テーマは『聖別された生活をするために』です。

【Ⅱコリント6章14-18節】

神様はこのみことばの中で全然違うものを2つずつ比べています。
そこに一致があるのか、それが釣り合っているのか調和しているのかという言葉を使いながら、
私たちがそこから出て分離することを語っています。

私たちが神さまの子どもになったということは、この世から聖別されたことを意味します。
元々は この世にいましたが、そこから神様が連れ出して聖めた者です。
聖徒という言葉は “聖くされた者達”のことであります。

神様は聖い方でありますので、神様はご自分の子どもにするのも まず汚れたものを洗い聖めます。
汚れたままで良いということはないです。

放蕩息子が帰ってきた時にお父さんはどう行動したでしょうか――?
息子は乞食(こじき)のような生活をしていました。出て行った時と帰ってきた時の姿が全然違いました。
お金をたくさん持ち立派な服装をして出て行きましたが、湯水のように使い散財しました。
完全に乞食になり食べ物がなく、道ばたに寝ていた者でした。
服も汚く洗うことなく誰が見ても乞食でありました。

汚くて見るに見られない状態でしたが、お父さんはそのままの状態で家に入れたわけではないです。
綺麗にしました。新しい服を着せました。新しい履物を与えました。
息子は「わたしはもうお父さんの子の資格はないです。」と言いましたがお父さんはまず全部洗って
新しい服に指輪をはめさせて新しくしました。
神様がなさることはそういうことです。

アダムとエバは、罪を犯した時に神様はどうしましたか――?
罪がない時は、彼らには汚れがなかったです。汚れがないので裸のままで生活をしていても
恥ずかしいと思ったことはないです。

しかし、罪を犯した時に葉っぱを持ってきて見せたくないところを隠しました。
そしたら神様が彼らに「イエス様・救い主を与える」と約束をし、
動物の皮で服を作って彼らに着せました。
以前、彼らが着ていた葉っぱのようなものではないです。寒さにも耐えられるように
神様自身が服を作って着せました。神の手によるものであります。

ですから、神様が私たちを子どもにしたということは私たちをこの世・暗闇の中から光に移し
サタンの奴隷、支配された者をそこから出しました。

(あなたがたは)神の子どもになったのに以前と同じ生活をするのか?ということであります。
そのことを神様は教えたかったです。
私たちは身分が変わると、それからの生き方も変わっていかなければならないです。
それを維持していく必要があります。

その時 1回だけ参加して「神様、聖くしてください。」と、それから世の中に出て行って
世の中にどっぷり浸かって生活をして、世の人なのか神様の子どもなのか区別がつきません。
そのような生活は神様は願っておられないです。

1度聖められた者はそれからはどうすべきなのかを神様は はっきりと教えてあります。

【Ⅱコリント6章14節】

聖別された生活をするためにとても大切なことであります。
「信じない人と断絶することですか?」、「彼らとは話をしてはいけないことですか?」
そのような極端な言葉ではないです。
神様は私たちの信仰を脅かす人、信仰を汚す人、妥協させようとする人達、
そういう人達と私たちはくびきを負ってはいけないということであります。

なぜなら私たちは信じていない人達に福音を宣べ伝える必要があるからです。
だけどその中で自分が持っている信仰が取られる そういう働きをする人と
私たちは一緒に歩くことはできないです。

不信者は、信者の傍にいるからといって(不信者が)勝手に救われることはないです。
同伴者にはならないです。
同じ信仰を持つならば天の御国に向かってずっと一緒に歩くことができますが、
「この人は私が好きな人だから、別に(イエス様を)信じなくても一緒に居たら
一緒に天国に連れて行ってもらえる。」 ――これは とんでもないことであります。

信仰は1人1人のものです。 あなたが信仰告白して信じるならば救われるということであります。
「私1人が信じたから勝手に家族が救われる」「私1人が信じるから自分が愛する人が勝手に救われる」ということは聖書には書かれていないです。

「主イエスを信じなさい。そうすればあなたも あなたの家族も救われます。」というみことばがありますが
私たちが信じると、神様を知る者になります。そうすると自分達の家族の為に祈ることになります。
私たちが信じないならば、家族の救いの為に祈ることはできないです。
しかし、自分だけが天国へ行って、家族が地獄に行って良いですか?――それは誰も思わないです。

「どうか神様、家族を救ってください。」と祈りを蒔くので、時が来た時にその家族が救われるようになります。
語ることで言葉の種が落ちるので救われます。種が落ちないと救われないです。

