からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★


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聖霊の働きとは

テーマは 『 聖霊の働きとは 』 です

【ヨハネの福音書16章7-14節】

しかし、わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。それは、もしわたしが去って行かなければ、助け主があなたがたのところに来ないからです。しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします。

その方が来ると、罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせます。

罪についてというのは、彼らがわたしを信じないからです。

また、義についてとは、わたしが父のもとに行き、あなたがたがもはやわたしを見なくなるからです。

さばきについてとは、この世を支配する者がさばかれたからです。

わたしには、あなたがたに話すことがまだたくさんありますが、今あなたがたはそれに耐える力がありません。

しかし、その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたを真理に導き入れます。御霊は自分から語るのではなく、聞くままを話し、また、やがて起ころうとしていることをあなたがたに示すからです。

御霊はわたしの栄光を現します。わたしのものを受けて、あなたがたに知らせるからです。

神であるイエス様が人間になったのは、人間になりたかったのではなく、人間の罪を贖うためには 人間の姿になって十字架にかかって罪を清算しなければならなかったからです。


そして十字架にかかり、人間としては死にました。

墓に葬られ、三日後に栄光の体に復活しました。


イエス様は復活した栄光の体で 私たちの所に留まらず、助け主 すなわち聖霊を遣わすと約束されました。


聖霊は すべてイエス様のものを受けて、イエス様への栄光を現わすと(イエス様が)前もって教えて下さいました。

そして聖霊を受けなさいと命じました。


私たちは、聖霊なしにイエス様を信じることが出来ないです。

それは なぜか、そして 聖霊がどのような働きをするのかを今回は学びたいと思います。




聖霊は私たちの罪を悟らせる





【ヨハネの福音書16章8節】

その方が来ると、罪について、義について、裁きについて、世にその誤りを認めさせます。

聖霊が私たちに罪について悟らせるのは、世の基準での罪の判断ではありません。


世が示す罪は どのようなものかを教えなくても、人々は悪いことをすると罪の自覚が出てきます。


しかし 聖霊が悟らせる罪は、人間の自己中心的な生活から出てくる罪や 神を神と思わず、偶像崇拝の不信仰の罪、言い換えれば、神への不従順、そして救い主イエスを信じない不信仰のことなので、それを見て責めます。


