からし種の信仰と成長↗

東大阪市・八戸ノ里キリスト教会の毎週日曜日の礼拝メッセージです。 「聖書は難しくて意味がわからない」というイメージが強いです。だけど、真理を正しく説いてくれるので心にグサグサと刺さります。涙も大量に流れます。だけど、それが神様の恵みなんですヨ~★

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人生で大切なものは?

テーマは『 人生において大切なもの 』です。

【伝道者の書3章12-13節】

ソロモンの口を通して何を神様は伝えたかったのでしょうか?

あなたの人生の中で一番大切なものは何ですか?
自分の関心はどこにありますか?お金、持ち物、命、家族…色々あると思います。

若い人達は「命の次には携帯電話」だという人もいて、自分の命を落とす人もいますが、
これは何も気付いていないことであります。

決して「物」ではないです。物は一瞬で消えていきます。「人」でもないです。
人ほど移り変わりやすい、裏切りやすいものもないです。
朝霧のように消えていくものですので、神様はそんなものに信頼するなとおっしゃいます。

ソロモンはこの地上で生まれた人の中で一番全ての物を持っていた人物です。
父・ダビデも素晴らしい人でした。神を信じ、知恵、お金、名誉、権力、欲しい物、全てを持っていました。
そして全てのものを経験していました。妻を1000人。あらゆる快楽も全部経験しました。

そのソロモンが語る言葉なので、私たちはすごく納得できます。実際に経験して書いたものが
伝道者の書です。その中でソロモンは「全てのものが虚しかった」と言っています。

それでは一体、生きてる人間は何が楽しみなのでしょうか?
虚しさの中で、「それでは、何故 神様は人間を造ったのだろうか?」
それでソロモンが主にあって悟ったことが、人生の中で一番大切なものが、伝道者の書3章12節のことばでした。

食べたり、飲んだりするのは、「それは快楽でしょう?」と思いがちですが、
私たちが喜び楽しむことは神様からのプレゼントです。
それなら私たちは喜び楽しまなければならない者だということです。

そうなると矛盾を感じてしまいますが、ここで神様が語っているのは私たちの平凡な日常生活の中でということです。
私たちは毎日食べたり飲んだりしています。

「飲む」というのはお酒のことではないです。
人々は特別なことがあると嬉しいと喜びますが、平凡な1日の生活の中では何も感じなくなっています。
しかし日々の生活そのものが、あなたたちにとって神様が与えてくださった喜びであります。

もちろん神様から離れて食べたり飲んだりするならば虚しさだけが残ります。

【伝道者の書2章24-25節】

神様の主権の中で日常生活を楽しみ喜ぶことが大切なことです。

日々、何も感じずにいた部分が1日取り上げられたらどうなるでしょうか?
食べ物が無くなったらどうなるでしょうか?毎年世界では10億人が飢えで命を失くしています。
アフリカでは飲み水がなく、不衛生な水しかない地域もあります。
韓国のある地域では、洪水が起こり各家庭に水が届かなくなりました。すると住人はトイレに行きたいのに
水が出ないから使えませんでした。すると1~2時間後、都会のマンションの裏には汚物が至る所にありました。

人々は1~2時間止まっただけでパニックになります。トイレの水が出ることがどれだけ感謝なことでしょうか。

神様は生きる為に必要なものをいつも与えてくださっています。
祈りの中で語ったことばで、《日毎の糧を今日もお与えください。いつも主にあって求めなさい。》
当たり前ではないです。与えてくださっていることに感謝しましょう。
そして与えられた時は、神様が与えてくださった素晴らしいものを喜び楽しみましょう。

お金が喜びを与えることはないです。お金はあればあるほどあらゆる誘惑に陥る、と。
これは【Ⅰテモテ6章】にあります。

明日の心配はするな。明日は明日祈れば良い。今日守られたことを感謝しますと
喜び楽しみなさい。平凡なことを当たり前ではないことだと気付きなさいと神様がおっしゃっています。
それはとても大切なことで、これらが崩れると全てが崩れるということであります。

【伝道者の書3章22節】

もう1つ人生において大切なことで、「自分の仕事を楽しむこと」です。
人間は働くように造ってあります。たった1度限りの人生です。
2度とやり直すチャンスが来ないということです。だから最善を尽くします。

年老いた人で悔いることは最善を尽くさなかったことで「若かったあの時に、もっと努力していれば――。」
と、よく後ろを振り返ります。わずかな時間の人生の中で、最善を尽くさなかったことを一番後悔します。

もし繰り返し生まれ変われるのであれば、私たちは怠けてしまいます。
しかしそのようなことはありません。1度だけのチャンスです。

だから自分に与えられた仕事・働きに最善を尽くすことが大切です。
手抜きをすると必ず後で自分に返ってきます。後悔ばかりの人生になります。
自分に仕事が与えられたことを感謝しましょう。

