からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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2014年10月

人間の中で今も働くサタン

テーマは 『 人間の中で今も働くサタン 』 です

【使徒の働き19章11-20節】

神はパウロの手によって驚くべき奇蹟を行われた。

パウロの身に着けている手ぬぐいや前掛けをはずして病人に当てると、その病気は去り、悪霊は出て行った。

ところが、諸国を巡回しているユダヤ人の魔よけ祈祷師の中のある者たちも、ためしに、悪霊につかれている者に向かって主イエスの御名をとなえ、「パウロの宣べ伝えているイエスによって、おまえたちに命じる」と言ってみた。

そういうことをしたのは、ユダヤの祭司長スケワという人の七人の息子たちであった。

すると悪霊が答えて、「自分はイエスを知っているし、パウロもよく知っている。けれどおまえたちは何者だ」と言った。

そして悪霊につかれている人は、彼らに飛びかかり、ふたりの者を押さえつけて、みなを打ち負かしたので、彼らは裸にされ、傷を負ってその家を逃げ出した。

このことがエペソに住むユダヤ人とギリシヤ人の全部に知れ渡ったので、みな恐れを感じて、主イエスの御名をあがめるようになった。

そして、信仰に入った人たちの中から多くの者がやって来て、自分たちのしていることをさらけ出して告白した。

また魔術を行っていた多くの者が、その書物をかかえて来て、みなの前で焼き捨てた。その値段を合計してみると、銀貨五万枚になった。

こうして、主のことばは驚くほど広まり、ますます力強くなって行った。

本文の中には、2つの強い力が現れています。

1つは神の力です。
聖霊に満たされたパウロは力強い働きをしました。


神は彼を使って驚くべき奇蹟を行いました。
どれほど神はパウロに力を注いだのか、身に着けている手ぬぐいと前掛けをはずして病人に当てると、その病気は去り、悪霊は出て行きました。

イエス様がなさった働きを、そのままパウロも行いました。


イエス様の働きを見ると、常に父のみこころを行いましたし、罪人を贖い、命を与え、悪魔のわざを滅ぼしました。


【Ⅰヨハネ3章8節】

神の子が現れたのは、悪魔のしわざを打ちこわすためです。

イエス様は実際、悪魔のしわざを打ちこわし、神の力が圧倒的に強いことを見せました。

その力を受けた人はサタンを打ちこわすことができます。


そして、もう1つの強力な力が出てきます。
サタンの力です。

聖書ほどサタンの正体を詳しく教える情報源はありません。


神様は人間が騙されることがないように正確に教えます。
それを知らないとサタンに騙されてサタンを受け入れ、サタンに支配されるようになります。






今回はサタンの力と特徴、働き、そして実際に人間の中に入ってどのようにその人を支配し滅ぼしていくのかを語ります。


【ヨハネの黙示録12章7-9節】

さて、天に戦いが起こって、ミカエルと彼の使いたちは、竜と戦った。それで、竜とその使いたちは応戦したが、

勝つことができず、天にはもはや彼らのいる場所がなくなった。

こうして、この巨大な竜、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれて、全世界を惑わす、あの古い蛇は投げ落とされた。彼は地上に投げ落とされ、彼の使いどもも彼とともに投げ落とされた。

