からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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信仰の柔順

テーマは『 信仰の従順 』です

【へブル12章2節】

-信仰にはいくつかのタイプがあります ――――――

薄い信仰 →【マタイ6章30節】、【マタイ14章31節】

行いのない空しい信仰 →【ヤコブ2章18節】、【ヤコブ14章17節】

愛のない信仰 →【Ⅰコリント13章2節】

生温い信仰 →【ヨハネの黙示録3章16節】

立派な信仰 →百人隊長・・・【マタイ8章10節】、【ルカ7章9節】
         カナンの女・・・【マタイ15章28節】、【マルコ7章26節】

愛によって働く堅い信仰 →【ガラテヤ5章6節】、【コロサイ2章5節】

神の力を信じる従順する信仰 →【コロサイ2章12節】、【Ⅱテサロニケ1章4節】

偽りのない聖い信仰 →【Ⅰテモテ1章5節】、【ユダ20節】

純粋な全き信仰 →【へブル10章22節】

-信仰とは ――――――

【へブル11章1節】

見えるもの、感じるものに頼らないで、みことばに信頼をすることです。

【へブル11章6節】

【マタイ9章29節】、【マルコ16章17節】

私たちは自分の心配事を祈り、それを主の御座に置いてきます。
しかし、またそれを自分で持ち帰ってきて「大丈夫かな?」と心配をして、
自分の力で何とかしようとする愚かなことをしていないでしょうか。
それは、主に委ねきっていない信仰の姿です。

【詩篇37編5節】

【ローマ14章22節】、【ヨハネ6章28節】

-今回のテーマである『従順する信仰』について ――――――

【ローマ10章17節】

①信仰によって、人々が7日の間エリコの城の周囲を回ると、その城壁は崩れ落ちました。
 信仰の叫び声をあげました。

②信仰によって、ノアは家族の救いの為に箱舟を造りました。

③信仰によって、モーセは はかない罪の楽しみを受けるよりは、むしろ神の民と共に
 苦しむことを選び取りました。

④信仰によって、アブラハムは受け継ぐべき地に出て行けと言われた時、行く先を知らずに
 出て行きました。【へブル11章8節】

アブラハムも、神様を信頼し、信じていたので主が共にいてくださるだけで、
充分だと思い信仰によって出て行ったのではないでしょうか。

私たちも同じように神様を信頼して従順するならば、必ず時が来たらみこころの道を
明らかにしてくださるお方です。

【ローマ4章18-21節】

アブラハムの信仰の試練です。彼は、望みを抱き信じたことによりイサクが与えられました。
そのイサクを、神様は捧げるように語りました。(私たちが自分の身に起きたらどのように思うでしょうか)
しかし、アブラハムは信仰の目で見ていました。
これは「全き信頼と従順の姿」です。

【へブル5章7節】、【Ⅰテモテ6章12節】、【ヨハネの黙示録14章12節】

主に従順して行く時に、強い信仰が養われていきます。
からし種ほどの小さな信仰を働かせる時に、主の大きな御業を見ることができます。

パウロほど艱難、迫害、苦しみを受けた者はいないでしょう。
素晴らしい信仰の姿勢、模範を見ることができます。

【Ⅱテモテ4章7節】

強い信仰は、一夜にして生まれたものではなく、いくつもの艱難に耐え、勝ち取ったものです。

私たちは様々な試練や悩みが生じてきます。その時に、みことばの約束を握り信仰の祈りを
捧げて行く時に、必ず勝利をさせてくださいます。

「貴方方はこの世では悩みがある。しかし、勇気を出しなさい。私は世に勝ったのです。」
と、みことばに書いてあります。
ですから、「私は信じる」と信仰の告白をしたらどうでしょうか。

試みの中で、信仰が試されますが、それも父の許しなしには起きないことなのです。
また、あなたがたのあった試練は、みな人の知らないようなものではないです。

【Ⅰコリント10章13節】、【Ⅰペテロ5章9節】

強い信仰を知る唯一の方法は、いくつもの大きな試練を耐えることです。

【ヤコブ1章3-4節】

信仰の力とは、神様のみことばの約束をどれだけ信じているかに比例するのではないでしょうか。
信じて体験していけばいくほど、信仰の力は増し加えられていきます。
主によって語られた事は、必ず実現すると信じきった人は何と幸いでしょう。

