からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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2016年11月

受けたものは流して行く

テーマは 『 受けたものは流して行く 』 です

【ルカの福音書6章38節】

与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人々を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。」

家の近くに 第二寝屋川がありますが、水の色がほぼ黒に近く、ごみや黒い油のようなものが浮かんでおり、時々 魚や亀やカモも見えますが、色は全部 “黒” で本当に汚い川です。


その理由は色々あると思いますが、私が感じるのは、流れないので汚い川になっていると思います。

ごみがある時に見ると 全く流れていないです。


時々 機械を使って波を起こすと、ごみは流れて どこかに消えていきます。

どこに流れていくのかは分かりません。

綺麗な川なら良いのに と橋を渡るたびに思います。


夏に上高地に行った時に川の水があまりにも透明で綺麗だったので、そのまま飲みたくなりました。

山からきれいな水が勢いよく下流に流れていくので、いつでも綺麗ですね。


受けても流さないと汚くなりますが、絶えず流すならば いつも綺麗です。


イスラエルのヨルダン川と 死海もよく比べられます。

ヨルダン川は綺麗ですし、大きな魚も住んでいて 主の弟子たちもそこで漁師をやっていた人たちでした。

ヨルダン川の水は綺麗で、泳いでいる魚も見ました。

そこで魚料理を食べたこともあります。


ヨルダン川から流れる水は、死海に向かって流れます。

死海は見た目は綺麗に見えますが、生き物が生息できないので “死海” です。

死海は、“受けるだけ受けて、流さないので死海” になりました。


私たちも受けたものを 流すか流さないかによって “ヨルダン川” にもなり “死海” にもなります。


イエス様は絶えず恵みを流して下さる方です。


皆さんが、認識しているか 認識していないかに関係なく、絶えず恵みを流しています。

私自身は何を見ても、そこに神の恵みが流れているのが見えます。


しかし、ある人はその恵みに気付かず、こぼしていながら 「自分には恵みがない」 と神につぶやいています。

また ある人は、手を握ってあげても 「こんなものは要らない」 と投げ捨てる人もいます。

ある人は受けた恵みを 自分のものだけにして、誰にもそれを流さない人もいます。


そばで困っている人、倒れた人がいても それが目に入って来ないです。

“自分さえ良ければ” という精神は、「貪欲」そのものです。


それは、サタンの思いです。
神様が忌み嫌う心です。


しかし受けた恵みを、きちんと流して行く人たちもいます。

その人たちは、いつも神様から新鮮な恵みを受けています。


他の人たちにも 良い恵みを流すので、神様は天を開いて その人が乏しくならないように与えて下さいます。


イエス様は 最初に弟子たちを遣わした時に このように語りました。


【マタイの福音書10章8節】

病人をいやし、死人を生き返らせ、ツァラアトに冒された者をきよめ、悪霊を追い出しなさい。あなたがたは、ただで受けたのだから、ただで与えなさい。

イエス様は、まず彼らに恵みと力を与えました。

そして それを使って他の人を助け、恵みを流すように命じました。


私たちが教会で互いに仕え合うことは、お互いが受けた恵みを流して行く姿です。


それによって、みんなが恵みを受けます。


“自分には流す恵みがない” というのは、言い訳に過ぎないです。

流したことがないので、気付いていないだけです。


私たちは、あらゆるところで、色んな人に恵みを流すことが出来ます。


やろうと “決心” すれば、何を流すべきかが分かります。

手を差し伸べれば、そこに恵みを流す対象がいます。


私たちはすでに多くの恵みを神から受けています。

最大の恵みは神から受けた愛です。


(私たちは神から)受けたので、この愛を流して行かなければなりません。

自分が救われたように、人も救われるように神を紹介し、祈りをささげ、世話をすることが 愛の恵みを流している姿です。


自分だけ天国に行くことを喜んだらいけないですね。

他の人も天国へ行けるようにするのが 愛ある姿です。


神が「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」と命じましたが、それは本来 私たちに出来ることでしょうか?