今、皆さんは竜が 神とは思わないでしょう。
竜はサタンであります。しかし、もともとサタンが竜の姿をしているわけではありません。

サタンは堕落した天使です。ミカエルも天使でお互いに仲間でした。

しかし高慢になり神に逆らったため天から追い出されました。

悪霊はサタンの使いで、とても数が多いです。
サタンは悪霊のかしらであり、悪霊は常にサタンの指示を受けて人間世界の中で働きます。


このような内容を知らずに、多くの人たちが竜を力強い神として崇めています。

特に佛教を信じる国々は、竜を神として拝んでいます。その正体がサタンだとも知らずに――。


< サタンは、多くの名前で呼ばれています。 >

・アバドン(へブル語)…ギリシャ語でアポリュオン。意味は“破壊”です。サタンは盗み、殺し、滅ぼします。

・べリアル(へブル語)…意味は“無価値”です。

・ベルゼブル…意味は“悪霊の主人、サタン”です。


この他にも色々ありますが、今回はこのくらいにします。




サタンと悪霊の特徴




<力が強い>

悪霊にとりつかれた人は、悪霊の力によって祭司の息子たちに飛びかかり、ふたりの者を押さえつけて、皆を打ち負かすほど力がありました。

ゲラサ地方に行った時にも、イエス様の前に悪霊につかれた人が出てきました。その人は墓場に住んでいました。

どれほど力が強かったのかは、マルコの福音書5章に書かれています。


【マルコの福音書5章1-4節】

こうして彼らは湖の向こう岸、ゲラサ人の地に着いた。

イエスが舟から上がられると、すぐに、汚れた霊につかれた人が墓場から出て来て、イエスを迎えた。

この人は墓場に住みついており、もはやだれも、鎖をもってしても、彼をつないでおくことができなかった。

彼はたびたび足かせや鎖でつながれたが、鎖を引きちぎり、足かせも砕いてしまったからで、だれにも彼を押さえるだけの力がなかったのである。

誰の手にも負えないほどの力がありました。

なぜならば、彼の中に住みついている悪霊の数が多かったからです。


イエス様が悪霊に聞いた時に、次のように答えました。


【マルコの福音書5章9節】

それで、「おまえの名は何か」とお尋ねになると、「私の名はレギオンです。私たちは大ぜいですから」と言った。

レギオンとは、ローマ軍最大の軍団のことを言いますが、それほどの数だと答えました。

悪霊は大勢いて、サタンの支配下で命令を受けて、人々の中で力をもって働きます。



このように力があり、大勢いる悪霊は日々何をしているのでしょうか。


【Ⅰペテロ5章8節】

身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。

このように誰を殺そうかと全世界を周りながら人間を捜しています。

人間を捕らえ、汚し、人間の中に入って自分たちの思いのままにその人を使い、神に背信するように働きます。


聖書を読むと分かりますが、イエス様やパウロは悪霊にとりつかれた多くの人たちから悪霊を追い出しました。


悪霊にとりつかれたある人たちは誰の目にもその様子がおかしいです。

身体を傷つけたり、大声を出したり、人を襲ったり、ある人たちは悪霊によって病気にもなりました。

盲目で口がきけなかったり、てんかんや他の病を患ったり、数えきれない方法や手段を使って悪魔は今も働きます。


悪霊は自分の姿を隠して人間の中に入りますが、悪霊が入った後は その人を完全に支配し、自分の思いを入れて、その人をあやつり人形状態にしていきます。

そして、だんだんとサタンの力を現していきます。
また、その人に自分(サタン)の正体をばらす時もあります。






イエス様の前に立つとサタンは何もできませんでした。

自らが正体を言い、お手柔らかにして欲しいと願いました。

世には、サタンが自由に出来る人と出来ない人がいます。


イエス様やパウロや聖霊に満たされた人の前ではサタンは追い出されていきました。


しかし、サタンの正体をよく知らない人がキリスト教の信者であっても聖霊の力も受けず、口先だけサタンを追い出そうとしてもサタンは追い出されるどころか、逆に信者を攻撃してきます。そしてひどい目に遭わせます。

サタンを決して甘く見てはいけませんし、油断をしてもいけません。


ナイジェリアで活躍しておられる、T.B.Joshuaは預言や悪霊を追い出す働きをしていますが、人々の中にいる悪霊と会話をしている場面を何度も見ました。

そこでサタンがどのように人間の中で働くかを知ることができます。(※動画サイトでT.B.Joshuaのページを見てください。英語ですが映像で伝わります。)


サタンが人の中に入るのは、その人の背景も影響されます。

偶像崇拝をする家庭、親が子をサタンに捧げると誓うので、生まれた時にサタンが子どもの中に入ります。

また、クリスチャンであっても、その人が罪を犯すまで(近くで)待ち、その人が罪を犯した時に体内に入ってその身体を自分(悪霊)の住まいにします。このように、いつも人々についてまわっています。


