テーマは『 聖霊充満な秘訣 』です

【ローマ書12章1節】

教会に来る人たちは皆が同じラインに立っているわけでもなく、同じところに属しているわけでもないです。
羊とヤギ、麦と毒麦があります。
麦と毒麦の例えは、1つは実が詰まって良いもの。
1つは実が無いもの。外側は麦のように見えても、中身が無いです。

聖霊充満な人は、どのような人かと言うと、「内なる人」が生きている人、詰まっている人、健全な人であります。
このような人達が聖霊充満であります。

聖会巡りをする人達がいますが、それによって聖霊充満な生活になったでしょうか?
なってはいないです。だから飢え渇いて「どこへ行ったら聖霊充満になるのか?」と全国の聖会をまわります。
それは聖霊充満な姿ではないです。そのような方法で聖霊充満には絶対にならないです。
神様はそのような方法を絶対に使わないです。
その時の一時的な恵みはあるかも知れませんが、聖霊充満にはならないです。


―― 聖霊充満になるには ――

今回の聖句箇所のローマ書「聖い、生きた供え物としてささげなさい。」というのは、
『 献身 』であります。これは自分自身を神様に捧げたことです。
働きのために何かをするためでも、神学校へ行くことでもないです。

自分自身を聖い生きた供え物として神様に捧げたか 捧げていないか、であります。
捧げた人は聖霊充満に必ずなります。

日々、罪の悔い改めをしてイエス様の血が注がれると聖くなりますが、
どうやって聖い生きた供え物になるかと言えば、その人自身の自我が消えたことを意味します。

自我充満は肉に属している姿であります。
聖霊充満を妨害する1番の悪いものは、自我充満です。

自我がいっぱいになっているのに、聖霊様はどこに入りますか? 入りたくても入れないです。

順序があり「まずあなた自身をわたしの前に捧げなさい。」であります。
これが祝福を受ける秘訣であります。

【ルカ6章38節】

神からのものを受けたいならば、自分の心を空っぽにする必要があります。
「空っぽにして綺麗に掃除をしてきました。どうぞ入って来てください。」と
いうのが正しく聖霊を求める姿であります。


―― 聖霊充満を維持していくには ――

維持する方法は「愛」です。
献身をすると、神様のものが私たちの中に入ってきます。
その中には、賜物もあり、神様の愛もあり、神様がくださる色んな良いものがあります。

それを神様は「あなたが独り占めにしなさい」とは言っていないです。
今度は私たちが得たものを(周りの人に)与えることです。
無条件に与える。神様が示したところに与える。これは愛です。
他人の為に犠牲を払うと、聖霊が消えることはないです。

聖霊様が賜物を与えてくださるのも、他人に仕える為であります。
愛を実践しなさいということで、神様が賜物や恵みを与えてくださいます。

しかし、この愛は自分自身に勝たなければ出来ないことであります。
何故なら人は、自分を愛しているからです。「私のもの、私のもの・・・。」
自分の為には使っても、他人の為には使わない―。
犠牲の精神がない愛は、「愛ではない」です。

神様との関係でも、人間関係でも、犠牲が伴わない愛は「愛」ではなく、
世の中は「愛」、「愛」、「愛」ばかりを言いますが、それは「(自分に)くれ、くれ、くれ」という愛です。
与える愛ではないです。ですので、それには値打ちがなく すぐに壊れます。

しかし、神様は私たちに「あなたたちが聖霊充満を維持したいならば、ずっと続けて毎日のように
この愛を具体的に実践しなさい。」ということであります。
そうするならば、その人の中にある聖霊充満は消えることがないです。

献身はこの道の一番最初、入り口にすぎないものであります。
愛の実践を受けるために神様が与えてくださった賜物をタンスの中に仕舞い込むのではないです。

聖霊充満を受ける為に従順がないと全て虚しくなります。
従順する姿。これは秘訣でありますが、聖徒たちに何よりも必要なものであります。
従順ということは、神様の権威を認めることであります。神様を1番にすることであります。

祈りはたくさんしても、従順が無いならば、その祈りは聞かれないです。絶対に聞かれないです。
祈るということは、まず神様の声を聞くことであります。聞いて、それに従う時に管が良く通るようになります。

たくさん祈ったから与えられると勘違いをしていますが、
神様は「あなたが従順した分だけ、祝福が来る。」と語ってあります。
不従順をすると、神様から与えられたものも 取られます。

神様はどんな人に祝福を与えるか順番を決めるなら、従順した人であります。
神様がパッと見て、一番従順した人に先に与えます。その人をまず先に祝福をして、その次に従順する人、
またその次に従順する人・・・と祝福を与えていきます。
神様の言葉をよく聞いて、従いたいという心を持っている人達であります。

祈りをたくさんすれば、奉仕をたくさんすれば、神様は祝福するだろうと思いますが、
その前提にあるのは「従順」であります。

(神様が)自分に言われたことを、その通りにしていく その姿に神様が感動しますね。
神様はその人を呼んで祝福をしていきます。

従順しない理由は自我充満であります。


―― そして、信頼があります ――

神様は私たちに対する計画があります。私たちは自分で計画を立てて「神様、私の計画通りにしてください」と
神様に願いますが、それは正しいでしょうか?
―正しいものではないです。

神様は私たちに命を与えた時に1人1人に対する計画を持っています。
あなたの人生そのものを捧げなさい。
捧げることは信頼をすることであります。自分の命を神様に任せるということは信頼できなければできないです。
私たちが立てた計画よりも遥かに神様の計画の方が素晴らしいです。祝福するために立てた計画であります。
平安を与えるために立てた計画であります。

私たちは明日のことがわからないです。霧のような人生なのに、「明日のことを心配するのか?」
最後まで自分の計画を握りしめて通そうとするなら、神様がそれを壊してしまいます。
計画通りにならないようにしてくださいます。

私たちが聖霊充満にならないと、魂を失っていきます。
世の中での一番の悲劇は魂を失うことであります。それは全てを失ってしまうことです。
たくさんの世の物を持っていても、墓場に持っていけないです。

イエス様の弟子たちは、無学であっても聖霊充満になることで、
世の中の口の上手い者たちの人間的な知恵を潰しました。
弟子たちは何も持ってはいませんでしたが、魂を生かす者になりました。
神様の働きが出来る者になりました。
自分達の生きる目的が何なのかを聖霊充満の中で悟りました。

自分の魂が失われないように、自分の人生の目的、何の為に生きているのか
これを忘れないようにしっかりと日々生活の中で考えていかなければならないです。
 ( -д-)ノ

2012.9.23
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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