神の愛の恵みがないと出来ませんが、私たちが受けた神の愛を流して行くならば 出来ないこともないです。

そうすると、自分の愛ではなく、“神の愛” で愛することが出来ます。


「こんな私のような者も 神が愛して下さったならば、神はこの人をもっと愛しておられるかも」 と思って、受けた神の愛を流せば良いと思います。


愛を流さず自分だけにとどめるならば “自己愛” ですが、流せば “隣人愛” に変わります。

そして様々な神の恵みを体験したならば、感謝して終わるのではなく、恩返しを忘れてはいけないです。


恩返しは、恵みを流していくことです。

人から良くしてもらったならば、自分も誰かに対して良くしてあげれば、それが恩返しの連鎖になり 人間関係がとても良くなりますし、社会もよくなります。






私自身のことですが、34年前に輸血を受けて いのちが助かった経験がありました。

それがなかったならば、いま生きていないですね。


出産の時に出血多量で2度も意識を失くし、1日中輸血をしました。

それで助かりました。

それがあったので、自分も献血して誰かを助けたいと思いました。


毎年献血しようと思って2回しましたが、その後 法律が変わり、輸血した人は献血が出来なくなりました。

それがすごく残念でした。
それでも したかったので、奈良へ行って献血する所に行きました。


献血する前に問診票に記入しないといけないですが、過去に輸血した人は●をつけないといけないですが、私はそれにつけなかったです。

しかし過去に輸血をしたことが記録に残っていたので出来なく、それからは献血を諦めました。

その法律がないなら、今もずっと献血していると思います。


皆さんは良くしてもらったことはありませんか?
それを他の人たちに流していますか?


過去に終わった事として記憶にもないでしょうか?


【詩篇103編2節】

主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。

このように言われてありますが、記憶だけしなさいという意味ではなく、自分が受けた恵みを流すようにするならば 決して忘れることが出来ないです。


自分が神に赦されたならば、他の人のことも赦します。

赦された人はそれがどんなに素晴らしいことかが分かります。


【マタイの福音書6章14ー15節】

もし人の罪を赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたを赦してくださいます。

しかし、人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの罪をお赦しになりません。

私たちは罪赦されて “神の子ども” になりました。

ですから当然 神様は、私たちが人に対して赦すことを期待します。


しかし、(私たちが他人の罪を赦さず)期待外れになると、私たちが罪を悔い改めて赦しを求めても、神はそれには応じないと語っておられます。


【マタイの福音書6章14節】

もし人の罪を赦すなら、あなたがの天の父もあなたがたを赦してくださいます。

神の力が私たちに与えられたならば、神は私たちがその力を持って他の人を立ててほしいと願っています。


知恵の力もあり、金銭の力もあり、健康の力、能力の力もあります。

それを使って人を助けることです。


神様が今日のことばでも “与えなさい” と命じました。

このように あらゆる恵みを私たちが流して行く時に、神が栄光を受けます。


元々それは神から流れて来たものだからです。


与えたらどのようになりますか?

与えた人も、受けた人も 共に神様から祝福を受けます。

しかし与えた人の方が何倍も祝福されます。


本文のことばにその約束があります。


【ルカの福音書6章38節】

与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。

一番祝福を受ける人は、“与えた人” です。


神は偽りを言わない方であり、約束を真実に守る方です。


「与えると空っぽになり、損するだけで自分が困る」のではなく、何倍も主が報いて下さいますので さらに豊かになります。


その実例が聖書にも色々あります。

エリヤに与えた貧しいやもめが大いに祝福されました。


また 少年が差し出した小さい弁当で、5千人以上が食べる奇跡もありました。

与え続けた人が乞食になった話は聞いたことがありません。


反対に、たくさん持っていた人がすべてを失って乞食になった話はたくさんあります。

貪欲な心を持っていたイスカリオテ・ユダは結局祝福されることもなく自滅しました。


神様が自分に何かを与えて下さった時には、自分だけの恵みと思わず、それを誰に流そうか?と考えてみて下さい。


パウロは主の教えを守り通しました。

その告白が次の箇所にあります。


使徒の働き20章35節】

このように労苦して弱い者を助けなければならないこと、また、主イエスご自身が、『受けるよりも与えるほうが幸いである』と言われたみことばを思い出すべきことを、私は、万事につけ、あなたがたに示して来たのです。」