まだ信じていない人と一緒に教会へ来るから救いの同伴者になる、ということは絶対にないです。
ですから神様は勝手な思いを持ったらいけないということをおっしゃいます。
主の前に出てお互いに信者にならないと合わないくびきになってしまいます。

結婚相手は同じ信仰を持っていないのであれば、行く道が違うので同伴者にはなりません。
結婚する前はピッタリ合っていても、結婚をしたら色んな揉め事が出て来ますが
初めから合わないくびきを負って一緒になることはありません。価値観が違って、
目指すところが全部違います。歩くところが全部違います。
ですから 結婚はすごく大切なことであり、人生での大きな決断であります。
性格とかは皆違います。それを(自分も)一緒に合わせるということではないです。
それはその人の個性でありますが、聖書箇所は真理であります。
行く道が違うとどんどん分かれて行って1人は上に、1人は下へくだっていきます。
そこに幸せはないです。信仰と不信仰の戦いがあります。
そのことで不信者との親密な関係はいけないということです。
どちらかが影響されます。

ソロモンは立派な信仰を持っていました。しかし神様の言葉に不従順し、情欲が出て異邦人の女を
1000人妻にしました。
その妻たちは自分の偶像を持ってきてあらゆる物を建てました。ソロモンはそれを手伝いました。
ソロモンが知恵を持って信仰を守ろうとしても、そもそも出発から間違えていました。
神様がするなとおっしゃっているのに、自分の情欲に負けて倒れました。
女の人達は倒れず相変わらず偶像の神をそのまま信じました。

私たちも、ソロモンのような信仰が素晴らしかった人も倒れるのに、自分達も罪のくびきを負って
「大丈夫です」と言えるでしょうか? そしてますます自分が汚れていきます。
私たちは世の流れに流れるのは簡単なことであります。そこで生活しているので慣れています。

「何で教会にいつも行くの?」とかをいちいち言う人とは、縁を切った方が良いです。
それを聞いているとだんだん誘惑されていきます。そして自分自身が神様から離れていきます。
神様はそれを警告しておられます。

【Ⅱコリント6章16節】

私たちは神様を受け入れましたので、聖霊様は私たちの内側に住んでおられます。
ですので神様は私たちの身体は神の宮と言っておられます。
その身体を罪で汚してはいけないです。

1番汚すものは「偶像」であります。宗教は心でするものであります。
偶像は全てサタンでありますので、それを拝むならばサタンが当然入ってきます。
多くの人たちは自分の信じる神がいます。私たちがその人達と妥協し
その人達の考え・教え、そういうものに私たちが耳を傾けるならば、だんだん自分の中で
それらのものに対する色んな思いが出て来て思いが汚されていきます。
罪が出て、偶像崇拝をすることになります。
淫乱・姦淫によっても汚されます。思いが汚されます。そうすると聖霊様が悲しみます。
聖霊の宮なのに色んな汚いものをその中に持ち込んでくるならば、宮が汚されていきます。
それは全て罪であります。自分でごまかしても罪は「罪」です。
汚れたものに触れるな、そこから離れなさいということであります。

【詩篇1編1節】

汚い所に座ったら汚くなる、その人達と一緒になると思いが汚れていく。そうなってしまいます。

【ローマ書6章13節】

罪の道具にするのではなく、神様が喜ぶ働きをするために自分の身体を使うことであります。
神様に恥をかかせてはいけないです。
義のものに使わないなら全て不義になります。

【ローマ12章1-2節】

(みことばに従うなら)私たちは自然に聖い生活になります。この世は悪の領域です。
この世に調子を合わせるのではなく、その中でも神のみこころを求めて
自分自身が汚れないように聖い生き方をする人が一番立派な人であります。

【Ⅰテサロニケ5章22節】

みことばからずれたものは悪です。小さなことでも汚れなので警戒しなければ
ならないです。

【Ⅰヨハネ1章9節】

人間は弱いものなので、罪を犯すことがあります。それでも神様は、そこでお終い
というのではなく悔い改めなさいとおっしゃいます。
赦されるということは聖められるということです。汚れがついたままではなく、
これを繰り返さなければならないです。

【Ⅰヨハネ2章27-28節】

注ぎの油は聖霊様です。私たちがキリストに留まるということは、真理の中に留まるということで、
自分の中に聖霊様を招き入れるということであります。すると汚れることはないです。
いつでも神の前に出られる聖い状態になるようにしましょう。 v( ̄∇ ̄)v

2012.4.29
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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