からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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2018年07月

足を洗うことの意味

テーマは 『 足を洗うことの意味 』 です

【ヨハネの福音書13章3-5節、12-15節】

イエスは、父が万物を自分の手に渡されたことと、ご自分が神から出て神に行くことを知られ、

夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。

それから、たらいに水を入れ、弟子たちの足を洗って、腰にまとっておられる手ぬぐいで、ふき始められた。



イエスは、彼らの足を洗い終わり、上着を着けて、再び席に着いて、彼らに言われた。「わたしがあなたがたに何をしたか、わかりますか。

あなたがたはわたしを先生とも主とも呼んでいます。あなたがたがそう言うのはよい。わたしはそのような者だからです。

それで、主であり師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのですから、あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。

わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしはあなたがたに模範を示したのです。

イエス様が弟子たちの足を洗ったのは これが最初であり、最後でした。


足を洗ったのは最後の晩餐の席で、
十字架の死を遂げる前日の出来事でした。

他の日ではないからこそ、深く考えないといけないですね。


弟子たちは 後でこのことから学び、主のように互いに足を洗う者になりました。


当時、足を洗ってあげるのは身分の低いしもべの仕事でした。

師とも主とも呼ばれるイエス様がする仕事ではないです。

しかし、敢えてイエス様がこのような行動をしたのは、弟子たちに教えなければならないことがあったからです。


12人の弟子たちの間には ライバル意識がありました。

何度も彼らの間で 『誰が一番えらいのか』 に対して議論がありました。

イエス様はそれを知っていました。


直前にも そのことで議論がありました。


このままではいけないので、弟子たちの足を洗った後に 『わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしはあなたがたに模範を示したのです』 と言われました。


私たちの教会では実際に足を洗うことはしませんが、それを行っている教会もあります。

本音をいうならば、何となく そのことに違和感を感じます。


イエス様はイベントのように足を洗う儀式を願っているでしょうか?


儀式ではなく、“意味をわかってほしい” と願っています。


何を教えようとしたでしょうか?




自分を低くして謙遜になること




しもべがするようなことを、師であるイエス様がしたことは、師という立場を捨てて しもべの姿になったことを意味します。


謙遜になって しもべの姿を取り、しもべの働きをしました。


『互いに足を洗うべきです』 というのは、“高ぶらないで、自分を低くし、謙遜な者になりなさい” という意味です。


誰かの上に立ちたいと思う人は、人に仕えることが出来ません。

しもべにはなれません。

主の働きは、しもべとしての働きです。



十字架の死は、高慢な人の死でしょうか?


十字架の死は、謙遜の絶頂でした。

自分を完全に無にした姿でした。


『自分を捨て、自分の十字架を負ってわたしに従って来なさい』 と弟子たちに言いましたが、捨てることも十字架を負うことも、“謙遜” にならないと出来ないことです。



他人の足を洗ってあげられるほど 自分を低くして謙遜になりなさい という主のメッセージがあります。

愛と尊敬は、相手を高くあげて相手の足を洗うことです。


実際に足を洗うのではなく、自分を低くして仕えるしもべの姿になりなさいという意味で、主は弟子たちの足を洗いました。




利己心を捨てて他人に仕えること




人は自分が一番で、自己中心ですので、利益もないのに他人に仕えることは難しいです。

ましてや身を低くして他人に仕えることに抵抗を感じます。


うわべだけで仕える場合がありますが、主はうわべではなく、心から人に仕えることを願っています。

主が模範を見せました。


キリスト教の中心にあるのは 『愛』 です。


“神を愛することと、隣人を愛することが律法の完成である” と教えて下さいました。


主はその愛を見せて下さいました。

イエス様の生涯は 自分のためではなく、他の人のために生きた生涯でした。

いのちまでも捨てました。


そのように、人のために生きた姿を最後の晩でも見せて下さいました。


積極的に献身、奉仕する姿の中にあるのは愛です。

自己愛ではなく隣人を愛する姿です。


足を洗うことで、主は仕えることの意味が何かを教えて下さいました。


見て学んで行う時に、良い実が結ばれていきます。

主が喜んで下さいます。
アーメン v( ̄∇ ̄)v


2018.7.29
聖日礼拝メッセージ

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宣教は霊的戦いから始まる

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テーマは 『 宣教は霊的戦いから始まる 』 です

【マタイの福音書10章16-18節】

いいですか。わたしが、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。ですから、蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい。

