テーマは 『 復活も主のことば通りに 』 です

【ヨハネの福音書10章17-18節】

わたしが自分のいのちを再び得るために自分のいのちを捨てるからこそ、父はわたしを愛してくださいます。

だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。わたしはこの命令をわたしの父から受けたのです。」

この言葉が話された時は、まだ何も始まっていませんでした。

ですから、この言葉を理解する者は誰もいませんでした。


聞いた多くの者が「あれは悪霊につかれて気が狂っている」と言いました。

私たちも同じことを言ったと思います。


しかし十字架の死と復活を知ってから、その意味が分かりました。



イエス様の死も、自発的なものでなかったならば、その死で人類を救うことは出来ませんでした。


父のみこころを知り、自発的に従ったので、人類を救うための十字架の死を遂げました。

そして その死は、新しいいのちの始まりのためでした。


すなわち ご自分の死は、罪の中で滅びるしかない人間に 救いの恵みを与え、自分自身が栄光の体で復活したことは信徒たちに永遠のいのちの保証を与えるためでした。



【第1コリント15章12-16節】

ところで、キリストは死者の中から復活された、と宣べ伝えているのなら、どうして、あなたがたの中に、死者の復活はない、と言っている人がいるのですか。

もし、死者の復活がないのなら、キリストも復活されなかったでしょう。

そして、キリストが復活されなかったのなら、私たちの宣教は実質のないものになり、あなたがたの信仰も実質のないものになるのです。

それどころか、私たちは神について偽証をした者ということになります。なぜなら、もしもかりに、死者の復活はないとしたら、神はキリストをよみがえらせなかったはずですが、私たちは神がキリストをよみがえらせた、と言って神に逆らう証言をしたからです。

もし、死者がよみがえらないのなら、キリストもよみがえらなかったでしょう。

“死からよみがえる” と主から聞いても信じなかった弟子たちは、自分たちの目でよみがえった主を見てからは皆が証人になり、復活を大胆に伝える者になりました。


福音の中で主の復活が もしないならば、いのちのないものになり、それを伝える人たちも一番哀れな者たちです。

なぜなら、死んで裁かれて終わるという希望のないものになるからです。


主は死から栄光の体によみがえりました。

主にあって死ぬ者たちも栄光の体によみがえる望みがあります。


これこそが最高の望みです。
アーメン .。゚+.(・∀・)゚+.゚


2019.4.21
イースター礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会



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