私たちも主のことばを心に刻んで、与えることが習慣になるようにしましょう。
v( ̄∇ ̄)v


2016.11.27
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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何を感謝するのか、なぜ感謝するのか

テーマは 『 何を感謝するのか、なぜ感謝するのか 』 です

【第1テサロニケ5章18節】

すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

神様は、すべての事について感謝しなさい と言われました。

感謝することは、主が喜ばれることであり、またクリスチャンとして当然すべきことでもあります。


聖書に感謝の言葉が入っている聖句を検索したら 186箇所出てきました。

もっとあるかも知れないですね。

内容を少し調べると、本当に様々なことで感謝がささげられていましたし、感謝しなさいという命令もありました。


キリスト教は感謝の宗教です。


感謝をいつも主に捧げていますか?

今日は特に “収穫感謝礼拝” ですので、タイトルを 「何を感謝するのか、なぜ感謝するのか」 にしました。


聖書を調べるとそれが分かります。


旧約聖書を読むと、ユダヤ人には三大祭りがありました。

その祭りは人間が決めたのではなく、すべて神の命令によって決められました。

そして その三大祭りは、すべて感謝祭でした。


それを理解すれば 私たちは “何を、なぜ感謝するのか” が分かります。

祭りの記録があるのは、出エジプト記23章、レビ記23章にあります。




過越の祭り




まず「過越の祭り」は、“種無しのパンの祭り” とも言います。

なぜなら続けてやる祭りであるからです。


【レビ記23章5-8節】

第一月の十四日には、夕暮れに過越のいけにえを主にささげる。

この月の十五日には、主の、種を入れないパンの祭りである。七日間、あなたがたは種を入れないパンを食べなければならない。

最初の日は、あなたがたの聖なる会合とし、どんな労働の仕事もしてはならない。

七日間、火によるささげ物を主にささげる。七日目は聖なる会合である。あなたがたは、どんな労働の仕事もしてはならない。」

神様は なぜ過越の祭りを行うようにしたのでしょうか?

それはイスラエル民族が解放されたことを感謝する祭りです。


エジプトで430年間 奴隷生活をしながら苦しんでいたイスラエル人を、神はモーセという指導者を遣わして解放する計画を立てて それを実行に移しました。


エジプト王パロがイスラエル人を解放しないので、神は10の災いをエジプトに下しました。

最後にあった わざわいが、エジプトにいるすべての初子が死ぬことでした。


神は事前にパロに伝えましたが、パロはその言葉を聞いても心をかたくなにして聞き入れませんでした。

“まさかそんなことは起こらないだろう” と、彼は神のことばを無視しました。


神はわざわいの時に イスラエル人を区別するために、助かる方法を教えました。


それは羊をほふり、その血を取り、家々の二つの門柱と、かもいにつけると、裁きが下る時に 神がその血を見て、その所を通り越して、そこには滅びのわざわいが起こらないようにすると言われました。


それを信じてイスラエル人は 言われた通りにして、初子が死ぬという悲劇に見舞われた家はありませんでした。


しかしエジプト人の間では、すべての家の初子が死んだので 大変な悲しみがありました。

このわざわいがあってパロはイスラエル人を解放しました。


イスラエル人は430年間の奴隷生活から完全に解放され、カナンの地に向かうことが出来ました。

解放されたことを忘れず、いつも感謝することを覚えさせるために、神はこの過越の祭りを行うように命じました。


教会では聖餐式がこれに当たります。


イエス様は、私たちをサタンの奴隷から神の子どもに、死から命に移すため 私たちのためにほふられた  “過越の小羊“ です。


(イエス様が)流されたその血によって、私たちは守られ 救い出されました。


サタンの奴隷から解放されたこと、救われたことを私たちは感謝しなければなりません。


霊的に “過越の祭り“ は、過越の小羊となったキリストを暗示します。

次のみことばにも書かれています。


【第1コリント5章7-8節】

新しい粉のかたまりのままでいるために、古いパン種を取り除きなさい。あなたがたはパン種のないものだからです。私たちの過越の小羊キリストが、すでにほふられたからです。