人々には用心しなさい。彼らはあなたがたを議会に引き渡し、会堂でむち打ちますから。

また、あなたがたは、わたしのゆえに、総督たちや王たちの前に連れて行かれます。それは、彼らと異邦人たちにあかしをするためです。

イエス様は、弟子たちを遣わして福音を伝えさせた時に、彼らに注意を与えました。

彼らが行く先には、狼が待ち構えていることを教えました。


狼は 羊を攻撃し、羊の いのちを狙います。

狼は羊を “迫害する者たち” のことです。


宣教する人たちが魂を愛し、善意をもって福音を伝えても、人々がそれを歓迎することは ほぼないです。


人々は自分の領域を守ろうとする縄張り意識が強く、外から来る者を疑い警戒します。


彼らは今までの生活を変えたくないし、自分は正しいという認識が強いので、魂の救いのことを話しても無関心だったり、嫌がって拒否することが多いです。

ある人たちは激しく反発し迫害します。


このように 宣教は、決して簡単なものではありません。


その時に主は、蛇のようにさとく、鳩のように素直な心で宣教するように語って下さいました。

蛇は狡猾さがありますが、人間は蛇以上にさとく活動するために、神の知恵をもらわないといけないです。



1人の魂が救われるまでは 長い霊的戦いがあります。


まずはその人の中にある強い要塞を崩していかなければなりません。


人の心の要塞は本当に堅いです。

うまく行かず失敗することも多いです。


1回1回の戦いで いつも勝利するわけではないので、
その時に失望して諦める必要はありません。

勝利は最後に得たらいいです。


“最後は勝つ” という勝利の信仰で忍耐しながら戦い続ける人が勝利します。






多くの敵の反撃が強い時には、主が教えて下さった作戦が必要になります。


【マタイの福音書10章14節】

もしだれも、あなたがたを受け入れず、あなたがたのことばに耳を傾けないなら、その家またはその町を出て行くときに、あなたがたの足のちりを払い落しなさい。

【マタイの福音書10章23節節】

彼らがこの町であなたがたを迫害するなら、次の町に逃れなさい。というわけは、確かなことをあなたがたに告げるのですが、人の子が来るときまでに、あなたがたは決してイスラエルの町々を巡り尽くせないからです。


実際に主の弟子たちはその通りにしました。


【使徒の働き8章1節】

エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者はみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。

【使徒の働き8章4節】

他方、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。


そして主が与える知恵と勇気を与える ことばがあります。


【マタイの福音書10章28節】

からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません。そんなものより、たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい。


迫害する者が怖くて逃げるわけではなく、まだ伝えなければならない所がいっぱいあるのに、悪を働く者たちに簡単にいのちを差し出してはいけないことを主が語っておられます。



時には “そこにとどまりなさい” という特別な主の命令があるかも知れませんが、それ以外では、激しい迫害がある時は一度撤退するのも作戦です。


そして外から祈りの火矢を そこに絶えず飛ばすことが必要です。



マルコの福音書9章で悪霊を追い出せなかった弟子たちが、主にその原因を聞きました。

その時の主のことばです。


【マルコの福音書9章29節】

「この種のものは、祈りによらなければ、何によっても追い出せるものではありません。」

祈りの重要性を主が教えました。



パウロは多くの霊的戦いをしながら宣教しました。

教会を立て、弟子を育てました。


彼は誰よりも霊的戦いに対して知っていました。

そして弟子たちにもその戦いをするように教えました。


【使徒の働き20章29-31節】

私が出発したあと、狂暴な狼があなたがたの中に入り込んで来て、群れを荒らし回ることを、私は知っています。

あなたがた自身の中からも、いろいろな曲がったことを語って、弟子たちを自分のほうに引き込もうとする者たちが起こるでしょう。

ですから、目をさましていなさい。私が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがたひとりひとりを訓戒し続けて来たことを、思い出してください。

霊的戦いは敵に勝利するために、自分自身を守り、また宣教を続けるために必要です。


教会の中でも霊的戦いは絶えずしなければなりません。

しないと教会も狼でいっぱいになります。


羊が食い物にされていきます。

アーメン (TДT)