【Ⅱコリント13章5節】

力と聖霊と確信は、力あるみことば、聖霊様の慰め、励ましと助け、導きを受けながら
強い信仰と確信へと導かれて行きます。

【エペソ1章17-19節】

2012.11.4
聖日礼拝メッセ―ジ

八戸ノ里キリスト教会

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悟りがなければ

テーマは『人はその栄華の中にあっても、悟りがなければ、滅びうせる獣に等しい』です

【詩篇49編1ー20節】

ホームページの【幻と啓示】で、神様は地獄のことを続けて語っておられます。
それは私たちに対しての警告であります。地獄が本当にあるということを人々に神様が教えたいのです。

また地獄は、人々が考えているような軽い場所ではないです。
その地獄へ1人として行ってほしくない、(神様は)愛の方であるということも教えたいのです。

イエス様を信じているあなたにとって「悟り」とは何でしょうか?

―――主が私の羊飼いとなってくださり、魂を贖ってくださった方であり、
生きている今も、そして後に来る世界でも、私のただ一人の助け主、救い主、贖い主、
栄光の主であるということです。

私たちがその「悟り」を得たなら、どうしたら良いでしょう?
―――これは1人で持っておくべき悟りではないです。
人々に流していかなければならないです。
私たちの恵みを人々に与えない、流さない。「自分だけ」となると神様はその姿勢を喜びません。
神様はその人に恵みを流した後に、その人がどのようにするのかをよく見ておられるお方です。

10人のライ病人がイエス様のもとに来られて、10人全員が癒されました。
9人は喜んで、そのまま行ってしまいました。そして戻ってきたのは、たった1人でした。
それもユダヤ人ではなく、異邦人でした。

恵みを受けたら、神様のところに戻ってきて感謝をするべきであり、
恵みを受けたら、周りを幸せにする為に流していくべきであります。

そうすると、あなたの周りがだんだんと明るくなっていきます。
神様から受ける恵みはクリスチャンを通してやってきます。
まず、(クリスチャンである)あなたが祝福の基となることなのです。

【ルカ11章24-26節】

私たちが悔い改めをしたり、サタンの追い出しをして悪霊が出て行きます。
悔い改めというのは、自分の中にあるサタンの餌を放り出すことなのです。
例えば、怠けの心があるとします。怠けはサタンの最高の餌になります。
それによって、その人を神様から引き離すことができるからです。
悔い改めることによって、餌とサタンはその人から出て行きます。

サタンはその後、ウロウロして自分の休み場を探しています。
多くの人々がいるので、サタンはどこにでも入ることができるのですが、
特にサタンはクリスチャンの中に忍び込みたいのです。
サタンは、神様の最高の被造物である人間を地獄へ連れて行きたいのです。

聖書のどこに「怠けて良いよ」、「あなたが疲れている時は、聖書を開かなくて良いよ」と書いてあるでしょうか?
聖書は神様からあなたへの地図であり、ラブレターなのです。

【民数記13章25節 -14章10節】

2つの反応が出ました。多数の偵察隊は「上っていけない」ということでした。
そこには強い民、背の高い民がいるから。私達には無理だということです。

私達も「無理」という言葉は、本当に無理だから言うのでしょうか?
―――無理なことは頼んだりしません。それは神様も同じです。無理なことは頼みません。

預言で神様から自分に与えられた言葉がありますが、
そこで神様から「しなさい」と言われたことが色々あると思います。
神様は私たちにとても期待をしてくださっています。
この通りにするなら、祝福があるとおっしゃいます。
しかし、それをしないならば、祝福は手に入らず いつまでも不平不満で終わると語っておられます。

また、ヨシュアとカレブの反応は違いました。
「無理」とも「出来ない」とも言いませんでした。「上っていこう」と言いました。

この2つの反応、自分だったら どちらへ行きますか?考えてみてください。

言葉は怖いものです。
否定的な言葉を言って、それが自分の頭の上に降りかかってきたらどんなに怖いでしょうか。
「どうして神様は助けてくださらないんですか?」
神様は答えてくださいます。―――「あなたの信仰のとおりになれ。」