サタンの目的は1つ、破壊です。


その人の人生、身体、家庭、財政、仕事などすべてを破壊することです。人の中に入ってその者を殺したいと言います。

重い鬱病や、中毒、執着などもサタンによるものです。

サタンが働くやり方は、人の中に混乱、偽り、怒り、憎しみ、姦淫、殺人を起こします。

また、まともな思いを奪って愚かな者にしていきます。


牧師や信者などの目をくらませて、悪霊の存在を見せないようにし惑わします。そして自分たちに仕えるように仕向けます。

つまり神を敬わないようにします。


サタンは間接的に人間を使います。
たくさん殺せば殺すほど、たくさん破壊をすればするほど、サタンはそのたましいを得て、彼らの所有権も全て得て自分のものにすると言いました。




光とイエスの御名




サタンが1番嫌うものは光であり、イエス様の名です。つまり光を持っている人です。

なぜならサタンは闇なので、光と混ざることが出来ず 追い出されるからです。

今まで悪霊が支配してきた者が神を求め、その心にどんどん神のことばや霊的なものを求めて光で満たしていくと、(悪霊は)何も働きが出来ないです。


そうすると、さらに大勢の悪霊をつれて来て、その者を殺す計画を立てます。

もちろん、本人には見えない世界で起こっていることは分かりません。
サタンはしつこくその者を破壊することを計画します。


しかし、その計画は失敗に終わることが多いです。
なぜなら、その人が主に向くと、その人を守る御使いが共にいるからです。

悪霊もそう言いました。「お前らを守るのはミカエル・御使いだ」と。


【へブル1章14節】

御使いはみな、仕える霊であって、救いの相続者となる人々に仕えるため遣わされたのではありませんか。





今も全世界でサタンは多くの若者たちを破壊しています。

「殉教すれば天国だ。」と惑わし、それまで普通の生活をしていた若者たちが人を殺し、また自分も殺されて死んでいます。

多くの人々があらゆる中毒症にかかって心も身体も破壊されています。このことから、どこでもサタンの働きを見ることができます。


今回の聖書本文でも、人々は悪霊の正体を目の前ではっきりと見て、悪霊がどれほど恐ろしい存在であるかを知りましたので、今まで魔術を行って人々を惑わしていた者たちは自分たちが使っていた書物を全て焼き捨てました。


神様の大いなる力と 自分たちを破壊するサタンの力、両方を目にして初めて目が覚めました。


初めて自分たちが長い間サタンに支配されていたことに気付きました。

そして主に立ち返りました。(悔い改め)

今、自分の中に光があるのか、闇があるのかは 自分で分かると思います。
Σ(゚д゚;)


【エペソ5章8-12節】

あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。

―光の結ぶ実は、あらゆる善意と正義と真実なのです―

そのためには、主に喜ばれることが何であるかを見分けなさい。

実を結ばない暗やみのわざに仲間入りしないで、むしろ、それを明るみに出しなさい。

なぜなら、彼らがひそかに行っていることは、口にするのも恥ずかしいことだからです。

2014.10.26
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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危険な状態とは?

テーマは 『 危険な状態 』 です

【エペソ5章3-7節】

あなたがたの間では、聖徒にふさわしく、不品行も、どんな汚れも、またむさぼりも、口にすることさえいけません。

また、みだらなことや、愚かな話や、下品な冗談を避けなさい。そのようなことは良くないことです。むしろ、感謝しなさい。

あなたがたがよく見て知っているとおり、不品行な者や、汚れた者や、むさぼる者――これが偶像礼拝者です、――こういう人はだれも、キリストと神との 御国を相続することができません。

むなしいことばに、だまされてはいけません。こういう行いのゆえに、神の怒りは不従順な子らに下るのです。

ですから、彼らの仲間になってはいけません。

韓国で換気口崩落事故で16人が死亡し、11人が怪我をしました。

もちろん安全対策がきちんと出来ていないことが1番の問題ですが、やはり1人1人が常に自分の身を守るための安全対策が本当に必要だと思います。


八戸ノ里教会近くの駅前交差点で信号待ちをしている時も、歩行者信号は赤で 多くの車が走っているにも関わらず、平気で道路を渡っている人をよく見かけますが、それを見ていつも「死んでも良いのか?」と思います。

安全というものに対して全くの不感症です。


この安全に対する不感症は多くのクリスチャンにも見られるものです。

自分の命が今 危険な状態であるのに、何の対策も考えず、自分は安全だと思って以前と変わらない生活を送っています。


1度生まれた人間は必ず死にますので、“死”そのものが問題ではなく、どのように死ぬのかが問題であります。

準備が出来ているならば心配はないです。
常に悔い改めて、主の御前に立つ準備がしっかりと出来ているならば良いですが、主に会う準備が出来ていなく、悔い改めもきちんと出来ていないならば、それは大きな問題です。


今回は、クリスチャンにとって何が「危険な状態」であるのかを伝えます。

メッセージを聞いて自分の霊的状態をしっかりと見てください。


まず、あなたに1つの質問をします。


天国へ行くことは難しいでしょうか?それとも簡単でしょうか?