2018.7.22
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善を行いなさい

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テーマは 『 善を行いなさい 』 です

【詩篇37編3節】

主に信頼して善を行え。地に住み、誠実を養え。

善と悪が混在している世界の中で生きていますが、今の時代は 善と悪の区別も曖昧になり、良い価値観が低下しているのを肌で感じています。

“善を悪” と言い、“悪を善” と言う時代になりました。


しかしクリスチャンは、永遠に変わらない神のことばの基準によって 生きる価値観をしっかり持たないといけないです。


悪を行う人の価値観は、呪われる “快楽” を “価値あるもの” と思います。

一時的で、不完全で、むなしいものを、最高の価値と思って追求します。


しかし善を行う人は、永遠の真理といのち、まことの天の喜びを最高の価値と思って追求します。


人は自分が蒔いたものをいつか必ず刈り取ります。

それは神が決めた法則ですから、神はみことばで注意を与えておられます。


今回は「善を行いなさい」と言われたことばを学び、恵みを受けたいと思います。




主に信頼して善を行いなさい




信仰ある人が 主に信頼することは、基本中の基本です。

信頼というのは、主にぶら下がっている状態です。


ですから主を敬い、主に信頼する中での善を行わなければならないです。

主から離れた善は、主の目には決して善にはなりません。


主から離れても良いことをする人はいます。

良いことではあっても、それを善とは言えません。


いつも主にあって善を行うようにすることです。


このことは主が喜ぶことなのかを考えるならば、答えが出てきます。




忍耐をもって善を行いなさい




【ローマ2章7節】

忍耐をもって善を行い、栄光と誉れと不滅のものとを求める者には、永遠のいのちを与え、

イエス様は私たちに善を行った方でした。

どのような心で善を行ったでしょうか。


【イザヤ書42章3節】

彼はいたんだ葦を折ることもなく、くすぶる燈心を消すこともなく、まことをもって公義をもたらす。

このような あわれみ深い心で、人々に善を行いました。


形式的にする人は、忍耐しながら善を行うことが出来ません。


しかし憐れみと愛の心がある人だけが、忍耐しながら人々に善を行うことが出来ます。

善を行うことは、人が不足している杯を満たすようなものです。


ダビデは主からの恵みをこのように表現しました。


【詩篇23編5節】

私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。

主が私たちの杯を恵みで満たして下さるので、私たちも持っているもので 人の杯を満たしていくのが善です。


そして、いつも善を行うことが出来るように、「主よ。今日も私の杯を満たして下さい。」と祈ることも良いと思います。




善は主に喜ばれることであり、
勝利の道であり、報いもすばらしい




【第1ペテロ2章20節】

罪を犯したために打ちたたかれて、それを耐え忍んだからといって、何の誉れになるでしょう。けれども、善を行っていて苦しみを受け、それを耐え忍ぶとしたら、それは、神に喜ばれることです。

何をしたら主に喜ばれるのかと考えている人がいるならば、善を行うことが主に喜ばれることです。


【ローマ12章21節】

悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。

善を行う者と悪を行う者への報いが どれほど違うか が書かれています。


【ローマ2章9-10節】

患難と苦悩とは、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、悪を行うすべての者の上に下り、

栄光と誉れと平和は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、善を行うすべての者の上にあります。



主からの勧めのことば




【ガラテヤ6章9-10節】

善を行うのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。

ですから、私たちは、機会のあるたびに、すべての人に対して、特に信仰の家族の人たちに善を行いましょう。

人に対して関心をもって善を行いましょう。
アーメン (*´ -`)(´- `*)


2018.7.15
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主の心に適ったモーセ

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テーマは 『 主の心に適ったモーセ 』 です

【出エジプト記33章17-19節】

主はモーセに仰せられた。「あなたの言ったそのことも、わたしはしよう。あなたはわたしの心にかない、あなたを名ざして選び出したのだから。」

すると、モーセは言った。「どうか、あなたの栄光を私に見せてください。」

主は仰せられた。「わたし自身、わたしのあらゆる善をあなたの前に通らせ、主の名で、あなたの前に宣言しよう。わたしは、恵もうと思う者を恵み、あわれもうと思う者をあわれむ。」

モーセの生涯は生まれた時から死ぬまで、色々あり過ぎるので 一度に語ることは難しいです。

今回は、モーセがなぜ 主の心に適う者であったのか、それだけに絞って語ります。


エジプトで430年間も奴隷生活をしていたイスラエルの民を解放するために、神に選ばれた人がモーセでした。


力もない1人の人間が、200万人近い奴隷を 大国エジプトから解放して連れ出すことが可能でしょうか。

それは不可能なことでした。



神には奴隷から解放する計画があっても、モーセは考えたこともなかったので、主から言われた時に、戸惑ったモーセは 自分のような者にそんな働きが出来るわけがないと辞退を申し出ましたが、神の説得でモーセは主のことばに従いました。


