からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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信仰成長のために

テーマは『信仰の成長の為の勧め』です。

【ヘブル13章14-17節】

誰もが信仰が成長したいと思っていますが、ある人はどんどん成長し、ある人は変わらぬままです。
その違いは何でしょうか。

妬むということは自分が努力をしていないことを意味しています。
一生懸命する人は、自分のすべきことを探して忙しいので他人を妬むヒマがないです。
そして成長していきます。誰かと比較することがないです。自分より前を進む人を目指して
その人達から良い部分を学び進んで行きます。

他人と比較する人は、自分のことを棚に上げて、人々が持っているものを羨み妬みます。
傲慢になり、さらに堕落していきます。

ヘブル書には信仰をどうやって成長させるべきなのかが たくさん書かれてあります。

【ヘブル4章14-16節】

毎日の生活の中で、キリストに対しての信仰告白が大切であります。
他のものは信じません。
(このように信仰告白をしないと、信仰が揺れてしまいます。実際そのような人が多いです。)
「イエス様だけを信じます!」と自分の信仰を試していきましょう。

【ヘブル4章16節】

自分の力ではできないことです。信仰を保つには憐れみを受けなければできません。
神の御座に近づくことです。

【ヘブル6章1節】

「死んだ行いからの回心」とは、間違った行いを主の前で悔い改めることであります。
罪は神様から離れていることを意味します。そのままにしておくならば、どんどん道から
離れていきます。そして元に戻れなくなります。

【ヘブル6章12節】

信仰の先輩を見て、見習う事はすごく大切です。怠けていては成長ができないです。
信仰と忍耐が必要です。成長する人は通りたくない道も通ります。
成長するために忍耐しようという思い、その後には約束の物があります。 

教会の中でも、自分よりも信仰が成長している人たちを見て、見習うべきであります。
高慢な心になって その人達に聞かないのではなく、 「この人からはこういう部分を見習おう」と
それぞれ見習う部分があります。自分には持っていないものを持っています。
その人達を見て、妬むのではなく見習うことであります。
「どうやったらそのようになりますか?」と謙遜になって聞く事であります。

それによって、自分にプラスになって成長していきます。

【ヘブル10章23-25節】

日々、救いの希望がある人はぶれません。 私たちは上にあるものを見て目指していきます。
地上にあるものを求めて生きるのではないです。
この(救いの)希望が私たちを支えるものになってあります。
私たちは天国というものがだんだんと近づいてきてあります。
私たちが死ぬということは、イエス様に出会えるので慰めになります。

イエス様が地上に教会を残している理由があります。
私たちは弱い者であるので、時には倒れることもあります。弱くなってつまずくこともあります。
私たちはあらゆる部分で助けが必要です。
その部分でイエス様は人々を教会に導き、人を置いてあります。
「1人で大丈夫です。」 というのは、これほど危険なことはないです。

【ヘブル11章6節】

期待しないところに成長はないです。
みことばを読んで、祈りをするだけでは成長できません。

【ヘブル12章2節】

後ろを見ると信仰生活は後退します。信仰生活で後ろを振り向くことはないです。
人が死ぬ時に、イエス様を信じない人には悪魔サタンが迎えに来てその人を地獄に連れて行きます。
しかし、イエス様を信じる人には、御使いだけではなく、イエス様も迎えに来られます。
  

私たちは絶対にイエス様から目を離してはいけないです。
イエス様の後についていきます。私たちは後ろを振り向くと道に迷ってしまい、
サタンは「あなたの行く道はここだよ」と違う道に連れて行きます。
自分の前には誰が立っているのか(イエス様 o r サタン)、気をつけなければならないです。

【ヘブル12章7-8節】

成長するためには、懲らしめを訓練だと思ってその中で忍耐することであります。
良い事だけを受け入れるのではないです。辛いことも訓練だと思って受け入れないといけないです。
神様は愛する者に、ただ保護するのではなく、保護があっての中で訓練もあり懲らしめもあります。
信仰成長する為には、心を開いて「受け入れます。」と神様の訓練と懲らしめを受け入れることです。
 