簡単だと思っているクリスチャンが圧倒的に多いです。
その人たちが簡単だと思うのは次のみことばがあるからです。


【ローマ10章10節】

人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。

1度信仰告白をした者は、その後 何をしても、いのちの書に名前が書かれているので天国へ行くと思っています。

イエス様を裏切っても、人殺しや盗みをしても、悔い改めなくても問題なく天国に入ると思う信徒たちや、そのように教える牧師たちもいます。

昔、そのように教えた神学者がいたので そのように信じている人が多いです。


このことをあなたはどう思いますか?

この1つのことばで誰でも口で「信じます。」と言うならば、天国への切符を完全に手に入れたと思っています。


確かに救いは そのことば通りにして受けることができます。
しかし信仰生活すべてを遂げるのではありません。






また一方で、天国へ行くのは難しいと考える人もいます。それは次のみことばがあるからです。


【マタイの福音書7章13-14節】

狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者が多いのです。

いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。

このように書かれているので天国へ行くのが難しいと考えます。行く人が少ないと書かれています。



イエス様は次のように語りました。


【ヨハネの福音書3章5節】

イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることができません。

神に出会って生まれ変わったならば、その人自身も生活も変わったはずです。


また、神に出会った人は神の子どもになりましたので、次の箇所にあるように実行をしなければなりません。


【エペソ5章1節】

ですから、愛されている子どもらしく、神にならう者となりなさい。

信仰告白だけをして、後は今まで通りの生活を送っている人に「あなたは生まれ変わりました。」と本気で言えるでしょうか?――それは言えないです。


【ヤコブ2章26節】

たましいを離れたからだが、死んだものであるのと同様に、行いのない信仰は、死んでいるのです。

このように はっきりと語っています。

祝福のことばは、永遠に変わらないことばとして受け入れるのに、叱責や警告、呪いのことばは勝手に意味を変えたり、加減をして「神は愛だから、そんなことはなさらないでしょう。」と軽く流してしまいます。これが問題なのです。


こうなると自分の霊的状態が危険であるにも関わらず、安全だと思って悔い改めることもせず、ただ形式的な信仰を送ります。

そして自分が死に直面した時に、準備ができていないたましいとして悲惨な目に遭います。


エペソ5章の本文のことばは、信じる者たちに与えたことばです。
神のことばは曖昧ではありません。はっきりと語りました。

聖徒なら、聖徒に相応しい生き方をするのが当然のことです。それは神の命令です。


3節には“不品行も、どんな汚れも、またむさぼりも、口にすることさえいけません。”と語りました。

しかしクリスチャンたちがどれほど堕落したか分かりません。
不品行、汚れ、むさぼりを平気に行ってます。それを罪とも思わず、悔い改めることもせずに行い続けます。




アフリカ人女性の幻




あるアフリカ人女性が祈りの中で幻を見ました。

天からまばゆい白い衣を着た天使たちとイエス様が降りてくるのが見えました。
そしてイエス様と天使たちが大きな教会の方へ向かいました。


教会の中にはたくさんの人がいて、「主よ、入ってください!」と叫びました。
しかし、イエス様は「No!No! 私の教会が汚れている」と、とても怒り悲しんだ顔をして教会の中には入りませんでした。

次の瞬間、見ると御使いたちが1人1人に何かを当てました。
まるで空港で金属探知機を当てるような感じでした。


すると、1人だけ音が鳴りました。
その音が鳴った人だけが神の心に相応しい人で、多くの他の人たちは裸の姿でありました。恥ずかしい姿です。

これは信徒のどのような姿を現しているでしょうか?
それは黙示録に出てくるラオデキヤ教会の姿でした。次の箇所です。


【ヨハネの黙示録3章15-17節】

「わたしは、あなたの行いを知っている。あなたは、冷たくもなく、熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか、熱いかであってほしい。