ですから、私たちは、古いパン種を用いたり、悪意と不正のパン種を用いたりしないで、パン種の入らない、純粋で真実なパンで、祭りをしようではありませんか。



五旬節




次の祭りは「五旬節」です。


【出エジプト記23章16節】

また、あなたが畑に種を蒔いて得た勤労の初穂の刈り入れの祭りと、年の終わりにはあなたの勤労の実を畑から取り入れる収穫祭を行わなければならない。

神様は収穫の刈り入れの初穂、すなわち春の収穫の時も 年の終わりの収穫の時も 祭りをするように言われました。


なぜかと言うと、大麦と小麦の収穫の時期が違っていたからです。


この祭りは、日々のすべての糧の生産者も供給者も、“主” であることを認め告白する意味があります。


種を蒔くこと、水を注ぐことは人間に出来ますが、成長させるのは神がなさることです。


私たちは日々の糧を得るために仕事をしていますが、仕事する資本である体は、神様が守って下さらないと自分の力では守れないです。


恵みによって糧を得たことに対して神に感謝することです。

また、この祭りにも霊的意味があります。


収穫の初穂は、“復活したイエス・キリスト” を象徴します。


【第1コリント15章20節】

しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。

この “復活” は信じる者に大きな希望を与えてあります。


それは私たちも復活の恵みに預かれるからです。


五旬節は、初穂をささげてから50日になる日に行われた祭りです。

この時は1日だけの祭りでした。


この日は労働せずに収穫の感謝を神にささげ、隣人との楽しい交わりをしました。


五旬節の霊的象徴は “聖霊降臨” です。


五旬節に聖霊が下りました。

私たちが神に感謝しないといけないのは、聖霊を私たちのために遣わして下さったからです。


聖霊なしには 生まれ変わることも信じることも、また神の子にふさわしく生きることも出来ないです。


私たちは日々この聖霊によって守られ導かれていますので、このことを大いに感謝しないといけないです。




仮庵の祭り




次の祭りは「仮庵の祭り」です。


【レビ記23章33-34節】

ついで主はモーセに告げて仰せられた。

「イスラエル人に告げて言え。この第七月の十五日には、七日間にわたる主の仮庵の祭りが始まる。

この祭りは1年間労苦して得た収穫の後に行う民族最大の祭りでした。


そしてこの祭りは、エジプトの奴隷から解放され40年間 荒野で生活した時も神が自分たちを導き守って下さったことを記念する祭りでした。


七日間家を離れ、野原に仮庵を建てて生活しながら過去の荒野生活を振り返り、信仰を新しくしていました。


聖徒たちは今、この祭りをどのように解釈して行うと良いでしょうか?


天の御国に向かって歩んでいる聖徒たちも、主に導かれ守られていますので、そのことを悟らないといけないですし、私たちが肉体という衣を脱ぎ捨てた後は、永遠に安息と平安がある天の住まいで主と共に生きることを悟り、救いを与えて下さった神に常に感謝をすることです。


ただ 衣食住が与えられたこと、そして健康であったこと、守られたことだけが感謝ではなく、もっと大きな霊的恵みが自分たちに与えられていることを覚えて、それを与えて下さった神に感謝することです。


