からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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三つのことを目指す

テーマは 『 三つのことを目指す 』 です

【第1テサロニケ5章16-18節】
いつも喜んでいなさい。

絶えず祈りなさい。

すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

新年をどんな年にしたいと願っていますか?


2017年に対して様々な予測や預言が言われてあります。


神からのものなのか、そうでないかは実際に起こるまでは判断できないです。

世界がどう変わるか、日本がどう変わるかは分りませんが、自分に関しては変わらないといけないので、そのことは真剣に考えないといけないです。

何よりもすでに神から言われた大切なことは、絶対に無視してはいけないと思います。


本文のことばは、どの時代にあっても私たちが目指すべき大切な神のことばです。

これを抜きに神のみこころを行うことは出来ません。


今回は「三つのことを目指す」という内容で伝えます。




いつも喜ぶことを目指す




なぜ 喜ぶことが大切で必要でしょうか?


「別に喜ばなくても良いでしょう。誰かに迷惑かけるわけでもなく、罪を犯しているわけでもないのに」と思っている人がいるかも知れません。

ですが、いつも喜ぶべき理由があります。


まずは喜びがどこから出て来るのかを考えてみましょう。


喜びは、頭や外部からではなく、心から出てきます。

聖霊を受けた人と受けていない人には違いがあります。
心の状態です。


【ヨハネの福音書7章38節】

わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」

このように書いてあるように、聖霊が心に内住します。

そして喜びは、“生ける水の川” から出てくるものです。


喜びは御霊によるものです。


喜びは御霊の九つの実にも入っています。

生ける水の川が流れる心は とても重要な場所なので、心を見守るように言われました。


【箴言4章23節】

力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。

心が守られると、そこから絶えず いのちの水が流れて、私たちの心は潤って当然そこから喜びも出てきます。

しかし、心が守られないと 泉は枯れて心はどんどん砂漠化していき、喜びが出なくなります。


心が荒れて疲れ果ててしまいます。

ですから喜びも消えていきます。


“いつも喜んでいなさい” と言われるのは、すなわち心の泉からいつも生ける水が流れる状態を保つためです。


いつも喜んでいる状態は、心が守られている状態です。

いのちの泉も守られている証拠です。

そして聖霊に満たされている状態です。


自分の心の状態を知る1つのしるしが、この “喜び” です。

もし喜びがないなら、胃カメラで胃を調べるように、自分の心を覗いてみて下さい。


聖霊は見えず、何か違うものがそこに詰まっていると思います。

心に “あってはならないもの” が入っていると思います。


喜びがないな と思った時は、すぐに心の状態を調べて下さい。


パウロが迫害され、むち打たれ、ピリピの牢獄の中にいながらも喜んでいたのは、どんな時にも自分の心を守り、聖霊に満たされていたからです。




絶えず祈ることを目指す




現代の信徒たちの特徴は、“祈らないこと” です。


忙しいから祈れないという人が多いです。

本当にそうでしょうか?


忙しいと言いながらも、自分がしたいことは全部しますね。

食べること、テレビを見ること、スマホをいじること、雑談、趣味生活、仕事などの場合は「忙しい」と言って、しないことはないですね。


しかし聖書を読んだり、祈ったりする時間だけは「ない」と言います。

ある意味、私たちは嘘つきです。


自分のためには時間を使っても、神様には時間を使いたくないです。

そうしながら神体験を願い、祝福や恵みを求めます。

そして信仰が強くなることを願います。


なぜ神様は「絶えず祈りなさい」と言われたでしょうか。

神を知るために、神体験するために “祈りは必須” です。


みなさんがメッセージを聞いたり、賛美をしただけで 神体験や神を知ることは難しいです。

神を知るためには、神の前に出る必要があります。


イエス様がどう祈るべきかを教えました。


【マタイの福音書6章6節】

あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋に入りなさい。そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。

神の前に出て、静まる時間が祈りの時間です。

それは神との対面の時間です。


神を知り、神体験が多い人たちは みんな祈りの人でした。

ダニエルは祈るために、わざわざ仕事の合間でも家に帰りました。


一日三度時間を決めて毎日神に祈りました。

神は彼に会って下さいました。


祈ったらいのちが取られることを知っていながらも、いつもと変わらない姿勢で祈るために家に帰りました。

その後にダニエルはすごい神体験をしました。


飢えた獅子の穴に投げ込まれても、えじきにされず 御使いたちによって守られました。


神を信じると言いながら 神への知識、神体験もないことは恥ずかしいことです。

それでは信仰も成長しません。

ですから神はそんな者にならないように “絶えず祈りなさい” と命じました。


祈って下さい。
そうすれば必ず神体験をします。




すべての事について感謝することを目指す




昨年の事を感謝で終えましたか?