このように、あなたはなまぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしの口からあなたを吐き出そう。

あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、 乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。

なまぬるい信仰生活によって、自分が危険状態であるのに、それを知らずに安全だと思い、なまぬるいままの信仰生活をして いつかは天国に入るから大丈夫だと思っています。

イエス様によって地獄へ行って来た人全員が口を揃えて言うことばは、地獄の中でも1番厳しい裁きを受けるところに数えきれないほど多くのクリスチャンがいたと証言しています。

イエス様はそのことをクリスチャンに知らせなさいということでクリスチャンたちに見せてくださいました。
クリスチャンは地獄にはいなかったと言う人は1人もいませんでした。


神様はラオデキヤ教会にいる信徒たちに次のように語りました。


【ヨハネの黙示録3章19節】

わたしは、愛する者をしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって、悔い改めなさい。

罪のままの姿では天国には入れないので、苦難や問題などを与えて、私たちがその中で悟って悔い改め立ち返ることを願っています。


愛の神様だからと何もしなくても天国に受け入れられるとは聖書のどこにも書かれていないです。






全世界とそこに住む人々、また教会や信徒たちに一番足りないのは“悔い改め”です。

既に神様の懲らしめは始まりました。
洪水、地震、戦争、噴火…すべてが既に始まったことを見せています。


神様はアメリカに対しても神に対する信仰から堕落している姿を見て、「この国の神は快楽だ。わたしはあなたがたの快楽地帯を打つ」と宣言をしていますし、
韓国に対しても多くの方たちに みことばを与えて「戦争」が近いうちに起こると宣言しました。


これはクリスチャンの堕落が問題です。


ハイチで伝道集会を開いた預言者が「ハイチ地震」を預言し、皆に悔い改めるように言いました。

それを聞いたクリスチャンたちが笑っていました。
しかし地震は2日後に起きて30万人くらいが亡くなりました。

韓国でも全面戦争が起こり、たくさんの人が死ぬと多くの預言者が言っています。
既に起きている色々な事故などは目を覚まして悔い改めるように主が叱っているのに、それに関心がありません。


クリスチャンも神よりは世を愛し、教会も悔い改めのメッセージよりは世の成功に関心をもってメッセージをします。

そしてあらゆる不義と快楽が教会の中にも浸透しています。主が忌みきらう汚れです。


「自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。」ということばがどれほど教会でメッセージされているでしょうか。

そして聖霊を妨害する教会や信徒がたくさんいて、神様はそれに対して必ず裁くと語りました。


私たちは異端の中にいてもいけないですが、聖霊のことは言葉では伝えても、実際に聖霊の働きを妨害する教会からは出なければなりません。


幸い、この教会では聖霊を認め、歓迎し頼っています。
ですから、聖霊の賜物も御業も見ることができます。




危険な状態に陥らないためには?




< 私たちが危険な状態に陥らないために >

常にイエス様を見上げ、キリストと共に歩みながらキリストに見ならう者にならなければなりません。

・信仰において勝利するためには、みことばをしっかりと学び、正しく分別をしなければなりません。


終わりの時には惑わしの霊がたくさん働きます。
その様子を「ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。」(Ⅰペテロ5章8節)と語りました。

みことばで分別をしないとサタンの餌食になってしまいます。間違えた教えに騙されてしまいます。


・罪はどのような罪でも徹底的に悔い改めて主に立ち返るようにしなければなりません。


悔い改めを後回しにすると ますます危険な状態になります。

最近起きた事故で亡くなった人たちを見てください。
楽しみの最中に突然亡くなりました。
山やトレッキング、コンサート会場でも、それは1%も死ぬとは考えられない時でした。


ですから私たちは罪から離れ、ますます自分をきよく保ち、主の前に立つことが出来るように目を覚まして悔い改めて、神の子どもに相応しく日々を送らなければなりません。
( ̄‥ ̄)=3

2014.10.19
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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神に失望したことがありますか