聖霊の働きは、世にいる人々に(イエスを信じない)不信仰の罪を悟らせ、人々を死と罪の刑罰から救って下さるイエス様に導きます。


誰も聖霊の導きなしに自分の罪を悟ってイエス様のところに来る人はいませんし、イエス様を主とも言えないです。



【第1コリント12章3節】

聖霊によるのでなければ、だれも「イエスは主です」と言うことはできません。

私自身も聖霊から「あなたは罪人ではないのか」と罪を指摘されて、初めて自分の罪に気付きました。


罪を犯していないからではなく、罪があるのに、それが罪であるという認識がなかったので、何も考えずに 日々過ごしていました。


指摘されて初めて、それが罪であることに気付きました。

神の前に罪を犯してない人間は1人もいないと聖書は はっきりと指摘しています。


しかし、それを知らない人に罪の話をしても「私は罪なんか犯していない」と否定します。

ですが、神様は罪が赦される道をイエス様によって完成しましたので、すべての罪は悔い改めるならば 神から赦しを受けることが出来ます。


だけど、不信の罪を悟らせる聖霊の働きを拒否し(罪を)認めないならば、その罪は赦されません。


【マタイの福音書12章32節】

また、人の子に逆らうことばを口にする者でも、赦されます。しかし、聖霊に逆らうことを言う者は、だれであっても、この世であろうと次に来る世であろうと、赦されません。

クリスチャンとは 聖霊の導きによって自分の罪を悟り、罪を悔い改め、イエスを主と告白する人たちです。


聖霊が自分の罪を指摘する時は、敏感に反応して悔い改めて罪から離れ、聖い生活を目指しましょう。




聖霊よって私たちは生まれ変わる




生まれ変わる とは、罪によって死ぬしかない罪人が イエス様を信じることで永遠のいのちを受けることを指します。

“ただ心を入れ替える” ことではないです。


聖書では、生まれ変わることを次のように言われます。


【ヨハネの福音書3章6節】

御霊によって生まれ変わる

神様は 私たちが肉体を持って生まれるようにした後に、聖霊によって新しく生まれ変わるようにします。


聖徒は、自分が罪人であることを聖霊の指摘で悟り、罪を悔い改めて、罪を赦す権威のあるイエス様の血潮を信じることで救われます。

生まれ変わることは霊的救いを受けることを意味し、さらに人格と心に変化が起こることを意味します。


聖徒が生まれ変わると聖霊はその人の心の中に住み、そこに神の愛を注ぎます。

それで聖徒は、生まれ変わる前の悪い行いを捨てて、日々変わりながら聖霊の実を結ぶようになります。


自分は一生懸命に努力をしているのに、なかなか変わることが難しいという人が意外と多いですが、それは根本的に間違えています。

自分の努力で変わるのではなく、聖霊に頼る時に、聖霊の働きによって変わることが出来て、聖霊の実を結ぶことが出来ます。


聖霊なしに生まれ変わることは、100% 無理です。

自分で自分の罪を赦すことは出来ないですし、死からいのちに移すことも出来ないです。


自分に出来ることと、出来ないことがはっきりとしています。
出来ないことを頑張っても出来るわけがないです。


ですから聖徒は、自分の中に聖霊を迎え入れ、自分の中で働いておられる聖霊にいつも頼り、感謝と賛美をささげないといけないです。


霊的なことは すべて聖霊なしですることは出来ません。

生まれ変わった状態を次のように説明しました。


【第2コリント5章17節】

だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。



聖霊は私たちを助けて下さる




聖霊の住まいは、聖霊を受け入れた人の心の中です。

なぜ そこを住まいにするのでしょうか?


それは、聖徒たちと共に歩みながら いつでも聖徒を導き助けるためです。

聖霊は聖徒の保護者の働きをしておられます。



【ヨハネの福音書14章17-18節】

その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。

わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻って来るのです。

もし私たちが聖霊の助けなしでも立派なクリスチャンになれると思うならばそれは大きな錯覚です。

それは高慢な思いです。


「神のことばがあるし、それを行えば立派なクリスチャンになれるから、別に聖霊は要らない」 という人たちもいますが、自分たちに神のみことばを行う力がありますか?


パリサイ人たちのように、うわべは神のことばを実行しているように見えても 心の中は変わりませんでした。

それはイエス様が語った次のことばの通りです。


【マタイの福音書23章28節】

そのように、おまえたちも外側は人に正しく見えても、内側は偽善と不法でいっぱいです。

頭では分かっているのに自分の弱さの為、再び罪に巻き込まれることは いくらでもあります。


その時に誰の助けを求めますか?

自力では なかなかそこから抜け出られないです。


しかし聖霊に助けを求めるならば、聖霊は助けて下さいます。


聖霊の実を結びながら、正しい聖徒の生活を送るためには いつも聖霊の助けを求めなければなりません。


聖霊は聖徒たちの痛みや傷を癒し、導き助けて下さいます。

助けて下さる聖霊の働きが 次の箇所にあります。


【ローマ8章26-27節】

御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。

人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。なぜなら、御霊は、神のみこころに従って、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。

聖霊は私たちを孤児にさせず、助けるためにイエス様が遣わした方ですから、いつも頼り、また助けを求めましょう。


信仰を守るのもだんだん難しい時代になってきました。


ですから聖徒たちは さらに聖霊に頼りながら、この世と罪から自分を守り、聖霊の力を受けて大胆に神の子どもとしての歩みをしていきましょう。
(´∀`)


2015.11.22
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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感謝が人生を変える

テーマは 『 感謝が人生を変える 』 です

【詩篇136編1-3節、23-26節】

主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。

神の神であられる方に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。

主の主である方に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。


主は私たちが卑しめられたとき、私たちを御心に留められた。その恵みはとこしえまで。

主は私たちを敵から救い出された。その恵みはとこしえまで。

天の神に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。

今日は収穫感謝礼拝を主に捧げます。


あと1か月半で今年も終わります。あっという間です。


主から受けた恵みを全部覚えていますか?

感謝をしましたか?