感謝で終えた人は、感謝で新年を始めたと思います。


「すべての事について感謝しなさい」と言われると、「アーメン」と答えない人も多いです。


「色々あったから出来ない」という思いがありますね。

神は出来ないことを私たちに要求するのではありません。


「すべての事について感謝する」ことは、すべての事を感謝で解釈することです。


同じものを見ても、感謝する人と感謝しない人の “差” は何でしょうか?

思い出してみましょう。


モーセがカナンの地を探らせるために12人の斥候を送りました。

40日後に彼らは帰って来ました。

10人と2人の報告が正反対でした。


感謝の信仰があったヨシュアとカレブは、神の言葉通りの良い地であったので感謝しながら帰り、うれしい報告をしました。


しかし別の10人は、高い城壁、背の高い住民を見て 恐れが入って、その地をとても悪く言いふらし、自分たちを導いた主に不平不満を言いました。


主のことばで見ると、すべてが感謝ですが、主のことばを忘れ、人間的な目だけで見ると不安と恐れで、不信仰に陥って感謝の代わりにつぶやきが出てきます。


同じものを見てもどう解釈するかは人それぞれ違います。

ですから環境や人のせいで感謝出来ないと言うのは言い訳です。






私たちが住む世界には悪いことがたくさん起こっています。

自然災害、テロ、病気、内戦や戦争がいつの時代にもあります。

ですから自分たちが災難にあったとしても、おかしいことではないです。


特別に悪い人がそのような災難に遭うのではなく、誰にでも起こり得ることです。


ですから苦難を乗り越えていくために、気落ちせず、失望しないため、信仰を守るためには “感謝の解釈” が必要です。


不幸な時、辛い時に感謝が出来ないと、不幸と辛さに飲み込まれてしまいます。

感謝が出来ないと、つまずいて信仰を捨てる場合もあります。


神から離れることは、自分のいのちに関わることです。


どんな時でも感謝することを身に着けるための訓練としては、辛い目にあった時は、いつもイエス様のことを思い出して下さい。


人から侮辱されたり、迫害されたり、ひどい目にあった時は、イエス様がひどい目にあった時の場面を思い出して下さい。

すると慰められます。


自分とは比べられない試練を主は受けながらも感謝しました。

それを学ぶことです。


主がなさったようにするならば、どんな時でも感謝することができます。

主を見るならば我慢が出来、感謝も出来ます。


すべての事について感謝する姿勢は、成熟した信仰の姿勢です。

成熟しているので、その感謝によって多くの実を結ぶことが出来ます。


これらの三つのことは、キリスト・イエスにあって 神が私たちに望んでおられることです。


神の期待に応えますか?

これら三つのことを実行するならば 世界がどう変わるかは関係がなく、充実した一年、成長する一年、祝福される一年になります。


世界の主権者は神です。

神はみこころを行う人を特別扱いして下さいます。


神体験、奇跡、守り、祝福を与えます。
(´∀`*)

2017.1.2
新年礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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イエス・キリストの偉大さに対する様々な証言

テーマは 『 イエス・キリストの偉大さに対する様々な証言 』 です

【マタイの福音書1章18-23節】

イエス・キリストの誕生は次のようであった。その母マリヤはヨセフの妻と決まっていたが、ふたりがまだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重になったことがわかった。

夫のヨセフは正しい人であって、彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密に去らせようと決めた。

彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現われて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。

マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」

このすべての出来事は、主が預言者を通して言われた事が成就するためであった。

「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)