神の一方的な愛と恵みによって救いを受け、日々守られ、助けられ、また天国への道、復活の祝福があることが感謝の内容であり、感謝すべき理由です。



なぜ今の時期に、教会では “収穫感謝礼拝” をするのかを少しだけ話します。


アメリカでの感謝祭の始まりは、1620年に信仰の自由を求めて、イギリスの聖教徒たちがメイフラワー号に乗って新大陸アメリカに渡って行きました。

厳しい冬と直面し、生活もままならず、渡った半分の人は いのちを落としました。

そして先住民に助けられた残りの人たちは、翌年1621年の時に 無事に収穫出来たもので先住民たちも招待し、自分たちを助けて下さった神に感謝をささげたのが感謝祭の始まりでした。


アメリカでは、11月の第四の木曜日が感謝際です。


日本では勤労感謝の日に近い11月の第四主日に礼拝をする教会が多いですが、その日に必ずしなければならないわけでもありません。

イギリスやドイツ、カナダなど感謝祭の日はそれぞれ違います。


“いつする” のが重要ではなく、感謝の心が重要であり、恵みを忘れず、覚えて生きることが大切です。


そして神が命じた感謝祭の内容を悟って、感謝をささげることが大切です。
.。゚+.(・∀・)゚+.゚

2016.11.20
収穫感謝礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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騒がしい世の中を見て思うこと

テーマは 『 騒がしい世の中を見て思うこと 』 です

【アモス書5章22-24節】

たとい、あなたがたが全焼のいけにえや、穀物のささげ物をわたしにささげても、わたしはこれを喜ばない。あなたがたの肥えた家畜の和解のいけにえにも、目もくれない。

あなたがたの歌の騒ぎを、わたしから遠ざけよ。わたしはあなたがたの琴の音を聞きたくない。

公義を水のように、正義をいつも水の流れる川のように、流れさせよ。

世の中がとても騒がしいです。

アメリカでは選挙の時も選挙が終わった後も、国民が騒ぎ出しています。


各地で暴動化しています。

それぞれ 今まで溜まっていた怒りやうっぷん、心配、無力感など様々な感情が一気に表面化してきました。


韓国でも昨夜100万人の人たちがデモを行いました。

そして、そのデモに対して「朴大統領はそこまで悪くない。」と反対する人たちもデモを行っていました。


同じ人間同士ですが、人間の考えは両極端です。


右翼と左翼、悪魔と天使、保守派とリベラル派、自由貿易と保護貿易など両極端を 時計の振り子のように行ったり来たりしています。


そして互いに激しくぶつかり合っています。

みんな自分の考えが正しいと思って、反対の意見に対しては激しく反発し、怒りをぶつけています。


これは今に始まったことではなく、昔からあることです。

それによって内戦が起こったり、戦争が起こったりします。


こうなると人々は戦いながらも、すごく不安を感じます。

社会が不安定になり、秩序が壊れることは、人々にとって とてもこわいことです。


それを狙って悪を働く者や自分の欲望を満たそうとする者が必ず出て来るからです。


アメリカと韓国は今とても揺れています。

韓国は現役の大統領に対して、“辞めろ” と連日デモが起こり、アメリカでは新しく大統領になったトランプに対して、彼を大統領として認めたくない人々が絶望的になってデモを行っていますし、トランプの支持者たちも 色々と過激的になっていて、いつまでこれらの状態が続くかわからない状態です。






わたしたちクリスチャンは、これらの状態をどのように見るべきでしょうか。


クリスチャンは肉の思いと肉の目だけで物事を判断してはいけないです。
それをすると、肝心な神様の計画とみこころを見ることが出来なくなります。


私たちが肉の思いに流されることを一番期待し喜ぶのはサタンです。


神様は、どんな状況の中でも 私たちが “神の目” で見ることを期待します。


世の中がどんなに両極端に分かれていても、神様は右にも左にもそれることなく 真理の道を歩きます。

それが人間とはまったく違います。


人間は都合によって、感情によって、また他人の意見や惑わしによって、いつでも手のひらを返すように心を変える信頼出来ない生き物です。


ですから人間がまともに生きようとするならば 主を恐れ、主のことばに従って歩むことです。


これ以外に道はありません。

歴史の審判者は、“神” であって 人間ではありません。


みんながまるで裁判官のように裁き合っていますが、それが正しいかどうかの判断は誰がしますか?

