいが同じ口から出て来るのです。私の兄弟たち。このようなことは、あってはなりません。

いのちの道を、主と共に歩みながら、主が聞いている前で、いつも人の悪口が言えるでしょうか。


広い道を滅びる人と共に歩いているので、平気に他人の悪口、裁くことばが出てきます。

悪い行動も同じパターンだと思います。



昔、韓国に有名な金ユシンという将軍がいました。

ある時、その将軍は馬の上で眠ってしまいました。


目を覚ましてみると 自宅ではなく、キセン(芸者)の家でした。

それでその将軍は、自分が愛した馬の首をはねました。

いつもそこに通っていたので馬が覚えていました。


しかし将軍は馬の行動で、自分の罪の習性の深刻さに気づきました。



滅びに至る道はとても広いです。

明るく、にぎやかに見えます。


多くのサタンの使いたちが、人々の心を惹きつける魅力的なものを並べて肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢などを引き寄せています。


しかしその道は、深く入れば入るほど 中は狭く、暗く、そして息苦しくなります。


私たちの古い人は、死の道を歩むことに慣れているので、何も感じずにその道を選び、平気にその道を歩きます。


今は分からなくても後に自分が歩んでいる道が死の道であることに気づくでしょう。

気づかない人も大勢います。



終わりの時代は、教会の中で 広い道を歩く人が狭い道、いのちの道を歩く人に悪口を言い、裁きます。高慢だからです。


いま誰かをさばいている人は、自分の間違いに気づく必要があります。


その人は広い道を歩いています。




広い道から離れ、いのちの道に戻るための解決策




広い道、死の道を歩くことに慣れている自分自身の罪の習性を殺すことです。

そして、いのちの道を歩く新しい習性を身に着けることです。


偉大な使徒・パウロも、自分自身を絶えず訓練して 新しい習性を身に着けました。


【第1コリント9章27節】

私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです。

【ガラテヤ2章20節】

私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。

【ガラテヤ5章24節】

キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。


狭い道、いのちの道は主が歩んだ道でした。

そしてこのように言われました。


【マタイの福音書16章24節】

だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。

狭い道は、最初は狭くて険しく見えても、その中は広く、自由があり、平安と喜びがあります。いのちがあります。


クリスチャン生活がしんどいと思う人は、今も自分が肉の中にとどまっているからです。

教会に通いながらも広い道を歩いているからです。


いまも罪の習性に慣れていて、みことばの自由を味わってないからです。

主と共に歩む生活ではなく、形だけの信仰生活をしているからです。


みなさんはどの門を開いて、中に入りますか。
(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?


2018.10.28
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マタイの人生

テーマは 『 マタイの人生 』 です

【マタイの福音書9章9-13節】

イエスは、そこを去って道を通りながら、収税所にすわっているマタイという人をご覧になって、「わたしについて来なさい」と言われた。すると彼は立ち上がって、イエスに従った。

イエスが家で食事の席に着いておられるとき、見よ、取税人や罪人が大ぜい来て、イエスやその弟子たちといっしょに食卓に着いていた。

すると、これを見たパリサイ人たちが、イエスの弟子たちに言った。「なぜ、あなたがたの先生は、取税人や罪人といっしょに食事をするのですか。」

イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。

『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない』とはどういう意味か、行って学んで来なさい。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」