「神様はあの人ばっかり恵んで、どうして!?」
私達の心はとても汚くて、すぐに相手と比べたりします。とめどなく汚い物が出てきます。
普段は出てこないのですが、何か事が起こるとコップの中にある土と水をかき混ぜた状態のように濁って
泥水のように変わります。
何もない時はクリスチャンの姿ですが、しかし何かが起こった時に心が揺さぶられると
あなたの中にあるものがハッキリとわかります。

「(私の中に)・・・こんな物があったんだ。こんな不信仰なものがあったんだ。」と。
気が付かなかったことが気が付くというのは感謝なことです。

みことばは飾りではなく、聞いて行う時に問題を乗り越える力を与えてくれるものです。

【Ⅰサムエル17章34-37節、45-47節】

ゴリヤテの姿は、巨人の姿です。これを私達に例えて言うなら、「自分に向かってくる問題」です。
この問題をどうしていくか。自分にとっては大きな問題です。
逃げることもできるし、「無理、無理。」と言うこともできます。
自分の問題は、誰かにしてもらうことはできず、自分で立ち向かわないと解決されません。

解決されないばかりでなく、いつもそのことで自分が脅かされます。
自分の中で起こってくる問題は、神様によって乗り越えていかないと同じような問題で苦しめられることが
何度もあります。

それは、どうしてでしょうか?―――学んでいないからです。
その訓練を受けて、クリアをしていないので また同じ問題を神様がテストされることが多いです。

ダビデは、このゴリヤテにどうやって立ち向かう勇気があったのでしょう?
ダビデに初めから勇気があったからではなく、神様を信頼していたからです。
これもそうですし、34-36節のみことば、神様を信頼する信仰はダビデが羊飼いの訓練を受けて
培われていったものです。
羊の世話をするのは、ダビデの毎日の生活の一部でした。
ダビデは日々の小さい訓練の中から学んでいきました。獅子が来たらどうするか、熊が来たらどうするか。

これこそが神様がダビデに与えた日々の訓練です。
このような小さなことをなおざりにすると、いくら「私はクリスチャンです」と言っても力がありません。

神様は私たちに力がないことをご存知なので、いきなり大きな敵(問題)と戦えとはおっしゃらないです。
今ある力と、今ある信仰で戦えということです。

神様は私たちが弱いままでいることを望まれていないです。
私たちが一歩ずつ、「あの問題も、この問題も、自分には出来ないと思っていたんだけど、
牧師の助言を通して、また みことばを通してやってみて逃げないことで、乗り越えることができた。」となります。
大きい問題が来た時も「やってみよう」とその時の信仰と力で、神様に頼りながらしようとすると
「すごい、神様出来ました~!」となります。

もしも出来なかったとしても、「神様、私に力をください。次は闘って勝利出来ますように」と力を求めます。
失敗して、そこで終わりではないです。
そこで失敗したからといって2度とチャンスが来ないわけではないです。また必ず来るのです。
その時までに力を付けておくと、必ず乗り越えることができます。

サタンは、神様の守りが強いことを知っているので、神様の守り抜きで「出て来い」と私たちに言います。
「あなただけで出て来い。そしたら、なぶり者にして 殺してやるから」と。
私たちが祈らないで出て行く時は、そういう姿なのです。自分1人で出て行ってあっという間にやられます。

「神様、一緒にこの問題に立ち向かってください。」と祈るなら、ダビデと同じように神様の強い力が働きます。

神様は素晴らしい計画をあなたに立てておられます。それは平安な計画であって、災いではないです。
今、災いの渦中にいるとしても、必ず嵐がおさまる時が来ます。
そしてあなたとあなたの家族の上に平安が訪れて、天から光が射し、和らぐ時が来ます。

その時を私たちが、いつも先取りして見ることです。必ず乗り越えて行けるんだ。
神様と共に歩み、神様に期待しながら喜べる日が来るんだと思ってください。 (*´ω`*)

2012.10.21
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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