そこでも判断が分かれていきます。


このような人間の姿を見て、神が語るメッセージは何でしょうか?


【アモス5章24節】

公義を水のように、正義をいつも水の流れる川のように、流れさせよ。

公義と正義は神のことばです。

真理を行えば、右にも左にもそれることなく まっすぐに歩くことが出来ます。


まっすぐの道こそが公義であり、正義です。


【アモス書5章14-15節】

善を求めよ。悪を求めるな。そうすれば、あなたがたは生き、あなたがたが言うように、万軍の神、主が、あなたがたとともにおられよう。

悪を憎み、善を愛し、門で正しいさばきをせよ。もしや、ヨセフの残りの者をあわれまれるかもしれない。

人間は善人に見え、善を愛するように見えても、心の中を覗いてみると、神が語った次のような姿です。


【創世記6章5節】

主は、地上に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾くのをご覧になった。

【エレミヤ書17章9-10節】

人の心は何よりも陰険で、それは直らない。だれが、それを知ることができよう。

わたし、主が心を探り、思いを調べ、それぞれの生き方により、行いの結ぶ実によって報いる。






みなさんはこの言葉に反論できますか?

私の心には悪がないと――。


私は反論できません。なぜなら神が言われる通りの者だからです。

自分の中に いつも悪い思いがあることを知っています。


環境が悪いとか 人が悪いとか言う前に、自分自身が腐敗していることに まず気づかないといけないです。


そこで必要なのが、真理の道を歩まず脇道にそれて生きている自分の生き方を、まず悔い改めることです。


曲がった道にいながら、いくら正義と公義を叫んでも それはむなしいことばであり、それ自体が悪です。



自分の思い、主張、生き方が神の言葉に沿っているかどうかを、まず調べるのが先だと思います。


そして自分が真理の中にいるならば主張しても良いと思います。

また、公義と正義を行う生き方をするためには、次の聖書の言葉から学ぶ必要があります。

イエス様に対する預言のことばですが、そこに私たちが学ぶべき姿があります。


【イザヤ書11章1-5節】

エッサイの根株から新芽が生え、その根から若枝が出て実を結ぶ。

その上に、主の霊がとどまる。それは知恵と悟りの霊、はかりごとと能力の霊、主を知る知識と主を恐れる霊である。

この方は主を恐れることを喜び、その目の見るところによってさばかず、その耳の聞くところによって判決を下さず、

正義をもって寄るべのない者をさばき、公正をもって国の貧しい者のために判決を下し、口のむちで国を打ち、くちびるの息で悪者を殺す。

正義はその腰の帯となり、真実は胴の帯となる。

公義と真実を 帯として身に着けて初めて その力を発揮することが出来ます。


そういうものを持たない者が騒ぎ出すと国々は滅びていきます。

特に政治家たちはこれを備えていないといけないです。


すべての権力は、神がそれを使って 国と国民のために使うように与えているのに、それを自分の利益、また特定の人の利益のために使うことはとんでもないことです。


ですからその人たちも、そういう利益を捨てて主を恐れ、主のことばに従う時に 主の助けと恵みを受けるようになるでしょう。

そして一般市民に必要なものは、次のみことばです。


