テーマは 『 忠実なしもべと悪いしもべ 』 です

【マタイの福音書24章44-51節】

だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。

主人から、その家のしもべたちを任されて、食事時には彼らに食事をきちんと与えるような忠実な賢いしもべとは、いったいだれでしょう。

主人が帰って来たときに、そのようにしているのを見られるしもべは幸いです。

まことに、あなたがたに告げます。その主人は彼に自分の全財産を任せるようになります。

ところが、それが悪いしもべで、『主人はまだまだ帰るまい』と心の中で思い、

その仲間を打ちたたき、酒飲みたちと飲んだり食べたりし始めていると、

そのしもべの主人は、思いがけない日の思わぬ時間に帰って来ます。

そして、彼をきびしく罰して、その報いを偽善者たちと同じにするに違いありません。しもべはそこで泣いて歯ぎしりするのです。

12月は、この1年間を振り返り 感謝することには感謝し、反省することには反省しながら、1年間の歩みの整理整頓をする時です。

生活面だけではなく、信仰生活も反省が必要です。


今回は、主のしもべとしての1年がどのようであったかを振り返りながら、反省すべきものは反省し、新たな歩みをしたいと思います。


信じる者は皆 主に仕えるしもべです。

自分たちの魂を永遠の滅びから救い出して下さった主に仕えるのは当然のことです。


それも、“感謝と喜びを持って仕える” のが当然ですが、果たしてそのように生きているかどうかは1人1人 反省が必要だと思います。

本文は 同じしもべなのに、忠実なしもべもいれば 悪いしもべもいることを示しています。


そして彼らが受ける報いも全く違うことを教えています。


この1年間、自分はどのようなしもべとして仕えたのかを考えてみましょう。




忠実なしもべとはどのような人で、どのような報いを受けるのか




忠実なしもべは、時を知って用心しています。


自分が終わりの時に、選ばれたしもべであることを知り、主人の帰りを待ちながら、時間を無駄にせず、その時間にすべきことをします。


いつ主人が帰ってきても良いように、目を覚まして迎える準備をしています。

毎日毎日 主の帰りを待ち望んでいるので、その目と耳はいつも開かれています。


「主よ。早く来ないで下さい」ではなく、「主よ。早く来て下さい」と 主の再臨が1番の関心事であり、その日を待ち望んでいます。


また忠実なしもべは、任されたしもべたちに食事の時にはきちんと食事を与え、教会という共同体のために、最善の労苦と奉仕を惜しまない謙遜な働き人です。

神からの使命をないがしろにせず、心と力を尽くして従順します。


彼らの労苦と犠牲があるから 教会共同体が生きて動きます。
彼らの汗は神の汗です。

忠実なしもべは、自分だけの安逸と喜びと幸せのために生きず、主に仕え、もっとも小さい者に対しても主の愛で仕えます。


その人たちは神だけを見上げていますが、人間関係の中で様々な葛藤も もちろんあります。

時には人々から誤解されたり、嫉妬によって嫌がらせを受け、傷つく時もあります。

でも、それにつまずいて働かないことはありません。


なぜなら使命を何よりも大切に思い、主に対して忠実と誠実を尽くします。

主人がいてもいなくても 忠実な態度は変わりません。

主人の意識をもって、主人のように忠実に働きます。

使命に生き、使命で死にます。


忠実なしもべであった使徒パウロの告白を聞きたいと思います。


【ピリピ1章17-18節】

他の人たちは純真な動機からではなく、党派心をもって、キリストを宣べ伝えており、投獄されている私をさらに苦しめるつもりなのです。

すると、どういうことになりますか。つまり、見せかけであろうとも、真実であろうとも、あらゆるしかたで、キリストが宣べ伝えられているのであって、このことを私は喜んでいます。そうです、今からも喜ぶことでしょう。

自分を守ろうとするのではなく、妬みを持つのでもなく、いつでもキリストが栄光を受けることを願っています。


主のためと言いながらも、迫害や妬みなどに対して過剰反応を見せ、攻撃したり、働きをやめたりする人が多いですが、忠実な人は 人の態度や迫害や妬みなどに対して淡々とし、そのことをいちいち気にせず、むしろ働きに専念します。


また忠実な人は、自分の時間、才能、所有物などを自分のものと思わず、管理人としての自覚をもって、主のためには惜しまず使います。


いのちさえも惜しみません。

なぜなら いのちも主からいただいたものだからです。


「死に至るまで忠実でありなさい」と言われた主のことばを心に刻んで生きています。

主の力で、主のいのちと敬虔で、主の慰めと主の愛で献身的な人生を生きます。


その人たちは正しい信仰生活を送っていますし、いつも真実です。

主の栄光が現れることを第一に考え、人の益になることをいつも心掛けます。

忠実なしもべは聖霊に導かれて、主が喜ぶ働きをして、良い実を結びます。


この話を聞いて「私には無理です。忠実なしもべにはなれません」と諦めますか?