テーマは 『 神に失望したことがありますか 』 です

【ヨハネの福音書6章60-70節】

そこで、弟子たちのうちの多くの者が、これを聞いて言った。「これはひどいことばだ。そんなことをだれが聞いておられようか。」

しかし、イエスは、弟子たちがこうつぶやいているのを、知っておられ、彼らに言われた。「このことであなたがたはつまずくのか。

それでは、もし人の子がもといた所に上るのを見たら、どうなるのか。

いのちを与えるのは御霊です。肉は何の益ももたらしません。わたしがあなたがたに話したことばは、霊であり、またいのちです。

しかし、あなたがたのうちには信じない者がいます。」――イエスは初めから、信じない者がだれであるか、裏切る者がだれであるかを、知っておられたのである――

そしてイエスは言われた。「それだから、わたしはあなたがたに、『父のみこころによるのでないかぎり、だれもわたしのところに来ることはできない』と言ったのです。」

こういうわけで、弟子たちのうちの多くの者が離れ去って行き、もはやイエスとともに歩かなかった。

そこで、イエスは十二弟子に言われた。「まさか、あなたがたも離れたいと思うのではないでしょう。」

すると、シモン・ペテロが答えた。「主よ。私たちがだれのところに行きましょう。あなたは、永遠のいのちのことばを持っておられます。

私たちは、あなたが神の聖者であることを信じ、また知っています。」

イエスは彼らに答えられた。「わたしがあなたがた十二人を選んだのではありませんか。しかしそのうちのひとりは悪魔です。」

皆さんはいつも神様に対して感謝し神をあがめ、素晴らしい神様だと思っているでしょうか?
それとも神に失望して信じるのはやめようかと思ったことがありますか?


多分、神様に失望したことがあると思います。

祈れば聞かれると言われて、たくさん祈ったのに何も答えられたことがなく、熱心に仕えると祝福があると思って奉仕をしたのに祝福がなく、神様ならば止めることが出来た事故だったのに守ってくれなかった等。

教会でも主のためだと思って新しい計画を進めたのに、失敗に終わったから神様に失望して落ち込み、「神様は一体何をしているのだ」と、つぶやくことが多いと思います。


今日の本文にも1つの悲劇が書かれています。
弟子であった人々の姿です。

弟子とは、イエス様を見て信じ、どこまでも従って行きますと言ってついてきた人たちです。

イエス様があらゆる奇蹟を行いましたが、弟子たちの中には、その恵みを受けて癒された人もいたでしょう。

日々、素晴らしいみわざを現すイエス様を見て 喜んで従ってきました。
自分たちの要求、願いが通ったので喜んで従ってきました。


しかし、イエス様が自分たちに対して要求するものが出た時に、彼らは気を悪くして、その要求に自分たちが答えなければならないことを知ってから態度を変えました。

「何だ。祝福だけをもらおうと思って信じたのに、私が神のために何かをしなければならないのか。それはいやだ。」という思いが出て、「神様を信じるのをやめます。失望しました。」と言って 神様から離れていきました。






信仰生活は神と自分自身が関係を結ぶことです。

神様は私たちに語っておられます。
「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。(マタイの福音書11章28節)」 このことばが嫌いな人はいないと思います。

神様が良くしてくださると思って神に近づき、何でも神様が自分の願い通りにしてくださると、ここから神への誤解が生まれてきます。


私の願いは叶えられ、私の思いのままに神を動かせると勘違いをします。


「○○のために信じます。」「○○をしてくださるならば信じます。」「○○だから信じます。」と理由を並べるのを神様は喜びません。

神様は私たちが、神のみこころに従って歩むことを願っておられます。

教会に来られた人々の中でも「○○があるから教会には行けません。」と言う人がいます。


私たちは教会に 神様に会うために行きます。他の理由は大したことがないです。


神の御前に行き、神を信じ、神に頼ることを神様は求めておられます。

それなのに神に頼らないで、人やお金に頼り、神を無視しながら自分の思い通りにならないと「神様が何もしてくれないから失望しました。」と神のせいにして神様から離れていきます。

また、神様が要求するのは神のみことばに対する従順であるのに、みことばに対しても不従順でありながら、神が悪いと平気で言います。

私の要求が通るならば神様を信じますが、通らないなら信じませんと言うのは正しいことでしょうか――?