本物と偽物を見分ける方法は色々ありますが、様々な証言や証拠によって見分けるのが1番確実です。


イエスがメシヤ(救世主)であり、偉大な神であることは、生まれる前からの証言やその他の証言、証拠などで間違いないことが はっきりとしています。

今回はその部分を調べてみたいと思います。


調べることもせずに勝手な思いや先入観で、“メシヤではない” と決めつけるのは、知恵のないことです。


私が8回くらい観た映画「ベン・ハー」は 1959年に初めて上映されましたが、来年リメイク版が上映されます。

アカデミー賞にて11部分を獲得した記録は、未だに破られていないようです。


その映画は小説「ベン・ハー」が原作です。

「ベン・ハー」を書いた「ルー・ウォーレス」は無神論者で、キリスト教が大嫌いでした。


それで彼は「キリスト教撲滅論」を書こうとイエス・キリストについて取材を始め、彼が実在の人物ではなく、救い主でもないことを証明しようと試みましたが、調べていくうちに だんだんイエス・キリストが実在の人物であることを信じざるを得ず、そのうち、彼自身がキリストを受け入れる決心をしました。


そして、キリストが救い主であることを書いたのが「ベン・ハー」です。


来年映画が上映されたら観て下さい。また、以前に作られた映画も観て下さい。




主の使いの証言




【マタイの福音書1章20節】

彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現われて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。

結婚が決まった婚約者に身に覚えのない妊娠が発覚された時に、正気でいられる人がいるでしょうか?

それは今の時代でもショックを受けます。


ましてや律法が厳しい時代のユダヤならば、女性はさらし者になり、律法によって殺されます。

ヨセフは正しい人だったので、内密に去らせようとしました。


マリヤを妻として迎えることは到底出来ませんでした。

とても辛い心でいる彼に、夢で主の使いが現れました。

主の使いという特別な存在が、自分が抱えている問題に触れたこと自体 彼には驚きでした。


人のことばなら受け入れられませんが、主の使いの証言ならば誰が信じずにおられるでしょうか。

ヨセフは主の使いのことばを素直に受け入れました。


もちろんどこまで理解したかは分かりませんが、偉大な人が生まれるということは信じました。




東方の博士たちの証言と証拠




【マタイの福音書2章1-2節】

イエスが、ヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東方の博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。

「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」

彼らは星に導かれて 遠い国からユダヤの地までわざわざ贈り物を携えて来ました。


国から招待されたわけでもない人たちが、わざわざ他国をいきなり訪問することがあるでしょうか?

伝承によれば彼らは王であったと言われています。


そういう身分の人たちならば、事前に様々な協議をして 日程を決めて訪問すると思いますが、彼らは不思議な星の導きによってユダヤまで来ました。

ヘロデ王は彼らの訪問を受けて戸惑いました。


それも自分たちは誰一人知らないユダヤの王としてお生まれになった方を拝みに来たと言われたので、人々は戸惑いました。

星はさらに彼らを導いて幼子がいる所まで案内しました。


もし そこに何もなかったならば、彼らは自分たちの勘違いと思って失望して帰ったと思います。

しかしその場所で幼子を見つけたので、贈り物をして大喜びで帰りました。




バプテスマのヨハネの証言




【マタイの福音書3章11節】

私は、あなたがたが悔い改めるために、水のバプテスマを授けていますが、私のあとから来られる方は、私よりさらに力のある方です。私はその方のはきものを脱がせてあげる値うちもありません。その方は、あなたがたに聖霊と火とのバプテスマをお授けになります。

バプテスマのヨハネの存在と働きは、旧約聖書で預言されてありました。


【イザヤ書40章3節】

荒野に呼ばわる者の声がする。「主の道を整えよ。荒地で、私たちの神のために、大路を平らにせよ。

彼がその働きをした時に人々がその働きを認め、彼から水のバプテスマを受けるためにユダヤの全地域の人々が集まりました。


そして、そのバプテスマのヨハネに 神は “メシヤを見分ける方法” を教えて下さいました。

それが次の箇所にあります。


【ヨハネの福音書1章32-34節】

またヨハネは証言して言った。「御霊が鳩のように天から下って、この方の上にとどまられるのを私は見ました。

私もこの方を知りませんでした。しかし、水でバプテスマを授けさせるために私を遣わされた方が、私に言われました。『聖霊がある方の上に下って、その上にとどまられるのがあなたに見えたなら、その方こそ、聖霊によってバプテスマを授ける方である。』

私はそれを見たのです。それで、この方が神の子であると証言しているのです。」

人々から尊敬され、敬虔であるバプテスマヨハネが嘘の証言はしないはずです。




神とモーセとエリヤの証言



【マタイの福音書17章1-5節】

それから六日たって、イエスは、ペテロとヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に導いて行かれた。