【ローマ12章16節】

互いに一つ心になり、高ぶった思いを持たず、かえって身分の低い者に順応しなさい。自分こそ知者だなどと思ってはいけません。

このように主のことばに立ち返り、自分がいま何をすべきかを わきまえて行っていくならば、平和の主が共にいて下さいます。


闇の力はどんどん人々の心に憎しみ、怒り、敵対心を入れて争うように仕向けますが、それに惑わされて悪の流れに流されてはいけないです。


ソドムとゴモラの町は、正しい者10人がいなかったために 主の裁きを受けて滅ぼされました。


罪から立ち返り、公義と正義、真実の心をもって行い、世界のため、人々のために祈る人が主の目には正しい者に映ります。

こういう姿に私たちがなることを主は願っています。


非難し傷つけ合うと ますます悪に陥るだけです。

このような時代を主のことばの知恵によって乗り越えていきたいと願います。
(*・ω・)ノ

2016.11.13
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教会の奉仕

テーマは 『 教会の奉仕 』 です

【第1コリント12章5ー7節】

奉仕にはいろいろの種類がありますが、主は同じ主です。

働きにはいろいろの種類がありますが、神はすべての人の中ですべての働きをなさる同じ神です。

しかし、みなの益となるために、おのおのに御霊の現れが与えられているのです。

イエス様こそ神に仕えた最高の奉仕者でした。

父なる神のみこころに従って、人々に仕えるために休む間がないくらい よく働きました。


夜は1人で神にお祈りをしていましたので、いつ寝る時間があったのかと思うほどです。


弟子たちと船に乗り、突風のせいで、船が揺れ、船の中が水浸しになった時 イエス様だけがぐっすり寝ていたのは、たぶん寝不足が続いて熟睡していて何も気づかなかったと思います。

寝たふりしたわけではないですね。


弟子たちも実によく働きました。

イエス様に見習って、1人1人が立派な奉仕者でした。


神から私たちはキリストのからだの器官であると言われましたが、それは “器官としての機能をしなさい” という意味が含まれてあります。


機能しないと器官としての意味がありません。


最近YouTubeで何万人も集まる韓国教会の聖歌隊の賛美を聞きましたが、聖歌隊員の数がものすごく多くてびっくりしました。何百人もいました。

その教会より人数が多い教会でも、一度に集まる聖歌隊員は100人前後ですから、その教会はそれよりも何倍もの数だったので びっくりしました。


それを見て感じたのは、聖歌隊の奉仕が1番人気があるのかなと思いました。

目立つところに、それも指定席のように、決まったところに座りますね。


大きい教会でも 実際は、様々な部署で奉仕者が足りないのが現状です。

清掃の奉仕とか食事当番とか、こどもの世話とかはあまり人気がないですね。

それでお金を払って人を使ったりします。


ある5000人集まる教会で、実際 奉仕している人を調べたら1500人くらいでした。

それは少しだけでも奉仕をしている人を入れた数です。


すると残りの3500人は何もしていないことになります。

すなわち失業者が3500人もいることです。


それは、イエス様の体の器官としての活動をしていないことを意味します。


何もしないことが楽で良いことでしょうか?

