テーマは『プラス人生の計算法について』です。

【マタイ13章23節】

足して増えていくのが「+」であり、引いて減っていくのが「-」であります。
この計算が出来ない人はほとんどいないと思います。
同じく、プラスの言葉、マイナスの言葉も知らない人はほとんどいないと思います。

(暗算や計算機を使っての足し算や引き算は)とても単純な計算ですが、

人生においてプラス・マイナスはそう簡単なことではないですね。
数学の計算は知識があればできます。
しかし、頭が良くて、数学が良く出来たからと言って、それがそのまま その人の人生において
プラスになるかと言ったら、そうではないです。

私たちの人生において、プラス・マイナスの計算は、数学とは全然違います。

知恵が必要であります。
プラス人生を生きるには、知識ではなくて、知恵が必要です。

すごく頭の良い人でも、明日の事はわからないものであります。
また、人生の先まで全て計算できる人はいないです。

聖書のみことばは、私たちを救い、先のことまで全てご存知である神様が教えてくださる知恵を
自分の人生に当てはめていくと、私たちの人生にプラスになる知恵を神様からいただくことができます。

自分の人生は、ある部分で自分で責任を持たなければならないです。何かのせいではないです。
「親が悪いから、環境が悪いから、あれが悪いから。」これらは愚かな言葉であります。

自分の人生の最後が、今の歩みを見てプラスになるのか、マイナスになるのか、これくらいの計算は
しておかなければいけないと思います。計算せずに生きると、みじめな人生になります。

プラスになることを紹介していきます。

【イザヤ書40章28-31節】

今は疲れている人達が多いです。それも若者が人生に疲れているんです。
生きる希望を失って、本来は力が満ち溢れなければいけない20~40代の人が自殺をしています。

自分の思い通りに就職ができないからと、つまずいて毎日マイナスの言葉を使う毎に
心が疲れてきます。

力の源は、人間そのものではないです。人間には必ず限界があり弱さがあります。
しかし、自分に力を与えて命を注いでくださる神様を自分の味方にするならば、
弱くなった時に「力をください。」と呼ぶことができるのです。

【マタイの福音書16章26節】

いくらお金を手に入れたとしても、命が一番大切であります。命は買うことができません。
命を得ることは、プラス人生の始まりであります。

【ヨハネの福音書1章11-12、16節】

私たちは生きることと死ぬことはとても大切なことですが、それを曖昧にして(肉体の死後の世界を)
考えないようにしています。本当に自分の人生がプラスなのか、マイナスなのかを計算しなければ
いけないです。欲しい物や富など、私たちが生きている時には欲望を満たし楽しませることができますが、
しかし、命に勝るものではないです。

【マタイ8章5-8節】、【詩篇19編7-8節】

人間の言葉は完全ではありませんが、神様の言葉は完全であります。
今までは目が見えない者のように生きていました。目先のことも判断ができなく、分別力もなく、
悟りもないという者を、神様は言葉によって与えてくださる。そうすると、その人の人生が
マイナスの人生に転落をすることはないです。

真理の言葉でなければ、悟れないです。悟りを得ることで自分の人生にプラスになります。
神様の子供になった特権を与えた者達に、神様は良いものを与えたいです。
みことばを一言受けて、病気が癒された人もいます。

人間は生まれてから死ぬまでに、色んな良い事もあれば、病気になったり災いが起きたりします。
(悪い事があった時は)私は今、たくさん支払っているんだ。当然支払うべきことを今 支払っているから、
後は楽になるんだと考えたら良いです。

一度も不幸に遭わない人生の人はどこにいるでしょうか。

不幸なシナリオではなく、自分で幸せなシナリオを書くべきです。
神様は私たちにプラスの人生を歩むことを願っておられます。

【ルカの福音書6章38節】

プラス人生を生きたければ、与えることであります。
与えるものは色々ありますが、「愛を与える」、「人々に関心を与える」、「親切を与える」
これは私たちの人生を豊かにさせるものであります。

愛する人は、愛が返ってきます。自分が他人を愛さないなら愛が返ってくることはないです。蒔かないからです。
人々に関心を持ってみてください。その人たちも自分に関心を持ってくれます。
それも2倍、3倍になって返ってきます。

「ください、ください」だけを蒔くのではなく、そして「愛してほしい、愛してほしい」と言いながらも、
自分は愛を与えない。ですので、相手も反応をしないです。
これは家庭でも同じであります。自分の方から1つの親切を蒔いてみてください。
すると、相手の心が良くなって2つの親切が返ってくるのです。
1つの種を蒔いて1つの実を結ぶのではなく たくさんの実が結ばれるのです。
三十倍、六十倍、百倍になっていきます。

「ください」という者は何も増えなく、持っている物までも消えていきます。

自分が愛されたいなぁと思うならば、
愛を探し求めていくのではなく、自分が誰かに対して愛を見せることであります。
自分の知識を他人に与えることが出来、自分の身体を他人に与えて仕え、奉仕することもできます。
そして言葉で励ますこともできます。

自分がいざ困ったという時には、その前に(自分が)蒔いているので返ってきます。
みことばを一人歩きさせるのではなく、まず自分で実行していくことです。
期待して蒔けば、時が来た時にある者は三十倍、ある者は六十倍、ある者は百倍になっていきます。

自分が死ぬ時に握りしめているものが役に立つものなのか?と神様が語ってあります。
だからと言って、お金を湯水のように使いなさいということではないです。正しい目的の為には使います。
愛を与えることができるのも、私たちが生きている時だけであります。
死ぬ時に「愛したかった」というのは愚かな言葉であります。

人に一番必要なものは愛であり、良いものは他の人にどんどん流していくことであります。
相手に何かが足りないことに気付いたならば、声を掛けて「私に出来ることは何かありますか?」と
与えることであります。そうする時に私たちの心に喜びが来ますし、
私たちの人生の中でこれからプラスになることが、いっぱいあちらこちらから出てきます。

敵を作るのではなくて、愛する仲間をたくさん作ることであります。
共に歩む人をたくさん作ることです。今、うまくいっているから「いらない」というのなら、
高慢になっていきます。だんだん人生がマイナス人生になっていきます。

聖書の言葉には人生を豊かにするものがたくさんありますので、自分にとってプラスになるものを
拒むことをしないように、「私はもっと豊かになりたい。」と思うならば、自分の人生に悪いものを捨てて、
足を引っ張らないように。そして神様からくる良いものはどんどんプラスしていくと人生そのものを豊かにするので
力が出て希望も出てきます。愛の人に変わっていきます。
イエス様に出会って みじめになったという人は、みことばが全然活かされていないことであります。
祝福を自分の人生にプラスしてください。神様は惜しまずに与えてくださいます。 v( ̄∇ ̄)v

2012.12.16
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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