そして彼らの目の前で、御姿が変わり、御顔は太陽のように輝き、御衣は光のように白くなった。

しかも、モーセとエリヤが現れてイエスと話し合っているではないか。

すると、ペテロが口出ししてイエスに言った。「先生。私たちがここにいることは、すばらしいことです。もし、およろしければ、私が、ここに三つの幕屋を造ります。あなたのために一つ、モーセのために一つ、エリヤのために一つ。」

彼がまだ話している間に、見よ、光り輝く雲がその人々を包み、そして、雲の中から、「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。彼の言うことを聞きなさい」と言う声がした。

モーセとエリヤは旧約時代の実在人物で、モーセは律法の代表者、エリヤは預言者の代表者のような人物で、民から最も尊敬されていました。


すでに天に召された2人が、突然姿が変えられたイエス様と話していることは、イエス様が普通の人間ではなく、神が遣わしたメシヤであることの証拠になります。


そして真の神ご自身が雲の中に現れて はっきりと証言して下さいました。

「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ」 と。


歴史人物の中で誰がこのように証言されたでしょうか?


自分で勝手に話を作る人は多いですが、このような証拠はありません。

中でこういうことをされた人物がいたでしょうか。


目の前で不思議な光景を見た弟子たちが証言しました。




悪霊の証言



【ルカの福音書4章41節】

また、悪霊どもも、「あなたこそ神の子です」と大声で叫びながら、多くの人から出て行った。イエスは、悪霊どもをしかって、ものを言うのをお許しにならなかった。彼らはイエスがキリストであることを知っていたからである。

悪霊は霊の存在であるから、私たち人間よりも霊的なことに対しては優れています。


イエス様が現れると、悪霊どもは自分たちの存在がばれて、人々から追い出されることを知っていました。

なぜなら闇は光の前では消えるしかないからです。


ですから、いつも悪魔は 先に色々とイエス様に話しました。


時には「追い出さないで下さい」と言ったり、抵抗したりもしましたが、いつもイエス様は悪霊を追い出して人々を助けました。

嘘つきである悪霊さえイエス様の前では嘘が言えませんでした。


人々の前でイエス様が「神の子です。」と はっきり言いました。




主の言葉を聞いた群衆たちの証言



【マタイの福音書7章28-29節】

イエスがこれらのことばを語り終えられると、群衆はその教えに驚いた。

というのは、イエスが、律法学者たちのようにではなく、権威ある者のように教えられたからである。

主は毎日 人々に教えました。

その教えは素晴らしく、どこでも人々が集まり、その教えを喜んで聞いていました。


その言葉で人々のたましいを導き、慰め、励まし、いやし、奇跡などを行いました。

今まで誰もやったことのない奇跡や、権威あることばを語るので、人々はイエス様を救い主として受け入れました。


同じことばを聞いても、妬みや宗教の霊に縛られた祭司や律法学者たちは 心がかたくなであるのでイエス様を拒否しました。

しかし一般の人々はイエスをメシヤであると証言しました。


これらのことを見ても、イエス様が救い主であり、偉大な方であることの証明になったと思います。


これ以外だれの証言や証拠が必要になるでしょうか?

もしイエス・キリストをメシヤとして認めないならば、その人はそのことを証明しなければなりません。


ユダヤ人の多くはメシヤとして認めず、未だにメシヤを待つ人が多いですが、最近はイエス様が多くの個人の前に直接現れて、多くのユダヤ人がその瞬間変えられてメシヤとして認めています。

今ありえないことがイスラエルや中東で起きています。


どんな神でも良いと言う人は多いです。


道徳的には正しく生きられるとは思いますが、魂が死ぬか生きるかが懸かってあります。


罪は善行では消えないですね。


私たちの罪を贖って天国に導きたいと願って 地上に来られたイエス・キリストを、その時代の人々が救い主であると証明しました。


目を開けて、耳を開いて、その証言をしっかりと聞いて下さい。

信じますか?それとも信じられないですか?


今度は信じる者が新たな証言をする番です。

主は偉大な神です。
メシヤです。


そして再び再臨なさる方です。
( ̄‥ ̄)=3

2016.12.25
クリスマス礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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