テーマは 『 聖徒が取るべき態度 』 です

【ヤコブ4章7ー8節】

ですから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。

神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます。罪ある人たち。手を洗いきよめなさい。二心の人たち。心を清くしなさい。



1.神に対して




・神に従いなさい (ヤコブ4章7節)

神に従うことは神の恵みにふさわしく生きることです。

従うことは、神の前にへりくだり 心と思いと力を尽くして神の言葉に服従し、神の摂理に自分自身を完全にゆだねることです。


【第1ペテロ5章6節】

ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。

・神に近づきなさい (ヤコブ4章8節)

神に背を向けて この世を愛し、この世と仲良くして神との距離が離れている人には、そこにいつまでもとどまらず、方向を変えて神に近づくことを勧めます。


恵みも救いも永遠の命も天国も すべて神が持ってあります。

それが欲しいならば、神に近づかなければなりません。


“今は何も生活に不自由がないし満足しているし、神は別に要らない” という人は、この世を離れる時には一番哀れな人です。


(地上を離れる時は)何一つこの世から持ち出せないことを知らなければなりません。


その時、慌てて神を求めても助かることはありません。
救われるチャンスはもうないです。

そこから人生最大の後悔と苦しみが始まります。

私たちは、生きているうちに私たちを招いておられる神に近づかなければなりません。


神様のことがよく分からないと言う人がいます。

それは 切に求めていなく、近づかないので分からないのです。


神は必ず求める者にご自身を現わし、近づく者に近づいて下さる方です。

神が近づくということは、祝福と恵みを与えることを意味します。


【第2歴代誌15章1ー2節】

すると、神の霊がオデデの子アザルヤの上に臨んだ。

そこで、彼はアサの前に出て行き、彼に言った。「アサおよび、すべてユダとベニヤミンの人々よ。私の言うことを聞きなさい。あなたがたが主とともにいる間は、主はあなたがたとともにおられます。もし、あなたがたがこの方を求めるなら、あなたがたにご自身を示してくださいます。もし、あなたがたがこの方を捨て去るなら、この方はあなたがたを捨ててしまわれます。



2.悪魔に対して




・悪魔に立ち向かいなさい (ヤコブ4章7節)

悪魔の姿は、映画に出てくるような恐ろしい怪物だと思うなら、皆さんは悪魔に立ち向かうことを諦めて逃げるでしょう。

それなら私でも怖くて逃げます。


しかし実際は そんなものではないです。

悪魔を恐れて逃げるならば どこまでもついて来ますが、敵対するならば悪魔が避けて行きます。


私たちが悪魔を恐れる必要がないのは、私たちを罪から贖って下さったイエス・キリストの名を使う権限が私たちにあるからです。


ですから悪魔と戦うためには、いつも神に近づきながらイエス・キリストの名には悪魔を追い出す力があることを認めて、その名を信頼することです。


悪魔と戦うためには、悪魔がどこでどのように働いているかをまず突き止めることです。


空中に向かって、「悪魔よ、出て行け」 と言うのではないです。

悪魔は人間の中に目立たないように密かに働きます。


自分の姿がバレないように働くのが 悪魔の巧妙なやり方です。


  1. まずは人の中に欲望を入れる
  2. 欲望を通して私たちに影響を与える
  3. 肉的な欲望の中に 悪魔は様々な衝動を入れる
  4. 物を見ると買いたくなる衝動、女を見ると情欲の衝動を起こさせる
  5. 怒り、憎しみ、敵意、争いなどの衝動を入れ、それを巧みに操る

【ヤコブ4章1節】

何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか。

戦う欲望によって人々と戦い、どれだけ多くの人命が犠牲になり、また戦った人たちの人生もダメになったか分かりません。


本来ならば、悪魔と戦わなければならないのに、悪魔は人間の中に戦う欲望を入れて、それを他人に向けさせて悪魔自身は何もせず、人間同士を戦わせて互いに滅ぼされるようにします。


人間はいつもこれに騙されています。


ですから神は、あなたが戦う相手は人間ではなく、あなたの中にある悪魔、相手の中にある悪魔であることを知って正しく戦いなさいと教えています。

悪魔こそ私たちの敵です。


【第1ペテロ5章8ー9節】

身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。

堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。

【エペソ4章27節】

悪魔に機会を与えないようにしなさい。

自分たちの中で悪魔が働くチャンスを与えないようにすることです。


怒ったり争ったり自分で復讐したりすることは、悪魔に機会を与えることになります。

私たちが悪魔に機会を与えると、悪魔が働いて実を結びますが、その実を刈り取ってひどい目に遭うのは私たちです。


ですから騙されてはいけないです。


自分の中に様々な欲望を抑えられなくなった時には、いま自分の中に悪魔が強く働いていることをすぐ悟って 悪魔に立ち向かって戦うことです。


すると悪魔は自分の正体がばれたので働くことが出来ず追い出されます。


追い出さないと自分が悪魔に支配されて悪魔の思い通りに従うようになります。




3.罪に対して




【ヤコブ4章8節】

罪ある人たち。手を洗いきよめなさい。二心の人たち。心を清くしなさい。

罪ある人と 二心の人とは、別々の人のことを言うのではなく、同じ人の中にある 心と行動です。

自分の欲望のままに生きていることが罪ある生活ですし、二心は 神とこの世を行ったり来たりする生活のことです。


手を洗いきよめることは、儀式的な面で汚いものを洗うことを意味します。


罪は汚いものであり、決して綺麗なものではないです。
それは洗わないといけないものです。


自分の現在の罪の生活を悔い改め、具体的に神を信じる者としての生活を見せないといけないです。

悔い改めの実を結ぶことが手を洗ったことになります。


そして心を清くすることは、心の問題のことで霊的姦淫の罪を捨てることです。


神を愛するか世を愛するかをハッキリさせることです。


さまようことをやめて 神を見上げる生活をしないと神に近づくことは出来ません。


世を愛して妥協しながら神を求めても そこには距離があります。

しかし清さと聖潔を求めながら神に近づくと神もその人に近づいて下さいます。


【ローマ13章14節】

主イエス・キリストを着なさい。肉の欲のために心を用いてはいけません。

【第1ヨハネ2章16ー17節】

すべての世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢などは、御父から出たものではなく、この世から出たものだからです。

世と世の欲は滅び去ります。しかし、神のみこころを行う者は、いつまでもながらえます。

このように悪魔には敵対し、罪を避け、神に近づくことが聖徒の取るべき態度です。

神は明確に私たちに教えて下さいました。


ですから、“分からないから出来ない” というのは ただの言い訳です。


みことばをしっかり受け止め、聖霊の助けを求めながら聖徒らしくいきましょう。
(・◇・)ゞ

2016.6.5
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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