世の中には色々な仕事がありますが、自分の仕事に不満を持っている人がとても多いです。
不満があると手抜きになっていきます。心がそこにいかないからです。
不満ではなく、今自分に仕事が与えられていることに感謝しようと最善を尽くすならば
次にすごく良いものが待ってあります。

最善を尽くさない人に神様は祝福を与えないです。
「何で私がこんなことをしなければならないの」と不満を言うのではないです。
日本や韓国は就職難だと言われていますが、そうではないです。
大学生は一流企業を目指していますが、中小企業では人手が足りなくて困っています。

人々の益にならない仕事(詐欺師やヤクザなど)ではなく、
それ以外の仕事の人たちは、私たちにとっていなければ困る存在です。

例えば、ごみ収集の人達がいなければどうなるでしょうか?
1~2日で街中はゴミだらけになってしまいます。臭いもします。本当にその人達に対して感謝であります。

主婦の仕事や会社の仕事を喜び楽しみながら臨むと、努力した成果が出てきます。周りの人も見ています。

最善を尽くすことが大切です。手抜き・不満ではないです。

【エレミヤ書31章3節】

神様は何でもできるお方ですが、全てのことに最善を尽くす神様であります。
小さいことに忠実な者に大きいことを任せるということは、小さいことだからないがしろにするのではなく、
それを本当に心を込めて最善を尽くす人に神様は祝福を備えてくださいます。

「こんなこと…」ではなくて、私たちは与えられたことに対して最善を尽くす時に
神様はそれよりも大きいものを次から次へと備えてくださいます。
そのような人達が人生で成功します。人生で後悔もないです。

力を残すと、後で後悔し引きずってしまうので、引きずらない為にもその時に出来る精一杯のことをします。
「私に出来ることは何か?」探してみて、力が残らないようにやってみます。
それが終わったら、それ以上出来ることはないから感謝し、引きずらないことです。

神様は1つのことを教えてくださっています。
今日という日、それは今 生きているこの瞬間のことであります。
私たちは「明日が…、あさってが…。10年後が…、20年後が…。」いつもそれを見ているのは
それはしっかりと地に足がついていないことです。

【へブル3章13-15節】

今日1日、最善を尽くしましょう。「明日がどうなるかあなたにはわかるのか? わからないんだ。
今の時間が永遠に続くことはない。あなたに与えられた時間は今しかないんだ。
今日この時間が大切であり、すべきことをしなさい。神様を愛することを今日しなさい。」
今日与えられたことは、自分が持っている力を使うことです。自分に与えられた分だけ最善を尽くします。

隣人に対してもずっと自分といるわけではないです。「今日」愛すること。
仕事、家族、隣人に対してもそれを楽しみながら最善を尽くすと自分が満たされていきます。
そして自分が成長していきます。
しかし、「明日にしたら良い」となると、終わりの日になると後悔ばかり、引きずることばかりになります。
その人生は失敗になります。

【伝道者の書7章1-4節】

良い名声…これは有名になって、色んなことをして業績を残す、ということでないです。
神様と人々から受ける良い評判のことです。
霊的な姿、人格、行いの動機が神様から認められることです。
パウロのようになりたいな、ペテロのようになりたいなというのが良い名声ということです。

生まれたその日から、罪や労苦、心配が始まります。冷静に見ると苦労が多いです。
だれもが通る道です。
神様がいなければ死ぬ日は地獄へ行くので恐ろしいですが、私たちは主にあって
死ぬ日は全てから解放される日であります。労苦から悲しみから心配から解放されて
安息の地に入ることです。これが聖書が教える死後の世界です。信じる者が入る世界であります。
これを悟らなければならないです。

喪中の家に行くと、私たちの心が謙虚になります。自分もいつかこうなるんだろうと
誰も避けることができないので、自分を顧みる時間になります。そこで教わることが多いです。

肉体を喜ばせる快楽の人生が良いと求める人がとても多いです。
「それが無いと生きた意味がない」という人は、愚かな者です。
肉の満足だけの為に生きる人生は滅びだけが待っています。
大切なことは自分の未来を準備する人が本当に知恵ある者であります。

あらゆるものを通して学びなさい。
人々の心にいつまでも残る人になりなさい。どこに向かって歩くのか?