最近3分テレフォンメッセージで、マラキ書を語っていますが、当時のイスラエルの民たちは神に失望していました。


自分たちの思い通りになっていない現実を見て、「神様はなぜ私たちを祝福しないのですか。なぜこのような有様なのですか」と すごく不満を持ちました。

実際に彼らが神に失望したのは、神のほうに問題があるのではなく、神のみこころに従わず、勝手に歩んでいた彼らに問題がありました。しかし、そのことに気付いていませんでした。


それで神様は彼らが悟ってほしいと願って、ことば(神の質問)を色々と与えました。

(神)「わたしはあなたがたを愛している。」 → (民たち)「どのようにあなたが私たちを愛されたのですか?」
この答えを聞いても分かるように、どんなに神様から愛されていても、その愛に気付いていませんでした。


むしろ彼らは「神様は私たちを愛していない。愛しているなら、なぜ私たちが困っているのに助けてくれないの?祝福してくれないの?」という思いでいっぱいでした。

また、神様は「もしわたしが父であるなら、どこにわたしへの尊敬があるのか。もしわたしが主人であるなら、どこにわたしへの恐れがあるのか」と質問するほど、イスラエルの 民たちは神様へひどい態度を見せながらも、自分の間違った態度は棚にあげて神様への失望だけが心に満ちていました。


神様が何かを言うと、「何と うるさいことか」と心の中で言っていました。

神様に対して誤解し、神様に対して失望し、尊敬も栄光も捧げず、心が神様から離れ、神様が語ることばに対しても反抗的で不信仰であるならば誰が損をしますか?神様でしょうか?それとも その人たちでしょうか?






多くの人々が福音を聞きます。しかし反応は分かれます。

ある人は(神が語ったことばが)、自分が思ったことと違うと非難し悪口を言い、失望したと言って離れます。
また ある人は、自分の願いが叶えられて嬉しいと言ってついて来ますが、神様が要求するものを語ると「それは出来ません。無理です。時間がありません。」と言いながら、だんだん神から離れていきます。


しかし、ある人たちは何も自分の思い通りにならなくても救われた恵みにただ感謝して神を愛し、神を信じ、死に至るまで忠実に主に仕えます。

すると主はどの人を一番愛し、祝福してくださるでしょうか?それは言うまでもありません。


神を信じ、頼り、神から離れない人です。


私たちはどのようなタイプでしょうか?

すぐに「神様に失望した。何もしてくれないから、信じても意味がない。」と言うような人には絶対にならないようにしましょう。

これは神の恵みを知らず、神がどういう方なのか まだ分かっていない人が言うことばです。


詩篇116篇の告白を自分の思いとして告白してみてください。
(・∀・)つ


【詩篇116篇1-19節】

私は主を愛する。主は私の声、私の願いを聞いてくださるから。

主は、私に耳を傾けられるので、私は生きるかぎり主を呼び求めよう。

死の綱が私を取り巻き、よみの恐怖が私を襲い、私は苦しみと悲しみの中にあった。

そのとき、私は主の御名を呼び求めた。「主よ。どうか私のいのちを助け出してください。」

主は情け深く、正しい。まことに、私たちの神はあわれみ深い。

主はわきまえのない者を守られる。私がおとしめられたとき、私をお救いになった。

私のたましいよ。おまえの全きいこいに戻れ。主はおまえに、良くしてくださったからだ。

まことに、あなたは私のたましいを死から、私の目を涙から、私の足をつまずきから、救い出されました。

私は、生ける者の地で、主の御前を歩き進もう。

「私は大いに悩んだ」と言ったときも、私は信じた。

私はあわてて「すべての人は偽りを言う者だ」と言った。

主が、ことごとく私に良くしてくださったことについて、私は主に何をお返ししようか。

私は救いの杯をかかげ、主の御名を呼び求めよう。

私は、自分の誓いを主に果たそう。ああ、御民すべてのいる所で。

主の聖徒たちの死は主の目に尊い。

ああ、主よ。私はまことにあなたのしもべです。私は、あなたのしもべ、あなたのはしための子です。あなたは私のかせを解かれました。

私はあなたに感謝のいけにえをささげ、主の御名を呼び求めます。

私は自分の誓いを主に果たそう。ああ、御民すべてのいる所で。

主の家の大庭で。エルサレムよ。あなたの真ん中で。ハレルヤ。

2014.10.12
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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