昨日パリで連続テロ事件が起こり、世界をびっくりさせました。

フランスにとっては悪夢の日でした。
百何十人が死亡し、多くの人が負傷しました。

テロは突然 何の前触れもなく起こり、多くの尊い いのちが突然奪われました。


6ケ所でテロが起こりましたが、コンサート会場で一番多くの死者が出ました。

アメリカのロックバンドのコンサートでしたから、犠牲者の多くは若者だと思うので、短い人生で終わった人が多かったと思います。


最近はテロ爆発事件で亡くなる人も多いので、自分が いつどこで人生が終わるか分からないです。


人生は短いです。

その人生をどのように生きるかがとても重要です。

ある人たちは人生がいつまでも続くと勘違いしながら生きていますが、人生は短いです。


歳を重ねていくと人生はさらに短く感じます。


しかしある意味では人生は長いです。

まだまだ夢のために、ビジョンのために生きる時間が残されているからです。

そして死後の世界もあるので、その意味で人生が終わることはありません。


「人生とは何か」を論じても それはむなしいですし、答えるのも難しいです。

しかし日々をどのように生きるかによって、人々は自分の人生に対しては答えを出すことが出来ます。


何よりも良い人生を造り出すためには、感謝に優れていないといけないです。


感謝が多い人はまず表情が明るいし、肯定的な人生を生きていますので、幸せオーラが出ています。


反対に 感謝せず、何かと不満が多い人は 表情が険しく、不幸がにじみ出ています。


どちらが良い人生であるかは、見た目でも判断が出来ます。






今回は “ 感謝が人生を変える”  ことに対して話します。


詩篇136編は神の前で感謝をする みことばです。


この箇所には感謝の原理があります。

1節から26節まで 感謝の内容が並べられていますが、神からの受けた多くの恵みを思い出しながら、1つ1つ感謝する内容でした。


主が良くして下さった恵みを忘れないことは良い事です。


しかしそれを神の前に1つ1つ取り上げながら感謝することは神がとても喜ぶ事です。


人間関係においても、もし過去に人から受けた恵みを忘れず、何年後でも相手に感謝を忘れていないことを伝えると「昔のことなのに、未だに覚えているんですか?」と驚きながらも嬉しい気持ちになります。


しかし受けた恵みに対して覚えておらず、感謝のことばも無いならば どのような気持ちになりますか?

これからは何もしないと心で決心しますし、したくなくなります。


皆さんは受けた恵みをよく覚えていますか?