【伝道者の書12章13節】

最も大切なことであります。神様の栄光のために人間を造ったからです。

【イザヤ43章7節】(人間を造った目的であります。)

自分の為にこうしてくださいと次元の低い祈りではなく、そして神様を自分の為に使うのではなくて、
順番を間違えてはいけません。神様の為に私が造られたということです。

しかし神様は怖いお方ではありません。

あまりにも素晴らしいお方、偉大さの前で、それに対する尊敬の思いが「恐れ」であります。
その前に自分が軽率にできないからです。自分と同レベルだと思ったらいけないです。

神様を心から尊敬する人が、神様の命令を守ります。
神様を軽く考えるから、神様の命令を軽く扱います。自分が何者かを知るべきです。

①生きている間、日々の生活の中で喜び楽しむこと。
②自分の仕事を楽しみ、最善を尽くすこと。
③死んだ後に良い名声を残すように生きること。
④神を恐れ、その命令を守ること。

これらが最も大切なことです。悔いがない人生が成功した人生です。
日々の生活の中で実行してみてください。どう生きるべきかを知って生きる、知恵ある者になります。

そういう人がたくさんの良い実を結ぶことができます。
神様が、わからないなら学びなさいと教えてくださっています。
あなたの人生を楽しみながら生きなさい。苦しみながら、泣きながら生きるのは、神様のみこころではないです。
私たちの生き方が間違えているから、たくさんの苦しみに遭っているだけです。

教えられた通りにやってみるならば満たされます。
他人が認めるかどうかは関係なく、自分自身の心が満たされます。

今日学んだことを自分に当てはめて、生き方を直す部分があれば直してみてください。(^∀^)

2012.2.26
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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心を改めた人の特徴とは?

テーマは『 真の改心者の特徴 』です。

【Ⅰテサロニケ1章2-3節】

パウロはテサロニケ教会を模範となる教会だと思っていました。
開拓をするパウロは、ユダヤ人から命を狙われたり妨害・迫害を受けていました。

テサロニケ教会は小さい教会でしたし、集まる人数も少ないです。
しかし信仰は、信仰歴や教会の規模は関係がありません。
迫害を受けても信仰を守り通すのが真の信仰であります。

世のものでは、長い時間携わっている人が色々な経験があり上達している人が多いですが、
信仰は全く関係がないです。

どんな人が信仰が強い人と言えるでしょうか?
それは福音に対するその人の態度で、福音に対していつも熱い思いで湧き出ている人たち。
このような人が信仰が強い人です。弱い人というのは、死んだ信仰の人のことです。

【Ⅰテサロニケ1章9節】

これが改心した姿です。真の神様に立ち返る姿であります。

日本では、色々な神様を信じている人が多いです。
パワースポットという場に女性が多く訪れています。偶像の神を信じています。

私たちは、他の神々に拝んだり、方向転換をしないように気を付けなければいけません。
世の人は単純な思いで拝みに行き、知らないのでそれを悪いことだとは思っていません。
これは誰も教えてくれないことです。

生ける1人の神様に仕えることが、信仰です。徹底的にする人が改心した人です。

神がいないと言うのは愚かな者です。
しかし この世も、見えない神様が造ったものです。今も神様は働いておられます。
生ける神様を発見した人は幸いな人です。

ギリシャ神殿も偶像の神のものです。これは日本も同じです。
再び仏壇に拝んだりすることをしないで、周りの環境に染まってはいけません。
暗闇の中で光を放って輝くのが信仰生活です。暗闇には光が必要です。

愛の労苦とは、福音の為の労苦です。言葉だけではなく、愛する人のために自分が代価を払うことです。
信じない人へ福音を伝える為にする労苦です。

【ピリピ2章14-17節】

愛とは何でしょうか――?

①人に対する関心です。相手には何が必要か?そしてその人の責任を自分も負うことです。
②相手を尊重し、理解し、自分から与えることです。自分からその人に対して何かをしてあげたい。

愛は、自分から相手に犠牲を払うことです。そこに計算が入るのであれば「愛」ではありません。

テサロニケの人達は、愛の代価をたくさん払いました。
キリストの再臨に対する望みがありました。迫害の中で、キリストの再臨が支えになりました。
再臨を、自分たちが救い出される祝福の日だと思っていました。
今、受けている迫害と、その後に神様から受ける祝福を比べて、祝福を受ける方を握り迫害に耐えました。
テサロニケ教会の人達は、一番大切な物を握っていました。バランスが大切です。

福音を自分の物だけにするのではなく、人々に流していくことです。
神様を愛する心があるので、人々に愛の労苦ができます。

迫害はいつまでも続くものではありません。
自分はどうでしょうか、バランスが取れた信仰でしょうか――?
足りない部分は補わないと倒れてしまいます。マタイ7章には、ひどい倒れ方をすることが書かれてありますね。
 
この世を去るのは順番が決まっていないです。もしかしたら明日かも知れません。これは誰もわかりません。

私たちは、いつまでも残るものを握っていなければいけません。

主に喜ばれる者になりましょう。

2012.2.19
聖日礼拝メッセージ

八戸ノ里キリスト教会

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