マタイは、イエス様の十二弟子の1人です。

十二弟子の名前が10章に出てきますが、マタイの名前の前には “取税人” と書かれてあります。


イエス様が彼を見つけた場所が 収税所だったので、彼の職業が何かは分かったと思います。


今回は、イエス様に出会って彼の人生がどのように変わっていったのかを学びたいと思います。

主に出会った人は誰もが変わります。




収税所で働いていたマタイ




収税所は、今でいう税務署のことです。

今なら税務署で働くのは公務員で 別に何の問題もないですが、マタイが生きていた時代は全然違っていました。


ローマの支配下にいて、税金を民から取りたてる仕事ですが、民から多めに取って横領していた者が多かったので、民から憎まれ、“罪人のかしら” と さげすまれました。


民の血を吸いとる悪人だと、人々から非難されており、
とにかく取税人に対しては、色々と悪く言うことばがたくさんありました。


そのことを聞いていても取税人はお金を集めることに熱心であったので、金持ちが多かったです。




イエスに従ったマタイ




いつものようにマタイが仕事している時に、目の前にイエスという方が来られ、
マタイに向かって突然「わたしについて来なさい。」と言われました。


イエス様のこのことばは、彼を招待することばでした。

イエス様に招待されたことは、メシヤに招待されたことを意味します。



なぜマタイを招待したでしょうか?

もちろん彼を救い、弟子にするためでした。


人間の基準からは一番不適格な人かもしれません。

しかし、あえて主は彼を選びました。


マタイという人物がどんな人であれ、イエス様にはまったく問題にならないです。


主は ありのままの彼を使うのではなく、訓練して福音と救いのために、人に仕える偉大な働きをさせるために選びました。


マタイはイエス様の招待にすぐ立ち上がってついて行きました。

ついて行ったところには取税人や罪人たちが大勢招待されて集まっていました。



彼がイエス様の招待に応じたことは、イエス様を受け入れたことを意味します。

イエス様は次のように語ったことがありました。


【マタイの福音書8章20節】

狐には穴があり、空の鳥には巣があるが、人の子には枕する所もありません。

ですから イエス様に従っても、この世で成功したり、贅沢に暮らしたり、権力を得るわけでもないです。



彼がついて行ったのは、イエス様がメシヤ(救い主)であったからです。

マタイは次のように従ったことを記録してあります。


【ルカの福音書5章28節】

何もかも捨て、立ち上がってイエスに従った。

大きな決断をしてついて行きました。

家に帰って家族と相談したならば、主の弟子になることはなかったと思います。



イエス様は 今も「来なさい」と言われます。


【ヨハネの福音書6章37節】

父がわたしにお与えになる者はみな、わたしのところに来ます。そしてわたしのところに来る者を、わたしは決して捨てません。




医者に出会ったマタイ




食事に招待されてない自分のことを信仰深くて敬虔と思っているパリサイ人たちは、イエス様が罪人と取税人と一緒に食事している様子を見て、弟子たちに質問しました。


「なぜあなたがたの先生は、取税人や罪人と一緒に食事をするのですか」

それを聞いて主はこのように言いました。


「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。」と言われました。


マタイは体が病気ということではないです。

しかし、心は病んでいました。



マタイの生涯には、イエス様のような方が必要でした。


イエス様は自分を必要とする人の所を訪ねます。


絶望がある所、嵐が起こる所、嘆きが聞こえて来る所、そこで声を掛けます。


【マタイの福音書11章28-29節】

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。

わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。


罪人たちは、だれもが深刻な病気にかかっています。


罪人たちを招いて癒し、救うためにイエス様は来て下さいました。


イエス様に出会うと、なぜ心に平安がありますか?

心の病気が癒されるからです。



収税所に座っていた時のマタイには 心の平安はありませんでした。

自分のことを見る人々の視線は まるで悪人を見るような目でしたから。


聞こえてくることばも悪口や非難しかありませんでした。


彼自身も悪いことをしている自覚はありました。

でもお金を簡単に手放すことは出来ませんでした。



しかし イエス様に出会い、主の招きを受けた時に彼は自分の人生が変わると感じました。


それがなかったならば、何もかも捨てて従うことは出来ません。

マタイは魂が救われ、心が癒されました。


そして十二弟子の1人として任命された彼は、新しく生まれ変わった人生を歩み始めました。

主の弟子として主と共に歩む人生になりました。


主に出会ったことが 彼の人生の中で、一番良かったことだと思います。

マタイの福音書は もちろんマタイが書きました。


マタイは使徒として立派に働き、選んで下さった主を喜ばせました。
ハレルヤ .。゚+.(・∀・)゚+.゚


2018.10.7
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