そして神の力と助けによって、主のことば通りに民を奴隷から解放し連れ出し、40年後約束の地カナンの入口まで導くことが出来ました。


その時に見せたモーセの姿は、本当に主の心に適う姿であったと自分でも思います。

主の心にかなった姿はこのような姿ではないでしょうか。




主への忠実な姿




【第1コリント4章1-2節】

こういうわけで、私たちを、キリストのしもべ、また神の奥義の管理者だと考えなさい。

この場合、管理者には、忠実であることが要求されます。

忠実さを要求した神に 彼は答えました。

モーセは選ばれた時から死ぬ時まで忠実でした。


40年間、イスラエルの民を率いて 荒野での生活は大変な苦労がありました。


大変な苦労とは 生活の苦しみではなく、神の恵みがあっても絶えず恵みを忘れてつぶやく民、神に忠実な姿はまったくなく、神を悩ませる民、少しでも不満があるとそれをいつもモーセのせいにして非難する民のことがモーセには一番苦しかったです。


それでもそこから逃げず、最後まで神が任せた民の世話をしたことがモーセの忠実な姿でした。


ヘブル書で主がモーセの忠実さを高く評価しました。


【ヘブル3章2節】

モーセが神の家全体のために忠実であったのと同様に、イエスはご自分を立てた方に対して忠実なのです。

任された小さな働きに対しても 忠実な人を見ると安心します。



しかし残念ながら多くの人は忠実ではなく、主の働きを自分の都合で勝手にやめます。

ですから主はこのように言われました。


【ヨハネの黙示録2章10節】

死に至るまで、忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう。

主に忠実な者に 主は恵みを与え、あわれんで下さいます。




主への従順な姿




一番信仰ある人は神のことばを信じて従順する人です。


神のことばを無視したり、軽んじたりする人が 神を愛する人、信じる人でしょうか。

従わない信仰は死んだ信仰です。


信仰がなくては神に喜ばれることは出来ません。


荒野での40年間、イスラエルの民はとにかく神のことばに逆らい続けました。

神もそれにはうんざりして何度も彼らを滅ぼそうとしました。

神は、従うモーセだけは生かすと言われました。


それを聞いて、民のために必死にとりなしをするモーセの祈りで、民は滅ぼされず生き延びました。


モーセは主から言われることは何でも従いましたが、民は正反対でいつも不従順の姿でした。

従順するモーセの姿を学ぼうとせず、うなじのこわい民で、肉の思いだけが強くて神への関心もありませんでした。


モーセの信仰を見ると、いつもそこに付くことばがありました。


主がモーセに命じられた通りである。

細かいことに対してもモーセは、主のことばをよく聞き、命じられた通りにしました。

これが主の心に適う姿です。




主と人の前で謙遜な姿




モーセは指導者です。
神に愛され、神に用いられました。


神の力で奇跡も不思議なわざも行いました。


こうなると高慢になる人が多いですが、モーセはますます謙遜な者になりました。

謙遜は主に喜ばれます。


【ヤコブ4章6節】

しかし、神は、さらに豊かな恵みを与えてくださいます。ですから、こう言われています。「神は、高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお授けになる。」