そのように言う人も、よく考えると会社では忠実な人です。

(上司から)言われた通りに「はい」、「はい」と従います。


なぜ主に対しては忠実に働くことが出来ないかをよく考えることです。



忠実なしもべに対して 主はどのような報いを与えるのか





【マタイの福音書24章47節】

その主人は彼に全財産を任せるようになります。

これは主人に信認され、地位を得ることです。
ヨセフが主人ポティファルに信用され、全財産の管理を任されたことでも分かります。


【マタイの福音書25章21節】

その主人は彼に言った。「よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』

【ヨハネの黙示録2章10節】

死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう。

忠実なしもべが受け取る祝福は、計り知れない祝福です。

御国を相続し、喜びと平安を受け、永遠のいのちを受け、また神に認められ、愛されます。

これほどの祝福が他にあるでしょうか?

主人を喜ばせると、そのしもべは言うまでもなく 良い報いを受け、祝福されます。




悪いしもべとはどのような人なのか




まずは、不忠実な心があります。

その人の心の動機は「主人はまだまだ帰るまい。」という思いがあり、時の分別が出来ていないです。

自分が “終わりの時代に選ばれたしもべ” である自覚が足りません。


イエス様が弟子たちに語った もう1つのことばを聞きます。


【ヨハネの福音書4章35節】

あなたがたは、『刈り入れ時が来るまでに、まだ四か月ある』と言ってはいませんか。さあ、わたしの言うことを聞きなさい。目を上げて畑を見なさい。色づいて、刈り入れるばかりになっています。

今が働く時であるのに、後ですると言うしもべは怠けた悪いしもべです。

主の御心と時に対して無知であり、怠慢であり、無関心と不従順があります。

そして主の御心を行う生活ではなく、主が忌み嫌う罪の生活を送っています。


【マタイの福音書24章49節】

その仲間を打ちたたき、酒飲みたちと飲んだり食べたりし始めている

このように、しもべの働きもせず 好き勝手なことをして、自堕落な生活をしています。


自分の働きをしないだけではなく、忠実に働いている人を邪魔し、傷つけています。

そして主人の財産を、まるで自分のものであるかのように使って、主人に損をさせます。
本人は自分がしたいように生きているので、さぞ楽しいでしょう。

主人のことなど眼中になく、忠実、誠実、自制などの態度もありません。

働きに対して無関心であり、自分がしたいことだけに関心があります。


「今ではありません。後でします。今は忙しいです。今はしたいことがあります。他の人にやらせて下さい」と色々と言います。


世のことに関心が多く、神に対して無関心なことが問題です。

自分の思いが世に集中して、神のことばにも関心がありませんし、魂が眠っています。


主人の帰りを待つこともありません。

社長が目の前にいると 忠実な者のように振る舞いますが、いなくなると仕事をさぼる人と同じです。


聖霊の導きに逆らいながら、自分の肉の欲に従って歩みます。

口では信仰を言いますが、行動が伴っていないですし、自分の肉の欲の方が優先です。

ですから主から偽善者扱いを受けます。


この悪いしもべに対して、主はどのような報いを与えるでしょうか?


【マタイの福音書24章51節】

そして、彼をきびしく罰して、その報いを偽善者たちと同じにするに違いありません。しもべはそこで泣いて歯ぎしりするのです。

悪いしもべが受ける罰は、予想以上に厳しいものになります。

偽善者(パリサイ人、律法学者)と同じ運命になります。

そして言葉では表現できないほどの苦しみと絶望に投げ出されます。


【マタイの福音書22章13節】

そこで、王はしもべたちに、『あれの手足を縛って、外の暗やみに放り出せ。そこで泣いて歯ぎしりするのだ』と言った。


【マタイの福音書25章30節】

役に立たぬしもべは、外の暗やみに追い出しなさい。そこで泣いて歯ぎしりするのです。


【ヘブル10章27節】

ただ、さばきと、逆らう人たちを焼き尽くす激しい火とを、恐れながら待つよりほかはないのです。

主の働きは、暇な人や特別な人がするのではないです。

自分が救われて、神の子どもになったならば、(皆が)主のしもべになっています。


働きはそれぞれ違いますが、主にあって無職の人は1人もいません。

それなのに、無職のように神の働きに無関心であるのは問題です。


主の日が近づいています。

どのようなしもべになりたいですか?


この世でも、今さえ良ければと欲望に従って生きる人に 未来はないです。


まして、いのちの恩人である主に対して、悪い態度を取るのはどうでしょうか。

良くして下さった主に精一杯仕えるのが、恵みを受けた者のすべきことだと思います。


小さなことから忠実になることです。
そこで忠実さが身に付くようになります。


神は忠実なしもべを探しています。

「私が忠実な者になります」と言える皆さんになりますように願います。
(*・ω・)ノ

2015.12.6
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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