 
【ヘブル12章28節】

奉仕をする時に、主を恐れながら奉仕をしていかなければならないです。
これが成長していく姿勢であります。
嫌々しながら仕方がなくするのは、神様を恐れている姿ではないです。
恐れるということは、神様が権威ある方であることを認めることです。
そして神の言葉に従って奉仕をする時に、どんどん成長していきます。
教会での奉仕がなければ、いつもお客さんのようになってしまいます。しかし、自分がその中の
一員であるならば、神に喜ばれるようにどんな小さな事でも喜んで主の前で奉仕をすることは
大切であります。

他人から言われなくても、自分でできることを探すことが大切です。
神様の教会は、皆さんの家であります。そこで自由に振舞って良いです。
乱すことではなく、「主にあって」です。このようにしたら皆が喜ぶんだ。助かるんだということを
見つけたならば、自分の仕事だと思って実行したら良いです。

【ヘブル13章13節】

キリストの苦難に喜んで参加する者になりなさいということです。
苦難さえも喜んですることが成熟した人の姿であり、(私たちが)ここまで成長しなさいということであります。
イエス様が十字架に架かった時は、弟子たちは皆逃げました。
だけど彼ら自身があとでわかりました。彼らは皆 宿営の外で命を懸け、殉教しました。

【ヘブル13章17節】

指導者の言う事を聞いて従順しなさいということであります。
指導者が神様からの言葉を預かって、神様の言葉をもって指導をすることに従順するということは、
神様に従順することであります。
指導者が勝手に間違った道なのに連れて行くならば、それはその指導者、そして目が見えない
羊たちも一緒に裁かれると書いてあります。

だから神様は目を開いていなさいとおっしゃいます。
この指導者について行って良いのかということを確認しなければなりません。
また、牧師が恐れおののく者であったならば、その教会は死んでいきます。 Σ( ̄ロ ̄|||)

< 今週の目標 >

【信仰の成長のために行動する】

2012.6.17
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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働く態度と実

テーマは『 働く態度と実 』です。

【ローマ12章10-11節】

私たちは1年間、どのような気持ちで働いてきたでしょうか?どのような実を結んだでしょうか?
年末になると感謝はもちろんですが、反省もしなければならないです。

神様が喜ぶ態度で自分は働いてきたのか、考えなければならないです。

労働は人間としてすべきことです。
私たちはそれにプラスして、神様に仕える働きもあります。これはクリスチャンにとって大切なことです。

神様は「主のために○○をしなさい」と、私たちに与えておられます。
教会に来て何もしていないという人は1人もいないと思います。

働きの中でも、神様はその人の心を見ておられます。その人がどんな態度で仕事をしているのか ――です。
心の態度がとても大切で、それができていないと一生懸命働いたとしても、神様はある者は退け、
ある者はやっていても何も報いがない。ある者はやっていても何も実が結びません。

働く態度の姿は3つあります。

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①感動の心で使命感を持って働く姿

神様から受けた恵みに常に感動して、「どうやったら私が主を喜ばせることができるか。」
「神様は私の為にイエス様を送ってくださったので、私は何をもって神様に仕えることができるでしょうか。」
「主よ、私は何をしたら良いでしょうか。」
仕事をする前に神様の感動があります。

こういう者に対して、神様は喜んで働きを与えてくださいます。
それが、その人にとって使命なのです。「神様、与えてくださり感謝します。」

パウロは神様に出会った時から、死ぬ時まで感動の心で自分の使命を果たしました。
これは、神様が一番喜ぶ姿であります。

感動が消えると、それは「形式」になります。神様はこの形式的なのを嫌います。

パリサイ人は言葉や知識をよく知っていますので、その点では神様は彼らをけなすことはないです。

語る言葉は神様のことなので間違いはないのですが、彼らの心は恵みに対する感動がないです。
ですので、結局自分のための働きになります。

神様が喜ぶか 喜ばないか、それを考えながら聖書を読まなければならないです。
霊に燃えるということは、使命に燃えることであります。知識ではないです。
このような人たちがたくさんの実を結びます。そのような態度でしますので、実が落ちることがないです。