神に忠実、従順な人は、当然 神の前でへりくだります。

しかしモーセの謙遜は人の前でも同じでした。


モーセにつぶやく者に対してモーセが見せた姿です。


【民数記14章5節】

そこで、モーセとアロンは、イスラエル人の会衆の全集会の集まっている前でひれ伏した。

【民数記16章4節】

モーセはこれを聞いてひれ伏した。


モーセが悪いことをしたから民に責められているのではないです。

この時も悪態をついているのは民の方でした。


モーセは悪に対して悪で報いず、ただ怒り狂っている民の前にひれ伏しました。

これは謙遜な姿です。



モーセは相手が多くて勝ち目がないので ひれ伏しているのではありません。


神がこれらを見て怒り、彼らを滅ぼそうとした時のモーセのことばを聞けばわかります。


【民数記14章19節】

あなたがこの民をエジプトから今に至るまで赦してくださったように、どうかこの民の咎をあなたの大きな恵みによって赦してください。

これは、なかなか口に出来ないことばです。


しかしモーセは神の栄光が現れることを いつも願っていましたので、神の赦しと憐れみが現れるように願いました。

どんな時でも民を愛する指導者でした。


そして主の栄光が自分のプライドよりも優先でした。

聖書が記録するモーセの謙遜な姿です。


【民数記12章3節】

さて、モーセという人は、地上のだれよりにもまさって非常に謙遜であった。


このように神に対して忠実、従順、謙遜な人が神の心に適わないわけがないですね。


私たちが神の心に適う者になるためには、これらのものすべてが必要です。


三つの中で一つもないのが 私たちの現状かもしれないです。

ですから神の心に適う者といまだに言われてないですね。


開き直るのではなく、「わたしの心に適う者」と言われるように目指したいと思います。
アーメン ( ̄‥ ̄)=3


2018.7.8
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使徒の働き29章は 私たちの働き

テーマは 『 使徒の働き29章は 私たちの働き 』 です

【使徒の働き28章31節】

大胆に、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。

本文のことばは、パウロの働きが書かれてあります。

彼は、訪ねて来る人たちを みな迎えて朝から晩まで語り続けました。


パウロは主に出会ってから伝道を始め、死ぬまで伝道のために いのちをささげました。


使徒の働きは 主の復活の後に 弟子たちが聖霊を受けて、イエス様から受けた命令に従って 人々に福音を伝えていく姿が記録されてあります。



どのようなことがあったのかを学びたいと思います。


使徒の働きは、聖霊を受けた使徒たちの 新しい働きから始まりました。


ペテロが他の弟子たちと立ち上がって、民に向かって初めてのメッセージを伝えたことで新しい時代が始まりました。

使徒の働きの時代です。


ペテロは大胆に福音を語りました。

キリストが救い主であり、メシヤであることを伝えました。


それによって何が起こったでしょうか?




最初の悔い改めが起こる




福音を聞いた人々は、使徒たちに次のように聞きました。


【使徒の働き2章37節】

「私たちはどうしたらよいでしょうか」

それに対して、使徒たちは このように答えました。


【使徒の働き2章38節】

「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。

そのことばを受け入れた者はバプテスマを受けました。

その数が三千人でした。彼らは弟子に加えられました。




最初の奇跡は3章に




生まれつき足のなえた人が、ペテロとヨハネによって完全に癒され、その人は歩くことが出来ました。


癒しの奇跡のためにペテロはこのように言いました。


【使徒の働き3章6節】

「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって歩きなさい。」



最初の迫害




最初の迫害は、大勢の人が信じることで危機感を感じた祭司たち、宮の守衛長、サドカイ人によって起こりました。

彼らは 使徒たちにこのように言いました。


【使徒の働き4章18節】

「いっさいイエスの名によって語ったり教えたりしてはならない。

このように厳しく命じました。




最初の執事たち




最初の執事たちが選ばれました。


信じる者が増えることで、問題も色々起こりました。

それらの問題を解決し、教会の働きをするための働き人たちが任命されました。


その時に、使徒たちは このように言いました。


【使徒の働き6章4節】

私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。」



最初の殉教者




最初の殉教者が出ました。


7人の執事の1人である聖霊と知恵と恵みと力に満ちたステパノが、敵意と妬みを持っていた人たちが投げた石に殺されました。


死んでいくステパノはこのように祈りました。


【使徒の働き7章59、60節】

「主イエスよ。私の霊をお受けください。

主よ。この罪を彼らに負わせないでください。



最初の異邦人の回心




神様は わざわざペテロに幻を見せて、彼を百人隊長コルネリオの家に遣わしました。


ペテロはそこで福音を語り、集まった異邦人たちが聖霊を受け、救われました。




最初の使徒の殉教者




使徒の中でも最初の殉教者が出ました。

ヘロデ王がヤコブを剣で殺しました。


しばらく立たないうちに 神がヘロデ王を打ったので、彼は虫にかまれて死にました。




宣教に対する最初の召命




アンテオケの教会で、パウロとバルナバが神の命令によって 異邦人宣教のために召命を受けました。


彼らは異邦人宣教のために すぐに出かけました。

このようにして福音は、エルサレムから全世界に広がるようになりました。


弟子が弟子を作り、彼らが福音を伝えることで、今も使徒の働きは続いています。

神の弟子たちへの使命です。


【マルコの福音書16章15節】

「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。

そこで彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えました。

主は彼らと共に働き、みことばに伴う しるしをもって、みことばを確かなものとされました。



私たちが弟子たちのように福音を伝えていく時に、主は 今も共に働いて下さいます。


使徒の働き29章は、実際に聖書にはないですが、使命を受けた私たち1人1人の働きが書かれなければなりません。

そして、その29章は、主の再臨の時まで続きます。


再臨の後は主の裁きの時ですから、その時は救いのチャンスはありません。


神は、私たちの働きによって一人でも多くの人が救われることを願い、また神の国が広がることを願っておられます。


アーメン (・∀・)

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みことばがあふれています!
八戸ノ里キリスト教会ホームページ

毎日、神様のことばを吟味して恵みを受けてくださいね
今日の「いのちのパン」

神様からの警告のことばです
警告のラッパ

地獄を見てきた聖徒の証です
幻と啓示~天国と地獄~

こんな時は聖書のどこを読めば良いの?
目的別みことば

金ヘス牧師のブログにもたくさんの恵みや知恵の種が蒔かれています。
金ヘス牧師のブログ

シャローム松山教会の礼拝メッセージです
すべての事について…感謝❤

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