テーマは 『 いと高き所に栄光が、地の上に平和が 』 です。

【ルカの福音書2章11-14節】

今の世の中を見て平和だと思いますか?
戦争がないと、平和のように見えます。ですが、よく見ると本当の意味で平和ではないです。
誰もが平和になって欲しいと願いますが、争いと戦争、殺し合いの中で私たちが生きているのを考えるならば、
毎日が不安や恐れでいっぱいだと思います。

国と国、民族と民族が争いを引き起こして、平和が消えていきます。人間が造り出す平和はないです。

エデンの園は平和な場所でした。しかし、そこにあった平和も人間が壊してしまいました。
人間に欲が出てきて、自分が神のようになりたいという思いを持って神様に逆らった為に、
神様との関係が壊れました。それは平和の関係が壊れたことを意味します。

その後、アダムとエバ、カインとアベルの4人家族の中で殺人が起きました。
兄・カインが、弟・アベルを殺し、平和が消えていきました。
人間が小さな理由で、自分の兄弟であっても憎んで殺してしまいました。

その後、(人間が)それぞれ勝手に生き、そして人間が企んだことは神のようになりたいと
バベルの塔を建てました。それによって神様を怒らせ、言葉が通じなくなるようにしました。
人間同士が繋がらなくなりました。それによって平和が無くなりました。

心の中で平和を願いながら、人間が平和を潰していきました。

そのような時に、イエス様が地上に来られました。その時、今回のテーマとなった言葉がありました。
「今はクリスマスだから楽しもう~!」という人達は世界中にたくさんいますが、
「その日って何の日?キリストは何の目的で地上に来たの?」と、知らない人のほうが多いです。

キリストが来られた目的を知っている人は、キリストが来られたことが自分にとって、
どれほど祝福なことなのかがわかっています。

神様が栄光を受ける時というのは、すべてのものは神様が計画をしています。
それが成就された時に、神様は栄光を受けます。

人間にとってキリストはどういう意味があると思いますか?

「キリスト教の教祖ですか?」――― そういうものではないです。

全世界の人に平和をもたらす為に来ましたが、その平和がどういう内容になっているでしょうか。
イエス様が地上に来られた目的を学んでいきます。


① 【ルカの福音書5章31-32節】

イエス様が一番関心を持っていたのは、罪人です。
人は皆、生まれた時から罪人でした。自分の思い通りのままに生きている姿がすごくたくさん出てきます。

「私は心の中でも罪を犯したことはないです。」というのは大嘘つきであります。
ですから、罪人を悔い改めさせる為にイエス様は来られました。

しかし、自分は正しい者ですと言う人は、残念ながら悔い改めるチャンスを得ることがないです。


② 【マタイの福音書20章28節】

人間の欲の1つは支配欲です。成功したい、人の上に立ちたい。自分に仕える者をたくさん作りたい。
ですが、イエス様が地上に来られたのは、人に仕えるためであります。
それも、小さな見せかけの働きではなく、命までも与えて仕えたいということであります。

世の中に平和がないのは、人々にとって周りの人がライバル・競争相手であり、他人の足を引っ張ってでも
上に立ちたいという思いがあるので争いが消えないです。

みんなが身を低くしているなら(これは奴隷という意味ではないです。奴隷は自分の意思ではなく、
無理やり買い取られて主人に仕えなさいということであります。)
しかし自ら身を低くして「わたしはあなたに仕えます」というのは、人に仕えるのがどれほど素晴らしいことなのかを
知っている人です。

私たちが尊敬をする人は、人に仕えた人達です。
高い地位に就いて、周りの人に命令をして「わたしに仕えなさい。」と言う人は、地位を得るかも知れませんが、
尊敬する気持ちにはならないです。そういう人は周りの人から愛されることはないです。

しかしイエス様は人を支配することは一度もありませんでした。
イエス様の弟子たちは「上に立ちたい」という思いで争いがありました。
その時にイエス様は話を聞き、弟子たちを戒めました。
《 人の上に立ちたい者は、まず仕える者になりなさい。》 と、語りました。

イエス様は徹底的に 人に仕えました。弟子たちの足までも洗いました。
仕える時に、喜びが返ってきます。


③ 【ルカの福音書4章43節】

福音を伝えることは、神様のみこころであります。

人間が勝手に判断するのは、みこころではありません。神様が教えなければわからないことです。
神の御子であるイエス様は誰よりも神様のみこころを知っているお方であります。
そしてその福音を私たちに伝えるために来ました。

イエス様はご自身のことを一言でこのように語りました。
「わたしが道であり、真理であり、命です。」
私たちはそれが必要であります。

  • 道・・・天国への道であります。天国へ行くために、どの道を歩いたら良いのかを導いてくださいます。
  • 真理・・・正しい道であります。変わることがない真理の道は、イエス様ご自身が福音です。
  • 命・・・肉体の命だけではなく、永遠の命です。

④ 【マタイの福音書5章17節】

律法を完成させる為にイエス様が来られました。
律法は世の中の法則とは違います。神様を信じる者たちへの、天国の法律です。

愛が私たちの間にあるならば、私たちは無理して律法を守ろうとする必要はないです。
神様を愛するならば、私たちは喜んで主に仕えることができます。
本当に愛するならば、相手のために生きるのです。自分のことを全部犠牲にしていても、
命まで捨ててでも、相手を大事にするのが愛であります。

愛と言いながら相手を苦しめるのは、愛ではないです。それは愛の仮面を被って、悪を行うことであります。


【ガラテヤ5章13-15節】

神様が私たちに願っていることです。
イエス様によって私たちが得たものは、どれほど素晴らしいものなのかを知らなければならないです。
「主は、私にこういうものを与える為に来てくださったんだ。」 と毎年クリスマスの時期に改めてそのことを
考えることです。そうすることによって、イエス様と自分の関係が より密接な関係になっていきます。
「このお方こそ、私の人生になくてはならない方であるんだ。」 ということがわかると思います。


今回、イエス様が来られた目的を学びました。
罪人たちが必ずイエス様に会わなければならないです。
イエス様から罪の悔い改めのチャンスをいただくことができます。
そして、イエス様は命をかけて私たちに仕えてくださいました。
イエス様は天の御国の福音を伝えてくださいましたし、律法を完成させてくださった神様、
律法の根本的な精神が何かをイエス様は私たちに教えてくださいました。

これがイエス様が地上に来られた姿であり、目的であります。アーメン (・∀・)つ

2012.12.23
クリスマス礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■