いつも同じ心で取り組むので、どんどん大きい木になって、そこにたくさんの実が結ばれ、
神様はそれをすごく喜びます。


②義務感で働く人の姿

私たちは義務感を持つ必要がありますが、それだけで働く人たちがいます。
その人たちはしたくないのに、「しなければならない」という思いでしています。
義務感で働くと、働きはきちんと出来ています。
しかし、働いている人の心には喜びがないです。

普段 喜んで働いていても、時々身体が疲れたり、心が落ち込んだりする時は「したくないな」という
気持ちになるのは当然出てきますが、
義務感で働く人たちは常に「したくないな」という思いを持ちながら、「自分に与えられたことだから、仕方がないな。」と働きをします。

義務感で働く人は、働きをしていますが神様に喜ばれない姿であります。
その働きが終わったら、サッと消えます。そして、それ以上のことはする気がないです。

神様の前で、義務感を持って働く人が意外と多いです。

例えば、したくないこともあると思います。「これは私の仕事でしょうか?」ということがあるかも知れませんが、
神様は私たちの中にある「別のもの」を見ておられます。別の可能性を見て、神様はそれを花咲かせる為に、
私にやらせるんだ、と。  人間にはたくさんの才能があります。
ですが、私たちは自分がしたいことをするので、自分に見えていない可能性は埋もれてしまいます。

光に当たることもなく、一度も芽を出すこともなく、消え去って行きます。

神様の素晴らしいところは、私たちの中にあるものを、引き出すのがとても上手いのです。

「出来ないです」と逃げることを考えるのではなく、
「神様、これが与えられました。どうか出来る力をください。出来るように守ってください。
出来るように神様が恵みをください。知恵をください。」
このように祈った時から、出来ないと思っていたことが光に当たっていきます。
自分でも知らなかった部分が、どんどん凄いものになっていきます。

神様によって1つのチャンスが与えられる事、それに出会うことは、私たちにとって恵みであります。
初めは義務感でしていたことも、それをずっと続けていることで義務感でなくなります。

神様から与えられたことは、義務でするのではなく、どうせやるならば主に喜ばれる実をしっかりと
結ぶものにして、神様に「私はこれを通して栄光を捧げました。」というものを持ったら良いです。

多くの場合は、「そんなことできません」という義務感から始まると思いますが、
「私のような者に与えてくだっさって感謝します。」という思いですると、たくさんの恵みを受けると思います。
主の働きは全て良いものであります。


③イヤイヤしながらする姿

逃げたいのに逃げられないという思いで、義務感もありません。

いつも逃げることを考えて、そして突然やめてしまいます。
その人たちからは1つも実を結ぶことがありません。「これ以上無理!」と投げ出し、
神様のことを全然考えないで自分がしたいようにするのは、ある意味役に立たない姿であります。

このような人たちはいつも不平不満が出てきます。牧師や周りの人たちにも不平不満を言います。
それは神様の恵みに気付いていない姿であります。

神様はいつも私たちの心をやわらかくしなさいとおっしゃいます。
そして、日々新しい恵みを備えてありますので、常に新しい革袋を用意しなさいと語ります。

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まず私たちが愛の心から出発していることで、
神様に喜ばれる態度で、良い実を結ぶためには「兄弟愛」が必要です。

兄弟愛があるので互いに仕えあうことができるのです。愛があると心に感動が出てきます。
愛と義務は全く違うものです。義務には愛がないです。
愛があると、「しなさい」と言われなくても、「仕えたい」、「ある人を喜ばせたい」と、その思いが出てきます。

愛がないと相手をけなして、相手を踏みつけます。

「愛してる」と言いながら相手を踏みつけたり、暴言を吐いたりするなら、それは愛ではなく執着心であります。
愛は、相手を大切にして、相手を自分よりも勝っていると思う心であります。そして、そういう人たちは
一生懸命、喜んで働きをします。神様はその人の上に祝福を与えてくださいます。

この1年の自分の姿がわかると思います。本音は自分の心の中にあります。
もし自分の心がどこかに当てはまるならば、それを改善すべきであります。
同じ心で来年も仕えていても、実が結ばれることはないので、確実に実が結ばれるように働くと、
神様には「栄光」、自分には「祝福」。
その人たちにはますます素晴らしい実を結ぶ人生になります。  v( ̄∇ ̄)v

2012.12.30
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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