もし皆さんが社会で失業者の立場ならば、早く仕事に就きたいと焦る気持ちになると思います。


”神への奉仕を何もしなくて良いだろうか?“ということも考えないといけないです。


神は私たちに御霊の賜物を1人1人に与えて下さいました。

それは働きをさせる目的があったからです。


みなの益となるために 神様は私たちを選んで賜物を与えました。


その賜物を活かして働くことが奉仕です。






奉仕の精神は、イエス様から学ぶ事が出来ます。


【マルコの福音書10章45節】

人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。

これが基本的な奉仕の姿勢で、人に仕えることが奉仕の姿勢です。


クリスチャンが他の人から仕えられることだけを期待するならば、他の人に仕える機能を失ってしまいます。


教会に対して 愛がないとか非難的なことばを口にする人の中には、自分から人に仕えたことがない人も多いです。


いつも “してもらうことが当たり前” だと思っています。

それはみことばとは違う態度です。


私たちは、互いに仕え合うようにと言われています。

クリスチャンは主のしもべとして 人に仕えるように選ばれた人たちです。


父なる神もイエス様も聖霊様も弟子たちも みな人に仕えました。


その精神をもって聖徒たちは、体の器官として互いに仕えなさいと主から言われています。


奉仕にも働きにもいろいろあると最初から言われました。

それは同じ神様がそのすべての働きを任せて下さいました。


次の箇所にその様子があります。


【マタイの福音書25章15節】

彼は、おのおのその能力に応じて、ひとりには五タラント、ひとりにはニタラント、もうひとりには一タラントを渡し、それから旅に出かけた。

それで終わりではないですね。

よほど経ってから しもべたちの主人が帰って来て しもべたちと清算を始めました。


その中で一タラントもらったしもべだけに予想外の問題が生じました。

彼はもらったものを、地を掘って隠して 何も仕事をしませんでした。


他のしもべたちが様々な活動をしていた時に、彼は神の働きに無関心で自分のことだけをしていました。

きっと本人はそれでも大丈夫だと思ったことでしょう。


しかし主人は怒りました。

その態度は、主人への不従順な態度です。


主人は彼を厳しく叱りました。

そして主人は次のように語りました。


【マタイの福音書25章30節】

役に立たぬしもべは、外の暗やみに追い出しなさい。そこで泣いて歯ぎしりするのです。

このように命じました。


これで分かるように、自分に与えられたタラントと役割を決して ないがしろにしてはいけないです。


それを小さく考えてもいけないです。

神との清算が始まると大変なことになってしまいます。






また、奉仕はどこでするものですか?


もちろん教会の中にありますが、教会だけに限られているわけでもないです。


ある熱心なクリスチャン主婦が奉仕したい気持ちはたくさんありましたが、時間もお金も足りなく、奉仕の機会も与えらず悲しんでいました。


いつものように神の前に座って、自分の事情を話しながら、奉仕の道が開かれることを祈っていました。

すると小さい娘が近づき、やぶれた人形を直してほしいとせがまれました。


しかしそのお母さんは祈りが邪魔されたことが気に入らず、娘を叱って追い出しました。

祈りが終わって娘の所に行くと、娘は泣いて寝ていました。


その時に神様の声が聞こえました。

「どうしてあなたは手軽なことはないがしろにして、大きなことだけを求めているのか。」


それから彼女は心を変えて、すぐに出来る善行、近くにいる人への伝道奉仕を始めました。

後に さらに大きく神に仕える働き人になりました。


神様への奉仕でほめられた人たちを見ても それが言えます。


献金箱に1番たくさんのお金を入れたとほめられた人物は 金持ちではなく 1番貧しいやもめでした。

彼女にとっては自分に出来る最高の奉仕を主にしました。

自分にある生活費全部を献金箱に入れました。


離れた所で見ていたイエス様がそれを知り 感動しました。


感謝の心が見え、喜んでささげる姿は 主に仕える奉仕の姿です。


イエス様に高い香油を注いだ女性も イエス様にその奉仕のことでほめられました。


主のために自分が出来る大きなことはないと言わないでください。

小さなことのように見えても、それは重要なことです。


小さな奉仕が神の国を広げ、魂を救い、神様を喜ばせます。


裸の者に着るものを与え、病気の人を見舞い、空腹な者に食べ物を与えることも 主に対する奉仕です。

奉仕をする人は与える人で、神の国に投資する人です。


受けることばかり求める人は、与えることを投資だと思っていないです。

とにかく、その人たちは 手元に積み上げようとする人です。


しかし与える人が勝利し、受けてばかりの人は失敗します。

与えられた働きを一生懸命にやった人たちに対して、主はこのように語りました。


【マタイの福音書25章21節】

『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』

奉仕によって一番恵まれるのは、奉仕をした “本人” です。

神は絶対に ただ働きをさせる神ではなく、たくさんの利益を与えて下さる神です。


たくさん奉仕をした人は、天国に行くのも楽しみです。

自分のために どのような住まいが用意されているのかが知りたいですね。

どんな報いがあるのかが期待できますね。


働く時間はあまり残されてないです。働ける時に熱心に働いて下さい。


奉仕も喜んでして下さい。


主が注目していますから。
( ̄ー ̄)


2016.11.6
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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