そして感謝もしていますか。

感謝は日々の生活の中から生まれて来なければなりません。


私たちの日常は毎日がお祭りではありません。

平凡であるから、感謝そのものを忘れることが多いです。


特別に良いことがあると感謝しやすいですが、そうではないと感謝することもなく、1日が終わることが多いでしょう。


しかし平凡な日常の中でも感謝することを捜して感謝することが大切です。


私たちは食事の時に食べ物に対して感謝の祈りをします。
それは本当に感謝な事です。


イスラエルの民は40年間 荒野を通りましたが、その間ずっと神が与えた特別な食べ物・マナを食べて生きました。


最初は喜んで感謝して食べましたが、しかし しばらく経たないうちにマナに対して悪く言い始めました。

「こんな みじめな物は食べたくないし、もう飽きた。」
感謝が消えて、文句を言いながら “ 肉が食べたい ” と要求しました。


しまいには、奴隷の時を懐かしく思いました。
それには神様もびっくりでした。


もしマナが毎日与えられなかったならば、イスラエルの民は全員荒野で飢え死したと思います。

それは彼らにとっては いのちのパンでした。


しかし毎日与えられると、それが当たり前になり、感謝することもしなくなりました。


昔より今は食べ物が豊富ですが、昔より食べ物に文句を言う人が多いです。

毎日 食べ物があることは すごく感謝で、毎日ご飯が食べられることは素晴らしい恵みです。


神戸地震の時にいつも冷たいおにぎりばかりを食べていた避難民たちは 温かいご飯を食べた時にしみじみと温かいご飯のありがたさを感じました。


そのように平凡な日常の中に感謝なことは たくさんあります。


まずは平凡な日常の中で感謝するものを捜して感謝することです。
それは目に見えるものだけではありません。


昨日 電車で帰る時に、どのような感謝があるのかを考えました。

そしたら正常に呼吸していることが感謝でした。

以前、呼吸困難になったことがありました。


息をすることの しんどさを初めてその時に感じました。

苦しくて酸素缶を買い、酸素を吸いました。1本1000円でしたが、2本買って吸いました。

少しは楽になりましたが、高かったです。


お金も支払わず、タダで空気を吸って呼吸していることは、実はすごく感謝なことです。


見えること、聞こえること、歩けること、話せることも大きな感謝です。


ですから、探せば 感謝出来ることがいくらでも出てきます。

失ったものや、無いものばかりを考えながら生きると、感謝が出て来ることはないですが、あるものに目をとめると、すべてが感謝に変わります。


人生の晴れの日に感謝するのは一般的です。


しかし、人生の雨の日に感謝ができるのは 聖霊充満な人生です。


そのためには普段から すべてを主の手にゆだね、たとえ最悪の状況に出会っても感謝をすると、自分の心に決めておくことが大切です。


なぜなら主の約束のことばがあるからです。


【ローマ8章28節】

神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。

約束を信じて、心の準備をしておかないと、最悪の時に信仰が揺れ動いて倒れやすくなります。


そして私たちの感謝の出発は「主は慈しみ深い方であり、その恵みはとこしえまで」と信じる信仰からです。

信仰と感謝は比例します。


信仰の目で見ると感謝することがとても多いです。

神様に対する信仰が強いと感謝もそれに比例して多くなります。






神はどのような方ですか?
世界で一番偉大な方です。


神の神、主の主とは、神の偉大さと絶対主権を現すことばです。


人間の力と努力だけで、何かを成功させることは出来ないです。
神の恵みなしにすべては不可能です。


尽きない神の恵みがあって すべてが動いていますし、祝福されています。


苦難と問題の中にいる人が、今 いるかも知れません。


しかし人生の問題は、視覚と思いと信仰の問題です。

信仰があるので すべてが栄え、問題も起こらないとは神が約束していないです。


何があってもいつも喜び、絶えず祈り、すべてについて感謝するのが信仰だと教えました。


太陽の光も、苦難の雨も聖徒たちに降ります。

それは苦難の中で 私たちの人格を整え、肉の視覚を信仰の視覚に変えるためです。

試練の中で聖徒たちは変わっていきます。


イエス様に似る者にするために、“試練”という炉を通ります。


様々な問題の炉を通りながら、内側にある不純物が取り除かれ、聖くなり、悟りを得、問題を克服していく過程の中で さらに成熟していくことが多いです。


ですから、私たちが試練の荒野を通る時には、環境の変化を祈る前に、自分自身の変化のためにまず祈ることです。

また、どんな環境の中でも感謝出来る者になれるように祈ることです。

自分が変わると環境も不思議に変わります。


しかし自分が変わらず、文句ばかり言うならば試練はさらに厳しくなります。

苦難を克服する最善の道は、すべてに感謝する事です。


苦難を“自分が成長するチャンスだ”と信仰で受け止め 感謝すると、信仰も成長し、神様もその人を助けて祝福して下さいます。


感謝をする時に、人生は変わります。


私たちは生まれた時に何も持たずに生まれましたし、何も持たずに世を去ります。


欲深い人は感謝が出来ないですし、その人生は幸せにはならず、むなしい人生で終わります。


しかし小さなことに対しても感謝をする人は、感謝することが多いので、自分の人生をますます幸せにしていきます。


肉の視覚と思いで足りないもの、あらさがしをすると不満がますます増えていきます。

しかし視覚と思いを変えると、不満だったことを感謝の条件に変える事が出来ます。


世を見ると絶望や失望することが多いので、希望が見えてこないです。


しかし目をイエス様に向けると希望が生まれ、喜びが生まれ、感謝が生まれ、平安な心になります。

このように自分の視覚を変えると、人生も変わります。


世界で起こっていること、自分の人生で起こっていることを、神に信頼しながら、信仰の視覚で見ると違って見えます。


神様はすべての状況をすぐにでも変える力がある方ですが、良い目的をもって沈黙を守る時があります。

イエス様が十字架で苦しんでいる時も、神様は沈黙を守りました。

それは、イエス様の死が 人類の救いのために必要であったからです。


もし試練があるならば、そこに神の良い目的があることを信じて感謝してみて下さい。

いつかそれがはっきり分かる時が来ます。


自分は幸福ではないと言う人たちも多いです。

もちろん色々な原因があると思いますが、感謝が足りないことも原因の1つです。


感謝が足りないと魂が渇きますし、感謝はたましいに潤いを与えます。


そして感謝は幸せと祝福の扉を開ける鍵です。

ですから感謝する心は環境を変えますし、さらに人生を変えます。


また、さらに神のみこころも計画も変えることが出来ます。

懲らしめが恵みに変わることがあります。


すべてのことについて感謝することを習慣化して下さい。その感謝によって幸せが訪れ、奇跡が起こります。


感謝は神との関係も人との関係もよくします。

そして神を喜ばせ、人も喜ばせることが出来ます。


感謝のことばが口から絶えることがないようにしましょう。
.。゚+.(・∀・)゚+.゚

2015.11.15
収穫感謝祭礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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